2022年7月6日水曜日

「泣けない人」その21




21 、上京初日.2


マスクの息苦しさとともに、メガネが水蒸気で曇り、前が見えない。チョッと歩いては止まり、ハンカチでメガネを拭く。そして、チョッと歩いては止まり、メガネを拭く。何度か繰り返していたら、いつの間にか、宿の前に着いていた。

一見すると新築のマンションのようであり、宿泊施設には思えなかった。

一般的なホテルならば、遠くから◯◯ホテルなどの大きな屋号が見えるが、私の予約した宿には、それが無かった。

アパートやマンションの建物名称の表示と同様の大きさの屋号表示であった。

エントランスの前に立つと自動ドアがスーッと開いた。


この建物が作戦基地となり、この後、2週間程を過ごす事になるが、そのドアの開く音は、静かなものであり、私の心も静かに作戦をスタートさせたようであった。





 

真っすぐ入った奥には、もう一つの自動ドアが見える。そのドアの右壁にはインターホンがあり、オートロック付きのマンションのエントランスホールと同じ作りであった。

エントランスホールの左手に管理人室の様な部屋が有り、入り口に手指消毒のアルコールが設置してあった。

「消毒後に入室して下さい」との掲示があった。

荷物のキャリーケースを脇に置き、深い一呼吸をし、タオルで顔の汗を拭いた後、両手をアルコール消毒した。そして、入室。





 

部屋の中にカウンターがあった。

カウンターと言っても、流行り病対策のために、机の上に簡易的なアクリル板を置いただけのものであった。

予約の時に、屋号に「ホテル」との表記は無いことはわかっていたので、ホテルではない。

同じくらいの金額のビジネスホテルと比べて、部屋の広さは二倍以上。キッチン、冷蔵庫、風呂トイレ別、WiFi完備であったため、この宿を選択した。

入室後、周りを見渡しても人が居なかったので、「お世話になります」と声を掛けた。





 

チョッと間を置いて、奥の方から人が出てきてくれた。

ゆっくりとした口調で、「いらっしゃいませ」との声。適度の緊張感が有るものの、安心感も備えたものであった。

物腰の柔らかそうな男性であり、私より10歳程年上のようにみえた。

一通りの宿泊方法の説明を受けたが、簡潔で分かりやすいものであった。

宿泊カードを記入し、その上、流行り病の対応のために体温測定および体調不良の際の対応の方法に関して説明を受けた。

途中、「困った事があったら、いや、困った事がなくても、なんでも相談してください。」との言葉があった。その言葉は、私にとって非常に安心できるものであった。





 

ホテルとの大きな違いは、チェックイン時の宿泊費の事前支払い、および、日々のベッドメーク・掃除が無い事であった。

また、宿泊期間中は、外出時に鍵を受付に預ける必要もなく、チェックアウトの日に鍵を返却するのみであった。

ホテルならば外出時に、荷物の片付けが若干必要であるが、ベッドメーク・掃除が無いならば、荷物を広げた状態で外出できる。

また、鍵をずっと持っていることができれば、受付にいちいち立ち寄らずに外出でき、変装のために着替えて服装が変化していても気にせず外出できる。

いつでも気兼ねなく入退室できることが分かった時点で、だいぶ気が楽になった。

宿泊費を支払い、鍵を受け取った。3階の部屋であった。

そして、「スパイ7つ道具」の小荷物も無事に受け取ることができた。

受付部屋から出て、エントランスホール奥のインターホンにある鍵穴に部屋の鍵を差し込み、捻るとエントランス奥の自動ドアが開き、中に入ることができた。

右手にエレベーターがあり、上矢印ボタンを押すと同時にドアが開いた。

エレベータの中に入って、3階を押し、閉ボタンを押した。

こじんまりしたエレベータに乗った事によって、少し安堵感があった。

数秒後、3階へ到着。エレベーターを降り、自分の部屋の前へ。

部屋のドアは、ドアノブの上下にキーシリンダーのあるダブルロックで、マンションの玄関ドアの作りと変わらないものであった。

鍵を差し込み、開錠。

このドアを開くと、そこが作戦基地の本部!となる。

(つづく)
 

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