2023年1月25日水曜日

「泣けない人」その49

 


49 、上京二日目.23

「さぁ、行きたいところを言ってください!」と守叔父さんが言ってくれたので、「城南島海浜公園をお願いします。」と伝えた。

 

「ワカラナイ、
ミギ ヒダリ
オシエテ。」
(分からない、
右、左
教えて。)



との返答が返ってきた。

現在の居場所がどこであるかが分からなければ、当然ながら道案内はできない。

久しぶりの東京で、周囲を見渡すものの、慣れない景色を見ただけでは、現在地がわからない。 仕方なく、文明の利器に頼ることにした。

守叔父さんと会話しながら、スマホのカーナビのアプリを起動し、行き先を城南島海浜公園に設定した。あとは、そのカーナビ音声の指示どおりに進んでもらえば良い!

ナビ設定後、すぐに音声ガイドが「右方向です。 およそ、500メートル先、平和島口を左方向です。」と道案内をしはじめた。

その音声ガイドの指示に対して、守叔父さんは、

 

「ワカッタ、イキマショウ!」
(分かった、行きましょう!)



と答えてくれた。 私としては、見慣れない景色から現在位置を見いだし、そして、どの道を進めば良いのか考える必要がなくなりホッとした。 

一段落できると思いきや、守叔父さんは、

 

「ホントニ、オレト クルマ ゼンブ イッショ ダネ。」
(本当に、 俺とクルマ、全部一緒だね。)



と言い出した。一体、”守叔父さん” と ”クルマ” 、何が同じなのだろうか・・・?

”全部一緒”という事は、このクルマは、長い間、大事に乗り続けている愛車であり、クルマを一心同体と感じているってことなのだろうか? それとも、少し深読みし過ぎているのだろうか・・・?

「何が一緒なの?」と聞き返すと、守叔父さんは、自分の人差し指でクルマのハンドルの中央部分のベンツのメーカーエンブレムを指差した。そして、その指で前方を指差しながら、

 

「イッショ!」
(一緒!)



と言った。指先の方向には、守叔父さんのクルマと同じベンツが走っていたのだった。

「俺のクルマと同じベンツ」と言うところを「俺と同じクルマ」と略したうえに、「俺と クルマ 同じ」と語順が入れ替わったようであった。

前置きとして、「あの車」とか「前の車」と言ってくれれば悩まずにすんだのにな・・・、と思った。

私自身、守叔父さんの発する言葉を一字一句、取りこぼさないように聞いていたために、その言葉に集中しすぎて、周囲の様子に気を配れていなかったようであった。

「田舎(鹿児島)ではあまり見ないからね。さすが、東京! たくさん外車が走っているね!」と伝えた。

 





少し余談となるが、鹿児島ではマイカーの外車比率が1.5%、東京では13.6%との事である。実に10倍近くの差がある。全国平均は6.0%。(全国消費実態調査2014年より)

10倍近くの差があれば、外車がたくさん走っているな!と思って当然だろう。

 





赤信号で停止している間に、カーナビアプリの画面を守叔父さんへ見せた。すると、

 

「ナルホド、ソコラヘンニ イケバヨイノカ!」
(なるほど、そこら辺にいけばよいのか!)



という事で、カーナビ無しでも場所が分かるようであった。

さすがに、運送業を営んでいた叔父さんなので、地図上の場所が分かれば、どこにでも行けるようだ。

(つづく)
 

2023年1月18日水曜日

「泣けない人」その48

 


48 、上京二日目.22


守叔父さんの運転するクルマに再度乗り込み、駐車場の出口を目指した。

ゲートバーの手前でクルマを一旦停止し、パーキングチケットを料金精算機へ差し入れると、その直後にゲートバーがスーッと上がった。すると、守叔父さんが、

 

「ホラ、オカネイラナイ!」
(ホラ、お金要らない!)



