2024年3月27日水曜日

「泣けない人」その98

 


98 、上京四日目.9

カーラジオに気を取られている間に、私が以前に住んでいた家の最寄り駅である「京急追浜駅前」を通り過ぎていた。

私は、私がこの辺りに住んでいた事を守叔父さんが覚えているかどうかを確認する為に、
 

「先程、通り過ぎた交差点を曲がったら、
以前に僕が住んでた家だよ!」


と伝えると、うなづきながら、

 

「コノアタリダッタ!」
(この辺だった!)



と、覚えているような返事が返ってきた。 しかし、私が伝えるまでは、その事を気にしてなかったようだった。

守叔父さんは、私の為に遠回りをしたわけでなく、目的地への最短の移動ルートとして「横須賀街道(国道16号線)」を選んだようだ。

 





しばらくすると「京急金沢八景駅」である。 すぐ近くに「八景島」があり、「八景島シーパラダイス」がある! 

以前、何度となく足を運んだことがあった。 遊覧船もあるので、「船をピューっとやるやつ」の目的地になりうる場所でもある。

「金沢八景駅」を過ぎた後、一つ目の信号を右へ曲がれば、最短距離で「シーパラダイス」へ向かえるが、クルマはその信号を直進して通り過ぎたので、目的地ではないのだろう。

このまま、「横須賀街道」を北へ進めば、「横浜港」に近づく事になる。 

 





しばらく進んだ後、私の予想していた場所よりだいぶ手前の交差点で、クルマは右折レーンに入った。信号機を見ると「富岡町交差点」であった。

「横浜港」へ行くには、直進した方が良いと思ったので、

 

「直進の方が、いいんじゃない?」



と守叔父さんに伝えた。 守叔父さんは、右前方を指差しながら、

 

「コッチ! コッチ!」
(こっち! こっち!)



と言い、目的地へのルートに間違いのないとの自信を持っているようだった。

私のおぼろげな記憶では、右折して進めば、ほどなく高架道路の並走する大通りに突き当たるはずである。

その大通りの一般道は「東京湾岸道路(国道357号線)」であり、高架道路の方は「高速湾岸線」である。

大通りの交差点の角に「ヤマダデンキ」があれば、そこは「鳥浜町交差点」である。

交差点を直進すると、その先には「三井アウトレットパーク横浜ベイサイド」があり、そのモールの隣が、「横浜ベイサイドマリーナ」だったような・・・。 

たしかに、クルーザーがたくさんある場所である。

そこが、目的地なのかもしれない!

 





道路の前方に高架道路が見えてきた。

続いて、左前方に「ヤマダデンキ」の店舗も見えてきたので、私の記憶は正しかった。

大通りの交差点に近づきながら、守叔父さんは、

 

「アッ、コッチダ!」



と、より確信を得たように、車のウィンカーを出した。

私が直進して「横浜ベイサイドマリーナ」に行くのではないかと予想した矢先、守叔父さんはウインカーを出したのだった。

 やはり、「横浜港」を目指すのだろうか?

「横浜港」へ行くならば、左折しなければならないが・・・。

しかし、その予想も違っており、なぜか、ウィンカーを出した後、右折レーンに入って行った。

直進でも、左折でもなく、右折するとは・・・。

「船をピューっとやるやつ」とは、何を意味しており、場所はどこなのだろうか・・・?

(つづく)

 

2024年3月20日水曜日

「泣けない人」その97

 


97 、上京四日目.8

京急田浦駅前を通過し、横須賀街道(国道16号線)を北上中。

車内ではカーラジオが流れていた。 歌が終わり、ニュースがはじまった。 

ニュースでは、歌舞伎役者の中村吉右衛門さんの死去を伝えていた。

「鬼平(おにへい)・・・。」とアナウンサーが言いかけたタイミングで、守叔父さんがカーラジオの「選局ボタン」を押し、他の番組プログラムを探しはじめた。

私は、中村吉右衛門さんの死因は何だったのだろう?享年は? とチョットだけ集中して聞いていたのだが、その不自然なタイミングでの選局により、聞き逃して分からずじまいになった。

守叔父さんは、なぜ、このタイミングで「選局ボタン」を押して選局し直すのだろうか・・・?

「他人の死」ではあるが、死因や年齢には興味はないのだろうか・・・?

