74 、上京三日目.16
クルマは国際大通りを左折し、左手にクイーンズスクエア横浜をみながら、けやき通りを直進している。
「P」の案内看板を見つけた守叔父さんは、
「ココ! ココ!」
(ここ! ここ!)
と言った後、その「P」看板の方向に向かってクルマを進めた。
「P」は地下駐車場の入り口を示していた。シンプルな表示であり、建物の名称などの記載の無いものであった。
地下駐車場の入り口トンネルは、私にはとても狭く感じた。 もしも、自分が運転者ならば躊躇して入るのを諦めるかもしれないし、入るとしても、ゆっくりゆっくりと前進するだろう。
しかし、守叔父さんは全く躊躇することなくスゥーっとクルマを中に進めた。
大きなクルマに乗り慣れている守叔父さんと小型乗用車しか運転しない私とでは、車幅感覚が違うのかもしれないな・・・。
そして、守叔父さんは本当にクルマの運転が上手だな・・・と、改めて感心した。
地下に進むと「K2」というエリアに空きスペースがあり無事に駐車できた。
クルマを降りた守叔父さんは、エレベーターホールの方向を指差しながら、一言、
「イコウ!」
(行こう!)
と言うと、エレベーターホールを目指して歩き始めた。
エレベーターで地上階へ上がると、そこは「クイーンズスクエア」のコンコースであった。
季節的な装いで、周囲にはたくさんのクリスマスツリー等が飾られていた。
守叔父さんは、エレベーターを降りると周囲を見渡して自分達の居る場所を確認しているようだった。
そして、案内図などをみることなく居場所が分かったようだった。
守叔父さんは、行き先の方向を指差すと、私を振り返ることなくサッと歩き出した。
さて、何処を目指しているのだろうか? 守叔父さんは、行き先も告げずにマイペースで歩いている。
私は行き先を知らされていないため、後ろについて歩いていくしかなく、置いてけぼりにならないように、必死に後を追った。
たどり着いた場所は、とあるランドマークタワーのエレベーター乗り場であった。
そのエレベーターは、展望フロア「スカイガーデン」行きであった。 スカイガーデンは、69階の高さ273mにある。
そのエレベーター乗り場に着いたことにより、先ほど、食後に守叔父さんが発した言葉の意味が分かった。
「一番デカイところ」とは、「一番高い所」という意味であり、ランドマークタワーそのもの「全体」を意味していたのではなく、展望台という「一部分」を意味していたのだった。
つまり、守叔父さん的には私に対して行き先を伝えていたのであった。 やはり、言葉に問題を抱えているようだ。
守叔父さんは、上方を指さしながら子供のような笑顔で、
「イコウ! イコウ!」
(行こう! 行こう!)
と言って、チケット売り場に近づいていった。
どちらかと言うと、私の希望とは関係なく、守叔父さん本人が行きたい様子であった。
エレベーターに乗ってわずか40秒で展望フロアに到着した。
エレベーターのドアが開き、眼前に現れた横浜港をはじめとする風景はとてもクリアなものであった。
じっくりと眼前の風景を見ようとしている私に、
「タシカ、ムコウダヨネ!」
(たしか、向こうだよね!)
と言いながら、横浜港の反対方向を指差した。
そして、車内でのジェスチャーと同じように、富士山の形を両手で表現しながら、
「コウナッテルノ、コッチジャナイヨネ!」
(こうなっているの、こっちじゃないよね!)
と守叔父さんが言った。 私は、
「富士山?」
と聞くと
「ソウ!」
(そう!)
とだけ守叔父さんが答えた。ここでも車内と同じように、守叔父さんの口から「フジサン」という言葉は戻ってこなかった。
(つづく)