2022年9月28日水曜日

「泣けない人」その32

 


32 、上京二日目.6

宿に戻り、守叔父さんの到着を待つこととした。

あえて、一旦部屋まで戻る事とした。

守叔父さんの車移動時間(空港〜宿)は約20分で、自分の徒歩移動(駅前〜宿)が10分のため、宿前で待つのは10分程度となる。

10分位ならば、部屋に戻らずとも宿前で待てば良いと言われるかもしれないが、部屋に戻ったのは念のための行動であり、守叔父さんの来訪状況を観察するためである。

部屋にはベランダがあり、宿前の道路を一望できる。そのおかげで、守叔父さんがどんな車で来るかを近づくことなく安全に確認できる。

守叔父さんの自宅前にとまっていた車での到来ならば問題無いが、別の車でやって来た場合は、注意が必要だと考えている。

また、一人で来るのかどうかの確認も必要である。 仮に他の人と一緒に来た場合は、「拉致・監禁」の監視役の可能性があると考えなければならない。

頭の片隅に、「安全が確認できなければ、簡単には近づけない!」と意識する必要があることを忘れずに行動しなければならない。

部屋に戻り、冷蔵庫で冷やしておいたペットボトルの水をグラスに注ぎ、往復20分弱の徒歩移動で少し渇いたのどを、ゆっくり潤した。

時間つぶしにテレビをつけて、何か面白そうな映像は無いかな・・・?とチャンネルをザッピングしていると、思いのほか早く電話が掛かってきた。

まさか、まだ着いていないだろう! どこかで迷っているのかな・・・?と思いながら電話に出た。

 

「ツイタヨ!」
(着いたよ!)



との守叔父さんの言葉が返ってきた。

慌ててベランダに出て、下を覗くと、そこには、シルバーのベンツが停まっていた。ナンバープレートは見えないが、叔父さんの家前の駐車場にあった車で間違いないだろう。フロントガラスの内側にサンシェードを広げられていた車は、ちゃんと動くものであったようだ。

なぜ、時季外れにサンシェードを広げて駐車していたのだろう・・・?と思いながら、

 

「今から下に降ります。」



と返事をし、部屋を出て、一階へ降りることにした。

宿の出入口ドアガラス越しに、その車に乗った守叔父さんの顔が見えた。後席もスモークガラスではなく、車中に他の同乗者がいない事がわかった。 また、通りの左右を見て、車の周辺に人影の無い事と、同行車のない事を確認した。

守叔父さんの単独の来訪であり、「拉致・監禁」等に関しては、問題がなさそうである事が確認できたので、 外に出て、ゆっくりと車に近づいた。

私に気付いた守叔父さんは、ニコッとしながら軽く手を振ってくれた。

念のためナンバープレートをチラ見すると、叔父さんのマンション駐車場にとまっていたものと同じ番号であった。

駐車場にとまっている際には見えなかった車の後部の様子を見ても、パッと見てわかるような傷や凹みはなく、年式は古いものの綺麗な状態の車であり、洗車も行き届いていた。

車の見た目から判断すると、守叔父さんの運転には問題が無さそうである。

「拉致・監禁」でないとするならば、認知症か何かの病気を患っている可能性を疑うことになる。 
認知症を患っている人がトラブルを起こさずに、車を所有し、管理し、そして、運転ができるのだろうか・・・? 

目の前に停まっている車、笑顔の守叔父さんの両方を見て、短い時間の観察・分析の結果として、豊治叔父さんの心配は不要だったのではないかとさえ感じた。

豊治叔父さんから「認知症の可能性がある」、「何らかのトラブルに巻き込まれている可能性がある」、「会社の乗っ取り騒ぎがあった」、「盗聴、盗撮の可能性がある」、「拉致・監禁の可能性」などのいろいろな可能性を聞かされていたわけだが、無事に迎えに来てくれたこと、守叔父さんの笑顔、そして、綺麗な車を目の前にすると、どれも当たっていないようにも思われる。

(つづく)

2022年9月21日水曜日

「泣けない人」その31

 


31 、上京二日目.5

守叔父さんの発した言葉の意味は???

何らかの「ジョーク」か「遊び心」なのか、それとも「謎解きゲーム」なのか?

次の二つの言葉を分析しなければならない。

 

「ツイタヨ! イマ、ドコイルノ?」
(着いたよ! 今、どこいるの?)

