2022年8月31日水曜日

「泣けない人」その28

 

28 、上京二日目.2


上京二日目の朝、第三陣と称した散歩を終え、一旦、宿に戻ることにした。

途中、コンビニエンスストアに立ち寄り、おにぎりの二つ入ったお弁当を購入した。

守叔父さんの家の遮光カーテンが、昨夜と変わらない状態で、きちっと閉まっていた事が気がかりとなったので、朝食を食べながら、守叔父さんは自宅に居るのだろうか? 別の場所に居るのだろうか? それとも、本当に監禁されているのだろうか? などと考えていた。

食事が終わり、この後の行動をいかにするか? 考えようとし始めたところに、豊次叔父さんからショートメッセージが届いた。



おはよう。守叔父の事で思い出した
事が有ります。それは朝早くから仕
事をしていたので夜8時には寝ると
言うことです。従って昨日の時間は
寝てたのではないかと思います
2021/11/30 08:38

 

守叔父さんが、豊次叔父さんの言う通りの「いわゆる朝型生活と言うか、”超”朝型生活」をしているならば、昨日の初陣である午後7時および第二陣の午後10時頃の状況には、不自然さは無いとも言える。

在宅していたけれど、単に早く寝ていただけで、灯りが消えていたと言うことになる。

第三陣において、守叔父さんが在宅であるか、留守であるかは確認できていない。

そのため、遮光カーテンが閉まっている事が不自然であるか否かは判断できない。

日の出より早い時間に外出する場合は、遮光カーテンを閉めたまま出かける場合があるかもしれないからだ。

都合の良いように考えると、今の時間帯は、徒歩あるいは公共交通を利用しての外出中である事になる。

家の前に止まっていたベンツが、守叔父さんの所有車でない場合もありうる。他の車で外出していることも考えられる。

在宅であるか、留守であるかの確認する方法を考えなければならない。

一番安全な方法は、守叔父さんの家の見える範囲のアパートの一室を借りて、その部屋から監視する事であると考えるが、そこまでする必要があるかどうか疑問である。

受け身で相手の行動を調べるより、能動的に行動したほうが結果が良い場合もある。

多少の危険性はあるが、メールによる連絡ならば、その反応によって今後のアプローチ方法を決めることができると考えた。

とりあえず、上京している旨を伝えてみることにした。



守おじさま
おはようございます☀
柑太郎です(^_^)/
いかがお過ごしでしょうか?
東京に遊びに来ましたので、
お時間の都合が合えば、どこかで会えればと思います(^_^)/
2021/11/30 8:46

 

一週間前に電話した時には、たどたどしい言葉での会話であった。メールに対してどの様な反応があるのだろうか? と考えたところで守叔父さんからの返事が届いた。



どこに、いますか?
2021/11/30 8:49

 

クエスチョンマークの横には、驚いた表情の絵文字が添えられていた。

多少の時間を待った後、返事が来るだろうと考えていたため、3分足らずのあまりにも早い返事に対し驚いてしまった。そのため、どの様にリアクションすべきか少し悩むことになった。

居場所を伝えるのは危ないかもしれないので、公共の場所で会う約束ができれば良いと考え、最寄り駅の近くで会う約束をしようと考えつつ、メールで返答するか、電話による肉声で返答するか、どちらかを選択すべきかを検討した。

少し考えた後、メールのやり取りだけでは、守叔父さん本人がメールの送受信者であるか確証はないし、仮に本人であっても、メールの文字から得られる情報は少ないと思い、電話で返事することにした。

(つづく)
 

2022年8月24日水曜日

「泣けない人」その27

 