と言った。その口調には、言外の意味が含まれているように感じられた。特に、「ほら」という言葉には、”俺の言ったとおりだろう!”という風なニュアンスが含まれていた。

なぜ、駐車料金が無料になったのだろうか・・・? そして、なぜ、”俺の言ったとおりだろう!”という風に言うのであろうか・・・?と頭を捻った。

すると、ハッと、私の頭に閃(ひらめ)きがあった。

その閃きのおかげで、この駐車場に乗り入れる直前に、守叔父さんが言っていたチンプンカンプンな言葉が何を意味していたのか、おぼろげではあるが理解することに至った。
 

(チンプンカンプンな言葉は、『「泣けない人」その38、上京二日目.12』に戻り、ご覧ください。)



駐車場に入る前に、私には理解できなかった守叔父さんの言葉は、イトーヨーカドーの駐車料金のシステムの説明であったと思われる。お買い物などをすれば、駐車料金が無料になるという事を伝えたかったのだろう。

後に、駐車料金のシステムを調べてみると、2時間以内の駐車料金は無料であることが分かった。お買上げ1000円以上、セブンカードプラス提示で3時間無料。お買い上げ3000円以上で4時間無料であった。

うどんを食べるために滞在した時間は、1時間足らずだったため無料だったのである。

つまり、駐車場に入る前に、入場ゲートのある駐車場ではあるけれど、無料で利用できることを事前に伝えたかったことになる。

守叔父さんが「全然、お金取られない。」と言うべきところを、「ゼンゼン、オカネ、トレナイ(全然、お金取れない)。」と言ったために、私は意味が分からなくなってしまったのである。

守叔父さんは、助動詞「れる・られる」の表現が、うまくできなくなっているのかもしれない。 

私としては、その時の言葉のすべてが理解できた訳ではないが、部分的ではあるが解明できたことに少しだけ安堵した。

 





私が行き先を伝えると、守叔父さんがどこにでも連れて行ってくれるとの事なので、イトーヨーカドーの駐車場を出ると、城南島海浜公園に向かうことにした。

とは言え、私自身、久しぶりの東京なので、行き先を伝える事は難しい。 とりあえず、海に近づく方向へ向かってほしいと伝えた。

海の方角へクルマが進み始めて、少しの間だけ車内が静かになった。二人とも食事を終えて、胃に血液が回った分、思考能力が低下しているのかもしれない。

守叔父さんが話し出すまでは、私の方から話しかけることはせずに、次に何を言い始めるかを待つことにした。

すると、おもむろに、

 

「ハァー、タノシイ!」
(はぁー、楽しい!)



と、守叔父さんが言葉を発した。その言葉には、深い感情が込められているように感じた。  続けて、

 

「モウ、オレ、イマ、ヒトリッコ デサー、
ゼンゼン、ダメダッタカラ、
アナタハ、イイ!」
(もう、俺、今、一人っ子でさー、
全然、ダメだったから
あなたは、良い!)

 



と、言った。

守叔父さんは、”今、一人っ子”らしい!!!???

先に述べた通り、守叔父さんは実際には7人兄弟姉妹の末っ子であり、 私の母は守叔父さんの実姉である。それなのに、”今、一人っ子”とは?

おそらく、 ”今は一人暮らし”って事を言いたいのだろう。

私の何が良いのか分からないので、「いや、いや、いや」と否定した相づちを打つと、今度は、私に向かって、

 

「ヤサシイ!」
(優しい!)

 



と、強めの口調で言ってきた。 一体、私の何が良くて、何が優しいのだろう・・・?

そして、守叔父さんは、
 

「モウ、オンナハ ダイキライダ!」
(もう、女は大嫌いだ!)



と言った後、少し笑ってから、

 

「デモ、アノナ、チョウジョノ、
アノ、オンナノコハ、ヨカッタ ナァ、
ダイスキ ダッタ。」
(でも、あのな、長女の、
あの、女の子は、良かったなぁ、
大好きだった。)



と、しみじみとした口調で言った。そして、少し間をあけた後、気持ちを切り替えるためなのか、

 

「サァ、イキタイトコロヲ
イッテクダサイ。」
(さぁ、行きたいところを
言ってください!)



と、少し気合の入った声を発した。

(つづく)
 

2023年1月11日水曜日

「泣けない人」その47

 

 


47 、上京二日目.21


トイレから戻ると、守叔父さんは、”飲み物”の自動販売機前に立って待っていた。

”温泉”とは、何だったのか聞こうと思いながら、私が近づくと、その自動販売機を指差しながら、

 

「タベモノ、イラナイ?」
(食べ物、要らない?)



