2022年12月28日水曜日

「泣けない人」その45

 

45 、上京二日目.19


なぜ、守叔父さんはモバイルWIFIルーターを持ち歩いているのだろうか? と疑問を持ったが、現時点では、なぜ持っているのかについて、守叔父さん本人に質問することは、次の理由でやめることにした。

もしも、守叔父さんがスマホを通した常時監視下にあり、常に盗聴などの監視されている場合は、ココでの会話を相手に聞かれることになり、その結果、今後の守叔父さんへのアプローチが難しくなるかもしれないと考えたからだ。

とはいえ、IT関連の仕事ならば、二種類のスマホを持ち歩く事はあるかもしれないし、多量のデジタル通信を必要とする仕事をしているならば、モバイルWIFIルーターを持ち歩くこともあるだろう。「歩くだけの仕事」は、ある種の新たなリモートワークの一種なのかもしれない。その様に考えると、モバイルWIFIルーターを持ち歩いていても不思議ではない。

それとも、都会で生活する人たちは、当然のように持ち歩く物なのだろうか・・・?

などと、私がうどんを食べながら考えていると、守叔父さんが、上着の胸ポケットからiPhoneを取り出し、画面を何度もタッチし、フリックしはじめた。

何らかの仕事をやっているのだろうか? しばし、黙って守叔父さんの手の動きを見守った。

その指の動きには、 迷い指のような感じもなく、結構なスピードで指を動かし操作している。 スマホの操作には手慣れた感があった。

その指の動きだけを見ていると、同世代の人がスマホを操作する時に比べ、明らかに達者なように見えた。 

スマホを自由に操り、クルマの運転も上手い。 その様な守叔父さんは、本当に認知症なのだろうか、それとも別の病気なのだろうか・・・?

あらためて、守叔父さんの事を冷静に観察しなければならないと思った。

 





しばらくすると、その指の動きは止まった。そして、スマホの画面を私の方に向け、画面を見せてくれた。

 仕事に関係するものなのだろうか?と、思いながら、画面を覗き込むと、

そこには、一人の女性が表示されていた。私には見覚えのない人であり、年齢的には守叔父さんより、私の方が近い感じの女性である。 一体誰なのだろう?

守叔父さんは、ニコニコした表情とともに、その写真を見せながら「かわいいでしょ!」と言い出した。そして、その女性の事を「リリィちゃん」と紹介してくれた。

リリィさんと守叔父さんとの関係は・・・? と思っていると、守叔父さんは、画面のリリィさんを指さしながら、

 

「チョウジョ、チョウジョ、チョウジョハ イイヨネ!
ジュウネンカ、ナンネンカ、ソノクライ、
イッショニ、スンデタノ。」
(長女、長女、長女は良いよね!
十年か、何年か、そのくらい
一緒に、住んでたの。)



と言った。守叔父さんは、リリィさんと十数年一緒に生活していたらしい。そして、守叔父さんは自分自身を指差しながら、

 

「スエッコ、スエッコハ ダメダヨネ。」
(末っ子、末っ子はダメだよね。)



と言った。その後、「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」と、笑い続けていた。

リリィさんが長女で、守叔父さんが末っ子。長女は良くて、末っ子はダメとは何なのだろう? どういう事か聞き直そうと思ったけれども、守叔父さんの笑い声が長々と続いたので聞くタイミングを得られなかった。

先ほどは、安西さんは末っ子でダメと言っていたな・・・。

 





豊治叔父さんから、指令の一つ、守叔父さんが年金を貰っているかのどうかを確認するために、「65歳だったらさー、年金は貰ってないの?」と聞いてみた。すると、


 

「イヤ、デモ、オレ、コンゲツノ 〇〇ニチ、
ロクジュウ ロクサイ デス。」
(いやでも、俺、今月の○○日、66歳です。)



と、誕生日と年齢を答えた。「うん、だから、65歳以上だと年金貰えるでしょう!」と再度、聞き返した。すると、

 

「イヤ、ダカラ、キュウリョウ カラ ヒカレズニ、
ヒャクナンマン クダサイ ト イワレタトキニ、
アンザイ カラ 、コウナッテマスヨ。 デ、
タイホ シテクダサイ ッテイッタラ、
マタ、 アンザイ カラ オレン トコロニ
デンワガ カカッテキテ、 
アイツ ウソシカイッテナインダヨ。
 ヒドイヨネ。
スエッコハ ダメダヨナ。」

(いや、だから、給料から引かれずに、
百何万くださいと言われたときに、
安西から、こうなってますよ。で、
逮捕してくださいって言ったら、
また、安西から俺んところに
電話がかかってきて、
アイツ嘘しか言ってないんだよ。 
ひどいよね。 
末っ子はダメだよな。)




と言った。 

 

年金の話は、どこに行ったのだろう・・・? 末っ子はなぜ、ダメなのだろう・・・? 

そして、『逮捕してくださいと言ったら』とは何だろう・・・?

(つづく)
 

2022年12月21日水曜日

「泣けない人」その44

 


44 、上京二日目.18


「歩くだけ」の仕事とは何だろう? 歩く「だけ」の「だけ」が付いている事により、不可解な仕事だと感じた。

車内での会話では、「手取りが30万円」と言っていた。 収入があるのだから、何らかの仕事をしているのだろう。 ただ、歩くだけで月収30万円になるのだろうか・・・? しかも週4日勤務である。

詳細をどの様に聞き出せばよいのだろうか・・・? 

守叔父さんの仕事と関連する言葉の中に、「佐藤さん」と言う固有名詞があったので、「佐藤さんって運送業じゃないの?」と聞いてみた。 すると、

 

「アノー、ハチジニ、シチジカラ、
ボクハ モウ、アルイテイルノ・・・。
イチジカン。 ソンデ、オワッテカラ、
アノ、 オワッテカラ、クルマガ アルカラ、
ソノクルマッテイウカ、オッキイヤツニ、
ソコニ ノッカッテ、ピューット イッタラ、
オカネガ イクラカナ?
ニジュウエン カナ?
スグ オワルッテ イウヤツ。」

(あのー、八時に、七時から、
俺はもう、歩いているの・・・。
一時間。そんで、終わってから、
あの、終わってから、クルマがあるから、
そのクルマって言うか、おっきいやつに、
そこに乗っかって、ピューっと行ったら、
お金いくらかな?
20円かな? 
すぐ終わるっていうやつ。)



と、さっぱり理解できない言葉の羅列が続いたので、仕方なく、
「何言ってるのか、分からん。」と守叔父さんに向かって言った。すると、

 

「ニジュウエン ダッタラ イイジャン!
クルマデ ズーット ヤッタラ、
ドンドン リョウガエガ オオクナッチャウ。
クルマガ イチバン。」

(20円だったらいいじゃん!
クルマでズーットやったら、
どんどん両替が多くなっちゃう。
クルマが一番。)



と返事が返ってきた。

何なんだろう? さっぱり、理解できない。

クルマか何かの大きいものに乗るようだが、20円とは何の費用なのだろうか? 20円ぽっちで、何ができるのだろうか?

 





守叔父さんと合流して、まだ一時間経ってない。しかし、私の頭の中には、守叔父さんの意味不明な言葉が散乱し、グチャグチャとなりはじめていた。

必死になって、それらの言葉を整理整頓しつつ、守叔父さんの伝えたい事を理解しようと心掛けたが、徐々に、頭がオーバーヒートしつつあった。

これ以上、守叔父さんの話を理解しようと必死に聞いていても、身が持たないと思い、一旦、話題を変えることにした。

 





「今回ね、飛行機の写真撮ろうかな!と思って東京に来てて、今朝も、朝一番に羽田空港へ行って写真撮って、その後、叔父ちゃんに電話しようかなって思ってたの。」と伝えた。
すると、守叔父さんは目を丸く見開いた顔で、

 

「ゼンゼン、シラナカッタ。」
(全然、知らなかった。)



と言った。もちろん、知らせてないので、知らないことは当然なのに・・・。

目を丸く見開いたその表情から、飛行機に興味があるのだろうか?と思っていると、
守叔父さんは、おもむろに上着のポケットに手を入れはじめた。

そのポケットは、先ほどiPhoneを取り出したポケットとは反対側の胸ポケットであった。

そして、そのポケットから出てきたものは、AndroidのスマホとモバイルWIFIルーターであった。

飛行機に関して、なんらかの関係のある行動なのかと思って注視していると、それぞれの電池の残量を確認しただけで、それらをすぐにポケットへしまいこんでしまった。 その思わせぶりな行動は何だったのだろう・・・?

それらの機器は、守叔父さんの仕事に必要なものなのだろうか?

仕事用の電話とプライベート用の電話をそれぞれ持ち歩く事はあるかもしれないが、プラス、モバイルWIFIルーターを持ち歩く必要があるのだろうか?

「歩くだけの仕事」と「モバイルWIFIルーター」との間に何らかの関係があるのだろうか・・・?

それとも、モバイルWIFIルーターを通じて、守叔父さんは間接的に、誰かに軟禁・支配されているのだろうか・・・?

(つづく)
 

2022年12月14日水曜日

「泣けない人」その43

 


43 、上京二日目.17


守叔父さんとの会話のキャッチボールは、うまくいっていない。 

会話のキャッチボールがうまくできなくても、とにかく、守叔父さんの話を聞くことによって、叔父さんの現在の状況を少しでも把握しなければならない。 

もう少し会話を続けるため、お盆を持ったまま立っている守叔父さんを着席させることはできないだろうか?

そのため、「今日の午後は、この後、また仕事があるの?」と聞いてみた。


すると、

 

「アトハ ナイ、
・・・
イロイロ」

(あとは無い、
・・・
色々)



との返事が返ってきた。 「イロイロ」が何なのか分からないけど、とりあえず、午後の仕事は無いようだ。 仕事が無いなら、ゆっくりと話ができるだろう。

「まだ、うどん食べ終わってないから、叔父ちゃん座ってよ!」と伝えた。すると、守叔父さんは、素直に元の席に座ってくれた。 

 「食べるの遅くて、ごめんね」と伝えると、ニコニコした表情で、

 

「ダイジョウブ」



との定型句が戻ってきた。そして、守叔父さんは、続けて、

 

「イツモ、コウイウトコデ タベナクテ、
イツモ、コウイウノ トッテカエッテ、
ヤスイノヲ イエデ タベルノ。」

(いつも、こういうとこ(ろ)で食べなくて、
いつも、こういうの とって帰って、
安いのを家で食べるの。)



と言った。日常的に外食している訳ではなさそうである。「トッテカエッテ(とって帰って)」が気になったので、「スーパーで、買って帰るの?」と問うと、

 

「ソウ!」
(そう!)



と答えてくれた。「盗って帰って」ではなさそうである。「ヤスイノヲ(安いのを)」とは、インスタント麺やカップ麺なのだろうと思うが、その詳細を聞き出すのは後回しにしよう。
 





言葉を操る事がうまくできず、会話のキャッチボールがうまくできない様子なのに、本当に仕事ができるのだろうか? できるとすると、一体、どんな仕事をしているのだろうか? 

今朝は、なんらかの仕事の後に迎えに来てくれた様子なのだが・・・。

まず、出勤時刻を聞こうと考え、「いま(現在)、何時位に仕事に行くのに家を出るの?」と聞いた。すると、

 

「ナノデ、ゲツヨウビハ カイロトカ ナントカニ イッテ、
ドヨウビ、ニチヨウビハ ベツノ トコロニ イッテ、
チョットズツ、ヤワラカクナッテキテ」

(なので、月曜日はカイロとか何とかに行って、
土曜日、日曜日は別の所に行って、
ちょっとずつ、柔らかくなってきて・・・。)



守叔父さんは、出勤時間を答えることなく、一週間のスケジュールを話しはじめた。 何が硬くて、柔らかくなったのだろう・・・? 