 

「アルイテ、キタンデショ?」
(歩いて、来たんでしょ?)



既に、待ち合わせをしている人に対する言葉である。予定より20分早い電話である。

単に、間違い電話であり、別の人と待ち合わせしている可能性がある。

念のため、

 

「守叔父さん、柑太郎です。
電話掛け間違えてない?」



と問い返した。

 

「ダイジョウブ! マチガエテナイ。」
(大丈夫! 間違えてない。)

 

「イマ、ドコイルノ?」
(今、何処いるの?)



私宛の電話であることが確認できた。

 

「守叔父さんは、今、何処いるの?」



と聞いてみた。

 

「イツモ ムカエニ イクトコロ イルヨ!」
(いつも 迎えに 行く所 居るよ!)



との答えが返ってきた。

守叔父さんは、私が本日上京したと勘違いしたのかもしれない。
二時間前に羽田空港に到着し、連絡したと思ったのだろう。

そのため、今、羽田空港の送迎の車寄せに居るのだろうと推測した。

 

「もしかして、今、空港にいるの?」



と聞いてみると、

 

「ソウ、イツモノトコロ イルヨ。
クルマ タクサン ナラブ トコロ。」
(そう、いつもの所、居るよ。
車 たくさん 並ぶ 所。)



との事で、守叔父さんの勘違いによって、羽田空港へ迎えに行った事と理解した。

確かに、私は敢えて自分の居場所を守叔父さんへ伝えなかった。守叔父さんは、気を利かせて空港に向かってくれたのだ!

 

「アルイテ、キタンデショ?」
(歩いて、来たんでしょ?)



と言う言葉の意味は、まだハッキリしていないが・・・。

それにしても、本当に本日の仕事は終わったのだろうか? 私のために、簡単に時間を切り上げる事が出来たのだろうか?

二時間前、車は守叔父さんの自宅前にとまっていた。職場はどこで、通勤時間はどのくらい掛かるのだろう?

仕事を終えてから自宅に戻り、車に乗って空港へ向かう。

前もって上京予定を連絡していたのならば理解できるが、たったの二時間前に電話連絡しただけで迎えに来てくれるとは・・・?

本当に、仕事しているのだろうかと疑問に思った。

とりあえず、迎えに来てくれる事はハッキリしたので、

 

「東京には、昨日来ました。」



と伝えた。

 

「ジャア、ココニイナイノネ、ワカッタ。」
(じゃあ、ココに居ないのね、分かった。)



と答えが返ってきた。


 

「今、京急の駅、大鳥居に居ます。」



と再度伝えた。

 

「ワカラナイ、ドコ?」
(分からない、何処?)



何が分からないのだろう?と思いつつ、

 

「京急の駅だよ!
羽田空港から蒲田に向かって途中の駅だよ。」



と念を押してみたが、

 

「ケ・イ・キ・ュ・ウ? ワカラナイ」
(京急? 分からない)



との答え、

 

「じゃあ、何処の駅が良い?」



と聞き返してみるが、

 

「ドコ、エキ、ナニ、ワカラナイ」
(何処、駅、何、分からない。)



との答えに、「ジョーク」なのか? 何らかの言葉遊びが続いているのか?
守叔父さんの「変答(返答)」に困惑してしまった。

守叔父さんは、大田区、港区を中心に運送業を営んでいた、もしくは、現在も営んでいる可能性もある事を考えると、「駅」が分からないはずはない。

守叔父さんは、なぜ「駅」が、分からないと言うのだろうか? 不思議な会話のやりとりが続いた。

この後、私が京急に乗って羽田空港に向かい、送迎用の車寄せまで出向くと言う選択肢があるが、さて、どうしよう? と返答を考えているところに、

 

「ドコ、トマッテルノ?」
(何処、泊まってるの?)



との問いが戻ってきた。

守叔父さんに宿の場所を伝える事はリスキーだと考えていたが、守叔父さんが車に乗って自由に行動していることを勘案すると、拉致・監禁等の可能性は、より低くなったと考えられるので、宿を伝える事とした。

宿の名前だけでは心許ないので、郵便番号、住所を合わせてメールした。

そして、今来たばかりの道を折り返し戻る事とした。

守叔父さんは、迎えに来てくれるのだろうか、無事に会えるのであろうか?

