2023年8月30日水曜日

「泣けない人」その74

 


74 、上京三日目.16

クルマは国際大通りを左折し、左手にクイーンズスクエア横浜をみながら、けやき通りを直進している。

「P」の案内看板を見つけた守叔父さんは、

 

「ココ! ココ!」
(ここ! ここ!)



と言った後、その「P」看板の方向に向かってクルマを進めた。

「P」は地下駐車場の入り口を示していた。シンプルな表示であり、建物の名称などの記載の無いものであった。 

地下駐車場の入り口トンネルは、私にはとても狭く感じた。 もしも、自分が運転者ならば躊躇して入るのを諦めるかもしれないし、入るとしても、ゆっくりゆっくりと前進するだろう。

しかし、守叔父さんは全く躊躇することなくスゥーっとクルマを中に進めた。

大きなクルマに乗り慣れている守叔父さんと小型乗用車しか運転しない私とでは、車幅感覚が違うのかもしれないな・・・。

そして、守叔父さんは本当にクルマの運転が上手だな・・・と、改めて感心した。 

 

 



地下に進むと「K2」というエリアに空きスペースがあり無事に駐車できた。

クルマを降りた守叔父さんは、エレベーターホールの方向を指差しながら、一言、

 

「イコウ!」
(行こう!)



と言うと、エレベーターホールを目指して歩き始めた。

エレベーターで地上階へ上がると、そこは「クイーンズスクエア」のコンコースであった。 

季節的な装いで、周囲にはたくさんのクリスマスツリー等が飾られていた。

守叔父さんは、エレベーターを降りると周囲を見渡して自分達の居る場所を確認しているようだった。

そして、案内図などをみることなく居場所が分かったようだった。 

守叔父さんは、行き先の方向を指差すと、私を振り返ることなくサッと歩き出した。

さて、何処を目指しているのだろうか?  守叔父さんは、行き先も告げずにマイペースで歩いている。

私は行き先を知らされていないため、後ろについて歩いていくしかなく、置いてけぼりにならないように、必死に後を追った。

 



たどり着いた場所は、とあるランドマークタワーのエレベーター乗り場であった。

そのエレベーターは、展望フロア「スカイガーデン」行きであった。 スカイガーデンは、69階の高さ273mにある。

そのエレベーター乗り場に着いたことにより、先ほど、食後に守叔父さんが発した言葉の意味が分かった。

「一番デカイところ」とは、「一番高い所」という意味であり、ランドマークタワーそのもの「全体」を意味していたのではなく、展望台という「一部分」を意味していたのだった。

つまり、守叔父さん的には私に対して行き先を伝えていたのであった。 やはり、言葉に問題を抱えているようだ。

守叔父さんは、上方を指さしながら子供のような笑顔で、

 

「イコウ! イコウ!」
(行こう! 行こう!)



と言って、チケット売り場に近づいていった。 

どちらかと言うと、私の希望とは関係なく、守叔父さん本人が行きたい様子であった。

 



エレベーターに乗ってわずか40秒で展望フロアに到着した。

エレベーターのドアが開き、眼前に現れた横浜港をはじめとする風景はとてもクリアなものであった。 

じっくりと眼前の風景を見ようとしている私に、

 

「タシカ、ムコウダヨネ!」
(たしか、向こうだよね!)



と言いながら、横浜港の反対方向を指差した。

そして、車内でのジェスチャーと同じように、富士山の形を両手で表現しながら、

 

「コウナッテルノ、コッチジャナイヨネ!」
(こうなっているの、こっちじゃないよね!)



と守叔父さんが言った。 私は、

 

「富士山?」



と聞くと

 

「ソウ!」
(そう!)



とだけ守叔父さんが答えた。ここでも車内と同じように、守叔父さんの口から「フジサン」という言葉は戻ってこなかった。 

(つづく)
 

2023年8月16日水曜日

「泣けない人」その73

 


73 、上京三日目.15

 

「ハァ、オイシカッタ!」
(はぁ、美味しかった!)


と守叔父さんはお腹をさすりながら言った。お腹がいっぱいになったようだ。 私も、ほぼ同じタイミングで食事を食べ終わった。 

守叔父さんは、爪楊枝で歯に挟まった食べかすを取り除き、お茶でうがいすると、間髪入れずに、

 

「ヨシ、イコ!
イチバン デカイ トコロ
アルンダケド!
ソコイッテ!」
(良し、行こ!
一番デカイところ
有るんだけど!
そこ行って!)



と言った。 

食べ終えた後に、ゆっくりと話をする間も無い・・・。 本当にマイペースな守叔父さんである。 とは言え、「一番デカイところ」とはどこなのだろう・・・? 

よこはまコスモワールドの観覧車が一番大きな観覧車なのだろうか・・・?  