27 、上京二日目.1


初陣、第二陣の結果を元に、明朝の第三陣「朝駆け」をどの様にしようか悩んでいるうちに、いつの間にか24時を回り新しい日を迎えていた。

帰宿後、既に二時間ほど経っており、緊張感はほとんどなかったものの、なかなか眠気が来ない状況であり、心身共に興奮状態から脱する事ができていないようだった。

バスタブにお湯を張って、ノンビリと風呂に入ることにした。

初めて使う宿の風呂。

バスタブにお湯を溜める時間がどのくらいかわからないので、スマホのタイマーを10分間にセットし、お湯を出した。

アラームを止め、風呂場に入ると、入湯すれば間違いなく溢れる量のお湯が溜まっていた。

もったいないな・・・。と思い、お湯を無駄に使うことに抵抗はあったが、ゆっくりと入湯し、ザーっと流れ出るお湯の音の響きを楽しんだ。

短い時間ではあるが、渓谷のせせらぎの様に感じ、ゆったりした気持ちになることができた。

お風呂でノンビリした時間を過ごし、一日の疲れを癒し、その後、床に就いた。

なお、寝つきが悪い場合を想定し、目覚ましアラームはセットせず、出発時間を決めず、自然に目が覚めた時から行動開始することにした。





 

11月30日、上京二日目の朝。

目が覚めたのは7時チョッと過ぎであった。

寝ぼけまなこの状態で、顔を洗い、歯を磨き、着替えた後、宿を出たのは7時半であった。





 

第三陣へ出発。

空を見上げる青空が広がり、朝日の直射日光がほどよく暖かく、散歩日和といった感じであった。

昨晩の暗い中の散歩では見えなかった色々な風景が見え、新たな気持ちで守叔父さんの家を目指すことができた。

20分程経ち、8時少し前に守叔父さんの住む低層マンションの近くに着いた。

少し離れたところで歩みを止め、マンションの様子を観察した。

エントランス付近には防犯カメラのようなものはなさそうであった。

一度、建物の前を通り過ぎ、エントランスの奥の方を観察した。

オートロックのような自動ドアも見当たらないので、自由に出入りのできる建物であることがわかった。

シルバーのベンツはとまっており、サンシェードも広がったままであった。そして、守叔父さんの部屋の遮光カーテンもきっちり閉められたままであった。

天気が良く、朝日の明るい状況で、カーテン越しに部屋の灯りが点いているかどうかはわからない。仮に消えていたとしても、守叔父さんは、昨晩遅く帰宅し、まだ、寝ている可能性もある。

守叔父さんが普通に生活しているならば、遮光カーテンが開き、レースの目隠しカーテンだけになっているだろうと予想していたが、状況としては、昨晩と何も変わっていないことになる。

玄関ドア側へ回れば、リビングの灯りがついているかどうかわかるかもしれないが、いきなり守叔父さんの部屋へ行くのはリスクがある。

とりあえず、別の階の状況を観察し、その後、守叔父さんの部屋の玄関をみることとし、リスクを少なくすることにした。





 

エントランスに入ると、すぐに集合ポストがあった。

守叔父さんの部屋番号のポストは、チラシなどがはみ出ているような事はも無く、郵便物が溜まっている感じはなく、長期にわたり外出している様子ではなかった。

あくまでも見た目の範囲であり、ポストの中に手を入れて確認したわけではない。

建物の奥行きは思ったより広かったので、間取りは2Kではなく、2LDKであろうと思われる。

エントランスのすぐ近くに階段があったので、別の階へ上がり、廊下および各部屋の玄関周辺の様子を調べた。

廊下側には風呂場の通風窓、ボイラー、玄関扉、そして玄関扉の横に縦長の採光窓があり、リビングの灯りが点いているかどうかの確認ができるかは微妙な感じである。

廊下の一番奥まで行ってみたけれども、行き止まりとなり、別の階段や裏口、緊急避難経路は無かった。

もし、別の階段が有れば、守叔父さんの部屋の玄関前を一度通過してエントランスへ戻れるけれども、各階とも廊下の奥は行き止まりであり、守叔父さんの部屋の玄関前を調べるには往復で二度通過せざるを得ない。