「体が硬くなってたの? いつからカイロに行ってるの?」と聞いてみた。

 

「コトシノ ロクガツ クライ カナ、ゴガツ カナ?
ゴガツニ サトウサン カラ 
『チョット、オマエ、カラダ ワルイカラ、カエレ!』
ッテ イワレテ」

(今年の6月位かな、5月かな?
5月に佐藤さんから
『ちょっと、お前、体悪いから、帰れ!』
って言われて)



との返事があった。

二度目の「佐藤さん」という名前が出てきた。おそらく、職場の上司なのだろう。体調不良を見かねて、休みをとるようにアドバイスしてくれたと思われる。

守叔父さんは、以前、運送業を営んでいたので、今もクルマを使った仕事をやっているのかもしれないので、「軽自動車で回るの、それとも、いろんなクルマで回るの?」と聞くと、

 

「アルクダケ」
(歩くだけ)



との返事が帰ってきた。「歩くだけ?」と相づちを打つと、

 

「ソウ、アルクダケ!」
(そう、歩くだけ!)



との返事が再び帰ってきた。

一体、仕事とは何なのだろう、歩くだけとは・・・?

(つづく)
 

2022年12月7日水曜日

「泣けない人」その42

 


42 、上京二日目.16


守叔父さんと安西さんとの間の金銭問題については、まず、その代理人へのヒアリングが必要だと考える。そのため、代理人の名前を聞き出そうと、「守叔父ちゃんに、代理人がいるの?」と質問した。すると、首をかしげながら、

 

「ダイリニン?
ワカラナイイ」
(代理人?
分からない。)



との返事があった。「安西さんとのお金のトラブル解決のための仲介人がいるんでしょ?」と聞き直した。すると、守叔父さんはもう一度、スマホの画面を私に見せて、

 

「イチバン シタニ カイテアルデショ」
(一番下に書いてあるでしょ)



と言った。スマホ画面の一番下に書いてあるのは、「安西逢子」の文字である。
安西さんが代理人? 本人が代理人??? そんな訳がない。聞き直そうと思ったら、

 

「ソレカラ、オレントコロニ デンワガキテ、
ソレデ、ソノ カイケイシノ トコロカ ナンカニ、
イヤ モウ オレハ、アノ、アンザイカラ
ゼンブ オカネ トッテタカラ、
ボクハ デキマセンッテ、
ハナシヲ イツモ シテイタノ。」

(それから、俺んところに電話がきて、
それで、その会計士のところかなんかに、
いやもう俺は、あの、安西から
全部お金とってたから、
僕はできませんって、
話をいつもしていたの。)



代理人について質問したのにも関わらず、「会計士」という言葉が返ってきた。
「代理人」=「会計士」なのだろうか? それとも、別人なのだろうか?

そして、「安西から 全部お金とってた」とは、どういうことだろう?

字面どおりならば、守叔父さんが加害者の立場で、安西さんは被害者となる。そうすると、お金を返却しなければならない。

しかし、守叔父さんは、自分が被害者のような口ぶりで話をしている。「安西から 全部お金盗られた」という事なのだろうか?

受け身の言葉「れる・られる」の表現がうまくできないのだろうか・・・?

そもそも、安西さんから要求されている立替金とは、何のための代金を用立てしてるのだろうか? 守叔父さんに、「立替金は、何に使われたお金なのかな?」と聞いてみた、すると、

 

「イヤ、オレト オナジ ジャン、スエッコ ジャン。
スエッコッテ モウ、ミンナ ダメダヨネ。
デ、 オレガ、マエ、ホラ、クルマトカ、
ナンカヲ イッパイ トッテタトキニ、
アンザイ サン カラ ハイ ハイ ッテ イッテ、
オレ モウ ホントニ ナンジュウマンクライカ
コウヤッテ アゲテタンデスヨ
オレ、バカ ダヨネ。」

(いや、俺と同じじゃん、末っ子じゃん。
末っ子ってもう、みんなダメだよね。
で、俺が、前、ほら、クルマとか、
なんとかをいっぱいとってたときに、
安西さんからハイハイって言って、
俺もうホントに何十万くらい
こうやって あげてたんですよ。
俺、バカだよね。)



と言った後に、すこしの間だけバツの悪そうな顔をしたものの、直後には「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ・・・。」と他人事のように笑いはじめた。

「何十万くらい こうやって あげてたんですよ」とは、数十万円のお金をプレゼントしていたのだろうか? プレゼントとしてお金をあげていたのならば、盗られた訳でもない。

先ほどは、安西と呼び捨てにしたのに、今回は安西「さん」付けでの発言であった。

加害者なのか被害者なのか、受動的な言葉なのか、能動的な言葉なのか? 

理解しづらい言葉が並んでいる。

守叔父さんは笑いながら話をしているけれども、私はそのトンチンカンな回答に、ただただ困惑するしかなかった。会話のキャッチボールがうまくできず、そのすべてが明後日の方へ返球されてくるようなものである。

守叔父さん、安西さんともに末っ子であることと、立替金の存在に何らかの関係があるのだろうか?

「クルマとか、なんかをいっぱいとってた」とは、どういうことだろう? 特に「とってた」とは、どの漢字なのだろう。「取る、撮る、執る、採る、摂る、盗る」などを頭に浮かべたが、まさか「盗る」ではないだろう。

 





頭を捻って考えていると、いつのまにか、守叔父さんはすでにきつねうどんを食べ終えていた。私は、まだ半分もうどんを食べてないのに・・・。

そして、私が残りを食べている最中であるのにも関わらず、守叔父さんは席から立ち上がった。椅子を押し込み、そして、どんぶりの載ったお盆を持ち上げた。

「食事終了!& 食器返却の準備が完了!」って感じでその場に立っている。このままの状態で、 お盆を持ったまま、私の食事が終わるのを待つようだ。 

小さな子供が、食事を終え、空腹から解放されて次の行動に移るような感じであり、親の食べ終わるのをじっと待っているような感じでもあった。まだ、座っていればよいのに、すでに、次の行動へ気持ちは移っているようであった。

繰り返すが、私はうどんを半分も食べ終わっていないのに・・・。

(つづく)
 

2022年11月30日水曜日

「泣けない人」その41

 


41 、上京二日目.15

守叔父さんは、うどんを少し食べた後、話し始めた。

 

「ダカラ、ソレデー、アノー、
ボクガ ヤッテルノガ、
カ、スイ、モク、キン、
タッタ コノ ヨッカカン シカ
ムコウニ イカナインデスヨ。」
(だから、それでー、あのー、
僕がやってるのが、
火、水、木、金、 
たった、この四日間しか
向こうに行かないんですよ。)



仕事の話なのだろうか?  「向こうって、お仕事の事?」 と質問すると、

 

「ソウソウ、オシゴトジャナイケド、
マァ、ソコ イッテネ、
イロンナコトヤルトカ。
イヤー、ムズカシイ。」
(そうそう、お仕事じゃないけど、
まぁ、そこ行ってね、
いろんなことやるとか。
いやー、難しい。)



そして、続けて、

 

「ヒャッ、ハッ、ハッ」
(ひゃっ、はっ、はっ、はっ。)



と守叔父さんは笑った。

「オシゴトジャナイケド」というところが少し気にかかったが、月曜日は、毎週カイロプラクティックに通い、火曜〜金曜はなんらかの「仕事?」をして、土日は休むというスケジュールで行動しているようだ。

以前は、休めるときに休むという不定期なスケジュールで仕事をしていたが、現在は、定期的に休めるようなスケジュールとなったようである。
「イヤー、ムズカシイ」とは、どういう意味なのだろう?

難しい仕事をやっているという事だろうか、それとも、私に対して「守叔父さんの意思」を伝える事が難しいって事なのか、はたまた、単なる口ぐせなのだろうか・・・?

 





今日は火曜日(2021年11月30日)なので「仕事?」の日である。守叔父さんは、この後、「仕事?」の予定があるのかもしれない。

子供のように食べている理由は、午後の「仕事?」に戻るために急いでいるのかもしれないと思った。  そのため、私も急いでうどんを食べなければいけないのだろうか?

ゆっくりと話せるのはいつになるのだろうか?、次に会えるのは12月4日土曜日なのだろうか?

明日(水曜)〜金曜の間は何をやって時間を過ごそうかな・・・?と予定を考えていると、守叔父さんは、胸ポケットからスマホを取り出しながら、

 

「オレダケハ、イヤ ホントニ
ニヒャクマン、ニヒャクマン、
ズゥーット トッテタノニ、
アノ アンザイ カラガ ゼンブ オカネ 
トッテタモンナ、ヒドイヨ。
オレントコニ マッタク デンワ コナイノニ、
ヘンナ ショルイデサ、コレヲ ナントカシテ、ナントカッテ、
アイツ バカダヨネ。」
(俺だけは、いやホントに
200万、200万、
ズゥーっと取ってたのに、
あの安西からが全部お金
とってたもんな、ひどいよ。
俺んとこにまったく電話来ないのに、
変な書類でさ、これを何とかして、何とかって、
あいつはバカだよね。)



と言い出した。そして、スマホの画面を私に見せながら、

 

「ホラ、コンナノ オレンントコ
クルンダヨ、バカ ダヨネ。
ダカラ、オレカラ イツモ
ヒャク ナンマン、ヒャク ナンマン トッテテ、
イチネン クライ ヤッタトキニ、
ホラ、イチバンシタニ アルジャナイデスカ、
アンザイ」
(ほら、こんなの俺んとこ
来るんだよ、バカだよね。
だから、俺からいつも
100何万、100何万取ってて、
1年間位やったときに、)
ほら、一番下にあるじゃないですか、
安西)



と言った。

スマホの画面は、安西さんから届いた二通のショートメッセージであった。守叔父さんからスマホを借りて、そのメッセージを見せてもらった。

 

7月1日
「至急立替金のお振込みをお願いいたします。
立替金○○○○○○円です。下記の口座にお振込みをお願いいたします。
○○銀行○○支店口座番号○○安西逢子
2019年7月末日に貴殿代理人にもお伝えしました、立替金です。」


 

11月27日
「立替金○○○○○○円です。
下記の口座にお振込みをお願いいたします。
○○銀行○○支店口座番号○○安西逢子」



それらのメッセージから、守叔父さんは安西さんに対して十数万円の負債があるようだ。そして、それは2年以上前のものであることが分かった。

守叔父さんの口から出てきた言葉では、安西さんに「100何万、100何万」お金を取られたような言いぶりであるが、安西さんのメッセージでは、逆に安西さんに返さなければならない「十数万円」のお金があることになる。

また、守叔父さんには代理人がついていることもわかった。

代理人とは誰だろう? そして、その代理人に聞けば、トラブルの内容がわかるのだろうか?

(つづく)
 

2022年11月23日水曜日

「泣けない人」その40

 


40 、上京二日目.14


満面のニコニコ顔の守叔父さんと私は、うどん屋さんの列にならび、注文の順番待ちをしている。

壁に掛けられたポスターサイズの大きなメニューには、商品の写真とともに番号と商品名が書かれていた。守叔父さんは、そのメニューを見ながら、


 

「ナンバン?」
(何番?)



と聞いてきた。「ぶっかけ温玉うどん!」と答えた。すると、守叔父さんは、少し困ったような顔をしながら、メニューを指差した。その指は、どれだろう・・・?といった感じの迷い指の動きをしていた。そして、

 

「ドレ?」
(どれ?)