 





よく考えたら、守叔父さんは運転中であるにもかかわらずに、高い頻度で「選局ボタン」を押している。

NACK5、bayfm、TOKYO FM、J-WAVE、NHK FMなどのFM局を繰り返して選局して、気に入ったものをその都度聴いている。

昨日も一昨日も、同じことを繰り返していた事を思い出した。

もちろん、テレビを「ザッピング」(テレビを視聴している際にリモコンを操作してチャンネルをしきりに切り替える行為)して、好きな番組を探すように、ラジオも自分の聞きたいものを探して聞けばよいのだが・・・。 

私ならば、興味のある番組プログラムが見つかれば、その番組の最後まで聴いた後、次の番組が面白くなさそうな場合には、選局し直しするだろう。

もしくは、電波の受信状態が悪く、雑音がはいるときには、別の局を探すこともあろう。

守叔父さんの「選局ボタン」タイミングは、私のその二つのタイミング、回数とは異なっているようだ。

 





ニュースが流れている最中に「選局ボタン」を押され、代わりに聞こえてきたのは、上田正樹「悲しい色やね」の歌であった。

「もたれて、泣いたらあかん・・・。」と1番の歌詞の途中であり、サビの「Hold me tight」の流れる少し手前であった。

守叔父さんは、
 

「コレ、ダレダ?」



と聞いてきた。私の好きな曲の一つなので、すぐに答えることができた。

 

「上田正樹!」



すると、守叔父さんは、サビ歌よりも先に、

 

「Hold me tight?」



と曲のサビ歌詞を確認するかのような感じでつぶやいた。

直後、ラジオからの歌声が「Hold me tight」と流れたので、私は拍手して

 

「そうそう、正解!」



と言った。 その後、守叔父さんは、

 

「コノウタ、イイウタダヨネ!」
(この歌、いい歌だよね!)



と言い、言った直後にラジオの音量を上げて、歌声に耳を傾けることになった。

「悲しい色やね」が終わっても、守叔父さんは「選局ボタン」を押さなかった。 続いて流れてきたのは、小林明子「恋におちて -Fall in love-」であった。

 

「コレモ、イイウタダネ!」
(これも、いい歌だね!)



と言って、歌が流れている間は、「選局ボタン」を押すことはなかった。

(つづく)
 

2024年3月13日水曜日

「泣けない人」その96

 


96 、上京四日目.7

缶コーヒーを飲んで一服した後、駐車場へ向かった。

門前通りは、日曜祭日のような賑わいではないものの、その狭い路地には、訪れた観光客が散在していた。

それらの人々をかいくぐって進むため、おのずとゆっくりなペースでの歩みになった。

私は、帰路「丸焼きたこせんべい」のあさひ本店に立ち寄りたいと考えていた。

江の島の名物で、たびたびテレビで紹介されていたため、そのせんべいが焼けるところを見たいと思っていたのだが・・・。 

守叔父さんには興味のないものだったようで、「見ていこうよ!」と声を掛けたものの、スルーされてしまった。

そのため、展望灯台からの帰路は、途中の飲料自動販売機での一服と、お手洗いに立ち寄っただけで、ほぼ素通りであった。

 





入口の青銅の鳥居をくぐって車道にでると、右手に進み、クルマをとめた「江の島なぎさ駐車場」に向かった。

駐車場でクルマに乗って「船をピューっとやるやつ」に向かって移動しはじめた。

「船をピューっとやるやつ」とは何だろう・・・?

過去の思い出の中で「船」に関して思い出したのは、守叔父さんが操縦するクルーザーに乗せてもらったことである。

その当時、守叔父さんはクルーザーをその所有者から預かり、日常のメンテナンス管理を請け負っていた。

私が叔父さんのところへ遊びに行った際、そのクルーザーを横浜から東京のマリーナへ移動させる必要があり、私も同乗させてもらったのだった。

その時は、運悪く天気がイマイチで風があった。 うねり・波が立っている中での移動であったため、のんびりとしたものではなかった。 下手に喋ると船の激しい揺れで舌を噛みそうになるくらいに揺れた乗船であった。

もしかすると、今でも仕事としてクルーザーの管理を請け負っているのだろうか・・・?

今日の天気なら、視界良好、波もほとんど立ってないので、快適なクルージングとなるだろう!!

期待はしていないが、少しだけウキウキしていた!

 





クルマは、七里ヶ浜の海沿い国道134号線を鎌倉方面に向かっている。

横浜のマリーナが目的地ならば、その経由地で良いだろう!

「船をピューっとやるやつ」とは、クルーザーに乗って「ピュー」と海に出ることかもしれない。 ほんの少し可能性が高くなった。

 





しばらく進むと、守叔父さんは、途中、車載のカーナビを操り、道を確認していた。

その画面はモノクロ(単色)モニターであり、旧式のため今風のナビ画面とは見た目が全く異なるものであった。

私はそのナビ画面を横から見ていたものの、その画面はどの位置・場所であるかよくわからなかった。

私の予想は合っているのだろうか?

