2023年5月31日水曜日

「泣けない人」その64 

 


64 、上京三日目.6

産業道路(国道131号線から東京都道・神奈川県道6号東京大師横浜線)を南下して横浜を目指している車内。

温風から逃れたものの、エアコンの調整はどうすればできるのだろう?と運転席と助手席間の前面コンソールを見ていると、カーステレオや空調用の表示画面のすぐ下に、別の画面があることに気がついた。

なぜ、二つも表示画面があるのだろう? 

見慣れないツインの画面レイアウトは、このベンツ特有の物なのだろうか? 昨日は無かったような、、、。

下の画面は、何を表示する為に必要なのだろう?と思って覗き込んだ。

すると、その私の行動に気が付いたのか、守叔父さんは、そのモニターの角にあるボタンを押してくれた。

画面が光り、中央に白いリンゴのマークが浮かび上がった。

それは、見慣れたアップル社のロゴマークであった。その画面はiPadそのものであった。 私の使っている物より小さめなサイズなので、iPad mini なのだろう。

横幅、高さ、共にクルマのインテリアにピタリとマッチしていたので、クルマの標準装備品なのかなと思ったほどであった。実際には、ただ単に灰皿の部分に置いてあるだけであった。

そして、守叔父さんは運転中にも関わらず、手慣れた手付きでそのiPadを操作して、YouTubeの動画らしきものを再生しはじめた。

なるほど、昨日、私が疑問に思ったモバイルWi-Fiルーターを持ち歩いている理由の一つは、車内での動画視聴の為なのだろう!と考えた。

 





写し出された映像は、AKB48の楽曲で、指原莉乃さんがセンターで歌っているものであった。

そして、守叔父さんは、

 

「コノコ、イイヨネ!」
(この娘、良いよね!)



と言いながら、音量を大きくして、曲に合わせて、ノリノリで鼻唄を歌い始めた。

間奏になると、

 

「コノコ、40サイダヨネ!」
(この娘、40歳だよね!)



と突然言い出した!???

サッシーが40歳???

その突拍子もない、年齢を言うことに驚いた。その時、私には確信はなかったけれど、指原莉乃さんは二十代だろう。

念のため、スマホで検索し、29歳(2023年5月現在30歳)であることを確認して、守叔父さんへその旨を伝えると、

 

「ソウナンダ!」
(そうなんだ!)



と言った。その言葉には、少し納得いかないような感じが含まれ、不満そうであった。

守叔父さんは自分自身の事は、若く見えると言ってその若さを自慢するけれど、他人の顔は老けて見えるのだろうか???

 





三曲ほど、AKBの音楽が流れたのち、守叔父さんが、

 

「ナニタベタイ?」
(何食べたい?)



と聞いてきたので、

 

「魚が良いな!」


と返事すると、

 

「サカナ?」
(魚?)



と言う、語尾の上がるイントネーションの言葉が返ってきた。

魚が分からない訳ないだろう!と思いつつ、

 

「和、洋、中なら、和かな、和食が良いね!」



と続けて伝えると、

 

「ワカラナイ」
(分からない)



と守叔父さんが答えた。 和食が分からないって事あるのかな・・・。魚が分からないのかな・・・。

(つづく)
 

2023年5月24日水曜日

「泣けない人」その63

 


63 、上京三日目.5

横浜方面へ向かっている車内。 

目的地は、「ヨコハマ コスモワールド」らしい。

私は、守叔父さんから電話を受けた時にいた場所(呑川の河口)を説明するために、「三つ位先の信号を左にいったところにいた。」と伝えた。

そして、ほぼ一分後に、実際に呑川にかかった橋の上を走っているときに、「この川の河口にいたんだよ!」と、左方を指差して伝えた。

すると、守叔父さんは、

 

「ソウイウコトカ!」
(そういうことか!)



と返事し、理解してくれたようだった。

守叔父さんの方は、仕事の外出先から職場へ電話連絡を入れると、
 

 

「ジャ、モウ、イケバヨイヨ」
(もう、行けば良いよ)

 


と上司から言われ、早退を認められたようだ。

守叔父さんは、

 

「アレ、ナンカ タベヨウネ!
ナンカ タベヨウ!」
(あれ、なんか食べようね!
何か食べよう!)



と続けて言った。 そして、

 

「アッタカイ?」
(暖かい?)



と聞いてきた。 

私に気を遣ってくれる優しい叔父さんである。 やはり、気配りのできる叔父さんが認知症なのだろうか・・・? と考えながら、

 

「こんなに早くなるとは思わなかったから、
早歩きで来たので、少し暑いよ。」



と私は伝えた。 すると、守叔父さんは、エアコンの温度設定を触りながら、

 

「アゲトク?」
(上げとく?)