との言葉が返ってきた。「11、ぶっかけ温玉うどん」を指差しながら、「11番」と答えると、安堵の表情とともに、

 

「オッケー!」
(OK!)



との返事が返ってきた。「ナンバン?」と聞かれたのだから、素直に「11番」と答えればよいのだか、あえて「ぶっかけ温玉うどん!」と答えてみたのだった。

私の推測では、言語に何らかのトラブルを抱えているのだろうと考え、それを確かめるために、すこしイジワルな返事をしたのである。そして、その結果として、言葉の理解に若干の難がありそうなことが分かることとなった。

少し待つと先にいた4人のお客さんが、それぞれ商品を受け取り、私たちの順番が回ってきた。

守叔父さんは、

 

「ジュウバン ト ジュウイチバン!」

(10番と11番!)



と言いながら、人差し指で「1」を表現していた。


お代の支払いで、自分の分を支払おうと、千円札を守叔父さんへ渡そうとしたら、

 

「ダイジョウブ!」
(大丈夫!)



との言葉とともに手のひらを私に向けて横に振り、「要らない」というジェスチャーをした。

「オ、カ、ネ、ナ、イ・・・。」と言っていた守叔父さんに、ご馳走して貰うことになった。

 





一分少々待った後、商品を受け取った。 守叔父さんの注文した品は、きつねうどんであった。

そのきつねうどんを受け取る際の叔父さんの表情は、子供が大好物の食べ物を手に入れた時のような感じであり、心の底から嬉しがっている様子であった。

商品受け取り場所の隣のテーブルに、お箸やレンゲ(汁受け?)、爪楊枝、七味唐辛子などと共に、トッピング用の刻みネギが山盛り入ったドンブリがあった。 守叔父さんは、その刻みネギを指差して、

 

「タクサン、ダイジョウブ!」
(たくさん、大丈夫!)



と言い、私に多量の刻みネギをトッピングする事を勧めてくれた。

 





私が、トングで何度かネギを挟み移している短い時間のあいだに、守叔父さんはいつの間にか、居なくなっていた。周りを見渡し探してみると、すでに移動し、テーブル席へ着席していた。

流行り病のためか、お昼時より少し早いためか、フードコートのテーブル席の8割ほどは、空いていた。そのため、好きな場所を選んで座る事ができる状況であった。

しかし、守叔父さんの着席場所には少々問題があった。

おそらく、守叔父さんは、うどん屋さんから一番近い空席を選び着席したのだろうが、そのため、すぐ近くにもお客さんがいる席に座っていたのである。

流行り病のために、なるべく他の人との距離をとった方がよいとされるご時世、先に座って食事していたお客さんは、近寄って来た守叔父さんを少し嫌がっているようにみえた。

そのため、私は守叔父さんへ、他の人たちから少し離れた席に移動しようと促し、周りに人が居ない席に移動した。

対面して着席できたので、やっと、守叔父さんの表情を正面からじっくりと見ながら話せる状況となった。

あらためて挨拶し、のんびりと近況報告など、ゆっくり話をしようと思ったら、守叔父さんは、「イタダキマス」の言葉とともに箸で麺を摘まみ上げ、そして、フゥーと息をかけ食べ始めた。 

よほど、お腹が空いていたのか? それとも、大好物なのか・・・? その一連の行動は、子供が大好物の食べ物を目の前にして、待てずに食べだす様な感じであった。

そして、一口食べ終わった後、

 

「オイシイ!」
(おいしい!)



と言葉を発した。

着席からその言葉がでるまでの時間があまりにも短かったこと、そして、喜びながら食べている表情をみると、よっぽど美味しいのだろう! 

私も話をせずに、食べることにした。「いただきます!」と言ったあと、麺を一つまみ食べてみた。 関西風の透明なだしの味はたしかに美味しく、 守叔父さんの好物なのだろう!と理解できる味であった。

その後、何か足らないな・・・?と思いつつも、とりあえず、うどんを食べることにした。

(つづく)
 

2022年11月16日水曜日

「泣けない人」その39

 


39 、上京二日目.13

守叔父さんの歩きは、思いのほか速かった。その歩みは、遊園地において次の乗り物へ急ぐ子供のような感じであった。

エレベーターホールへ向かう途中で、私の方を振り返り、ニコニコした満面の笑みで、

 

「ココハ、オモシロイヨ!」
(ここは、面白いよ!)



と言った。ここのイトーヨーカドーは何か特別な店舗なのだろうか?と思いつつ、守叔父さんの後を追った。

守叔父さんの歩みは、エレベーターホールでは止まらず、その横の階段ホールへ進んで行った。そして、子供のごとき軽快なステップで、ポン、ポン、ポンと一段飛ばしで階段を駆け下りていった。

守叔父さんは、66歳! だいぶ前に赤色のちゃんちゃんこに袖を通した人である。その叔父さんが階段を一段飛ばしで走って降りてゆく!!!  非常に元気そうであり、快活そのものであった。

一階下のエレベーターホールに進み出ると、その先にはテーブルやイスがたくさん並んだフードコートが広がっていた。

グルメな叔父さんだと思っていたので、まさか、フードコートに連れて来るなんて、思いもしなかったが・・・。

ふと、一週間前(11月23日午前)の電話での言葉「オ、カ、ネ、ナ、イ・・・。」を思い出していた。

私は、特に好き嫌いがあるわけでなく、特別なグルメでもない。 今は、守叔父さんの様子をみることが主目的であるので、食べ物にこだわることもない。

クルマに乗った直後に守叔父さんの言っていた、

 

「オモシロイトコロニ イコウ。」
(面白いところに行こう。)

「ズゥーーット イッタトコロノ ヒダリニ、
イッパイ タベルモノガアルノ!」
(ずーーっと行ったところの左に、
いっぱい食べるものがあるの!)



とは、イトーヨーカドーのフードコートの事であったのだ。

たしかに、色々な種類の食べ物がある。 子供の頃ならば、楽しい場所の一つであろうが、・・・。

今は、守叔父さんの行動を細かく見る方が大切である。 特に要望したわけではないが、豊治叔父さんのアドバイスとおり「なるべく広くて見晴らしの良い落ち着けるところで食事でもしながら話しを聞いて下さい。」の状況となった。

フードコートを見渡すと、ハンバーガー店、丼物店、ステーキショップ、蕎麦屋さん、うどん屋さん、などがあり、計8店舗ほどの店が並んでいた。 

一足先に着いた守叔父さんは、店内案内図の手前で立ち止まり、私の方を振り返っていた。そして、その案内図を指差しながら、

 

「ココデ、ナニ、タベタイ?」
(ここで、何、食べたい?)



と聞いてきた。

その案内図には、それぞれの店名とそれぞれの食べ物の写真が掲載されていた。

私は、何でも良いな・・・。と思いながら、「何が良いかな・・・?」と相づちを打つと、守叔父さんは、

 

「オレハ、コウイウノ、イツモ タベタイノヨ!」
(俺は、こういうの、いつも食べたいのよ!)



と、うどんの写真を指差しながら言った。消化もよさそうだし、話をしながら食べるのにはもってこいの食べ物だと思ったので、同意することにした。

それにしても、あっさりと私の選択権は消失したな・・・。

もちろん、フードコートなので、好きなモノを、好きなお店で購入し、持ち寄って食事できる訳だが、あえて守叔父さんと同じモノを選び、日頃の食事を観察することにした。「それで、良いよ」と答えると、目をキラキラさせながら、

 

「イク?」
(行く?)



と再度、聞き返してきたので、「うどんで良いよ!」と答えた。すると、ニコッとした表情をした後、スタ、スタ、スタと歩きはじめた。

周りの店舗には目もくれず、それぞれの店舗の前を躊躇なく通り過ぎ、奥の方へ歩み進んで行った。その歩みから通い慣れた場所であることがよく分かった。

一番奥の店舗がうどん屋さんであった。 先に4人のお客さんが並んでおり、その列の後ろに二人とも並んだ。

守叔父さんは、立ち止まると共に、振り返り、パントマイムによってうどんを食べる様子をした。その後、

 

「ココ、オイシイ!」
(ここ、美味しい!)



と、笑みを浮かべながら言った。 うどん屋さんの壁に掛かったポスターサイズの大きなメニューには、番号と共に写真が並んでおり、きつねうどん、肉うどん、天ぷらうどん等、十数種類の商品があった。 必要に応じて、トッピングもプラスできるようだった。

守叔父さんは、一体、どのうどんを注文するのだろう・・・?

(つづく)
 

2022年11月9日水曜日

「泣けない人」その38

 


38 、上京二日目.12


守叔父さんは、目的地の大きな建物を指さしながら、

 

「アソコニ ホラ、イチバン ウエニ アルカラ、
アソコカラ、クルマデ ピューット イッタラ、
コノ ネダンデ、イチネン、ア、イチネンジャナイ、
アノ、イチマンエン クライカ、
ソウスルト、コレ マッタク オカネ トラレナイカラ。」
(あそこにほら、一番上にあるから、
あそこから、クルマでピューと行ったら、
この値段で、一年、あ、一年じゃない、
あの、一万円位か、
そうすると、これまったくお金取られないから。)



と言い出した。 どういうこと??? 「何?、 何?」と聞き返すと、軽くハンドルを叩くフリをしながら、


 

「コレハ、 ゴハン タベテ、アノ、マッ、
アノ ズーット シタヘ モドルト、
ゼンゼン、 オカネ トレナイ。」
(これ(この車)は、 ご飯食べて、あの、まっ、
あのずーっと下へ戻ると、
全然、お金取れない。)



と言い、説明し終わった様子で、

 

「イミ ワカル?」
(意味わかる?)



と聞いてきた。 私は、正直、何を言っているのかチンプンカンプンだったので、素直に、
「分かりません。」と答えた。 すると、

 

「イケバ、ワカル!」
(行けば分かる!)




との答えが返ってきた。行けば、分かる!ならば、行けば良いだけ!

その時の守叔父さんの口調は、これらの説明がさほど重要ではない様子だったので、聞き返すことはしなかった。

 





目的地の建物と車道の間には、車道よりも広そうな歩道があり、また、その歩道と建物の間には、植栽を伴う駐輪場もあった。

駐輪場の間を通り抜けて、建物内へ進入した。建物の周囲の環境は広々としているため、建物内もゆったりとしているのかな?と予想したが、その予想に反して、進入後はすぐにスロープがはじまった。そして、そのスロープは思いのほか急な上り坂であった。

その坂は軽自動車ならば、アクセルをかなり踏み込まねば登らないようなものであったが、守叔父さんのクルマはスイスイ登って行った。

駐車場は何層もあるようだったが、その一番最初のフロアーに空車ランプが光っていた。守叔父さんは、そのランプを指差し確認した後、「ダイジョウブ」との言葉とともに、入場券の発券機の横にクルマを一旦停止させた。

入場券を受け取ると、ゲートバーが上昇し、クルマを発進させて駐車場内へ入った。

11時15分頃の駐車場には、多くのクルマが既に停まっていたが、チラホラと空いた駐車エリアがあった。エレベータや階段近くの空きエリアを見つけ、その駐車エリアへ止めることとした。

全長の長い高級外車ならば、 立体駐車場の狭いエリアの中で、何度も前後しつつ切り返しをして駐車するものと思いきや、守叔父さんは、前後左右のクルマのそれぞれにギリギリ近づくものの、たった一度のバックで、その駐車場エリアへクルマをとめた。

クルマから降りて、左右の白線とのクルマの間隔を見てみると、ど真ん中にとまっていることがわかった。さすが!!

 

「守叔父さん! さすが、運転うまいね!」



と声を掛けた。すると、

 

「ダイジョウブ」
(大丈夫!)



