2022年12月28日水曜日

「泣けない人」その45

 

45 、上京二日目.19


なぜ、守叔父さんはモバイルWIFIルーターを持ち歩いているのだろうか? と疑問を持ったが、現時点では、なぜ持っているのかについて、守叔父さん本人に質問することは、次の理由でやめることにした。

もしも、守叔父さんがスマホを通した常時監視下にあり、常に盗聴などの監視されている場合は、ココでの会話を相手に聞かれることになり、その結果、今後の守叔父さんへのアプローチが難しくなるかもしれないと考えたからだ。

とはいえ、IT関連の仕事ならば、二種類のスマホを持ち歩く事はあるかもしれないし、多量のデジタル通信を必要とする仕事をしているならば、モバイルWIFIルーターを持ち歩くこともあるだろう。「歩くだけの仕事」は、ある種の新たなリモートワークの一種なのかもしれない。その様に考えると、モバイルWIFIルーターを持ち歩いていても不思議ではない。

それとも、都会で生活する人たちは、当然のように持ち歩く物なのだろうか・・・?

などと、私がうどんを食べながら考えていると、守叔父さんが、上着の胸ポケットからiPhoneを取り出し、画面を何度もタッチし、フリックしはじめた。

何らかの仕事をやっているのだろうか? しばし、黙って守叔父さんの手の動きを見守った。

その指の動きには、 迷い指のような感じもなく、結構なスピードで指を動かし操作している。 スマホの操作には手慣れた感があった。

その指の動きだけを見ていると、同世代の人がスマホを操作する時に比べ、明らかに達者なように見えた。 

スマホを自由に操り、クルマの運転も上手い。 その様な守叔父さんは、本当に認知症なのだろうか、それとも別の病気なのだろうか・・・?

あらためて、守叔父さんの事を冷静に観察しなければならないと思った。

 





しばらくすると、その指の動きは止まった。そして、スマホの画面を私の方に向け、画面を見せてくれた。

 仕事に関係するものなのだろうか?と、思いながら、画面を覗き込むと、

そこには、一人の女性が表示されていた。私には見覚えのない人であり、年齢的には守叔父さんより、私の方が近い感じの女性である。 一体誰なのだろう?

守叔父さんは、ニコニコした表情とともに、その写真を見せながら「かわいいでしょ!」と言い出した。そして、その女性の事を「リリィちゃん」と紹介してくれた。

リリィさんと守叔父さんとの関係は・・・? と思っていると、守叔父さんは、画面のリリィさんを指さしながら、

 

「チョウジョ、チョウジョ、チョウジョハ イイヨネ!
ジュウネンカ、ナンネンカ、ソノクライ、
イッショニ、スンデタノ。」
(長女、長女、長女は良いよね!
十年か、何年か、そのくらい
一緒に、住んでたの。)



と言った。守叔父さんは、リリィさんと十数年一緒に生活していたらしい。そして、守叔父さんは自分自身を指差しながら、

 

「スエッコ、スエッコハ ダメダヨネ。」
(末っ子、末っ子はダメだよね。)



と言った。その後、「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」と、笑い続けていた。

リリィさんが長女で、守叔父さんが末っ子。長女は良くて、末っ子はダメとは何なのだろう? どういう事か聞き直そうと思ったけれども、守叔父さんの笑い声が長々と続いたので聞くタイミングを得られなかった。

先ほどは、安西さんは末っ子でダメと言っていたな・・・。

 





豊治叔父さんから、指令の一つ、守叔父さんが年金を貰っているかのどうかを確認するために、「65歳だったらさー、年金は貰ってないの?」と聞いてみた。すると、


 

「イヤ、デモ、オレ、コンゲツノ 〇〇ニチ、
ロクジュウ ロクサイ デス。」
(いやでも、俺、今月の○○日、66歳です。)



と、誕生日と年齢を答えた。「うん、だから、65歳以上だと年金貰えるでしょう!」と再度、聞き返した。すると、

 

「イヤ、ダカラ、キュウリョウ カラ ヒカレズニ、
ヒャクナンマン クダサイ ト イワレタトキニ、
アンザイ カラ 、コウナッテマスヨ。 デ、
タイホ シテクダサイ ッテイッタラ、
マタ、 アンザイ カラ オレン トコロニ
デンワガ カカッテキテ、 
アイツ ウソシカイッテナインダヨ。
 ヒドイヨネ。
スエッコハ ダメダヨナ。」

(いや、だから、給料から引かれずに、
百何万くださいと言われたときに、
安西から、こうなってますよ。で、
逮捕してくださいって言ったら、
また、安西から俺んところに
電話がかかってきて、
アイツ嘘しか言ってないんだよ。 
ひどいよね。 
末っ子はダメだよな。)




と言った。 

 

年金の話は、どこに行ったのだろう・・・? 末っ子はなぜ、ダメなのだろう・・・? 

