2023年9月27日水曜日

「泣けない人」その78

 


78 、上京三日目.20

ランドマークタワーの展望台で観覧を終えた後、地下駐車場に向かっている。

守叔父さんの発した言葉「クルマが歩いてる」は、マイペースに歩く守叔父さんの後について歩いていくうちに、いつの間にか忘却していた。 

翌日、「歩いてる」の言葉の意味が分かることになるが、その時までは他の記憶に埋もれていることになった。

 



ふと、豊治叔父さんやめぐみ叔母さんからのリクエスト「健康状態の確認」を思い出した。

ここまでのところ、守叔父さんの「身体の外観、動き」「食欲」「飲み薬の有無」などから身体的な病気を患っているようには見えなかったが、「健康状態の確認」の一環として、守叔父さんに対して、

 

「健康診断受けてる?」



と聞いてみた。 

周囲の雑音は少なく、私の声は正しく届いていると思うが、守叔父さんは頭を少し傾げるのみで返事が無かった。もう一度、

 

「一年に一回受ける定期健康診断だよ。
健康診断を受けてないの?」



と聞き直してみたが、質問の意味が通じないような感じであり、明確な返答は無かった。

「はい / いいえ」のどちらかで答えられる質問なのに、なぜ、答えないのだろうか?

流行り対策のためマスクは、昨日、今日とも、キチンと装着していることから推察すると、健康には気をつけているようではあるが、、、。

「健康診断」の意味が分からないのかな?と考えていると、

 

「マンナカハ イイヨナ!
スエッコハ ダメ!」
(真ん中は良いよな!
末っ子はダメ!)



と、昨日も聞いた同じセリフが返ってきた。 

「真ん中」とは、私の事を指すのだろうが、私の何が良いのだろう? そして、

 

「タノシカッタ、
アリガトウ!」
(楽しかった、
ありがとう!)



と、不意にお礼の言葉を聞くことになった。

本来、私が言うべき言葉だと思うし、今は言うタイミングでもないだろう。 守叔父に言われてしまったので、慌てて、

 

「叔父さん、ありがとう!
楽しかった!」



と伝えることになった。 別れ際ではないので、なんだか変な気持ちになったが、お礼の言葉は何度も言っても良いだろう!と考え直した。 

「健康診断の受診有無」について聞き出すことができなかった。

 



事前精算機で駐車料金を支払った後、守叔父さんは迷うことなく、地下駐車場に停めた自分のクルマに到着した。

地下駐車場は、地上の駐車場に比べて無機質な空間であり、東西南北も分かりづらく、方向感覚を失いやすいと思う。

後ろを歩いていた私の方が、クルマの場所を「うろ覚え」していたくらいであり、守叔父さんの「空間認知能力」には恐れいった。

 



クルマに乗り込み、出口を目指した。

出口のゲートバーに近づくと、駐車券を入れなくても自動的に開いた。

事前精算済みの場合、クルマのナンバープレートを認識することにより、駐車券を投入しなくてもよいシステムのようだった。

守叔父さんは、駐車券を投入口へ差し入れるつもりで、ガラス窓を下げ、右腕を伸ばしていたが、その必要はなかった。

駐車券が不要なことが分かったためか、守叔父さんは右手に持ったその駐車券を窓からポイと外へ捨てた。

「ポイ捨て」はダメだろう!と思いつつ、以前の守叔父さんを思い出していた。

守叔父さんは、少額の支払いであっても領収書をキチンと貰う人であった。貰った領収書は、丁寧に折って財布に入れていた。 経費の精算のために領収書を大事にしていたのだと思う。

なぜ、領収書の代わりになる駐車券を「ポイ捨て」したのだろう?
経費の精算には必要ないのだろうか・・・? 

(つづく)
 

2023年9月20日水曜日

「泣けない人」その77

 


77 、上京三日目.19


展望フロアを一周し、ふたたび、横浜港を見下ろす場所に戻ってきた。

守叔父さんは、遠くの方で「何か」を見つけたようだった。

私の肉眼では、守叔父さんの見つけたものが「何か」分からなかった。

守叔父さんは指差して方向を教えた後、ジェスチャーをはじめた。

手のひらを下に向けたまま、肘を曲げて手をベルトの横におき、そこから腕を伸ばして手を斜め上に挙げるというものであった。 何回か同じような動きをしていた。

何だろう?と思いながら、守叔父さんの指差す方向にカメラを向け、ファインダーを覗き、拡大してみた。 

 


すると、そこには数機の飛行機が確認でき、上昇中であることも分かった。

守叔父さんは、飛行機が羽田空港から離陸する様子をジェスチャーしていたのであった。

「飛行機が飛んでいる。」と言ってくれれば良いのに、ジェスチャーで表現するのはなぜだろう・・・?