との返事が返ってきた。

大丈夫と言われたものの、なんだか、少し違和感を覚えた。

周囲を見回してみると、守叔父さんがクルマを止めたその駐車エリアは、身障者用のエリアであった。 その場所が、エレベータに近いのも納得できた。

他の場所にも空いているスペースがあったので、守叔父さんへ、

 

「ココは、身障者専用だよ! 別の場所にとめ直そう!」



と伝えたが、同じく。

 

「ダイジョウブ」
(大丈夫!)



との返事が返ってきた。ベンツの不法駐車に関して、注意してくる者は居ないって事なのか? それとも、身障者専用の意味が分かっていないのだろうか・・・? 念のため、もう一度、

 

「身障者用だよ!」



と、言ったみたが、守叔父さんは、再度、

 

「ダイジョウブ!」
(大丈夫!)



との返事とともに、エレベーターの方向へ歩みを進めた。以前も、駐車禁止の場所に、平気でクルマを停めていた事もあったので、ルールから逸脱することに慣れっこなのだろうか・・・?と感じた。

エレベーターの横にライトアップされた建物のフロア毎の案内表示があった。その表示から、今居る場所はイトーヨーカドーの建物内であることがわかった。 

久しぶりに会った甥っ子との会食は、イトーヨーカドーの店内なのだろうか???
私に何を食べさせ、本人は何を食べたいと考えているのだろうか・・・?
 

そして、「ダイジョウブ!」と何度も繰り返して言っている事に意味があるのだろうか・・・?


(つづく)
 

2022年11月2日水曜日

「泣けない人」その37

 


37 、上京二日目.11

立体交差の高架道路を登り、そして降りると片側4車線、計8車線の広い道路へ出た。

都内を南北に走る基幹道路の一つだと思われる。のちに調べると、第一京浜であった。その道路を北上している。 

 





守叔父さんは、理解し難い話を続けている。

 

「イマハ、モウタイヘン!」
(今は、もう大変!)



と、言い出した。そして、

 

「ドウダトオモウ・・・、オレノオカネ?」
(どうだと思う・・・、俺のお金?)



と、言った。 お金の事をどう思うかと聞かれても、答えようが無いのだが・・・。 現在の守叔父さんの収入額を推測させたいのだろうか? と思いついたタイミングに、

 

「サンジュウマンシカナイ。」
(三十万しかない。)



と言いながら、少し情けなさそうにハッ、ハッ、ハッと笑い声をあげた。
続けて、

 

「ソンデ、クルマノトコロニ、ヒャクニジュウマン ヲ ハラッテサー、」
(そんで、クルマの所に、百二十万を払ってさー、)



言った。三十万の収入に対し、何らかの出費が百二十万円!!!???
一体どういうことだろう??? それは、本当に大変なことであることに間違いない!

そして、ボソッと

 

「タイヘンダヨナ!」
(大変だよな!)



と言った。私は、守叔父さんが、大きな金銭トラブルを抱えているかもしれないことに、たまらず、「どういうこと?」と質問を返した。すると、

 

「テドリガ、サンジュウマン デ、 オレノトコロニ クルジャン。
ツウチョウガネ、ソンナカニ、オレハ、ソコデ、イツモ、
ジュウニマン、ジュウニマン ッテ、ハラッテルンデス」
(手取りが、三十万で、俺のところに来るじゃん。
通帳がね、その中に、俺は、そこで、いつも、
十二万、十二万って、払ってるんです)



と答えた。相槌として、「車代を十二万払っているの!」と言うと、

 

「ソウ!、ソウスルト、ジュウニマンデ、ノコッタノガ、
ジュウハチマン クライシカ ナイジャン」
(そう!、そうすると、十二万で、残ったのが、
十八万位しかないじゃん)



と言った。「百二十万を払ってさー」とは、何だったのだろう?
手取りが30万円、車代が12万円、残りが18万円ならば、120万円は何のお金なのだろう・・・? 私の疑問は未だに解決していないが、守叔父さんは、説明し終えた表情をしていた。

守叔父さんは、続けて、首の後ろに手を回しながら、

 

「ココガ、カタクテ、ホラ、
カイロ、カイロ ニ マイニチ イッテルノ」
(ここが、固くて、ほら、
カイロ、カイロに毎日行ってるの) 



と言い出した。カイロプラクティックなどの整体に毎日通う必要があるのだろうか?と思っていると、

 

「ゲツヨウビ、ゲツヨウビ、ゲツヨウビ ト ズーット カヨッテイルノ。」
(月曜日、月曜日、月曜日、ずーっと通っているの。)


と言っている。毎週と言うところを、毎日と言い間違えたのだろうか? 確かに、週一通いならば、カイロプラクティックも納得できる。「毎週月曜日にカイロ行くの?」と聞き返すと、

 

「ソウ!」
(そう!)



との答えが返ってきた。
言葉遊びではなく、言葉の誤用なのだろう。
先ほどの、「120万円」は、「12万円」と言い間違えた事だったのだろうか・・・?

私の頭の中は、守叔父さんの言葉を反すうしつつ、その状況を少しずつ理解しつつあった。

 





第一京浜を北上し、大きな交差点を3つほど通り過ぎた後、守叔父さんは、左にウィンカーを入れて、左折レーンへ進み入れた。

道路標識は、左折がJR大森駅方面である事を示していた。

信号を左折し進むと、すぐに京急本線の高架下を通過した。その後、100mくらい進んだところで、再度、左ウィンカーを点滅させはじめた。

目的地に到着したらしい。歩道の先に大きな建物が見え、その建物の上階には立体駐車場があるようだ。

(つづく)

 

2022年10月26日水曜日

「泣けない人」その36

 


36 、上京二日目.10

守叔父さんの運転する車は、乗り心地がとても良かった。
さすが高級外車ベンツって感じであった。

20年ほど前の型式の古いクルマであるが、外回り、車内の清掃は共に行き届いており、新車の様な感じを受けるほどの状態であった。 メンテナンスに余念が無かったようである。 また、適度な芳香剤の香りが漂っていたため、古い車によくあるカビ臭さ・ほこり臭さの様なものも感じることはなかった。

さすがに、カーナビやインパネ周りをみると、それらの操作方法や表示仕様から感じる古さは否めなかった。
走行中のきしみ音やガタツキ音などもないため、総走行距離がどの程度なのか興味を惹かれるほどだった。

乗り心地に関しては、車の良さだけでなく、守叔父さんの運転によるところが大きかった。

守叔父さんの運転は、総じて非常に丁寧であった。 余裕のあるタイミングでブレーキを掛け、アクセルも必要以上に踏み込まず、無理にエンジン回転数を上げる事もなかった。 周りを走るクルマの流れを乱すような事もなく、さすが、運送業を営み、大きなトラックなども運転してきたプロドライバーだな!と感心した。 

特に、道路交通の状況判断が的確で早く、車線変更をスムーズに行い、赤信号への反応も早い。 ハイヤーの優良運転手ごときものであった。 クルマが新車の様に感じたのは、守叔父さんの運転が丁寧で、日々の管理もしっかりしているためであり、そのためクルマの劣化を最小限にしているのかもしれない、修理歴が残るような事故なども皆無だったことだろうと思われた。

 





叔父と甥のドライブ!と考えると、私自身、久しぶりの東京であるため、観光気分があるのも否定できない。しかし、せっかくのドライブであるものの、周囲の街の風景を見られる余裕はほとんど無かった。 前述したとおり、守叔父さんとの会話に集中せざるを得なかったからだ。

守叔父さんの発する言葉は、その一つ一つが意味不明で、理解し難いものであった。 お食事処へ向かう道中、その状態は変わらず続いた。

そして、運転中の守叔父さんは、おもむろに着ているジャケットの内側に手を入れ、スマホを取り出した。 そして、その画面を私の方へ見せながら、


 

「ワカンナイト、スグワカルケド、
ソッチカラキタヤツガ、
ホラホラ イチバン シタニアル、
コノ バショカ!
ジャア、アソコニイコウト」
(分かんないと、すぐ分かるけど、
そっちからきたやつが 、
ほらほら一番下にある
この場所か!
じゃあ、あそこに行こうと)



「分かんないと、すぐ分かるけど」と、なぞかけなのか? まっ、その部分は一旦無視して、スマホ画面の一番下にあるものは、何だろう?

スマホ画面は、「LINE」のトーク画面であった。 私と守叔父さんとのやり取りメッセージを表示しており、その一番下は、私が送信した宿の住所である。
その住所を指差しながら発した言葉である。 つまり、住所情報をもとに迎えに来たということを私に伝えたい様子である。

京急や、京急の駅を伝えても、「ワカラナイ」けど、住所があれば分かるということになる。 

つづけて、

 

「コンカイハ、シゴトカ ナニカデキタノ?」
(今回は、仕事か何かで来たの?)



との質問が返ってきた。

 

「いや、ただの遊びだよ!仕事辞めて、色々と考えることがあって」



と答えると、

 

「ソッチハ、オレトイッショデ、ケッコンシテナイヨネ?」
(そっちは、俺と一緒で、結婚してないよね?)



と言い出した。「してないよ」と返答すると、

 

「スエッコ、スエッコ、スエッコ デ、
チョウジョ ダケガ ジュウネンカン イタンデスヨ、
ソノアト、マタ スエッコ ガ キテ、
ソッカラ、オレカラ、
オカネ ヲ バンバン・バンバン、
ヒャクナンマン トラレテ ヒドイヨネ!
アンナ オンナ。
デ、オレハ ショウガナイカラ、
サトウサン カラ エットー、
ナンネン ダッタカナ?」
(末っ子、末っ子、末っ子で、
長女だけが10年間居たんですよ、
その後、また末っ子が来て、
そっから、俺から、
お金をバンバン・バンバン、
百何万取られて、ひどいよね!
あんな女。
で、俺はしょうがないから、
佐藤さんからエットー、
何年だったかな?)



なんだか、よく分からない話が続いたので、つい、話に割り込んでしまい、

 

「今、佐藤さんと言う所で働いているの?」



と、質問した。 すると、少しうなずいた後、

 

「ロクネン カラ、チョウド オマエ、
シゴト コッチデ ヤレヨ ト イワレテ。
ソノトキニ、サンビャクマン、
イヤ、ニヒャクマンクライアッタトキニ、
ヒャクマン、ヒャクマントラレテテ、」
(六年から、ちょうどお前、
仕事こっちでやれよと言われて。
その時に、三百万、
いや、二百万位有った時に、
百万、百万取られてて、)



と、なんだかお金を奪われたのかどうか?という話をし始めた。

結婚、末っ子、長女、佐藤さん、そして、大きな金額は、ぞれぞれと、どの様に関係があるのだろう? また、いつの事を話しているのだろう? あんな女とは誰だろう? 疑問だらけの不思議な言葉が続いている。

(つづく)
 

2022年10月19日水曜日

「泣けない人」その35

 


35 、上京二日目.9



クルマを発進させて一息つくと、守叔父さんは、

 

「イヤー、ヨカッタ!」
(いやー、良かった!)



と、心の底から発しているように言葉を吐露し、そして安堵の表情を浮かべた。

「ワカラナイ」と繰り返していた状況から脱することができた事が、その言葉を生み出したようだった。

豊治叔父さんからの指示を守って、注意して守叔父さんに接近するために、やむを得ない事ではあったが、もう少し分かりやすい待ち合わせ場所を指定し、迎えに来てもらえばよかったなと反省した。そのため、

 

「失礼しました。」



と、再度びる事とした。すると、

 

「イヤー、ゼンゼン、タノシカッタ!」
(いやー、全然、楽しかった!)