と言った。

「暑いよ!」と今伝えたのに、「上げとく?」との返答には、困惑した。

守叔父さんは続けて、

 

「エアコンノオンド、25ドデ ヨイ?」
(エアコンの温度、25度で良い?)



との言葉が返ってきた。

外気温が20度位なので、温度設定を25度とすると暖房になってしまう。

なぜ、暑いと伝えたのに、「上げとく!」と言ったのだろうか???

運転している守叔父さんの両手には、黒い薄手の手袋が付けられていたので、守叔父さん自身は寒いのかもしれない。

私が暑いと答えたのにもかかわらず、エアコンの温度を上げようとする???

疑問を感じていると、

 

「ヤメルカ!」
(やめるか!)



と守叔父さんが言いながらエアコンを止めてくれたので、
 

「それで良いよ!
ありがとう。」



と答えた。温風を浴びるよりは快適だ!

(つづく)
 

2023年5月19日金曜日

「泣けない人」その62

 


62 、上京三日目.4


私が着くと同時に、駐車場からクルマを出してくれた。そのため、守叔父さんの家の目の前に居るのにもかかわらず、家の中に入ることなく、そのまま出掛ける事になった。

おそらく、守叔父さんは、何処か行きたいところがあるのだろう! さて、何処に連れて行ってくれるのだろうか・・・?

クルマの助手席のドアを開け、まず、カメラの入ったリュックを足元に置こうとすると、
 

 

「コレ、ウシロニ オイトイタホウガ イインジャナイ?」
(これ、後ろに置いといた方が、いいんじゃない?)

 


と声を掛けてくれた。 私は、守叔父さんの指示に従い、リュックを持ち上げ、後部座席に置き直した。

些細な事ではあるが、守叔父さんのその気配りだけをみると、認知症であるようには感じなかった。

私が、クルマに乗り込むと、守叔父さんは、

 

「ヨシ! オレハ、アソコニ イキタイ。
アノ ムコウノ ホウニ!」
(よし! 俺は、あそこに行きたい。
あの、向こうの方に!)



と言った。そして、クルマがゆっくりと発進した。

 

「向こうってのは? 何処?」



と、私が聞くと、

 

「エェーットネ、マエ、
リリィチャン トコ イッタトキニ
カンコクニ リョコウニ スゴイ
オモシロイトコロガアル。」
(えぇーっとね、前、
リリィちゃんの所、行ったときに
韓国に 旅行に
すごい 面白いところがある。)



と守叔父さんは答えた。

まさか、韓国に行くことは無いだろう。私がパスポートを持参しているかどうかの確認もないし。 当日、海外旅行へ行くって事はない。

おそらく、リリィさんと行ったことのある場所に行こうとしているのだろうと考えた。

昨日、飛行機の見える公園へ連れて行ってくれたので、

 

「飛行機が見えるところ?」



と聞いてみた。すると、

 

「ソウ、ソウ、ソウ!
クルマトカ、ナントカガ、イッパイアル。
ソンデ、ハイ、ドウゾ!」
(そう、そう、そう!
クルマとか、何とかが、いっぱいある。
そんで、はい、どうぞ!)



と言いながら、二つ折りになった厚手の紙を渡された。

「何とかが、いっぱいある。」とは、何なのだろうと疑問を持ちつつ、渡されたその紙を開いた。

中には写真が挟み込んであり、その写真には、守叔父さんと他二人の女性が写っていた。

中央の女性は、ピカチュウの小さなぬいぐるみを抱えていた。そして、似た顔をしているので姉妹ではなく、母娘であることが推測できた。

家族写真の様であり、中央に娘、両脇に両親というレイアウトの写真であった。

昨日、リリィさんの写真はスマホの写真で見せて貰ってはいたが、その顔をはっきり認識できるほどの時間ではなかった。話のつながりとして、察するところ、リリィさんとその娘さんの写真のようであった。 

その写真には縁取りがあり、「2015年08月18日 よこはま みなとみらい21 コスモワールド」と描かれていた。 そして、守叔父さんは、

 

「コノコネ チョウジョダカラネ イイヨネ!」
(この子ね、長女だからね、良いよね!)



と、昨日と同じような事を言い出した。リリィさんと考えて間違いないだろう。

私にとって、リリィさんが長女であろうが、二女であろうが、まして末っ子であっても、どうでも良いな・・・。と思いつつ、

 

「横浜って書いてある、コスモワールドだね!」



と伝えると、

 

「ソコ、イコ!」
(そこ、行こ!)