もし、通過直後に玄関が開いたら、逃げ場が無くなることになるので、第三陣では近づくのをやめることとした。

(つづく)
 

2022年8月17日水曜日

「泣けない人」その26

 


26 、上京初日.7

二度の出陣によって、何の収穫もないと思ったが、ほんの少しだけ心の奥の方で違和感を感じていた。

横目で、かつ、歩きながら守叔父さんの家を短時間観察しただけなので、何に対して違和感を感じたのか、その時にはわからなかった。

その違和感が何であるかを調べるため、胸ポケットの挿していたボイスレコーダーとスパイカメラのデータをそれぞれの本体からダウンロードして確認することとした。

ボイスレコーダーの音声は、思ったより高音質で、自動車の音や歩く音、自分の呼吸の音などがクリアに録音されていた。それなりに使えそうな音質であった。ただし、現状では、特に誰かと会話したわけでないので、肉声がどの様に録音できるのかは確認できたわけではない。

宿を出発するときに録音をスタートしたため、25分程の先送りし、守叔父さんの家の辺りを歩いている時間帯の音を聞いてみた。しかし、その録音の中には違和感を見いだせなかった。

続いて、スパイカメラの映像を確認することにした。

スパイカメラには、映像のブレ防止機能が無いようで、全体的にブレブレの映像であり、見づらいものであった。少し見るだけで、船酔いしそうな感じの揺れ方であった。

映像のブレの主要因は、歩きながら使っていることではあるが、ポールペンを挿している胸を左右や上下に振って歩いているつもりは無かった。

しかし、人は歩いている状態で腕を振るのに合わせて、無意識に肩や胸も左右上下に振っていることに気付かされた。

人間らしい歩き方とロボット的な歩き方の違いは、体を全体的に動かしているのか、部分的に動かしているのかの違いなのだな・・・と考えた。

大事な映像を確実に撮影するためには、胸の動きに気を配らなければならないことを学ぶことができた事となる。

より良い映像を撮影するためには、歩くのをやめて、止まった状態が必要かもしれない事を理解した。

感度調整の機能により、夜間の暗い状態であっても、肉眼で感じた明るさより全体的に明るく写っていた。ブレさえなければ、肉眼で見えない部分も写っている可能性がある。ただし、ノイズが多く乗り、画質そのものは良いものではなかった。

 




 

 

ボイスレコーダーと同様に宿を出発するときに録画をスタートしたため、25分程の先送りすると守叔父さんの家の付近を通過している風景の映像となった。ブレブレではあるが無事に撮影できていた。

一度目の確認では、違和感を見つけることはできなかった。

何度か繰り返して見てみると、ブレブレが一瞬だけ留まり、そこに写っている車に違和感を感じた。繰り返し再生し、タイミングを計らってストップするが、なかなかその瞬間に止めることができなかった。

超スロー再生することによって、家の前に止まっていたシルバーのベンツのフロントガラスが一瞬だけ綺麗に写っている事が確認できた。

私が感じていた違和感とは、そのフロントガラスであった。

横目で見ながら部屋の様子と車の様子を同時に詳細に観察することはできなかったようだ。

そして、違和感の理由が映像として映っていた。

ベンツのフロントガラスの内側にサンシェードが広げられていたことであった。つまり、サンシェードのため、車の正面から車内が見えない状態で駐車されていたのだ。

もちろん、夏場ならば夜間であってもサンシェードに違和感を抱かないだろうが、今日は11月29日であり、冬季であるため日除け対策をする必要を感じない。

夕暮れから夜間にかけて、横目で見ていたベンツの車内が見えないことが違和感の原因だったのである。

なぜ、時季外れのサンシェードがあるのか?

この事により、このベンツは一体いつから駐車したままになっているのか?
最後に動かしたのはいつなのだろうか?