と、字面じづら的には、分かりづらい言葉が返ってきた。

「いやー」は否定表現でなく感嘆詞だと思われる。「全然」は、肯定表現、否定表現のどちらにも意味が転じる言葉であるので、一旦無視する。「楽しかった!」の部分だけを受け入れるとすると、守叔父さんは楽しんで待ち合わせ場所を探すことができたと言うことになる。

しかし、守叔父さんの口調、表情には「楽しかった!」という感情は含まれてなかった。楽しくないのに「タノシカッタ(楽しかった)」と言葉を発した事となり、この言葉と表情のミスマッチに対して、私は頭をかしげ、モヤモヤした気持ちとなった。 

久しぶりに会った事で、お互いが遠慮しているという訳ではないと思うが・・・。 フランクに話ができていると思っているのは、私だけなのだろうか・・・?

乗車直後から感じている違和感は、まだ払拭できない。

そして、守叔父さんの発した「イヤー、ゼンゼン、タノシカッタ!」という言葉の意味を、どう理解できるか頭をひねって考えている所に、続けて、

 

「ムコウニ イッタトキニ、
チョット イキタインデスケドッテ イッタラ、
ジャ、イケッテ イワレテ」
(向こうに行った時に、
ちょっと行きたいんですけどって言ったら、
じゃ、行けって言われて)


 

「ホントウハ、ホラ、12ジマデハ、
イツモ イルジャン。
キョウハ、ハヤカッタ!」
(本当は、ほら、12時までは、
いつも居るじゃん。
今日は、早かった!)



と、再度、理解に苦しむ言葉がならんだ。

「ムコウニ(向こうに)」とは何処を指しているのだろう?
「イワレテ(言われて)」とは誰との会話なのだろうか?

運転中の守叔父さんの言葉をさえぎり、不明な事を聞き直すのは、交通事故にもつながりかねないので今は控えることとした。スパイ七つ道具のボイスレコーダーで聞き直すことで理解できるかもしれない。とりあえず、枝葉・仔細にこだわらず、まずは聞くことに注力し、アウトラインを理解することに心がけた。

今朝の状況を説明しているようであり、職場の上司・同僚もしくは、お客さんとのやりとりを説明しているものと理解した。そして、仕事の終わる時刻が、通常は12時であるようだ。

 

「デモ、ソッチガ クルマダカラッテ イッテタカラ、
ジャ、オレ、イコウカナとオモッタ。
(でも、そっちが車だからって言ってたから、
じゃ、俺、行こうかなと思った。)



続けて、(羽田空港の方を指差しながら)

 

「ダカラ、ムコウニイッタジャン。」
(だから、向こうに行ったじゃん。)


続けて、(羽田空港の方と反対側を指差しながら)
 

「キノウ、キタッテ イッテタジャナイデスカ、
ムコウガワカラ、ズーーット ムコウニ イッタ トコロ」
(昨日、来たって言ってたじゃないですか、
向こう側から、ずーーっと向こう行ったところ)



「ヘッ、ヘッ、ヘッ、」と笑った後。

 

「イヤ、ダカラ、アソコニヒコウジョウガ イッパイ アルジャン。
コウヤッテ、イッパイ クルマガ アッタヨ、ビックリシタヨ。」
(いや、だから、あそこに飛行場が一杯あるじゃん。
こうやって、いっぱい車があったよ、びっくりしたよ。)



そして、

 

「ゼンゼン、ワカンナカッタヨ。」
(全然、分かんなかったよ。)



と、またも、常套句のごとく「ワカラナイ(分からない)」の言葉がでてきた。
私の方こそ、「守叔父さんの話がよく分からない!」と言いたい気持である。

続けて、

 

「オモシロイトコロニ イコウ。」
(面白いところに行こう。)


 

「ズーーット イッタトコロノ ヒダリニ、
イッパイ タベルモノガアルノ」
(ずーーっと行ったところの左に、
いっぱい食べるものがあるの!)



と食事処へ向かっているようだ。続けて、

 

「ゼンゼン、ワカンナカッタ。」
(全然、分かんなかった。)



と、また「常套句」が聞こえてきた。

会話が進めば進むほど、何が何だか理解しがたい状態へと進んでいる。

とりあえず、食事をしながら落ち着いて話ができることを期待しつつ、クルマはどこに向かっているのだろうかと不安は続いていた。

「ズーーット イッタトコロノ ヒダリ(ずーーっと行ったところの左)」には何があるのだろうか? 

(つづく)
 

2022年10月12日水曜日

「泣けない人」その34

 


34 、上京二日目.8

人間の欲望には色々な種類があり、「睡眠欲」「食欲」「性欲」が三大欲求などと言われている。他に、「生存欲」「集団欲」「排泄欲」などもある。

分類や定義付けには色々な理論があるようなので、ここでは細かな話はしない。

以前から私が感じていた守叔父さんの欲望の一つとして、「自分が若く見えること」がある。

「生存欲」の一種なのかもしれないが、「肉体年齢が若い事」よりも、「見た目の若さ」を欲しているように感じていた。

その理由の一つとしては、守叔父さんが、私と一緒にいるときに、慣例行事のように「年齢比較クイズ」を行っていたことが挙げられる。

「年齢比較クイズ」とは、守叔父さんが街中でいろんな人に声を掛け、そして、私と守叔父さんの顔を見比べてもらったうえで、どちらの方が年上かどうかを答えてもらうクイズである。

レストランでの食事中に隣席の人へ声を掛けたり、買い物中の店内であったり、場所を問わず、様々な所で「年齢比較クイズ」を行っていた。

赤の他人に対して、突然声を掛ける守叔父さんの行動に驚きを感じつつ、他人とのコミュニケーションの取り方の一つの方法かもしれないと、特に学生時代の私には守叔父さんの行動力に対して敬服さえもしていた。

私と守叔父さんが並んでいると「甥、叔父」の関係ではなく、兄弟と認識される事が多々あり、下手をすると私の方が、兄とさえ言われる事もあった。

守叔父さんは私から見ても実年齢より若く見えていたし、私は逆に老けて見えるため、守叔父さんの方が年下に見えてもおかしくなかった。そして、それらの答えを聞くことによって守叔父さんは子供のように、はしゃいでいた。

「年齢比較クイズ」によって、15歳差の甥っ子と自分を比べて、その年齢差が小さく見える。または、自分の方が若く見える事を喜んでいたのだった。

 




 

「フィフティーワンッテ、イクツ?」
(フィフティーワンって、いくつ?)



と守叔父さんの言葉が返ってきたので、

 

(日本語で)「51歳」



と答えると、

 

「ゴジュウイッサイカ!
ロクジュウロク ナノサ、
デモ、ホラ カオミテルトサァー、
アンタ ゴジュウネッテ イワレチャウ!」
(51歳か!
66(歳)なのさ、
でも、ほら顔見てるとさぁー、
あんた50(歳)ネって言われちゃう!)



と言い出した。

久しぶりに会って、お互いが「齢を重ねたな!」と言う展開ではなく、「年齢比較クイズ」のごとく、今でも守叔父さん本人が若く見られる事を強調した話となった。

確かに、66歳には見えない! 還暦を過ぎている様には全く見えなかった。

目尻に若干の笑いシワがあるものの、肌のキメが細かく、ツヤも良く、シミもほとんど無い。頭髪もしっかりと濃く生えて、髪色も白髪がなく黒々していた。

 

「髪の毛、染めてるの?」



と聞いてみると、
 

「イヤ、ワカラナイケド」
(いや、分からないけど)



との返事。 

若いから染めてないと、とぼけたいのか?
 染めていると言う言葉が理解できないのか?

続けて、

 

「デモネ」
(でもね)



と言うので、とっさに、

 

「(カツラ)被ってる?」



と質問してみた。

すると、適当に誤魔化そうとした感じで、車を発進すべく、道路先を指差しながら、

 

「ヒダリ イケバ イイカナ?」
(左行けばいいのかな?)



と、交差点を曲がるべきかどうかを聞いてきた。

守叔父さんが、どこへ行こうとしているのか分からないので、

 

「どっちがいいかな?、どっちでも良いよ」



と答えると、

 

「ジャア、ミギイコウ!」
(じゃあ、右行こう!)



と言うと、おもむろに、クルマをスゥーっと発進させた。高級外車の高出力エンジンは、全然唸る事なく余裕あるスタートを切った。

さて、守叔父さんは、何処に行こうとしているのだろうか?

(つづく)
 

2022年10月5日水曜日

「泣けない人」その33

 


33 、上京二日目.7

車の窓ガラス越しの守叔父さんの表情は、ニコニコした笑顔だった。

車体の左側の助手席へ回ると、ガラス窓が下げられていたため、ニコニコ顔の守叔父さんが、よりハッキリと見えた。

 

「お疲れ様です。」
 


と声を掛けると、叔父さんの第一声は、

 

「ゼンゼン、ワカンナカッタヨ!」
(全然、分かんなかったよ!)
 


であった。

敢えて、「うん?」と聞き直したところ、

第二声も

 

「ゼンゼン、ワカンナカッタヨ!」
(全然、分かんなかったよ!)
 


であった。何が全然分からなかったのだろう・・・? 予想以上に早く宿に到着したのに!!! 「ワカラナイ」という言葉が、口癖になっているのだろうか・・・?

守叔父さんに対して、何が分からなかったのか聞き返してみようとも考えたが、今は、その疑問を追及すべきタイミングではないと判断し、一旦棚に上げる事にした。豊治叔父さんのアドバイスを順守して、まずは、守叔父さんの話を聞く事に徹しようと思い、とりあえず、

 

「ご無沙汰しております。」
 


と返事をした後、後部席を覗き込んで、他に誰も乗っていない事を確認した後、助手席のドアを開けて乗車した。

守叔父さんの車に乗った時、時計がちょうど11時を示していた。

私はすぐに、リュックの中からお土産を取り出して、

 

「これ、おみやげ!」
 


と、守叔父さんへ手渡した。すると、

 

「ナニコレ?」
(何これ?)
 


と不思議そうな顔で私の顔を覗き込み、表情から渡された物の素性を理解しようとしているように感じた。

細かく説明すると、もしも、手土産を一度も貰った経験の無い人が、初めて手土産を受け取った時にするであろう反応と、同じ反応を守叔父さんがしたのではないかと思った。

 

「かるかんと黒砂糖だよ」
 


と伝えると、守叔父さんは、手を口に持っていき、食べ物を食べる様子のパントマイムをした。

私が首を縦に振り、

 

「そう!」
 


と肯定的な返事をすると、守叔父さんの表情は、不思議そうな顔から喜んだ顔へと変化した。

その後、少し間が開いたあとに、待ち合わせるために連絡を取り合って、やっとの思いで合流できたことへの安堵からなのか「ハァー」とため息が守叔父さんの口から漏れた。

空港へ迎えに行くという面倒を掛けてしまい、

 

「ごめんなさいね、分かりづらい説明で」
 


と伝えると、

 

「ココニキテタノ?」
(ここに来てたの?)
 


と、宿の方向を指差しながら質問が返ってきたので、

 

「そう、昨日、来たの」
 


と答えた。

 

「ソレデ?」
(それで?)
 


と、なぜ上京したのか理由を聞いてきた。

 

「遊びに」
 


と答えると、

 

「アソビニ? ヨクワカラナイ?」
(遊びに? よく分からない?)
 


との言葉が戻ってきた。何が分からないのだろう? やはり、「ワカラナイ」と言う言葉が口癖になっているのだろうか?

続けて、

 

「イマ、ナンサイ?」
(今、何歳?)
 


との突然の問いかけに、

 

「フィフティーワンですよ!」
 


とワザと英語で答えると、

 

「フィフティーワンッテ、イクツ?」
(フィフティーワンって、いくつ?)
 