それとも、ランドマークタワーの事なのだろうか・・・? あべのハルカスができて一番デカイ建物ではなくなったのだけどな・・・。

まあ、行けば分かるのだろう。

守叔父さんは会計伝票を手に取り、支払いカウンターへ向かった。

私は支払いの列に並ばずに、少し離れた所で支払いの様子をみていた。

レジのスタッフが、守叔父さんに対して何か質問したようだが、守叔父さんは手を使って「ワカラナイ」というジェスチャーをしていた。 

支払いにおいて、分からない事とはなんだろう?と思いつつ、私が近寄ろうとした時には解決したようで、支払いが無事に済んだようだった。

おそらく、割引チケットか電子マネーのたぐいの確認だったのだろう。

支払い終えた守叔父さんに対して

 

「ごちそうさまでした!」



と伝えた。 すると、笑顔で

 

「オッケー!」



と言い、そして、エレベーターホールに向かって歩き始めた。

 



エレベーターでフロアを移動し、駐車場フロアへ向かった。 エレベーターホールに駐車料金の精算機があったので、守叔父さんに対して「駐車券は?」と聞くと、

 

「ワカンナイ」
(分かんない)



との返事が返ってきた。 駐車券が分からないとはどういう事だろう。 私が指先で駐車券の形を描きながら「こんな形の紙」と言うと、

 

「アァ、アルヨ」
(あぁ、有るよ)



と言って、スマホケースに挟んだ駐車券を出してくれた。 私が、

 

「この機械で、駐車料の精算できるよ!」



と伝えると、

 

「オッケー」



と守叔父さんは言いながら、精算機へ駐車券を挿入して料金を支払った。

駐車料金は560円であった。30分毎280円のため、1時間以内の食事時間であったようだった。

精算機の近くに、飲み物の自動販売機があった。 守叔父さんは、その自販機の存在に気付くとすぐに小銭を入れて、

 

「ハイ、ドウゾ!」
(はい、どうぞ!)



と笑顔とともに自販機のボタンを押すように勧めてきた。食後すぐに飲み物は要らないなと思いつつ、 痩身効果のあるダイエット用の緑茶があったので、そのボタンを押すことにした。 なんだか、昨日の昼食後と同じ光景であり、一種のデジャブのように感じた。

 



クルマに乗り、ふと、「このクルマのエンジンは、何リッターなの?」と質問してみたが、守叔父さんはなかなか答えてくれなかった。

私は続けて、「何CC(シーシー)なの?」と質問しなおしてみたものの、私の質問の意味が伝わっていないようで、キョトンとした顔をして質問に答える様子がなかった。

エンジンの排気量が分からなくても問題はないので、スルーすることにした。

 



建物の駐車場から出ると、クルマは横浜駅方面に進んでいた。 沿道にならんでいるのぼり旗が、バタバタはためいており、外は風が強くなっていた。

よこはまコスモワールドの観覧車が見えたので、ここが目的地だな!と思ったのも束の間、クルマはそのまま直進し続けた。 やはり、ランドマークタワーなのかもしれない。 

その後、二つ目の信号を左に曲がったため、ほぼ間違いなくランドマークタワーが目的地なのだろうという事がわかった。

(つづく)
 

2023年8月2日水曜日

「泣けない人」その72

 


72 、上京三日目.14


守叔父さんは、自分の写真写りの良さに気を良くしたためか、さらに良い笑顔へと表情が変わっていた。 

それにしても、守叔父さんは実によく笑うな・・・。 もしかして、笑顔でいる時間が長いことによって老化がゆっくりになるのかもしれない。 その結果として、見た目が若いままなのかもしれない。  

 



飲み物はセルフサービスとの事だったので、ドリンクバーへ飲み物をとりに行った。

ドリンクサーバーには、六個の押しボタンがあり、緑茶、ほうじ茶、水のそれぞれ冷温であった。

守叔父さんが何を好むか分からないので、とりあえず、温かいほうじ茶、緑茶を1杯ずつ持っていくことにした。

席に戻り、守叔父さんに、

 

「ほうじ茶と緑茶、
どちらが良い?」



と聞くと、

 

「ワカンナイ、
ドッチガ アマイノ?」
(分かんない、
どっちが甘いの?」



と聞いてきた。 ほうじ茶と緑茶の違いが分からないとはどういう事だろう。 そして、コーヒーや紅茶なら無糖、加糖の違いを気にするかもしれないけれども、まさか、ほうじ茶と緑茶の甘さを聞いてくることに驚き、答えに窮した。 

仕方なく、甘みというより渋みの少ない方として、

 

「どちらかといえば、
ほうじ茶かな?
砂糖は入ってないよ!」



と伝えた。 そして、ほうじ茶を守叔父さんへすすめた。

守叔父さんは、受け取るとゆっくりとほうじ茶を飲んで、

 

「アツイ!」
(熱い!)



と言った。 猫舌のようだ。
フゥフゥしたあと、少し飲み、

 

「オイシイ!」
(美味しい!)



と言った。

 



しばらくして、注文した料理が運ばれてきた。

守叔父さんは、目の前のトンカツ定食をどうやって食べれば良いか、途方に暮れるような表情をした。 守叔父さん本人が選んだものなのに・・・。

まさか、トンカツの食べ方が分からないって事は無いだろうと思いつつ、私は自分のペースで食べはじめた。 

守叔父さんは、私の真似をするようにトンカツソースを掛け、食べ始めた。

料理には、小鉢として黄色い漬物のたくあんが細かく切られたものが添えられていた。
守叔父さんは、その小鉢を指さしながら、

 

「コレナニ?」
(これ何?)

 


と聞いてきたので、「たくあん」だよと答えた。 

答えを聞いた守叔父さんは、そのたくあんを躊躇することなく味噌汁の中に放り込んだ
!!!

好きなように食べれば良いと思うが、まさかの味噌汁にたくあんを入れて食べるなんて!

その行為に、すこし戸惑いながら残りの食事を食べることになった。

(つづく)