そして、『逮捕してくださいと言ったら』とは何だろう・・・?

(つづく)
 

2022年12月21日水曜日

「泣けない人」その44

 


44 、上京二日目.18


「歩くだけ」の仕事とは何だろう? 歩く「だけ」の「だけ」が付いている事により、不可解な仕事だと感じた。

車内での会話では、「手取りが30万円」と言っていた。 収入があるのだから、何らかの仕事をしているのだろう。 ただ、歩くだけで月収30万円になるのだろうか・・・? しかも週4日勤務である。

詳細をどの様に聞き出せばよいのだろうか・・・? 

守叔父さんの仕事と関連する言葉の中に、「佐藤さん」と言う固有名詞があったので、「佐藤さんって運送業じゃないの?」と聞いてみた。 すると、

 

「アノー、ハチジニ、シチジカラ、
ボクハ モウ、アルイテイルノ・・・。
イチジカン。 ソンデ、オワッテカラ、
アノ、 オワッテカラ、クルマガ アルカラ、
ソノクルマッテイウカ、オッキイヤツニ、
ソコニ ノッカッテ、ピューット イッタラ、
オカネガ イクラカナ?
ニジュウエン カナ?
スグ オワルッテ イウヤツ。」

(あのー、八時に、七時から、
俺はもう、歩いているの・・・。
一時間。そんで、終わってから、
あの、終わってから、クルマがあるから、
そのクルマって言うか、おっきいやつに、
そこに乗っかって、ピューっと行ったら、
お金いくらかな?
20円かな? 
すぐ終わるっていうやつ。)



と、さっぱり理解できない言葉の羅列が続いたので、仕方なく、
「何言ってるのか、分からん。」と守叔父さんに向かって言った。すると、

 

「ニジュウエン ダッタラ イイジャン!
クルマデ ズーット ヤッタラ、
ドンドン リョウガエガ オオクナッチャウ。
クルマガ イチバン。」

(20円だったらいいじゃん!
クルマでズーットやったら、
どんどん両替が多くなっちゃう。
クルマが一番。)



と返事が返ってきた。

何なんだろう? さっぱり、理解できない。

クルマか何かの大きいものに乗るようだが、20円とは何の費用なのだろうか? 20円ぽっちで、何ができるのだろうか?

 





守叔父さんと合流して、まだ一時間経ってない。しかし、私の頭の中には、守叔父さんの意味不明な言葉が散乱し、グチャグチャとなりはじめていた。

必死になって、それらの言葉を整理整頓しつつ、守叔父さんの伝えたい事を理解しようと心掛けたが、徐々に、頭がオーバーヒートしつつあった。

これ以上、守叔父さんの話を理解しようと必死に聞いていても、身が持たないと思い、一旦、話題を変えることにした。

 





「今回ね、飛行機の写真撮ろうかな!と思って東京に来てて、今朝も、朝一番に羽田空港へ行って写真撮って、その後、叔父ちゃんに電話しようかなって思ってたの。」と伝えた。
すると、守叔父さんは目を丸く見開いた顔で、

 

「ゼンゼン、シラナカッタ。」
(全然、知らなかった。)



と言った。もちろん、知らせてないので、知らないことは当然なのに・・・。

目を丸く見開いたその表情から、飛行機に興味があるのだろうか?と思っていると、
守叔父さんは、おもむろに上着のポケットに手を入れはじめた。

そのポケットは、先ほどiPhoneを取り出したポケットとは反対側の胸ポケットであった。

そして、そのポケットから出てきたものは、AndroidのスマホとモバイルWIFIルーターであった。

飛行機に関して、なんらかの関係のある行動なのかと思って注視していると、それぞれの電池の残量を確認しただけで、それらをすぐにポケットへしまいこんでしまった。 その思わせぶりな行動は何だったのだろう・・・?

それらの機器は、守叔父さんの仕事に必要なものなのだろうか?

仕事用の電話とプライベート用の電話をそれぞれ持ち歩く事はあるかもしれないが、プラス、モバイルWIFIルーターを持ち歩く必要があるのだろうか?

「歩くだけの仕事」と「モバイルWIFIルーター」との間に何らかの関係があるのだろうか・・・?

それとも、モバイルWIFIルーターを通じて、守叔父さんは間接的に、誰かに軟禁・支配されているのだろうか・・・?

