2023年11月22日水曜日

18日は、「ツイタチ?」



父の左手首には、新調したばかりの腕時計が巻かれている。

父は、その腕時計をじっと見たあと、壁掛けのカレンダーを見て、再度、腕時計を覗き込みながら、不服そうな顔をしていた。
 

「今日は、ツイタチかな?

いや、ツイタチじゃない。

今日は何日だっけ?」


と言い出した。その後、また、壁掛けカレンダーを見た後、新聞の朝刊を見て、挙句の果て、
 

「腕時計が壊れてる!」


と言った。まだ、その腕時計を購入して1週間程しか経たない時の事である。




ステンレス製の腕時計を長年愛用してきていたのだが、なぜか、その腕時計のまかれた手首が赤く腫れ、痒みがでるようになってしまった。

金属アレルギーを疑い、アレルギーフリーを謳うチタン製のものに変えることにしたのだった。

ステンレス製の腕時計は、父の愛着のあるものであった。 「時刻」だけでなく、「日付」「曜日」が並んで表示されるものである。

特に「曜日」が日本語で表示されることにこだわって使っていたものだ。
 


そのため、新しく購入するにあたり、チタン製であることだけでなく、「曜日」が日本語で表示されるものを探すことになった。

しかし、アナログ文字盤で「曜日」を日本語で表示するものはなかなか見つからなかった。

しかたなく、文字盤の一部にデジタル表示されるタイプのものがあったので、それを父に勧めてみた。

「日付」「曜日」のそれぞれの文字が、以前のものより大きく表示される事が気に入ってくれたので、購入することになった。

新しい時計は、父の希望するスペックにプラスされて、「電波時計」「ソーラー時計」となった。

時刻調整はもちろん、「日付」「曜日」も電波信号によって調整される。 適度な光量の下ならば電池交換も不要である。

そのため、購入後、わずか1週間で故障することはないだろう!と、父の言葉を疑った。




その日は、18日であった。
 



父が、腕時計の「18」と表示されているデジタル数字を「1日」「ツイタチ」と読み間違えただけの話である。
 

2023年11月8日水曜日

「泣けない人」その84

 


84 、上京三日目.26

 

「ハネダッテ、ドコ?」
(羽田って、何処?)


と言う、ある意味、衝撃的な言葉であったため、私の頭は少々パニック状態になっていた。

心の中では、「守おじさん、何を言ってるの!」と大声で言っているようであった。

少し頭を冷やして、冷静に考えると、「明日、羽田空港へ行こう!」という言葉は、私の心の中の言葉であることに気が付いた。

守おじさんは、「あの上(アノウエ)」「あそこ(アソコ)」と言っただけで、「明日、羽田(ハネダ)空港へ行こう!」と実際には喋っていない。

そのため、何らかの言葉と勘違いしているのかもしれないと思い、「ハネダ」に近い言葉を探すことにした。

信号待ちの停止のタイミングで、トラックに近づくと、ナンバープレートの地名を読むことができた。

その地名は「成田」であった。

 



「ハネダッテ、ドコ?」「ハネダ」は、「ナリタ」を読み間違えているのかもしれないとハッと気がついた。

そして、「羽田」でなく、「成田って、何処?」と聞かれたこととして、

 

「千葉だよ!」



と返事した。 すると、守おじさんは、頭を傾けて、

 

「チバ・・・?
チバッテ ドコ?」
(千葉・・・?
千葉って何処?)



と、「千葉」を初めて聞く地名のような反応をした。

 



「成田」の漢字を「ハネダ」と読み間違え、その上、「千葉」が分からないとは、なぜだろう・・・?

守おじさんは、アメリカや中国など、海外へ行くのに「成田空港」を使ったことがあるだろうから、「成田」が分からないことはないだろう! 

守おじさんが、「話すこと」に問題を抱えていることは、徐々に理解できてきたが、「読むこと」にも問題を抱えている可能性があることに気が付いた。

信号が変わり、クルマが動き出したタイミングで、ふと、昨日の昼の事を思い出した。

イトーヨーカドーのフードコートのうどん屋さんにおいて、私が「ぶっかけ温玉うどん!」と言っても、守おじさんがメニューのどれであるのか分からない様子で、困った顔をしていた。

昨日のその時点では、漠然とした疑問であり、何が何だかよく分からなかった。

今、その時の様子を考え直すと、単に「文字を読むこと」ができなかったと考えれば、すんなりと理解できる。

つまり、メニューの「ぶっかけ温玉うどん」の文字が読めなかったために、私の注文が分からなかったと考えると、そのときの状況が納得できるのであった。

 



昨日から現在に至る事を思い返しているうちに、いつの間にかクルマは宿に到着していた。

守おじさんが、シフトレバーをパーキングに入れた後、私の方を振り向いて、笑顔で、

 

「アリガトウ!」
(ありがとう!)