と返ってきた。

船舶のブローカーとして、渡米した経験もある守叔父さんが、英語の数字を分からないはずはない。

私が英語で答えたことに対して、とぼけて返したのか? 運転に集中するために、適当に相づちを打っただけなのか? それとも、豊治叔父さんの言うとおり、認知症なのだろうか? 

まだ数分しか経っていないが、守叔父さんとの会話に違和感を感じつつ、この後はどの様にすれば良いか悩み始めた。

(つづく)
 

2022年9月28日水曜日

「泣けない人」その32

 


32 、上京二日目.6

宿に戻り、守叔父さんの到着を待つこととした。

あえて、一旦部屋まで戻る事とした。

守叔父さんの車移動時間(空港〜宿)は約20分で、自分の徒歩移動(駅前〜宿)が10分のため、宿前で待つのは10分程度となる。

10分位ならば、部屋に戻らずとも宿前で待てば良いと言われるかもしれないが、部屋に戻ったのは念のための行動であり、守叔父さんの来訪状況を観察するためである。

部屋にはベランダがあり、宿前の道路を一望できる。そのおかげで、守叔父さんがどんな車で来るかを近づくことなく安全に確認できる。

守叔父さんの自宅前にとまっていた車での到来ならば問題無いが、別の車でやって来た場合は、注意が必要だと考えている。

また、一人で来るのかどうかの確認も必要である。 仮に他の人と一緒に来た場合は、「拉致・監禁」の監視役の可能性があると考えなければならない。

頭の片隅に、「安全が確認できなければ、簡単には近づけない!」と意識する必要があることを忘れずに行動しなければならない。

部屋に戻り、冷蔵庫で冷やしておいたペットボトルの水をグラスに注ぎ、往復20分弱の徒歩移動で少し渇いたのどを、ゆっくり潤した。

時間つぶしにテレビをつけて、何か面白そうな映像は無いかな・・・?とチャンネルをザッピングしていると、思いのほか早く電話が掛かってきた。

まさか、まだ着いていないだろう! どこかで迷っているのかな・・・?と思いながら電話に出た。

 

「ツイタヨ!」
(着いたよ!)



との守叔父さんの言葉が返ってきた。

慌ててベランダに出て、下を覗くと、そこには、シルバーのベンツが停まっていた。ナンバープレートは見えないが、叔父さんの家前の駐車場にあった車で間違いないだろう。フロントガラスの内側にサンシェードを広げられていた車は、ちゃんと動くものであったようだ。

なぜ、時季外れにサンシェードを広げて駐車していたのだろう・・・?と思いながら、

 

「今から下に降ります。」



と返事をし、部屋を出て、一階へ降りることにした。

宿の出入口ドアガラス越しに、その車に乗った守叔父さんの顔が見えた。後席もスモークガラスではなく、車中に他の同乗者がいない事がわかった。 また、通りの左右を見て、車の周辺に人影の無い事と、同行車のない事を確認した。

守叔父さんの単独の来訪であり、「拉致・監禁」等に関しては、問題がなさそうである事が確認できたので、 外に出て、ゆっくりと車に近づいた。

私に気付いた守叔父さんは、ニコッとしながら軽く手を振ってくれた。

念のためナンバープレートをチラ見すると、叔父さんのマンション駐車場にとまっていたものと同じ番号であった。

駐車場にとまっている際には見えなかった車の後部の様子を見ても、パッと見てわかるような傷や凹みはなく、年式は古いものの綺麗な状態の車であり、洗車も行き届いていた。

車の見た目から判断すると、守叔父さんの運転には問題が無さそうである。

「拉致・監禁」でないとするならば、認知症か何かの病気を患っている可能性を疑うことになる。 
認知症を患っている人がトラブルを起こさずに、車を所有し、管理し、そして、運転ができるのだろうか・・・? 

目の前に停まっている車、笑顔の守叔父さんの両方を見て、短い時間の観察・分析の結果として、豊治叔父さんの心配は不要だったのではないかとさえ感じた。

豊治叔父さんから「認知症の可能性がある」、「何らかのトラブルに巻き込まれている可能性がある」、「会社の乗っ取り騒ぎがあった」、「盗聴、盗撮の可能性がある」、「拉致・監禁の可能性」などのいろいろな可能性を聞かされていたわけだが、無事に迎えに来てくれたこと、守叔父さんの笑顔、そして、綺麗な車を目の前にすると、どれも当たっていないようにも思われる。

(つづく)

2022年9月21日水曜日

「泣けない人」その31

 


31 、上京二日目.5

守叔父さんの発した言葉の意味は???

何らかの「ジョーク」か「遊び心」なのか、それとも「謎解きゲーム」なのか?

次の二つの言葉を分析しなければならない。

 

「ツイタヨ! イマ、ドコイルノ?」
(着いたよ! 今、どこいるの?)

 

「アルイテ、キタンデショ?」
(歩いて、来たんでしょ?)



既に、待ち合わせをしている人に対する言葉である。予定より20分早い電話である。

単に、間違い電話であり、別の人と待ち合わせしている可能性がある。

念のため、

 

「守叔父さん、柑太郎です。
電話掛け間違えてない?」



と問い返した。

 

「ダイジョウブ! マチガエテナイ。」
(大丈夫! 間違えてない。)

 

「イマ、ドコイルノ?」
(今、何処いるの?)



私宛の電話であることが確認できた。

 

「守叔父さんは、今、何処いるの?」



と聞いてみた。

 

「イツモ ムカエニ イクトコロ イルヨ!」
(いつも 迎えに 行く所 居るよ!)



との答えが返ってきた。

守叔父さんは、私が本日上京したと勘違いしたのかもしれない。
二時間前に羽田空港に到着し、連絡したと思ったのだろう。

そのため、今、羽田空港の送迎の車寄せに居るのだろうと推測した。

 

「もしかして、今、空港にいるの?」



と聞いてみると、

 

「ソウ、イツモノトコロ イルヨ。
クルマ タクサン ナラブ トコロ。」
(そう、いつもの所、居るよ。
車 たくさん 並ぶ 所。)



との事で、守叔父さんの勘違いによって、羽田空港へ迎えに行った事と理解した。

確かに、私は敢えて自分の居場所を守叔父さんへ伝えなかった。守叔父さんは、気を利かせて空港に向かってくれたのだ!

 

「アルイテ、キタンデショ?」
(歩いて、来たんでしょ?)



と言う言葉の意味は、まだハッキリしていないが・・・。

それにしても、本当に本日の仕事は終わったのだろうか? 私のために、簡単に時間を切り上げる事が出来たのだろうか?

二時間前、車は守叔父さんの自宅前にとまっていた。職場はどこで、通勤時間はどのくらい掛かるのだろう?

仕事を終えてから自宅に戻り、車に乗って空港へ向かう。

前もって上京予定を連絡していたのならば理解できるが、たったの二時間前に電話連絡しただけで迎えに来てくれるとは・・・?

本当に、仕事しているのだろうかと疑問に思った。

とりあえず、迎えに来てくれる事はハッキリしたので、

 

「東京には、昨日来ました。」



と伝えた。

 

「ジャア、ココニイナイノネ、ワカッタ。」
(じゃあ、ココに居ないのね、分かった。)



と答えが返ってきた。


 

「今、京急の駅、大鳥居に居ます。」



と再度伝えた。

 

「ワカラナイ、ドコ?」
(分からない、何処?)



何が分からないのだろう?と思いつつ、

 

「京急の駅だよ!
羽田空港から蒲田に向かって途中の駅だよ。」



と念を押してみたが、

 

「ケ・イ・キ・ュ・ウ? ワカラナイ」
(京急? 分からない)



との答え、

 

「じゃあ、何処の駅が良い?」



と聞き返してみるが、

 

「ドコ、エキ、ナニ、ワカラナイ」
(何処、駅、何、分からない。)



との答えに、「ジョーク」なのか? 何らかの言葉遊びが続いているのか?
守叔父さんの「変答(返答)」に困惑してしまった。

守叔父さんは、大田区、港区を中心に運送業を営んでいた、もしくは、現在も営んでいる可能性もある事を考えると、「駅」が分からないはずはない。

守叔父さんは、なぜ「駅」が、分からないと言うのだろうか? 不思議な会話のやりとりが続いた。

この後、私が京急に乗って羽田空港に向かい、送迎用の車寄せまで出向くと言う選択肢があるが、さて、どうしよう? と返答を考えているところに、

 

「ドコ、トマッテルノ?」
(何処、泊まってるの?)



との問いが戻ってきた。

守叔父さんに宿の場所を伝える事はリスキーだと考えていたが、守叔父さんが車に乗って自由に行動していることを勘案すると、拉致・監禁等の可能性は、より低くなったと考えられるので、宿を伝える事とした。

宿の名前だけでは心許ないので、郵便番号、住所を合わせてメールした。

そして、今来たばかりの道を折り返し戻る事とした。

守叔父さんは、迎えに来てくれるのだろうか、無事に会えるのであろうか?

(つづく)
 

2022年9月14日水曜日

「泣けない人」その30



30 、上京二日目.4

二時間後の電話の内容によっては、今日、守叔父さんに会えるかもしれない。

電話の声をもとに状況を察する範囲では、特に問題は無さそうではあるが、まだまだ、気を緩める事は出来ない。

わずか上京二日目で、守叔父さんに接触して良いのか・・・? すこし、戸惑っている自分がそこには居た。

状況報告のため、八王子の豊治叔父さんに連絡を入れた。

 

「守叔父さまに電話しました。(^_^)/ 
昼に合う約束ができそうです。」
2021/11/30 09:02



この時、誤変換の「会う→合う」メールを送った事には気付かなかった。急展開の状況に対して、頭の回転に余裕がなかった様である。

 

「職場で、電話に出ているようでした。」
2021/11/30 09:06



と、追加情報を送信した。

 

「了解です。なるべく広くて見晴らし
の良い落ち着けるところで食事でも
しながら話しを聞いて下さい。仕事
の有無や内容、年金手続き等も守叔
父に自らの意思や見解等聞いて精神
状態を観察して下さい。アンチエィ
ジング注射の回数等も聞いて下さ
い。 」
2021/11/30  9:11



短い文章ながら、多岐にわたる要望が込められた返事であった。

守叔父さんに対しては、上京目的「守叔父さんの様子伺い」を悟られずに接近しなければならない。

その中で、どれだけの事が聞き出せるのだろうか? まだ、会えるかどうかも決まってないし・・・。

自分の上京目的は、表向き(守叔父さんに対して)は「東京観光」である。
東京観光の一つとして、航空写真の撮影を考えており、望遠レンズを付けた一眼レフカメラを持参している。

守叔父さんが、飛行機撮影に興味を持ってくれて、羽田空港周辺の飛行機撮影ポイントに連れて行って貰えると、都合が良いと考えている。

おすすめの撮影ポイントを再度検索し、「京浜島つばさ公園」か、「城南島海浜公園」での撮影ができれば良いな・・・、などと考えていた。

カメラのバッテリーチェックとテスト撮影をしたのち、リュックに入れて外出準備が完了した。

守叔父さんとの会話を録音するために、ボイスレコーダーも準備した。

どこで電話を待つべきか? 守叔父さんが、どの様な行動をするのだろうか?