(つづく)
 

2022年12月14日水曜日

「泣けない人」その43

 


43 、上京二日目.17


守叔父さんとの会話のキャッチボールは、うまくいっていない。 

会話のキャッチボールがうまくできなくても、とにかく、守叔父さんの話を聞くことによって、叔父さんの現在の状況を少しでも把握しなければならない。 

もう少し会話を続けるため、お盆を持ったまま立っている守叔父さんを着席させることはできないだろうか?

そのため、「今日の午後は、この後、また仕事があるの?」と聞いてみた。


すると、

 

「アトハ ナイ、
・・・
イロイロ」

(あとは無い、
・・・
色々)



との返事が返ってきた。 「イロイロ」が何なのか分からないけど、とりあえず、午後の仕事は無いようだ。 仕事が無いなら、ゆっくりと話ができるだろう。

「まだ、うどん食べ終わってないから、叔父ちゃん座ってよ!」と伝えた。すると、守叔父さんは、素直に元の席に座ってくれた。 

 「食べるの遅くて、ごめんね」と伝えると、ニコニコした表情で、

 

「ダイジョウブ」



との定型句が戻ってきた。そして、守叔父さんは、続けて、

 

「イツモ、コウイウトコデ タベナクテ、
イツモ、コウイウノ トッテカエッテ、
ヤスイノヲ イエデ タベルノ。」

(いつも、こういうとこ(ろ)で食べなくて、
いつも、こういうの とって帰って、
安いのを家で食べるの。)



と言った。日常的に外食している訳ではなさそうである。「トッテカエッテ(とって帰って)」が気になったので、「スーパーで、買って帰るの?」と問うと、

 

「ソウ!」
(そう!)



と答えてくれた。「盗って帰って」ではなさそうである。「ヤスイノヲ(安いのを)」とは、インスタント麺やカップ麺なのだろうと思うが、その詳細を聞き出すのは後回しにしよう。
 





言葉を操る事がうまくできず、会話のキャッチボールがうまくできない様子なのに、本当に仕事ができるのだろうか? できるとすると、一体、どんな仕事をしているのだろうか? 

今朝は、なんらかの仕事の後に迎えに来てくれた様子なのだが・・・。

まず、出勤時刻を聞こうと考え、「いま(現在)、何時位に仕事に行くのに家を出るの?」と聞いた。すると、

 

「ナノデ、ゲツヨウビハ カイロトカ ナントカニ イッテ、
ドヨウビ、ニチヨウビハ ベツノ トコロニ イッテ、
チョットズツ、ヤワラカクナッテキテ」

(なので、月曜日はカイロとか何とかに行って、
土曜日、日曜日は別の所に行って、
ちょっとずつ、柔らかくなってきて・・・。)



守叔父さんは、出勤時間を答えることなく、一週間のスケジュールを話しはじめた。 何が硬くて、柔らかくなったのだろう・・・? 

「体が硬くなってたの? いつからカイロに行ってるの?」と聞いてみた。

 

「コトシノ ロクガツ クライ カナ、ゴガツ カナ?
ゴガツニ サトウサン カラ 
『チョット、オマエ、カラダ ワルイカラ、カエレ!』
ッテ イワレテ」

(今年の6月位かな、5月かな?
5月に佐藤さんから
『ちょっと、お前、体悪いから、帰れ!』
って言われて)



との返事があった。

二度目の「佐藤さん」という名前が出てきた。おそらく、職場の上司なのだろう。体調不良を見かねて、休みをとるようにアドバイスしてくれたと思われる。

守叔父さんは、以前、運送業を営んでいたので、今もクルマを使った仕事をやっているのかもしれないので、「軽自動車で回るの、それとも、いろんなクルマで回るの?」と聞くと、

 

「アルクダケ」
(歩くだけ)



との返事が帰ってきた。「歩くだけ?」と相づちを打つと、

 

「ソウ、アルクダケ!」
(そう、歩くだけ!)



との返事が再び帰ってきた。

一体、仕事とは何なのだろう、歩くだけとは・・・?

