2024年4月24日水曜日

「泣けない人」その102

 


102 、上京四日目.13


京急川崎駅からの帰路、カーラジオから音楽が流れ、その曲に耳を澄ましながら移動していた。

守叔父さんが「電車」「フネ」と言った事によって感じた戸惑いは、曲の流れる時間と共に少しずつ薄らいでいった。

何らかのキッカケで守叔父さんは、またしても安西さんや佐藤さんにお金を騙し取られた事を話し始めた。

その話の内容は、一昨日、昨日と変わらないものであり、目新しい情報は無かった。

一通りの話を聞いたあと、証拠となるものがないのかどうかを聞くと、胸ポケットからスマホを取り出して、安西さんからのメールを見せてくれたが、一昨日、昨日も見せて貰った同じメールであった。

他に届いたメールがあれば、状況が分かるかもしれないと思い、有無を確認する為に、スマホの画面をフリックしてみたけれども、安西さんからのメールは1通しか無かった。 

トラブルを抱えた相手とのやりとりが1通のメールだけとはいささか不自然ではあるが、ないものはしょうがない。

代わりに佐藤さんとのメールのやりとりはあるのだろうか?

調べようとした時、守叔父さんにスマホを取り上げられてしまったので確認できなかった。

守叔父さんはスマホを操作して、

 

「コレ、オモシロイヨ!」
(これ、面白いよ!)



と言いながら、私にスマホを見せてくれた。

画面に映っていたものは、昨日の昼食時に見せてくれた動画であった。

守叔父さんが中国旅行へ行った際に撮影されたものである。

昨日は動画を一緒に見ながら、撮影時の状況を丁寧に説明してくれたので、その動画の内容を私は覚えており理解していた。

それにもかかわらず、守叔父さんは、初めて見せるがごとく、ほぼ同じ内容を事細かく説明をしながら見せてくれた。

昨日、既に私に見せた事を覚えていないのだろうか? 

それとも、ただ単に何度も見せたいと思っているのだろうか?

守叔父さんは、その動画を笑いながら笑顔で説明してくれたが、私の表情は困惑して、苦笑いしていたと思う。

安西さんからのメールの件、そして、中国旅行の動画の件、それぞれ、同じような行動が二回または三回繰り返されていることに気がついた。

 





動画の再生が終わり、動画の説明を喋り終えると、守叔父さんはスマホを受け取って胸ポケットにしまいこんだ。 そして、


「オモシロカッタデショ!」
(面白かったでしょ!)



と言って、満足そうな表情をしていた。

 





ちょうど、カーラジオから流れる歌が終わりDJ(ディスクジョッキー)が喋り出した時だった。

守叔父さんは、すかさずカーラジオの選局ボタンを押した。

音楽が流れているチャンネルがみつかると、その音楽を聴いた。しばらくして、その曲が終わり、DJ(ディスクジョッキー)が喋り出すと、また選局ボタンを押した。

音楽のみを聴くような感じで、ニュースやDJの「話し声」を聞くことがほとんど無いことに気がついた。

もしかすると、言葉が不自由になったため、他人(DJやアナウンサーなど)の話す事が理解できない、もしくは理解しづらいのかもしれない。 

結果として、それらの言葉は雑音となり、雑音を避けるために音楽を選局しているのかもしれないと考えた。

(つづく)

 

2024年4月17日水曜日

「泣けない人」その101

 


101 、上京四日目.12

「(川崎)市役所通り」を西に向かってクルマが進んでいる。

この先には、「オッキナフネ(大っきな船)」があるらしい。

右手に川崎市役所が見え、それを通り過ぎた後に右折して、細い路地に入り込んだ。

ほどなく、より狭く一方通行の道に入り込んで行った。 

守叔父さんは、以前、「川崎駅」近くのマンションに住んでいたので、この辺りの道路には詳しいのだろうが、本当に狭い路地の先に「オッキナフネ(大っきな船)」があるのだろうか・・・?

いくつかの小さな交差点を過ぎた後に左折した。

そして、直進し続けると一時停止の道路標識のある「丁字路」に突き当たった。

一時停止で止まったのち、クルマを進めると目の前には左右に高架が広がっていた。

高架の上の看板には「京急川崎」と書かれており、「京急川崎駅」のプラットホームであることが分かった。

守叔父さんは、駅ホームの左右を見て、そして何かに気がつき指差して、

 

「キタ、キタ、フネ、フネ!」
(来た、来た、船、船!)



と言い出した。

駅のホームに「船」が来ることがあるのだろうか・・・? 