と言った疑問を持つことになった。

夏場の駐車時にサンシェードを付け、そのまま数か月使われていない可能性があるってことだ。

つまり、車の有無は、守叔父さんの在宅・外出に関係ない可能性がある。最悪、夏場から監禁されている可能性も考えることができることになった。

下手に近づくのは危険かもしれないと、改めて気づかされた。

明日、どの様に第三陣に出陣すべきか?
悩むこととなった。

(つづく)
 

 

 

 

2022年8月3日水曜日

「泣けない人」その25




25 、上京初日.6

初陣の帰路、緊張から解放されたためか、若干の空腹を感じはじめていた。

レストランや食堂に立ち寄って食べる程の空腹感でないこと、そして、少しでも早く宿でリラックスしたいと思ったため、宿の斜向かいにあるコンビニに立ち寄る事とした。

そのコンビニは、どこにでもある大手のチェーン店であった。

入店直後、なぜか目前の棚の商品に視点を奪われた。

普段利用している自宅近所のチェーン店では見たことのないと思われる変わった商品であった。

何だろうと近づいて見てみると、「ミックスドライフルーツ」であった。

コンビニの出入口近くで「ドライフルーツ」を見かけた事は、はじめての事だった。

平べったい袋入りの物ならまだしも、カップ麺の容器程の大きさで、透明なプラスチック容器に入ったモノをコンビニで見たことはなかったと思う。

道の駅や、ドライブインのお土産売り場などで見かける様なモノであり、コンビニの定番商品ではなく、金額的にもチョッと割高の商品である。

日頃なら金額的に手を出し難い商品ではあるが、賞味期限を気にせずに食べられる事、そして、小腹の空いた状態で軽く食べるのには丁度良いモノであるとし、最初に目に留まったモノあったので、躊躇うことなく手に取った。

店の奥に行き、飲み物の陳列棚から350mlの缶ビールを一本取り出し、レジへ向かった。

会計を済ませた後、店を出て宿に戻った。
 




部屋に戻り、洗面所で顔を洗ってサッパリした後、缶ビールをプシュッと開け、ゴクゴクと喉を潤した。

ドライフルーツが丁度よい酒の肴となった。

ひと時ボーっとした後、豊治叔父さんに、初陣の状況報告のため、連絡を入れた。


 

「シルバーベンツ のナンバー○○○○が自宅前に止まっていますが、電気が消えてました。」
2021/11/29 19:36


 

戻ってきたメッセージは2通。

一本目には、食事でもして時間を潰すことの提案。

二本目は、
 

「焦らずに。この様な場合「普通は夜討ち朝駆け」です。」
2021/11/29 19:46


であった。

新聞記者が口にする言葉であるが、取材相手が仕事から帰宅した夜や、出勤前に自宅を訪問し取材することの意味である。

今夜のうちに、「第二陣」となる事を意味していた。

初陣に出る前にスパイカメラとボイスレコーダーの充電をしていた。それぞれ、無事に充電完了していた。

取扱説明書に従い、テスト録画、テスト録音を行ってみることにした。

 



 

それぞれの動作チェックや使い方を覚えるために1時間以上を要していた。

集中して作業していたため、時刻はいつの間にか21時を回っていた。

無事に録画、録音できることが確認できたので、第二陣に持って出かけることとした。

ビールによる緩やかな酔いのおかげで、リラックスもできた。

胸ポケットに二本のボールペンを挿し、出かけた。
 




初陣とはほんの少しだけルートを変えて、守叔父さんの自宅を目指した。

22時チョッと前に守叔父さんの自宅前に到着したが、特に変わった様子もなく、前回と同様に、部屋の灯りは消えていた。

 

車も同じようにとまっていた。

人の気配を感じないので、まだ、帰宅していないと思われた。

 

車が有るということは、同僚との食事か何か、夜の付き合いで遅くなっているのかもしれない。

 



 

第二陣は、何の収穫もなく、あっけなく終わる事となった。

(つづく)