守叔父さんの職場がどこかも分からないし・・・。

とりあえず、最寄りの駅で電話を受ける事とし、予定時刻の30分程前に宿を出た。

 





最寄り駅は、京浜急行空港線の大鳥居駅である。環八通りと産業道路の交差点の地下にある駅であり、大きな駅ビルがあるわけでなく、地上ではその存在が分かりづらい駅である。

大田区在住の守叔父さんならば、分かってくれるだろうと思い選定した。

もうすぐ駅に着くタイミングで、守叔父さんから電話がかかってきた。予定より20分以上早いものであった。

 

「もしもし」



と電話に出ると、

 

「ツイタヨ! イマ、ドコイルノ?」
(着いたよ! 今、どこいるの?)



との返事が返ってきた。

「着いたよ!」とは、一体、何処に着いたのだろう・・・?

守叔父さんは、何処にいるのだろう? 二時間前の電話では、待ち合わせ場所を決めていないので、不思議な返答に困惑しつつ、

 

「今、京急の大鳥居駅の近くに居ます。」



と答えた。すると、

 

「ワカラナイ」


との返事が戻ってきた。

 

「京急線の駅、大鳥居駅の近くに居ます。」



と再度伝えた。

 

「ワカラナイ」



との同じ返事が戻ってきたので、

 

「何が、分からないの?」



と質問してみたが、

 

「ワカラナイ、イマ、ドコイルノ?」
(分からない、今、何処いるの?)



との言葉に続き、

 

「アルイテ、キタンデショ?」
(歩いて、来たんでしょ?)



との言葉が聞こえてきた。

「歩いて来た」とは、どういう事だろう? 守叔父さんは、私が、何処から歩いて来たと考えているのだろう・・・?

「鹿児島から遊びに来た」とだけ伝えていたが、なんだか、勘違いをしているようだ。

守叔父さんが何処に居るか分からない状況で、どの様に伝えれば良いのだろうか、少し途方に暮れそうな感じを覚えはじめた。

(つづく)
 

2022年9月7日水曜日

「泣けない人」その29

 


29 、上京二日目.3

守叔父さんからのメールが届いた後、5分ほど待ってから電話を掛けることにした。

ダイヤル発信後、呼び出し音を3回繰り返したところで、守叔父さんが電話に出てくれた。

 

 


「モシモシ」

 

 

 

少し食い気味に、

 

 

 

 


「もしもし、柑太郎です。守叔父さん、こんにちは」

 

 

 

と伝えると、

 

 

 

 

 


「モシモシ、ドウシタノ?、イマ、ドコニイルノ?」
(もしもし、どうしたの? 今、何処に居るの?)

 

 

 

との、メールの返答と同じ質問が返ってきた。

その会話口調には、メールに添えられた絵文字と同様に、突然の私の上京に驚いた様子とともに、なぜ、来たのだろうという疑問も含まれていた。

一週間前の電話では、たどたどしい言葉とともに、迷惑そうな感情を含み、少し他人行儀なよそよそしい応対であった。

しかし、今日の会話では、近くに来ている事が嬉しいようなニュアンスも含まれており、定型句的な会話の滑り出しはスムーズであった。

電話の声の背景には街の喧騒が聞こえたので、自宅内ではなく、外出先で話していることを察する事ができた。

居場所を具体的に伝えるのは、まだ危険かもしれないと考え、少し誤魔化し、

 

 

 

 

 


「東京に遊びに来てます。」

 

 

 

と答え、続けて、

 

 

 

 

 

 

「今、忙しいですか? 仕事中ですか?」

 

 

 

 

 

と問いかけた。

 

 

 

 

 

 

「イマ、シゴトチュウ」
(今、仕事中)

 

 

 

との返答が来た。続けて、

 

 

 

 

 

 

「ドコ、イキマスカ?」
(どこ、行きますか?)

 

 

 

との問いかけが戻ってきた。「今、何処に居るの?」と再質問されると思っていたら、「何処、行きますか?」との言葉であった。

居場所を説明する必要が無くなり、少し、ホッとしつつ、

 

 

 

 

 


「久しぶりの東京なので、適当にブラブラしようと思ってます。」

 

 

 

と伝えると、少しの「ウゥン、ウーン」と唸り声とともに悩み考えている様な間を置いた後、

 

 

 

 



「ジュウイチジニ、デンワスル、マッテテ」
(11時に電話する、待ってて)

 

 

 

との返答が返ってきた。

 

 

 



「今日、会えるのかな?」

 

 

 

と返すと、

 

 

 

 

 


「ワカラナイ、デンワスル、マッテテ」

(わからない、電話する、待ってて)





「シゴト ・・・ ハナシ ・・・ スル」

(仕事 ・・・ 話 ・・・する)

 

 

 

と半分は、たどたどしく意味不明な返事がきた。

理解するために、いくつか質問を返したのだが、それぞれの質問に対して、

 

 

 

 

 


「ワカラナイ」

「ワカラナイ」

「ワカラナイ」

 

 

 

との返答が、たて続けに返ってきた。

自分の都合の良いように勝手に解釈し、私に会うために、仕事時間の調整をする事だと理解することにして、

 

 

 

 


「よくわからないけど、分かった、待ってます!」

 

 
 

と答えた。

 

 

 

 

 


「ジュウイチジニ、デンワスル、ジャーネ!」

(11時に、電話する、じゃーね!)

 

 

 

との答えの後、通話が切れた。

短い電話から、

・守叔父さんは、自由に外出できるような状況であり、拉致、監禁されている事はなさそうである。

・単独行動していること。
・今、仕事中。
・仕事の都合次第では、今日、会えるかもしれない。
・11時に電話すること。
・会話の一部が、意味不明であったこと。
・難しい事を聞いている訳ではないのに、分からないと返答する。

という事が理解できた。


わずか10分前には、守叔父さんが在宅か、留守なのかについて悩んでいた。

能動的に動いてメールしたことにより、アパートを借りることなく、四六時中の監視をすることも無くなりそうである。

二時間後の11時の電話次第では、守叔父さんに会える可能性がでてきた。

「案ずるより産むが易し」なのか、少しだけ事が前進した様に感じた。

喫緊の課題は、二時間後の電話をどこで待つのが良いか、待ち合わせ場所はどこが良いかを考えることとなった。

(つづく)
 

 

 

 

 

2022年8月31日水曜日

「泣けない人」その28

 

28 、上京二日目.2


上京二日目の朝、第三陣と称した散歩を終え、一旦、宿に戻ることにした。

途中、コンビニエンスストアに立ち寄り、おにぎりの二つ入ったお弁当を購入した。

守叔父さんの家の遮光カーテンが、昨夜と変わらない状態で、きちっと閉まっていた事が気がかりとなったので、朝食を食べながら、守叔父さんは自宅に居るのだろうか? 別の場所に居るのだろうか? それとも、本当に監禁されているのだろうか? などと考えていた。

食事が終わり、この後の行動をいかにするか? 考えようとし始めたところに、豊次叔父さんからショートメッセージが届いた。



おはよう。守叔父の事で思い出した
事が有ります。それは朝早くから仕
事をしていたので夜8時には寝ると
言うことです。従って昨日の時間は
寝てたのではないかと思います
2021/11/30 08:38

 

守叔父さんが、豊次叔父さんの言う通りの「いわゆる朝型生活と言うか、”超”朝型生活」をしているならば、昨日の初陣である午後7時および第二陣の午後10時頃の状況には、不自然さは無いとも言える。

在宅していたけれど、単に早く寝ていただけで、灯りが消えていたと言うことになる。

第三陣において、守叔父さんが在宅であるか、留守であるかは確認できていない。

そのため、遮光カーテンが閉まっている事が不自然であるか否かは判断できない。

日の出より早い時間に外出する場合は、遮光カーテンを閉めたまま出かける場合があるかもしれないからだ。

都合の良いように考えると、今の時間帯は、徒歩あるいは公共交通を利用しての外出中である事になる。

家の前に止まっていたベンツが、守叔父さんの所有車でない場合もありうる。他の車で外出していることも考えられる。

在宅であるか、留守であるかの確認する方法を考えなければならない。

一番安全な方法は、守叔父さんの家の見える範囲のアパートの一室を借りて、その部屋から監視する事であると考えるが、そこまでする必要があるかどうか疑問である。

受け身で相手の行動を調べるより、能動的に行動したほうが結果が良い場合もある。

多少の危険性はあるが、メールによる連絡ならば、その反応によって今後のアプローチ方法を決めることができると考えた。

とりあえず、上京している旨を伝えてみることにした。



守おじさま
おはようございます☀
柑太郎です(^_^)/
いかがお過ごしでしょうか?
東京に遊びに来ましたので、
お時間の都合が合えば、どこかで会えればと思います(^_^)/
2021/11/30 8:46

 

一週間前に電話した時には、たどたどしい言葉での会話であった。メールに対してどの様な反応があるのだろうか? と考えたところで守叔父さんからの返事が届いた。



どこに、いますか?
2021/11/30 8:49

 

クエスチョンマークの横には、驚いた表情の絵文字が添えられていた。

多少の時間を待った後、返事が来るだろうと考えていたため、3分足らずのあまりにも早い返事に対し驚いてしまった。そのため、どの様にリアクションすべきか少し悩むことになった。

居場所を伝えるのは危ないかもしれないので、公共の場所で会う約束ができれば良いと考え、最寄り駅の近くで会う約束をしようと考えつつ、メールで返答するか、電話による肉声で返答するか、どちらかを選択すべきかを検討した。

少し考えた後、メールのやり取りだけでは、守叔父さん本人がメールの送受信者であるか確証はないし、仮に本人であっても、メールの文字から得られる情報は少ないと思い、電話で返事することにした。

(つづく)
 

2022年8月24日水曜日

「泣けない人」その27

 


27 、上京二日目.1


初陣、第二陣の結果を元に、明朝の第三陣「朝駆け」をどの様にしようか悩んでいるうちに、いつの間にか24時を回り新しい日を迎えていた。

帰宿後、既に二時間ほど経っており、緊張感はほとんどなかったものの、なかなか眠気が来ない状況であり、心身共に興奮状態から脱する事ができていないようだった。

バスタブにお湯を張って、ノンビリと風呂に入ることにした。

初めて使う宿の風呂。

バスタブにお湯を溜める時間がどのくらいかわからないので、スマホのタイマーを10分間にセットし、お湯を出した。

アラームを止め、風呂場に入ると、入湯すれば間違いなく溢れる量のお湯が溜まっていた。

もったいないな・・・。と思い、お湯を無駄に使うことに抵抗はあったが、ゆっくりと入湯し、ザーっと流れ出るお湯の音の響きを楽しんだ。

短い時間ではあるが、渓谷のせせらぎの様に感じ、ゆったりした気持ちになることができた。

お風呂でノンビリした時間を過ごし、一日の疲れを癒し、その後、床に就いた。

なお、寝つきが悪い場合を想定し、目覚ましアラームはセットせず、出発時間を決めず、自然に目が覚めた時から行動開始することにした。





 

11月30日、上京二日目の朝。

目が覚めたのは7時チョッと過ぎであった。

寝ぼけまなこの状態で、顔を洗い、歯を磨き、着替えた後、宿を出たのは7時半であった。





 

第三陣へ出発。

空を見上げる青空が広がり、朝日の直射日光がほどよく暖かく、散歩日和といった感じであった。

昨晩の暗い中の散歩では見えなかった色々な風景が見え、新たな気持ちで守叔父さんの家を目指すことができた。

20分程経ち、8時少し前に守叔父さんの住む低層マンションの近くに着いた。

少し離れたところで歩みを止め、マンションの様子を観察した。

エントランス付近には防犯カメラのようなものはなさそうであった。

一度、建物の前を通り過ぎ、エントランスの奥の方を観察した。

オートロックのような自動ドアも見当たらないので、自由に出入りのできる建物であることがわかった。

シルバーのベンツはとまっており、サンシェードも広がったままであった。そして、守叔父さんの部屋の遮光カーテンもきっちり閉められたままであった。

天気が良く、朝日の明るい状況で、カーテン越しに部屋の灯りが点いているかどうかはわからない。仮に消えていたとしても、守叔父さんは、昨晩遅く帰宅し、まだ、寝ている可能性もある。