ファインダーを覗きながら写真を撮影していると、横にいる守叔父さんが、

 

「アルイテル」
(歩いてる)



とつぶやいた。


展望フロアの69階から見下ろせば、眼下には人がたくさんいるだろう。そして、誰かが歩いていると思う。

守叔父さんは目が良いな・・・。と思った。

私の視力では、300メートル以上離れたところにいる人が、歩いているかどうかの判別はできないだろう。

私はカメラのファインダーから目を離して、守叔父さんがどこにいる人を見て、歩いていると言っているのだろうかと確認した。

守叔父さんが「歩いてる」と言いながら見ている方向は横浜港、海の方向であった。

海の上を歩いている???

 

「どこ?」



と聞くと、守叔父さんは指差してくれた。その方向には、大きな船が海に浮かんでいた。
 


望遠レンズで船名を確認すると日本を代表する豪華客船である「飛鳥Ⅱ」であった。その「飛鳥Ⅱ」を指差しながら「歩いている」と言ったのであった。

船上のデッキを歩いている人でも見えているのかな・・・? 望遠レンズでも確認できないのにな・・・。変なことを言う叔父さんだな・・・。と思ったけれど、この時はさほど気に留めずに言い間違いのたぐいなのだろうと聞き流していた。

しばらく観覧した後、下りのエレベーターに乗った。

エレベーター内で、

 

「富士山、綺麗だったね!」



と伝えると、

 

「ヨカッタネ!」
(良かったね!)



との返事が返ってきただけで、ここでも「フジサン」という言葉は戻ってこなかった。

来たときの道順を逆に戻り、駐車場へ向かった。

途中、「クイーンズスクエア」のコンコースで4階から1階へ移動するエスカレーターに乗った。 守叔父さんは、その時に、

 

「ヨンコダネ!」
(4個だね!)



と言った。 何が4個なのだろうか・・・?
 
そして、続けて、

 

「イッショウケンメイ、
クルマガ アルイテル。」
(一生懸命、
クルマが歩いてる。)



と言った。 「クルマが歩いてる。」とは何だろう・・・? 先程も船を見ながら「歩いてる」と言ったけどな・・・。

不思議な事を言う守叔父さんである。

(つづく)
 

2023年9月13日水曜日

「泣けない人」その76

 


76 、上京三日目.18

守叔父さんは、私に対して必死に何かを伝えようとしていた。

守叔父さんの口から出てくる言葉、「ナニカ(何か)」「アソコ(あそこ)」「ドッカ(どこか)」などでは、私は理解できなかった。

遠方の海の方向を指差し、「アソコ(あそこ)」「アノヘン(あの辺)」と言っているので、

 

「湘南?」
「横須賀?」
「鎌倉?」



などと思いついた地名を幾つか伝えてみたが、イマイチ反応が悪く違うようだ。

ふと、展望ガラス窓の上方へ目を向けると、写真と共に、地名が書かれた風景の「案内図」があった。

 

「案内図があるね!」



と伝えた。

守叔父さんは、その案内図を見上げ、指差しながら、

 

「ココカライッテ、
ココジャナイナ。
コレダ!」
(ココから行って、
ココじゃないな。
これだ!)



と言った。 指先の動きは、東京湾内から三浦半島を指差し、その後、湘南方面で止まっていた。

以前、ヨットやボードなどの小型船舶のブローカーを営んでいた頃の記憶を探っている様子で、海路での移動をイメージしているようだった。

指先の止まった辺りは、江ノ島のあたりであった。

 

「江ノ島?」



と伝えると、守叔父さんの表情が急に変わり、

 

「ソウ、ソウ、ソウ!」



と興奮気味に返事が返ってきた。

続けて、

 

「アソコ、イキタカッタナ!
イコウカナ?」
(あそこ、行きたかったな!
行こうかな?)



と言い出した。そして、笑いながら、

 

「アソコハイイヨ、
アソコハ アレガアルノ!」
(アソコはいいよ、
アソコはアレがあるの!)



と言った。


「アソコ」「アレ」だけでは意味は伝わらないが・・・。

「アソコ」「江ノ島」であろう。

「アレ」とは何だろう? と思いつつ、守叔父さんのジェスチャーを注視した。察するに「展望台」があると言いたいようだ。

「展望台」から「別の展望台」を望み、そして、そこにも行きたい様子。 守叔父さんは展望台マニアなのだろうか・・・? 守叔父さんは続けて、

 

「オカネ イレテ、
ピューットハイルト、
リリィチャント イッショニ。」
(お金入れて、
ピューっと入ると、
リリィチャンと一緒に。)



と、以前、江ノ島へ元彼女と行ったことがあるのだろう。 そして、その時のiPhoneの写真を見せてくれた。 「お金入れて、ピューっと」とはエレベーターの事なのだろうか・・・?

