2023年7月26日水曜日

スイカは何度もハツモノ!



姉がスイカをもってきてくれた。

私はそのスイカをダイニングテーブルの上に置き、父に対して

「このスイカは、お父さんにとって、今年の初物スイカですか?」

と聞いた。すると、父は「今年初めてのスイカだ! ハツモノだ!」と喜んで答えてくれた。

私は、「残念! このスイカは二回目です!」と答えた。

なぜなら、数日前に弟がスイカを差し入れしてくれたものを一緒に食べていたからだ。

父は、そうだっけ?という顔をしながら、スイカを食べたことを思い出そうとしていた。

私がいくつかのヒントをあげると、弟がスイカを持ってきてくれたこと、そして、それを食べたことを思い出してくれた。

思い出してくれたからというわけではないが、姉のもってきてくれたスイカを母に切って貰うことにした。

キッチンに運び、数分後、食べやすいサイズにカットされたものがダイニングテーブルに戻ってきた。

父は、そのスイカをみて、「今年初めてのスイカだ! ハツモノだ!」と喜んだ。

まさか、キッチンでカットしていた短かい時間の間で忘れてしまうとは・・・。

認知症となり、記憶力が落ちている父の話であるが、認知症を残念と捉えるか、ハツモノを何度も経験できることなどをラッキーと捉えるかは介護する周囲の人の心の位置次第だな・・・。と考える今日この頃。
 

2023年7月19日水曜日

「泣けない人」その71

 


71 、上京三日目.13

注文した料理を待っている間、守叔父さんは中国での食事風景の動画を「三回」繰り返して見せてくれた。

一度見れば十分な内容のものなのだが、一度ならず、二度、三度と繰り返し見せてくれた。 守叔父さんのお気に入りの動画のようだが、本当にマイペースな守叔父さんである。

三度とも、映像を見ながら内容を説明してくれた。

その説明が、三度ともまったく同じ内容であり、また、言葉を発するタイミングも同じであったため、少し気味悪くさえ感じた。 

例えるならば、小さな子供が同じ動画を繰り返しみているときに、同じような行動を繰り返すのと同じようなものであり、子供ならともかく、普通の大人がやらないようなものであった。 普通の大人ならば、相手の反応をみて、その都度、説明を変えるだろう! 

三度目の動画が終了すると、守叔父さんは満足したような顔をしており、笑顔であった。

そして、守叔父さんは、小さな声で

 

「タノシイナ!」
(楽しいな!)



と、つぶやいた。 

最近、楽しいことが無かったのか?
その言葉は、小さいながらも私の心に届いてきた。そして、

 

「リリィチャン
ホントニネ
ソウトウ トオカッタナ!」
(リリィちゃん 
ホントにね、
相当遠かったな!」



と言った。 

もしかすると、中国の動画を見るのは傷心を癒すための行動なのかもしれない。

中国出身らしきリリィさんとは10数年間も同棲していたようだが、
リリィさんは、なぜ、同棲を解消し本国に帰ったのだろう???

リリィさんの事が気になったので、

 

「リリィさんは、
今どうしているの?」



と聞いてみた。すると、

 

「オカネガナイカラ
イケナイジャン。」
(お金がないから
行けないじゃん。)



との答え、「金の切れ目が縁の切れ目」って事なのだろうか・・・?

 



ふと、豊治叔父さんやめぐみ叔母さんに守叔父さんの近況を伝えるためには、本人の写真が必要!と思い、守叔父さんを撮影しようと考えた。

スマホをカメラモードにして、「マスクとってよ!」と伝えると、素直にマスクを外してくれた。マスクを外すとホントに若く見える!

私が「若いな!」と言いながら撮影すると、

 

「オレ、ドンナ カンジ?」
(俺、どんな感じ?)



と守叔父さんは、自分の写真が気になるようだった。 撮影した写真を守叔父さんに見せると、守叔父さんは自分自身の写真を見ながら

 

「カワイイ、カワイイ」
(かわいい、かわいい)



と言った。そして、続けて、

 

「デモ、ソレッテサー。
ドウミテモ66サイニハ
ミエナイヨネ!」
(でも、それってさー。
どうみても66歳には
見えないよね!)