(つづく)
 

2022年9月14日水曜日

「泣けない人」その30



30 、上京二日目.4

二時間後の電話の内容によっては、今日、守叔父さんに会えるかもしれない。

電話の声をもとに状況を察する範囲では、特に問題は無さそうではあるが、まだまだ、気を緩める事は出来ない。

わずか上京二日目で、守叔父さんに接触して良いのか・・・? すこし、戸惑っている自分がそこには居た。

状況報告のため、八王子の豊治叔父さんに連絡を入れた。

 

「守叔父さまに電話しました。(^_^)/ 
昼に合う約束ができそうです。」
2021/11/30 09:02



この時、誤変換の「会う→合う」メールを送った事には気付かなかった。急展開の状況に対して、頭の回転に余裕がなかった様である。

 

「職場で、電話に出ているようでした。」
2021/11/30 09:06



と、追加情報を送信した。

 

「了解です。なるべく広くて見晴らし
の良い落ち着けるところで食事でも
しながら話しを聞いて下さい。仕事
の有無や内容、年金手続き等も守叔
父に自らの意思や見解等聞いて精神
状態を観察して下さい。アンチエィ
ジング注射の回数等も聞いて下さ
い。 」
2021/11/30  9:11



短い文章ながら、多岐にわたる要望が込められた返事であった。

守叔父さんに対しては、上京目的「守叔父さんの様子伺い」を悟られずに接近しなければならない。

その中で、どれだけの事が聞き出せるのだろうか? まだ、会えるかどうかも決まってないし・・・。

自分の上京目的は、表向き(守叔父さんに対して)は「東京観光」である。
東京観光の一つとして、航空写真の撮影を考えており、望遠レンズを付けた一眼レフカメラを持参している。

守叔父さんが、飛行機撮影に興味を持ってくれて、羽田空港周辺の飛行機撮影ポイントに連れて行って貰えると、都合が良いと考えている。

おすすめの撮影ポイントを再度検索し、「京浜島つばさ公園」か、「城南島海浜公園」での撮影ができれば良いな・・・、などと考えていた。

カメラのバッテリーチェックとテスト撮影をしたのち、リュックに入れて外出準備が完了した。

守叔父さんとの会話を録音するために、ボイスレコーダーも準備した。

どこで電話を待つべきか? 守叔父さんが、どの様な行動をするのだろうか?

守叔父さんの職場がどこかも分からないし・・・。

とりあえず、最寄りの駅で電話を受ける事とし、予定時刻の30分程前に宿を出た。

 





最寄り駅は、京浜急行空港線の大鳥居駅である。環八通りと産業道路の交差点の地下にある駅であり、大きな駅ビルがあるわけでなく、地上ではその存在が分かりづらい駅である。

大田区在住の守叔父さんならば、分かってくれるだろうと思い選定した。

もうすぐ駅に着くタイミングで、守叔父さんから電話がかかってきた。予定より20分以上早いものであった。

 

「もしもし」



と電話に出ると、

 

「ツイタヨ! イマ、ドコイルノ?」
(着いたよ! 今、どこいるの?)



との返事が返ってきた。

「着いたよ!」とは、一体、何処に着いたのだろう・・・?

守叔父さんは、何処にいるのだろう? 二時間前の電話では、待ち合わせ場所を決めていないので、不思議な返答に困惑しつつ、

 

「今、京急の大鳥居駅の近くに居ます。」



と答えた。すると、

 

「ワカラナイ」


との返事が戻ってきた。

 

「京急線の駅、大鳥居駅の近くに居ます。」



と再度伝えた。

 

「ワカラナイ」



との同じ返事が戻ってきたので、

 

「何が、分からないの?」



と質問してみたが、

 

「ワカラナイ、イマ、ドコイルノ?」
(分からない、今、何処いるの?)



との言葉に続き、

 

「アルイテ、キタンデショ?」
(歩いて、来たんでしょ?)



との言葉が聞こえてきた。

「歩いて来た」とは、どういう事だろう? 守叔父さんは、私が、何処から歩いて来たと考えているのだろう・・・?