と言った。 私の言うべきセリフを、またしても、先に言われてしまった。 急いで、

 

「こちらこそ、ありがとうございました!」



と答えることになってしまった。

私がクルマから降りると、

 

「マタネ!
アシタ、レンラクスルネ!」
(またね!
明日、連絡するね!)



と言って、守おじさんは颯爽とクルマを走らせて去って行った。

(つづく)
 

2023年11月1日水曜日

「泣けない人」その83

 


83 、上京三日目.25


多摩川沿いの河川堤防で飛行機を見た後、クルマに向かって歩いていると。

守おじさんがふと足を止め、空港のターミナル方向を指差しながら、
 

「アシタ、チョット、ヒマニナッタトキハ、
アノウエニ イコウヨ!」
(明日、ちょっと、暇になったときは、
あの上に行こうよ!)



と言った。

 

「明日も付き合ってくれるの?」



と答えると、

 

「ソウ!」
(そう!)



と守おじさんは、笑顔で答えてくれた。明日も、私の相手をしてくれる可能性があるってことだ!

昨日の別れ際に、次に会えるのは、日曜日って言っていたのに、昨日、今日(水曜日)、そして、明日も会ってくれるようだ。

 

「ありがとう!
よろしくお願いします!」



と伝えると、

守おじさんの表情は、より嬉しそうな笑顔に変わった。そして、空港のターミナル方向を指差し続けながら、
 

「アソコハ イイヨ!
アレ、ズゥーットイッテ、
チュウシャジョウアルジャン、
アソコカライッテ、
エレベーターノトコロカラ
ピューットウエニ アガッチャウト
ナンデモ タベラレル
イイヨ」
(あそこは、良いよ!
あれ、ズゥーっと行って、
駐車場あるじゃん、
あそこから行って、
エレベーターの所から
ピューっと上に上がっちゃうと、
何でも食べられる!
良いよ!)



と、守おじさんは言った。 

確かに、羽田空港のターミナルには色んなお食事処があるだろう! そして、展望台から飛行機もたくさん見ることができるだろう! 

飛行機に乗ることを目的にせずに羽田空港を訪れることは今まで一度も無かった。明日は、搭乗時間などを気にせずに羽田空港をじっくりと観光できるだろう! 楽しみである。

 



クルマに乗って、宿に向かって出発した。

すぐ近くの交差点(浮島通りと産業道路の交差点)には、ラウンドワンのボーリング場があった。 大きなボーリングのピンのモニュメントがあった。

その横を通り過ぎるとき、守おじさんは、そのお店をリリィさんと何度か訪れたことがあり、バスケットボールを何度かやったことがあることを教えてくれた。 そして、

 

「コンド、イコウヨ!」
(今度、行こうよ!)



と誘ってくれた。 今度とは、いつになるのか分からないけど、とりあえず、

 

「行こう! 行こう!」



と答えると、笑顔で喜んでくれた。

ラウンドワンスタジアムには、ボーリング、バスケットボールの他にも色んな遊戯設備があるので、行けば楽しいだろう!

何だか、守おじさんと遊ぶ予定が増えていくようである。 守おじさんの仕事に迷惑が掛からないかどうかが、少し心配である。

 



信号を曲がり、産業道路を北上中。 おもむろに守おじさんが、

 

「ハネダッテ、ドコ?」
(羽田って、何処?)



と言い出した。 先ほど、「明日、羽田空港へ行こう!」と約束してからまだ、何分も経っていないのに、何を言い出すのだろう・・・?

守おじさんの視線は、目の前を走っているトラックを見ていた。 

そのトラックに何らかのヒントがあるかもしれないと思い、必死にトラックの後部に書かれた文字を探した。 

しかし、そこには「ハネダ」と発音する文字は見つけられなかった。 一体何なのだろう・・・?

(つづく)