と、自分が若い事をアピールしてきた。守叔父さんは続けて、

 

「ソレッテ、ソレッテサー、
サイショノコロッテ、
ダレカガミタトキ、
40サイカナ トカ、
50サイカナ トカ、
ソンナニシカ、
ミンナニイワレナイヨネ!」
(それって、それってさー、
最初の頃って、
誰かがみたとき、
40歳かなとか、
50歳かなとか、
そんなにしか、
みんなに言われないのよね!)



と言った。 

「最初の頃」とはどういう意味なのか分からないけれども、ともかく、守叔父は、自分の見た目が40代か50代であると言いたいようだ。

一体、どれだけ見た目を気にしているのだろうか?

(つづく)
 

2023年7月12日水曜日

「泣けない人」その70

 


70 、上京三日目.12

守叔父さんは、何を失敗したのだろう?  

「65キロ」とは何だろう?

私に向けられた守叔父さんのiPhone画面を注視すると、たしかに「65」という数字が表示されていた。そして、「65」は一つしかなかった。 

その数字は、バッテリー残量を表している数字であった。つまり、バッテリー残量が減っている事に気付き、充電を忘れた事を「失敗した!」と表現したようだった。

 



当然ながら、その数字の右隣の文字は「%」であった。
それにしても、なぜ、守叔父さんは、「パーセント」「キロ」と言ったのだろうか? 

明らかに”おかしな事”を言っている守叔父さんではあるが、単なる言い間違いなのか、「パーセント」「キロ」と読み間違える理由があるのだろうかと少し考えた。

昨日の守叔父さんは、私の視力では見つけられない程の遠くの小さな飛行機を見つけることができた。 このことから、守叔父さんは遠視か老眼の可能性があり、近いものは見づらいのかもしれない。

焦点が合わず、ぼやけた「K」「%」は、見た目が似ているのかもしれない。 そんなことがありえるのだろうか・・・? 

遠視か老眼のために、近くのものがよく見えないと仮定すると、同じ文字の大きさである数字が読めていることが疑問となる。 そのため、「%」が見えない事はないだろう。 そして、「%」が見えなくても電池残量は「パーセント」だろう!!! 

「%:パーセント(百分率)」の言葉がわからないのだろうか???

 



この時点では、「%」「K」の区別がしづらく、「K(キロ)」と見えていると思うことにした。 
「%:パーセント(百分率)」を理解できない守叔父さんを認めたくない自分がそこにはいたからだ。

そして、私は「65%(パーセント)あれば、大丈夫でしょう!」と正しく伝えた。

守叔父さんは、少し不満そうであったが、その後、画面を自分に向け続けてiPhone操作を始めた。 しばらくして、

 

「ミテ! ミテ!」
(見て! 見て!)



と言いながら、iPhoneの動画を私に見せてくれた。

動画は、飲食店内で撮影されたもののようだった。

そのお店には、こじんまりはしているものの、立派なステージがあった。

しばらく動画をみていると、そのステージ上では生の琵琶の演奏、大きな刀を振り回す演舞、そして、瞬間に仮面を変える「変面」と言われる中国伝統芸能の一つなどが披露されていた。

ステージ上以外の店の雰囲気も、日本的ではなかった。

守叔父さんの言葉による説明では「中国」という国名は出てこなかったが、ジェスチャーによる説明によって、遠い遠い所で撮影されたものであるようだった。

私は、

 

「叔父さん、中国に行ったの? 

中国のお店の映像?」



と質問すると、

 

「ソウ、ソウ」
(そう、そう)



と答えてくれた。 生音楽や演舞などのステージを見ながらの食事! 一体どのくらいの金額の食事代がかかるのだろうか? と疑問に思っていたら、

 

「ムコウハ ヤスイノ!
スゴイ ヤスイノ、
ヨニンブンデ ゼンブデ
ニジュウマンエンクライ。」
(向こうは安いの!
スゴイ安いの、
四人分で全部で
20万円位。)



と言い出した。 四人で20万円の食事を安いと言うのだろうか? 一人あたり5万円の食事は高いだろう!

