24 、上京初日.5
現在、激しい鼓動と共に歩いている。
自分の耳でも、心臓の音が聞こえてきそうな程である。
小さなミスをキッカケに焦りがでて、緊張感が一挙に跳ね上がってしまった。
「単なる散歩のつもり」のはずが、スマホのライトの自動点灯による煌めきによって、心の安定が打ち砕かれてしまったのだ。
自動○○というものは、そのほとんどが便利でありがたいものであるが、意図せずに作動すると、その際の驚きは尋常でない時があるって事だ。
・
・
・
「落ち着け!」、「 落ち着け!」と心の中で連呼し平静を装いながら、守叔父さんの住んでいる三階建ての低層マンションの前を歩いている。
・
・
・
慌てた心の状態では、できることに限りがあった。
進行方向に対して、頭を左右に振らず、目線だけで建物の周辺の観察をすること。
分かったことは、次の二つ。
部屋の灯りが消えていたこと。
駐車場に、守叔父さんの車らしきシルバーのベンツがとまっていたこと。
念のため、ベンツのナンバー4桁の数字を頭の中で反すうしながら、歩き続けた。
・
・
・
マンションの前を通り過ぎても、あまりの緊張のため、なかなか次の行動へ移ることができなかった。単にできたのは、道なりに真っ直ぐ歩くだけであった。
散歩ならば、どの道を進もうが自由である。適当に交差点を曲がってもよい。同じ所を周回してもよい。しかし、この時の自分にできたことは、一定のリズムでただ真っ直ぐに歩き続けることだった。
真っ直ぐ歩き続けた結果、海岸沿いの遊歩道に突きあたった。
進路を決めるために左右のどちらかを選択しなければならなくなった。
もちろん、来た道を戻る事を含めると三択ではあるが・・・。
この時には、来た道を戻るという選択肢は頭に一切浮かばなかった。
グーグルマップやストリートビューで予習していないルートのため、若干ためらう気持ちもあったが、とりあえず、宿に戻る方面へ歩みを進めることを選択した。
このことは、「第一回目の出陣!」の作業をほぼ終える事を意味し、少しだけ緊張がほぐれるのを感じた。
ほんの少しだけ歩いた後、立ち止まって頭の中で反すうしていた車のナンバーを、忘れぬうちにスマホにメモした。
わずか4桁の数字であっても、気を抜くと忘れてしまいそうな感覚があったからだ。
そして、遊歩道をトボトボと歩きはじめた。
海岸沿いとは言え、静かな遊歩道ではなかった。
なぜなら、すぐ横には、首都高速1号線の高架道路が並んでおり、たえず車の流れがあったからだ。
日没後のせいか、それとも単に人気の無い場所なのか、この遊歩道ではなかなか他人とすれ違うことがなかった。周りを気にせずに歩くことができたため、徐々に気持ちが落ち着いてきた。
・
・
・
しばらく歩いていると、首都高の高架の隙間から地上に駐機している飛行機が見えた。羽田空港に近いことが実感できた。
飛行機が最も良く見えそうな場所まで歩いて、しばらく立ち止まって飛行機を見ていると、心臓の鼓動も平常に治まり、「単なる散歩のつもり」に戻っていた。
スマホの地図アプリを頼りに、宿に戻ることとなった。
(つづく)