「鹿児島から遊びに来た」とだけ伝えていたが、なんだか、勘違いをしているようだ。

守叔父さんが何処に居るか分からない状況で、どの様に伝えれば良いのだろうか、少し途方に暮れそうな感じを覚えはじめた。

(つづく)
 

2022年9月7日水曜日

「泣けない人」その29

 


29 、上京二日目.3

守叔父さんからのメールが届いた後、5分ほど待ってから電話を掛けることにした。

ダイヤル発信後、呼び出し音を3回繰り返したところで、守叔父さんが電話に出てくれた。

 

 


「モシモシ」

 

 

 

少し食い気味に、

 

 

 

 


「もしもし、柑太郎です。守叔父さん、こんにちは」

 

 

 

と伝えると、

 

 

 

 

 


「モシモシ、ドウシタノ?、イマ、ドコニイルノ?」
(もしもし、どうしたの? 今、何処に居るの?)

 

 

 

との、メールの返答と同じ質問が返ってきた。

その会話口調には、メールに添えられた絵文字と同様に、突然の私の上京に驚いた様子とともに、なぜ、来たのだろうという疑問も含まれていた。

一週間前の電話では、たどたどしい言葉とともに、迷惑そうな感情を含み、少し他人行儀なよそよそしい応対であった。

しかし、今日の会話では、近くに来ている事が嬉しいようなニュアンスも含まれており、定型句的な会話の滑り出しはスムーズであった。

電話の声の背景には街の喧騒が聞こえたので、自宅内ではなく、外出先で話していることを察する事ができた。

居場所を具体的に伝えるのは、まだ危険かもしれないと考え、少し誤魔化し、

 

 

 

 

 


「東京に遊びに来てます。」

 

 

 

と答え、続けて、

 

 

 

 

 

 

「今、忙しいですか? 仕事中ですか?」

 

 

 

 

 

と問いかけた。

 

 

 

 

 

 

「イマ、シゴトチュウ」
(今、仕事中)

 

 

 

との返答が来た。続けて、

 

 

 

 

 

 

「ドコ、イキマスカ?」
(どこ、行きますか?)

 

 

 

との問いかけが戻ってきた。「今、何処に居るの?」と再質問されると思っていたら、「何処、行きますか?」との言葉であった。

居場所を説明する必要が無くなり、少し、ホッとしつつ、

 

 

 

 

 


「久しぶりの東京なので、適当にブラブラしようと思ってます。」

 

 

 

と伝えると、少しの「ウゥン、ウーン」と唸り声とともに悩み考えている様な間を置いた後、

 

 

 

 



「ジュウイチジニ、デンワスル、マッテテ」
(11時に電話する、待ってて)

 

 

 

との返答が返ってきた。

 

 

 



「今日、会えるのかな?」

 

 

 

と返すと、

 

 

 

 

 


「ワカラナイ、デンワスル、マッテテ」

(わからない、電話する、待ってて)





「シゴト ・・・ ハナシ ・・・ スル」

(仕事 ・・・ 話 ・・・する)

 

 

 

と半分は、たどたどしく意味不明な返事がきた。

理解するために、いくつか質問を返したのだが、それぞれの質問に対して、

 

 

 

 

 


「ワカラナイ」

「ワカラナイ」

「ワカラナイ」

 

 

 

との返答が、たて続けに返ってきた。

自分の都合の良いように勝手に解釈し、私に会うために、仕事時間の調整をする事だと理解することにして、

 

 

 

 


「よくわからないけど、分かった、待ってます!」

 

 
 

と答えた。

 

 

 

 

 


「ジュウイチジニ、デンワスル、ジャーネ!」

(11時に、電話する、じゃーね!)

 

 

 

との答えの後、通話が切れた。

短い電話から、

・守叔父さんは、自由に外出できるような状況であり、拉致、監禁されている事はなさそうである。

・単独行動していること。
・今、仕事中。
・仕事の都合次第では、今日、会えるかもしれない。
・11時に電話すること。
・会話の一部が、意味不明であったこと。
・難しい事を聞いている訳ではないのに、分からないと返答する。

という事が理解できた。


わずか10分前には、守叔父さんが在宅か、留守なのかについて悩んでいた。

能動的に動いてメールしたことにより、アパートを借りることなく、四六時中の監視をすることも無くなりそうである。

二時間後の11時の電話次第では、守叔父さんに会える可能性がでてきた。

「案ずるより産むが易し」なのか、少しだけ事が前進した様に感じた。

喫緊の課題は、二時間後の電話をどこで待つのが良いか、待ち合わせ場所はどこが良いかを考えることとなった。

(つづく)