確かに、ステージのあるレストランなので、高級そうにもみえるが、超が付くほどの高級感ではなかった。

20万円が安いとは、一体どういうことなのだろう??? 守叔父さんと私の金銭感覚は、そんなに違ってるのだろうか・・・? 思わず、

 

「20万は、安くないでしょ!」



と伝えると、しばらく悩んだ顔をしたあと、

 

「ニジュウマンノ・・・
モトイ、ニマン。
ゴニンデ、ニマン。」
(20万の・・・
もとい、2万。
五人で二万。」



と守叔父さんは言い直してくれた。

一人四千円位の食事ならば、妥当な金額だろう。 生演奏、演舞があってその金額ならば「安い!」と言えるだろう。

 

「東京だったら幾らするのだろう!
焦ったよ!
守おじちゃん、沢山稼いでいたから!
金銭感覚が違うのか!と思ったよ。」



と伝えた。 単に数字の"桁(ケタ)"を言い間違えただけのことであったので、ホッとした。 

(つづく)
 

2023年7月5日水曜日

「泣けない人」その69 

 


69 、上京三日目.11

横浜ワールドポーターズ「とんかつ かつ楽」の店内。

守叔父さんは食事を注文した後、テーブルの端に置かれた調味料などを物色しはじめた。
ラミネートされた練りからしの小袋を指差しながら、

 

「コレ、ナニ?」
(これ、何?)



との質問。 「からしだよ!」と私が答えると、

 

「イタイヨネ!」
(痛いよね!)



と守叔父さんは言った。 私は、子供ならともかく、大の大人が「痛い!」と表現するのは変だなと思った。 タバスコや赤唐辛子ならば、「痛い!」と言う表現もあるかもしれないが・・・。 守叔父さんは続けて、

 

「カライノダメ、
リリィチャンハ、
カライノスキダッタ。
カラシ、タベルノ 
カッコイイ!」
(辛いのダメ、
リリィチャンは、
カライの好きだった。
からし、食べるの
カッコいい!)



と言った。

「からし」から元彼女の話がでてくるとは・・・。 そして、からしが食べられるとカッコいいと思うのは、なぜだろう!?
守叔父さんは、よっぽど子供の味覚なのだろうか? それとも、口内炎か虫歯か何かにしみるのだろうか?
 

 

からしが食べられるとなぜカッコいいと思うか、その理由を、私が守叔父さんへ質問しようと考えているタイミングで、守叔父さんは、丸い陶器のフタをとって、中の黒いものを指差しながら、

 

「ナニコレ?」
(何これ!)



と言った。 店名のとおり、「かつ」の専門店である。 どうみても、トンカツソースにしかみえないのにな・・・? と思いながら、

 

「カツにかけるソースだよ!」



と伝えたものの、守叔父さんは、何だか腑に落ちない様子であった。 仕方なく、カツにソースをかけるジェスチャーをしてみせると、

 

「アァ、アァ!」
(あぁ、あぁ!)



と言って、私のジェスチャーのマネをしながら納得したような顔になった。 とんかつを食べたことが無いはずはないが・・・。

他、サラダドレッシングや爪楊枝、お箸などについても、同じように守叔父さんの質問が続いた。

その時の守叔父さんの様子は、訪日外国人が初めて和食に接する時のような雰囲気であった。 知らない文化に初めて接する時のような・・・。 

日本生まれで、日本育ちの守叔父さんには不要な質問であるはずなのに・・・。

私は、それぞれ、言葉による説明と共にジェスチャーによって説明した。 すべての物の説明が終わったら、守叔父さんは落ち着いてくれた。 
 

 

落ち着いた守叔父さんはiPhoneを取り出し、画面を操作しはじめた。 
そして、少し困った顔をしながら、その画面を私に向けて、

 

「ロクジュウ ゴ キロ
シッパイシタ!」
(65キロ
失敗した!)



と守叔父さんは言った。 

何を失敗したのだろう? 「65キロ」とは何だろう?

(つづく)