見逃すまいと、その指の指し示す方向を見るものの、下りの普通列車がホームに滑り込んできただけだった。

「船」を表す何らかの特別な塗装の列車というわけでもなく、赤く見慣れた京急の車両であった。

先頭車両が右から左に通り過ぎ、京急川崎駅のホームにその全ての車両が並んで停止した時、守叔父さんは、

 

「オッキナフネ!」
(大っきな船!)



と言いながら、笑顔で喜んでいたのだった。

この事により、守叔父さんの言った「オッキナフネ!」とは、「大きな(長い)電車」のことであることが分かった。

まさか、「電車」の事を「船」と言うとは予期できなかったし、「車両数が多くて長い列車」「大っきな」と表現する事にも驚いた。

そして、守叔父さんは、わざわざ手間をかけて、私に京急の電車を見せてくれたことになる。

守叔父さんは、50歳を超えた甥っ子である私が、単なる普通の電車を見ると喜ぶと考えたのだろうか・・・? と少し疑問を覚えた。

対して、守叔父さんの表情は、小さな子供が電車を見て喜んでいるような風に見えた。

電車が出発し、ホームから見えなくなると、守叔父さんは満足したようで、クルマをゆっくりと発進させた。

 





カーラジオから流れる音楽を聴きながら、守叔父さんの発した言葉を心の中で反すうしていた。

守叔父さんは、駅において「電車」「フネ」と言い、八景島の「シーパラダイスタワー」の事を「フネをピューっとやるやつ」と言った。

その両者に共通することは何だろう・・・? と考えると、「フネ」とは「乗り物」の事を全般的に指しているのではないかと推測した。

船やクルマなどが「進んでいること」「アルイテル」と言い、車両数を「コ(個)」で数えた事などから、「電車」「フネ」と言ってもおかしくない。

これらの事から、守叔父さんの使える言葉が少なくなっており、言葉に問題を抱えていることはより明らかになった。

また、守叔父さんは、私の事を喜ばそうと考えて行動していることは理解できるが、その思考は、ある意味子供っぽくて「幼稚」であり、かつ「単調」なものであることがわかりはじめたような気がした。

(つづく)
 

2024年4月10日水曜日

「泣けない人」その100

 


100 、上京四日目.11


八景島シーパラダイスの滞在時間は、場内の移動時間20分、シーパラダイスタワー搭乗10分、計30分程のわずかな時間であったが、守叔父さんは、十分に楽しんだといったような満足そうな笑顔をしていた。

私は、対照的に「船をピューっとやるやつ」の謎が頭から離れずに困惑していた。

クルマを駐車場から出し、移動しはじめて数分後、交差点にて信号待ちをしていると、守叔父さんは、声を出しながら何かを数え始めた。

 

「イッコ、ニコ、サンコ、ヨンコ、ゴコ。」
(一個、二個、三個、四個、五個」



数え終えたようだ。そして、

 

「ゴコダッタネ!」
(五個だったね!)



と言って微笑んだ。何の個数だろう?

周囲で数えられるモノを探したが、「個」の助数詞を使って数えられるモノで「五個」になるものは見つけられなかった。

「個」とは数えられないものかもしれないな、、、。と考え直してみた。

交差点を横切ったクルマは10「台」以上もっとたくさん走っていたし・・・。

街路樹も数えられないほど、何「本」も林立している。

他に何か視界に入っていたモノが有っただろうか?

守叔父さんが数えはじめた時に、道路に並走している高架上をシーサイドラインの列車が通り過ぎたのが見えていたような・・・気がするが、今は見えていない。

シーサイドライン車両に関する何らかの数なのだろうか? 

ぼんやりして見過ごしていたので分からないが、もしかして「車両数」なのだろうか?

もう一度、見ることができれば確認できるだろう。

信号が変わり、クルマを進めると、運良くシーサイドラインの車両をもう一度、見ることができた。

同一車両では無いかもしれないが、私は声を出しながら数えることにした。

 

「一、二、三、四、五」



と数えた。確かに五両だった。

 

「五両だね!」



と守叔父さんに伝えると、

 

「デショ!」
((そう)でしょ!)



と返事がかえってきた。守叔父さんの表情をみると、数えまちがってなかった事を喜んでいるようだったので、先ほどの「五個」は、車両数の「五両」を数えていたことが理解できた。

車両数を「個」で数えることには少し戸惑ったが、「船をピューっとやるやつ」に比べるとさほど驚きは無く、「助数詞」の使い方もままならないことに気がつくことになった。

 





その後、クルマは進み、横浜を過ぎ、川崎に近づいていた。 唐突に、守叔父さんが、

 

「フネ、ミタコトアル?」
(船、見たことが有る?)