(つづく)
 

2022年12月7日水曜日

「泣けない人」その42

 


42 、上京二日目.16


守叔父さんと安西さんとの間の金銭問題については、まず、その代理人へのヒアリングが必要だと考える。そのため、代理人の名前を聞き出そうと、「守叔父ちゃんに、代理人がいるの?」と質問した。すると、首をかしげながら、

 

「ダイリニン?
ワカラナイイ」
(代理人?
分からない。)



との返事があった。「安西さんとのお金のトラブル解決のための仲介人がいるんでしょ?」と聞き直した。すると、守叔父さんはもう一度、スマホの画面を私に見せて、

 

「イチバン シタニ カイテアルデショ」
(一番下に書いてあるでしょ)



と言った。スマホ画面の一番下に書いてあるのは、「安西逢子」の文字である。
安西さんが代理人? 本人が代理人??? そんな訳がない。聞き直そうと思ったら、

 

「ソレカラ、オレントコロニ デンワガキテ、
ソレデ、ソノ カイケイシノ トコロカ ナンカニ、
イヤ モウ オレハ、アノ、アンザイカラ
ゼンブ オカネ トッテタカラ、
ボクハ デキマセンッテ、
ハナシヲ イツモ シテイタノ。」

(それから、俺んところに電話がきて、
それで、その会計士のところかなんかに、
いやもう俺は、あの、安西から
全部お金とってたから、
僕はできませんって、
話をいつもしていたの。)



代理人について質問したのにも関わらず、「会計士」という言葉が返ってきた。
「代理人」=「会計士」なのだろうか? それとも、別人なのだろうか?

そして、「安西から 全部お金とってた」とは、どういうことだろう?

字面どおりならば、守叔父さんが加害者の立場で、安西さんは被害者となる。そうすると、お金を返却しなければならない。

しかし、守叔父さんは、自分が被害者のような口ぶりで話をしている。「安西から 全部お金盗られた」という事なのだろうか?

受け身の言葉「れる・られる」の表現がうまくできないのだろうか・・・?

そもそも、安西さんから要求されている立替金とは、何のための代金を用立てしてるのだろうか? 守叔父さんに、「立替金は、何に使われたお金なのかな?」と聞いてみた、すると、

 

「イヤ、オレト オナジ ジャン、スエッコ ジャン。
スエッコッテ モウ、ミンナ ダメダヨネ。
デ、 オレガ、マエ、ホラ、クルマトカ、
ナンカヲ イッパイ トッテタトキニ、
アンザイ サン カラ ハイ ハイ ッテ イッテ、
オレ モウ ホントニ ナンジュウマンクライカ
コウヤッテ アゲテタンデスヨ
オレ、バカ ダヨネ。」

(いや、俺と同じじゃん、末っ子じゃん。
末っ子ってもう、みんなダメだよね。
で、俺が、前、ほら、クルマとか、
なんとかをいっぱいとってたときに、
安西さんからハイハイって言って、
俺もうホントに何十万くらい
こうやって あげてたんですよ。
俺、バカだよね。)



と言った後に、すこしの間だけバツの悪そうな顔をしたものの、直後には「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ・・・。」と他人事のように笑いはじめた。

「何十万くらい こうやって あげてたんですよ」とは、数十万円のお金をプレゼントしていたのだろうか? プレゼントとしてお金をあげていたのならば、盗られた訳でもない。

先ほどは、安西と呼び捨てにしたのに、今回は安西「さん」付けでの発言であった。

加害者なのか被害者なのか、受動的な言葉なのか、能動的な言葉なのか? 

理解しづらい言葉が並んでいる。

守叔父さんは笑いながら話をしているけれども、私はそのトンチンカンな回答に、ただただ困惑するしかなかった。会話のキャッチボールがうまくできず、そのすべてが明後日の方へ返球されてくるようなものである。

守叔父さん、安西さんともに末っ子であることと、立替金の存在に何らかの関係があるのだろうか?

「クルマとか、なんかをいっぱいとってた」とは、どういうことだろう? 特に「とってた」とは、どの漢字なのだろう。「取る、撮る、執る、採る、摂る、盗る」などを頭に浮かべたが、まさか「盗る」ではないだろう。

 





頭を捻って考えていると、いつのまにか、守叔父さんはすでにきつねうどんを食べ終えていた。私は、まだ半分もうどんを食べてないのに・・・。

そして、私が残りを食べている最中であるのにも関わらず、守叔父さんは席から立ち上がった。椅子を押し込み、そして、どんぶりの載ったお盆を持ち上げた。

「食事終了!& 食器返却の準備が完了!」って感じでその場に立っている。このままの状態で、 お盆を持ったまま、私の食事が終わるのを待つようだ。 

小さな子供が、食事を終え、空腹から解放されて次の行動に移るような感じであり、親の食べ終わるのをじっと待っているような感じでもあった。まだ、座っていればよいのに、すでに、次の行動へ気持ちは移っているようであった。

繰り返すが、私はうどんを半分も食べ終わっていないのに・・・。

(つづく)