と、バナナミルクを手渡しながら聞いてきた。そのため、”温泉”についての質問をすることができなかった。

守叔父さんの新たな一言によって、二つの疑問が頭に浮かんだ。

一つ目は、バナナミルク(飲み物)を買ってもらったばかりなのに、なぜ、別の飲み物を勧めてくるのか?

二つ目は、なぜ、「食べ物、要らない?」と、”飲み物”の自動販売機を指差しながら聞いてきたのか?

一つ目の疑問に対しては、バナナミルクを飲み終わった後に、口直しのための飲み物を勧めてくれたのかもしれない。つまり、叔父の甥っ子に対する優しい気配りと考えるならば理解できる。 それとも、バナナミルクを飲み物と認識していないのだろうか・・・?

二つ目の疑問に対しては、飲み物も”食べるもの”として、”食べ物”と表現したのかもしれない。

守叔父さんの発する言葉によって、疑問が解決するどころか、ますます増え続けている。

 





自動販売機を目の前にした私は、どの様に返事すれば良いのか考えていた。すると、返答も聞かずに守叔父さんは、財布から小銭を取り出し、自販機の料金投入口へ入れはじめた。

そして、押しボタンの赤いランプが点灯し、


 

「ハイ、ドウゾ!」
(はい、どうぞ!)



と、欲しいモノを選ぶよう勧められた。

「タベモノ、イラナイ?」に関しては、これ以上深く考えず、”スルー”することにした。

片手にはバナナミルクがあるので、甘いものは要らないな・・・。と思い、いつでも飲めるペットボトルのお茶か水を探して、自販機の商品を見回した。

その自販機には、トクホ(特定保健用食品)認定のダイエット効果のあるお茶があったので、「これで痩せさせて頂きます!」と言いながら、ボタンを押した。そして、自分の太鼓腹を擦ると、守叔父さんは私のお腹を見て、

 

「オオキイネ!
(大きいね!)



と言いながら、笑ってくれた。

 





エレベーターに乗り、上階の駐車場へ向かった。 エレベータに乗ると、守叔父さんは、

 

「コノアト、ドコイクノ?」
(この後、どこ行くの?)



と聞いてきた。

私の行き先や行動は、守叔父さん次第なので、守叔父さんの予定を再確認しようと思い、「(守叔父さんは)この後、仕事じゃないの?」と聞いてみた。すると、不思議そうな顔をしながら


 

「ソウナノ?」
(そうなの?)



と答えた。守叔父さん本人の予定にも関わらず、「そうなの?」と言われると、こちらとしては、面喰ってしまうしかない。聞き方が悪かったのかな?と思い、「この後、フリーなの?」と聞いてみた。すると、

 

「キョウハ、ワカンナイ」
(今日は、分かんない。)



との答えが返ってきた。これまた、予想外の答えが返ってきた。再度、聞き方を変え、「仕事に戻らなくていいの?」と聞き直した。すると、

 

「アァー、アァー、
チョットダケハ、
ヤラナイトイケナイコトガ アルケド。
ベツニ ヘイキハ ヘイキダケド
ドッチデモイイ。」
(あぁー、あぁー
ちょっとだけは、
やらないといけないことがあるけど。
別に平気は、平気だけど。
どっちでもいい。)



と、中途半端な答えが返ってきた。

守叔父さんの表情からは、私が要望すれば、その要望に対応しますという感じが伝わってきたので、


 

「(飛行機の)写真を撮りたいので、

浮島町公園か、

京浜島つばさ公園か、

城南島海浜公園の

どちらかに行きたい。」




と伝えた。すると、

 

「ドコデモ イイヨ。
イキサキヲ イッテ。」
(どこでも良いよ。
行き先を言って。)



と、快諾してくれた。おかげで、もう少し守叔父さんと話ができる時間がとれそうだ。

(つづく)
 

2023年1月4日水曜日

「泣けない人」その46

 


46 、上京二日目.20


守叔父さんの口から発せられた『逮捕してくださいと言ったら』との言葉がとても気になり、その詳細を探りたくなった。 しかし、フードコートで食事している時に、深入りする話ではないと考えて、聞き出すことは保留した。 現状、年金の事を聞き出せていないので、年金の事から聞き出そうと思い、「年金は貰えるんじゃないの?」と再々度、聞き返した。

しかし、守叔父さんは、「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」と笑ったのち、

 

「デモ、ソッチハ、アレダヨネ、
チョウジョガ、イチバン ヨイヨネ。
スエッコハ ダメダヨネ。 ホントニ! 」

(でも、そっちは、あれだよね、
長女が、一番良いよね。
末っ子はダメだよね。ホントに!)