ココ(横浜)からの富士山も綺麗だが、江ノ島から望む富士山も綺麗なのだろうな!と思い、江ノ島にも行きたい気持ちになった。


続けて、

 

「ミギガワニ デッカイノガ 
アッタデショ。
ソレガ コレ」
(右側にデッカイのが
有ったでしょ。
それがコレ)



と別の写真を見せてくれた。 「デッカイの」は富士山のことを意味していた。 なぜ、「フジサン」と言わないのだろう。何度も、「富士山」と私が言葉で伝えているのに・・・。


 

「イロンナトコロニ 
リリィチャント
イッショニ イッタ!」
(いろんな所に
リリィチャンと
一緒に行った!)



と言った。守叔父さんは、元彼女と富士山へも行ったらしい。 そして、その時の雪景色の写真を見ながら、

 

「イッパイ ツイテルネ!」
(いっぱい付いてるね!)



と言った。山頂付近に雪が積もっていることを「付いている」と表現しているようだ。

そして、守叔父さんは、

 

「オレモ ヤサシイネ!」
(俺も優しいね!)



と言った。何に関して守叔父さん本人は優しいと思ったのだろう??? 脈絡の無い言葉に戸惑った。

(つづく)
 

2023年9月6日水曜日

「泣けない人」その75


 

75 、上京三日目.17

ランドマークタワーの展望フロア「スカイガーデン」は、四つの方向に眺望がひらけている。 それぞれは、南東、南西、北西、北東の方向に広がっている。

展望フロアへの直通のエレベーターを降りた直後に見える一面目は南東方向であり、横浜港方面を見渡すことができる。時計回りの順路では、二面目湘南方面三面目町田市方面四面目東京都心方面を見渡せる。



富士山はランドマークタワーの西方に位置するので、二面目、三面目から遠望することができる。

守叔父さんは、両手で「山」のジェスチャーをして、少しでも早く富士山を見たいような様子であった。 

私は、リュックから望遠レンズ付き一眼レフカメラを取り出し、遠方を見て楽しもうとしていたところ、守叔父さんは、眼前の横浜港の景色を見ていたのも束の間、順路の先に向かって歩きだしていた。 

平日のためか展望フロアは閑散としていたため、守叔父さんとはぐれる事はないだろうと思い、ゆっくりと眺望を楽しむことにした。

しばらくして、守叔父さんは引き返してきた。そして、遠くを指差しながら、

 

 

「アソコ イッタコトアル。
デカイノノ ヨコニ 
デカイノガ アル。
オンナノコモイタシ、
オトコノコモイタシ。
タノシカッタ」
(アソコ行ったことある。
デカいのの横に
デカいのがある。
女の子もいたし、
男の子もいたし。
楽しかった。)

 


と過去の思い出を振り返っているようだった。指差した方向には、たくさんの建物があり、高層ビルもたくさんある。「デカいの」とは、どの建物の事を言っているのだろうか・・・? 

守叔父さんは続けて、

 

「リリィチャント イッテ、
タイヘンダッタ。」
(リリィチャンと行って、
大変だった。)



と言った。 

どの建物なのかも分からず、そして、彼女と一緒に行って、何が大変だったのだろう・・・? 

 

「何が大変だったの?」



と聞き返してみた。

 

「ワカラナイ。」
(分からない。)



との守叔父さんの返事で、 分からずじまいであった。

 



南西方向を見渡せる二面目へ移動すると、富士山を見ることができた。 7〜8合目付近まで白い雪が積もっていた。その雄大な姿に感動していると。

守叔父さんは、両手で「山」をジェスチャーしながら、

 

「キレイ! キレイ!」
(綺麗! 綺麗!)



と繰り返して言っていた。

 

「富士山、本当に綺麗だね!」



「富士山」という言葉を添えて伝えたけれど、守叔父さんからは「フジサン」という言葉はかえってこなかった。


その後、守叔父さんは海の方を指差した後、
 

「ナンカサ、アソコッテ、
オミセトカ、ナニカ、コウキテサ、
フネガ コウヤッテ、
ピューット、
ナニカ、ドッカ、ナカッタッケ、
ゼンゼン ワカラナイナ。」
(何かさ、あそこって、
お店とか、何か、こうきてさ、
船がこうやって、
ピューっと、
何か、どっか、なかったっけ、
全然分からない。)



と、身振り手振りをしながら話しているけれど、「何か」「あそこ」「どっか」などと言われても、何の事を言っているのか理解できなかった。 

守叔父さん本人が、「全然分からない」と言う事を私が理解できるはずもなかった。
守叔父さんは、私に何を伝えようとしているのだろうか・・・?

(つづく)