 





道路標識を確認すると、鎌倉を過ぎて逗子方面に進んでいた。

目的地が横浜港のマリーナなら逗子方面へ進むより、金沢街道(県道204号線:横浜横須賀道路の朝比奈IC方面)の方が良いのにな・・・? 

目的地が違うのかな・・・? 逗子を通過すると横須賀逗子線(県道24号線)を進んだ。

進み、国道16号線の船越町交差点に出た。 交差点を左折し、国道16号線を北上しはじめた。

以前、私は横須賀市に住んでいた時期があるので、見覚えのある懐かしい風景が次々に目に飛び込んできた。

守叔父さんは、私の為に、敢えて遠回りルートを選んでくれたのだろうか・・・?

目的地が分からぬままのドライブが続いた。

(つづく)
 

2024年3月6日水曜日

「泣けない人」その95

 


95 、上京四日目.6

「年齢当てクイズ」に満足した守叔父さんは、両腕で自分を抱くような格好で、腕をさすりながら、

 

「イキマスカ!」
( 行きますか!)



と言った。少し、風が強くなってきたために、肌寒く感じはじめており、丁度よい頃合いであった。

綺麗な風景を堪能できたことに感謝しながら、展望台を降りることになった。

 





守叔父さんは、江ノ島展望灯台エレベーターから降りると、下山ルートに進みはじめた。

下り坂とはいえ、守叔父さんの歩みは速く軽快であった。

歩くペースをゆっくりにして欲しかったので、私は守叔父さんに話しかけた。

 

「叔父さん、身軽だね!
足とか痛いところは無いの?」



すると、守叔父さんは自分が健康であることをアピールするために、

 

「オレ、コウヤッテ
(イツモ)アルイテル。」
(俺、こうやって
(いつも)歩いてる。)



と言って、より速いペースで歩きはじめてしまった。

会話しながらゆっくり歩こうと考えていたのが、逆効果となってしまった。私は、守叔父さんの歩きに感服し、

 

「凄いね!」



と伝えた。すると、逆に、

 

「アシ、イタイノ?」
(足、痛いの?)



と聞かれてしまった。

 

「痛くないけど・・・。
(叔父さん)元気だね!と思って。」



と少し、意味深に答えると、守叔父さんは少しゆっくりと歩いてくれた。 そして、笑いながら、
 

 

「サッキ、オトコノコニ
イクツカ キイタラ
ボクハ モウ 26サイ ッテ
オレハ 40サイ デショッテ
チガウヨッテ イッタラ
エーーダッテ。」
(さっき、男の子に
いくつか(年齢)聞いたら
僕はもう 26歳って、
俺は 40歳でしょって
違うよって言ったら
エーーだって。)



と言った。

展望灯台でのカップルとの「年齢当てクイズ」の話であった。 若く思われた事がホントに嬉しいようだ。

私の「元気だね!」という言葉から、守叔父さん本人が元気であり、「元気」「若い」と繋がり、「年齢当てクイズ」の話になったようであった。

「元気」という言葉が好きなようなので、「超元気、超元気だね!」と伝えると、

 

「ゲンキ!」



と言った後、またもや、スピードアップして歩きはじめてしまった。

私は守叔父さんと同じペースで歩くのをあきらめ、マイペースでゆっくりと歩くことにした。

守叔父さんは、どんどん先に歩いて行ってしまった。 

 





しばらくすると、先の自動販売機の横で守叔父さんが待ってくれていた。

私がたどり着くと、その自動販売機に小銭を投入し、
 

 

「ハイ、ドウゾ!」
(はい、どうぞ!)

 


と飲み物を勧めてくれた。 温かいものが飲みたくて、缶コーヒーを選んだ。

言葉にトラブルを抱えていても、サービス精神は変わらないな・・・。

コーヒー飲みながら、この後、どうするんだろう?と思っていたら、
 

 

「コンド、ドコイク?」
(今度、どこ行く?)

 


と聞いてきた、
 

 

「どこ、行きますか?」

 


と、質問に対して、質問で返事を返した。

すると、守叔父さんは、
 

 

「ドコデモ ドウゾ、
アッ、マタ、フネヲ、ピーット
ヤルヤツ イコウ!」
(どこでも どうぞ、
あっ、また、船をピューっと
やるやつ 行こう!)

 

 

と言った。

「船をピューっとやるやつ」とは、何であるか理解できなかったが、行き先は守叔父さんに任せることにした。

(つづく)