と言った。

江の島の展望台から「漁船」を見てから数時間しか経ってないのにな・・・?と思っていると、

 

「アッチニ、オッキナフネガアル。」
(あっちに、大っきな船が有る。)



と海とは反対側の西を指差しながら言った。

「船」ならば、「海」の方向を指差すだろうが、、、。

守叔父さんの表現している「フネ」「船」では無いのかもしれないと推測した。

もしも、シーパラダイスの展望台を「フネ」と表現したのならば、展望台が有るのだろうか?

 

「イッテミル?」
(行ってみる?)



と守叔父さんが聞いてきたので、「フネ」が何であるかを理解する為には良いチャンスだと思い、

 

「行く! 行く!
行ってみたいな!」



と答えた。すると、守叔父さんはウィンカーを左に入れた。そして、次の交差点を左折した。

ちょうど、川崎駅へ向かうルートであった。

守叔父さんの「フネ」は、何を指しているのだろうか?

(つづく)
 

2024年4月3日水曜日

「泣けない人」その99

 


99 、上京四日目.10


行き先の分からないドライブが続いている。 

以前、住んでいた地域周辺なので、道に迷うなどの不安は特に無い。

てっきり、交差点を直進して「横浜ベイサイドマリーナ」へ行くのだろうと思った矢先に、右折するとの事、私の予想は違っていたようだ。

東京湾岸道路を南下すると、突き当たりは「八景島シーパラダイス」である。

守叔父さんの目的地は、「八景島シーパラダイス」なのかもしれないと考え直した。

 

「この先、八景島だよ!
シーパラダイスに行くの?」



と問うと、

 

「ソウ、ソウ!、ソコ、ソコ!
モウスグ、ツク!」
(そう、そう!、ソコ、ソコ!
もうすぐ、着く!)



と言いながら、八景島の方向を指差した。

行き先が「八景島シーパラダイス」であることがハッキリした。

いまさらながら、八景島に行く事が分かっていなくても、「京急金沢八景駅」の近くの交差点を海側へ曲がるように伝えて、海岸沿いを進んでいれば近道だったのにな・・・・。と少しだけ後悔した。

 





シーパラダイスの駐車場の案内看板を見つけると、守叔父さんは笑顔で、

 

「ココ!、ココ!」
(ここ!、ここ!)



と言って、迷いなく看板の指示通りに駐車場内へ進んだ。

駐車場は八景島の島外にあるため、八景島へは歩いての移動、そして、「マリンゲート」と呼ばれる橋を渡る必要がある。

駐車場から歩いて「八景島シーパラダイス」を目指した。

 





橋を渡り、シーパラダイス場内に入ると、守叔父さんは行き先がハッキリとわかっているようで、場内の案内図などには脇目もふらず、歩みを続けた。

私は、遊覧船に乗ったことはなく、その乗り場がどこなのか知らなかったので、守叔父さんの後について歩くだけだった。

 





いくつかの建物に入っては出て、入っては出てを繰り返した後、建物を出ると目の前には、大きなタワーが立ちそびえていた。

タワーの先に遊覧船乗り場があるのだろうか・・・?

守叔父さんは、ドンドンそのタワーに近づいて行った。

「シーパラダイスタワー」の搭乗券の券売機を見つけると、迷いなくチケットを購入した。

「船をピューっとやるやつ」に行くと言っていたのに、目的を変更したのだろうか?

それとも、「シーパラダイスタワー」「船をピューっとやるやつ」と表現したのだろうか?

まず最初にタワーに昇った後、遊覧船に乗るつもりなのだろうか・・・?

なんだか、キツネにつままれたような気分になった。

1時間ほど前に、「江の島シーキャンドル」の展望台に登ったばかりなので、展望台の「連チャン」である。

昨日の「横浜ランドマークタワー展望台」も含めると、「3連チャン」の展望台となる。

天気が良く、遠くまで眺望できる空気の澄み切った日が続き、ラッキーではあるが、少しお金の無駄遣いかな・・・?とも感じていた。

シーパラダイスタワーは、その展望台部分がゆっくりと回転しながら上下する乗り物で、地上90mから360度のパノラマ風景を見ることができ、「展望台」「アトラクション」をミックスしたものである。

守叔父さんは、終始、笑顔で遠くの景色を楽しんでいた。


「シーパラダイスタワー」から降りると、来た道をそのまま戻ることになった。

遊覧船には乗らないのだろうか・・・?

 

「船に乗らないの?」



と尋ねると、頭を横に振り否定しながら、胸元からスマホを取り出し「時刻」を確認した後、

 

「カエロウ!」
(帰ろう!)



と言った。

そして、そのまま歩き続けて「マリンゲート」を渡ることになった。

「船をピューっとやるやつ」は何だったのだろう?

まさか、「シーパラダイスタワー展望台」の事を「船をピューっとやるやつ」と表現していたのだろうか?

私は、守叔父さんの言動と行動がまったく理解できない状況に戸惑ってしまった。

(つづく)