との返事が返ってきた。男二人で、コスモワールド・・・?とは思いつつ、横浜方面へクルマが向かっている事が理解できた。

ただ、「飛行機が見えるところ?」と私が聞いた時には、「そう、そう、そう!」と守叔父さんが答えたのはなぜだろう。

横浜から飛行機が見えるのだろうか?
飛行機を見るために横浜へ!とは聞いたことが無い。

(つづく)
 

2023年5月10日水曜日

「泣けない人」その61

 


61 、上京三日目.3


予定より早い時刻に掛かってきた守叔父さんの電話に驚きながら、私が呑川(のみがわ)の河口付近にいる事を伝えた。

すると、守叔父さんからは「ワカラナイ」との返事が戻ってきた。

「川の河口だよ」と伝えても、同様に「ワカラナイ」との返事しか返ってこない。

なんだか、昨日の待ち合わせ場所を決める際の電話による会話と同じようであった。地名を言っても「ワカラナイ」、場所の特徴を伝えても「ワカラナイ」との返事である。

 





守叔父さんの家と私の宿の間の主要道路である産業道路(国道131号線:大鳥居交差点と大森警察署前交差点)には、橋が一本しか無い! (正確に言うと、旧呑川に架かっている橋もあるため、二本が正しい。)

産業道路は、ほぼ一直線に伸びており、また、一部を除き高低差もほとんどない。

その特異的に高低差のある部分が橋であり、盛り上がっている。 遠くからもその路面の傾斜がはっきりとわかる。 

また、その部分の道路の両端は欄干となっているため、そこが橋であり、すなわち川を渡っていることははっきりしている。

 





橋のたもとから川沿いの道を海の方へ向かえば良いのだが・・・。

立て続けに「ワカラナイ」との返事しか返ってこない。

しかたなく、自分の居る場所への誘導をあきらめることにした。

 





どこか案内しやすい場所・施設を考えたが、近場にはない。と言うか、説明しても「ワカラナイ」と言われる可能性が高い。

しかたなく、宿と守叔父さんの家のどちらかを選ぶことになる。

さて、どちらが近いだろう・・・?と考えてみたものの、どちらを選択しても、ほぼ同じ位の時間がかかってしまう。

宿の前の道路は駐車禁止なので、守叔父さんには、自宅に戻るように伝えることにした。

私はカメラを片付け、急ぎ守叔父さんの家を目指し歩き始めた。 

時間調整のために、あえて遠回りしたことが裏目に出てしまった。

人生において、思い通りにならない事は色々とあるが、ゆったりと事を進めている途中に、突如、予定外に急かされる状況へと変わってしまった事にすこしだけ苛立ちを感じていた。

苛立ちを抑えるために、「会えない予定が、会える様になったことに感謝せねば!」と心を切り替えて、歩みを加速させた。

10分ほど歩いたが、まだ守叔父さんの家までは数分かかる場所で、電話が掛かってきた。

電話に出ようとしたが、守叔父さんは気が短いのか、受話ボタンをスライドしようとする前に電話は切れていた。

少し歩き、もう少しで守叔父さんの家って所で、電話を掛け、今着きます!と伝えた。
電話のつながった状態で、交差点の角を曲がると、守叔父さんがクルマの横に立っているのが見えたので、電話を耳元から離して、「お待たせしました!」と声を掛けた。

守叔父さんは、振り向き私に気が付くと笑顔で手を挙げてくれた。

「ワカラナイ」を連発した人の表情ではなく、満面の笑顔であった。

 





守叔父さんは、私が近づく間に乗り込み、駐車場からクルマをスーッと出した。

助手席のパワーウィンドウが下がり、車内から「どうぞ!」との声が聞こえてきた。

さて、どこに連れて行ってもらえるのだろうか・・・?

(つづく)
 

2023年5月4日木曜日

「ありえない絵画」



私の事務所の壁には、少し変わった絵が掛けられている。

グリーンをベースカラーとし、虎や鳥、そして、様々な植物がそれらを囲み同系色のグラデーションを呈している。

作者に内在する「ある種の混沌とした心情」を表現しているのかもしれない絵画である。

その壁には似つかわしくないモノかもしれないが、私は気に入っており、その壁に飾って、大切にしている
 




ある日、事務所に来た客が、その壁の絵をまじまじと見た後、私にこう告げた。

「私、コノ作者の ''他'' の作品を見たことがあります。」と、

私は、「そんなはずはないのですが・・・。」と答えた。

なぜなら、その絵は私の娘が小学生の時に描いたものだからだ。

 





めぐみ叔母さんから聞いた、旦那さまのお話。