と言い、年金に関しての答えが返ってこなかった。

言葉を替えて、「年金自体、掛けてなかったの?」と質問すると、またまた「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」と笑い続けた。 何が面白いのだろう・・・?

守叔父さんが笑っている間に、私はうどんを食べ終えることができた。すると、そのタイミングを見計らったように、守叔父さんは、

 

「オレモ ソウ シヨウ、
アソコニ イッチャオウ!」
(俺もそうしよう、
あそこ行っちゃおう!)



と言いながら立ち上がり、食器返却口へ向かって歩き始めた。

食後、その場でゆっくりと話ができれば良いと思っていたが、マイペースな守叔父さんは、せわしなく次の行動に移ってしまった。

結局、食事中に年金の受給状況を聞き出すことができなかった。 なぜ、年金の事を教えてくれないのだろうか? それとも、「年金」と言う言葉が理解できないのだろうか?

 





食器を返却口へ戻した後、駐車場へ戻るため、エレベーターへ向けて歩きだした。

そのまま、駐車場へ戻るのだろうと思っていたら、守叔父さんはエレベーターホールの近くの店の前で立ち止まった。

クレープの写真が掲げられたデザート店であり、メニューを指差しながら、

 

「タベタイ?」
(食べたい?)



と声を掛けてきた。

うどんを食べた直後に生クリームの甘いものは遠慮したいな・・・。と思ったので、
「要らない!」と答えたのだが、守叔父さんは、ニコニコした表情で繰り返して、

 

「タベタイ?」
(食べたい?)



と、声を掛けてきた。 何だか、注文しないと納得しなさそうな感じであったので、飲み物のお品書きがあれば良いな・・・。と思いながらメニューを見ることとした。

メニューの中に飲み物のリストがあったので、その中からバナナミルクを注文することにした。

注文した後に、守叔父さんは、

 

「オンセン ニ、イッテキテイイ?」
(温泉に、行ってきて良い?)



と、突然言い出した。

イトーヨーカドー店舗内で、”温泉”とは、何だろう・・・? と戸惑ったが、守叔父さんの発したその言葉には、即決の判断を求めるような感じと共に、懇願するような感じを含んだニュアンスであったため、「どうぞ!」と即答した。

すると、守叔父さんは、くるっと後ろを向いて、そそくさと歩き出した。エレベーターホールの横を通り過ぎ、物陰に消えていった。

イトーヨーカドー店舗内に”温泉”があるのだろうか?

守叔父さんは、”温泉”の営業時間を確認しに行ったのかもしれない。

営業時間内ならば、のんびり湯船に浸かりながら話ができるかもしれないな・・・。などと考えながら、クレープ屋の前で一人で待つことになった。

 





しばらく待っていると、スッキリした表情の守叔父さんが戻ってきた。

”温泉”の営業時間はどうだったのだろうか?と思っているところに、ちょうどバナナミルクが店奥から出てきた。

守叔父さんは、支払いを済ませ、バナナミルクを店員さんから受け取った。

”温泉”について、何の報告も無いので、営業時間外だったのかもしれないと思った。

私は、クルマに乗る前にお手洗いに行こうと思い、守叔父さんに「トイレどこかな?」と
尋ねた。すると、先程、守叔父さんが行き、そして戻ってきた方向を指差した。

トイレと”温泉”が同じ方向にあるならば、”温泉”を調べることもできる!と思い、「チョット行ってきます。」と言って、私はトイレに向かうことにした。

守叔父さんに指差された通路の奥には、トイレへの行き先を示す案内板しかなく、”温泉”らしき案内板ははなかった。 

トイレで用を足したのち、個室トイレの中も覗いてみたが、特に変わったものを見つけることはできなかった。

守叔父さんの言う”温泉”とは、何だったのだろう? それとも、トイレの事を”温泉”と言ったのだろうか? もしそうならば、なぜ、トイレを”温泉”と言ったのだろうか?

(つづく)