守叔父さんが普通に生活しているならば、遮光カーテンが開き、レースの目隠しカーテンだけになっているだろうと予想していたが、状況としては、昨晩と何も変わっていないことになる。

玄関ドア側へ回れば、リビングの灯りがついているかどうかわかるかもしれないが、いきなり守叔父さんの部屋へ行くのはリスクがある。

とりあえず、別の階の状況を観察し、その後、守叔父さんの部屋の玄関をみることとし、リスクを少なくすることにした。





 

エントランスに入ると、すぐに集合ポストがあった。

守叔父さんの部屋番号のポストは、チラシなどがはみ出ているような事はも無く、郵便物が溜まっている感じはなく、長期にわたり外出している様子ではなかった。

あくまでも見た目の範囲であり、ポストの中に手を入れて確認したわけではない。

建物の奥行きは思ったより広かったので、間取りは2Kではなく、2LDKであろうと思われる。

エントランスのすぐ近くに階段があったので、別の階へ上がり、廊下および各部屋の玄関周辺の様子を調べた。

廊下側には風呂場の通風窓、ボイラー、玄関扉、そして玄関扉の横に縦長の採光窓があり、リビングの灯りが点いているかどうかの確認ができるかは微妙な感じである。

廊下の一番奥まで行ってみたけれども、行き止まりとなり、別の階段や裏口、緊急避難経路は無かった。

もし、別の階段が有れば、守叔父さんの部屋の玄関前を一度通過してエントランスへ戻れるけれども、各階とも廊下の奥は行き止まりであり、守叔父さんの部屋の玄関前を調べるには往復で二度通過せざるを得ない。

もし、通過直後に玄関が開いたら、逃げ場が無くなることになるので、第三陣では近づくのをやめることとした。

(つづく)
 

2022年8月17日水曜日

「泣けない人」その26

 


26 、上京初日.7

二度の出陣によって、何の収穫もないと思ったが、ほんの少しだけ心の奥の方で違和感を感じていた。

横目で、かつ、歩きながら守叔父さんの家を短時間観察しただけなので、何に対して違和感を感じたのか、その時にはわからなかった。

その違和感が何であるかを調べるため、胸ポケットの挿していたボイスレコーダーとスパイカメラのデータをそれぞれの本体からダウンロードして確認することとした。

ボイスレコーダーの音声は、思ったより高音質で、自動車の音や歩く音、自分の呼吸の音などがクリアに録音されていた。それなりに使えそうな音質であった。ただし、現状では、特に誰かと会話したわけでないので、肉声がどの様に録音できるのかは確認できたわけではない。

宿を出発するときに録音をスタートしたため、25分程の先送りし、守叔父さんの家の辺りを歩いている時間帯の音を聞いてみた。しかし、その録音の中には違和感を見いだせなかった。

続いて、スパイカメラの映像を確認することにした。

スパイカメラには、映像のブレ防止機能が無いようで、全体的にブレブレの映像であり、見づらいものであった。少し見るだけで、船酔いしそうな感じの揺れ方であった。

映像のブレの主要因は、歩きながら使っていることではあるが、ポールペンを挿している胸を左右や上下に振って歩いているつもりは無かった。

しかし、人は歩いている状態で腕を振るのに合わせて、無意識に肩や胸も左右上下に振っていることに気付かされた。

人間らしい歩き方とロボット的な歩き方の違いは、体を全体的に動かしているのか、部分的に動かしているのかの違いなのだな・・・と考えた。

大事な映像を確実に撮影するためには、胸の動きに気を配らなければならないことを学ぶことができた事となる。

より良い映像を撮影するためには、歩くのをやめて、止まった状態が必要かもしれない事を理解した。

感度調整の機能により、夜間の暗い状態であっても、肉眼で感じた明るさより全体的に明るく写っていた。ブレさえなければ、肉眼で見えない部分も写っている可能性がある。ただし、ノイズが多く乗り、画質そのものは良いものではなかった。

 




 

 

ボイスレコーダーと同様に宿を出発するときに録画をスタートしたため、25分程の先送りすると守叔父さんの家の付近を通過している風景の映像となった。ブレブレではあるが無事に撮影できていた。

一度目の確認では、違和感を見つけることはできなかった。

何度か繰り返して見てみると、ブレブレが一瞬だけ留まり、そこに写っている車に違和感を感じた。繰り返し再生し、タイミングを計らってストップするが、なかなかその瞬間に止めることができなかった。

超スロー再生することによって、家の前に止まっていたシルバーのベンツのフロントガラスが一瞬だけ綺麗に写っている事が確認できた。

私が感じていた違和感とは、そのフロントガラスであった。

横目で見ながら部屋の様子と車の様子を同時に詳細に観察することはできなかったようだ。

そして、違和感の理由が映像として映っていた。

ベンツのフロントガラスの内側にサンシェードが広げられていたことであった。つまり、サンシェードのため、車の正面から車内が見えない状態で駐車されていたのだ。

もちろん、夏場ならば夜間であってもサンシェードに違和感を抱かないだろうが、今日は11月29日であり、冬季であるため日除け対策をする必要を感じない。

夕暮れから夜間にかけて、横目で見ていたベンツの車内が見えないことが違和感の原因だったのである。

なぜ、時季外れのサンシェードがあるのか?

この事により、このベンツは一体いつから駐車したままになっているのか?
最後に動かしたのはいつなのだろうか?

と言った疑問を持つことになった。

夏場の駐車時にサンシェードを付け、そのまま数か月使われていない可能性があるってことだ。

つまり、車の有無は、守叔父さんの在宅・外出に関係ない可能性がある。最悪、夏場から監禁されている可能性も考えることができることになった。

下手に近づくのは危険かもしれないと、改めて気づかされた。

明日、どの様に第三陣に出陣すべきか?
悩むこととなった。

(つづく)
 

 

 

 

2022年8月3日水曜日

「泣けない人」その25




25 、上京初日.6

初陣の帰路、緊張から解放されたためか、若干の空腹を感じはじめていた。

レストランや食堂に立ち寄って食べる程の空腹感でないこと、そして、少しでも早く宿でリラックスしたいと思ったため、宿の斜向かいにあるコンビニに立ち寄る事とした。

そのコンビニは、どこにでもある大手のチェーン店であった。

入店直後、なぜか目前の棚の商品に視点を奪われた。

普段利用している自宅近所のチェーン店では見たことのないと思われる変わった商品であった。

何だろうと近づいて見てみると、「ミックスドライフルーツ」であった。

コンビニの出入口近くで「ドライフルーツ」を見かけた事は、はじめての事だった。

平べったい袋入りの物ならまだしも、カップ麺の容器程の大きさで、透明なプラスチック容器に入ったモノをコンビニで見たことはなかったと思う。

道の駅や、ドライブインのお土産売り場などで見かける様なモノであり、コンビニの定番商品ではなく、金額的にもチョッと割高の商品である。

日頃なら金額的に手を出し難い商品ではあるが、賞味期限を気にせずに食べられる事、そして、小腹の空いた状態で軽く食べるのには丁度良いモノであるとし、最初に目に留まったモノあったので、躊躇うことなく手に取った。

店の奥に行き、飲み物の陳列棚から350mlの缶ビールを一本取り出し、レジへ向かった。

会計を済ませた後、店を出て宿に戻った。
 




部屋に戻り、洗面所で顔を洗ってサッパリした後、缶ビールをプシュッと開け、ゴクゴクと喉を潤した。

ドライフルーツが丁度よい酒の肴となった。

ひと時ボーっとした後、豊治叔父さんに、初陣の状況報告のため、連絡を入れた。


 

「シルバーベンツ のナンバー○○○○が自宅前に止まっていますが、電気が消えてました。」
2021/11/29 19:36


 

戻ってきたメッセージは2通。

一本目には、食事でもして時間を潰すことの提案。

二本目は、
 

「焦らずに。この様な場合「普通は夜討ち朝駆け」です。」
2021/11/29 19:46


であった。

新聞記者が口にする言葉であるが、取材相手が仕事から帰宅した夜や、出勤前に自宅を訪問し取材することの意味である。

今夜のうちに、「第二陣」となる事を意味していた。

初陣に出る前にスパイカメラとボイスレコーダーの充電をしていた。それぞれ、無事に充電完了していた。

取扱説明書に従い、テスト録画、テスト録音を行ってみることにした。

 



 

それぞれの動作チェックや使い方を覚えるために1時間以上を要していた。

集中して作業していたため、時刻はいつの間にか21時を回っていた。

無事に録画、録音できることが確認できたので、第二陣に持って出かけることとした。

ビールによる緩やかな酔いのおかげで、リラックスもできた。

胸ポケットに二本のボールペンを挿し、出かけた。
 




初陣とはほんの少しだけルートを変えて、守叔父さんの自宅を目指した。

22時チョッと前に守叔父さんの自宅前に到着したが、特に変わった様子もなく、前回と同様に、部屋の灯りは消えていた。

 

車も同じようにとまっていた。

人の気配を感じないので、まだ、帰宅していないと思われた。

 

車が有るということは、同僚との食事か何か、夜の付き合いで遅くなっているのかもしれない。

 



 

第二陣は、何の収穫もなく、あっけなく終わる事となった。

(つづく)

2022年7月27日水曜日

「泣けない人」その24


24 、上京初日.5


現在、激しい鼓動と共に歩いている。

自分の耳でも、心臓の音が聞こえてきそうな程である。

小さなミスをキッカケに焦りがでて、緊張感が一挙に跳ね上がってしまった。

「単なる散歩のつもり」のはずが、スマホのライトの自動点灯による煌めきによって、心の安定が打ち砕かれてしまったのだ。

自動○○というものは、そのほとんどが便利でありがたいものであるが、意図せずに作動すると、その際の驚きは尋常でない時があるって事だ。
 

 



 


「落ち着け!」、「 落ち着け!」と心の中で連呼し平静を装いながら、守叔父さんの住んでいる三階建ての低層マンションの前を歩いている。

 



 


慌てた心の状態では、できることに限りがあった。

進行方向に対して、頭を左右に振らず、目線だけで建物の周辺の観察をすること。

分かったことは、次の二つ。

部屋の灯りが消えていたこと。

駐車場に、守叔父さんの車らしきシルバーのベンツがとまっていたこと。

念のため、ベンツのナンバー4桁の数字を頭の中で反すうしながら、歩き続けた。

 



 


マンションの前を通り過ぎても、あまりの緊張のため、なかなか次の行動へ移ることができなかった。単にできたのは、道なりに真っ直ぐ歩くだけであった。

散歩ならば、どの道を進もうが自由である。適当に交差点を曲がってもよい。同じ所を周回してもよい。しかし、この時の自分にできたことは、一定のリズムでただ真っ直ぐに歩き続けることだった。

真っ直ぐ歩き続けた結果、海岸沿いの遊歩道に突きあたった。
進路を決めるために左右のどちらかを選択しなければならなくなった。

もちろん、来た道を戻る事を含めると三択ではあるが・・・。

この時には、来た道を戻るという選択肢は頭に一切浮かばなかった。

グーグルマップやストリートビューで予習していないルートのため、若干ためらう気持ちもあったが、とりあえず、宿に戻る方面へ歩みを進めることを選択した。

このことは、「第一回目の出陣!」の作業をほぼ終える事を意味し、少しだけ緊張がほぐれるのを感じた。

ほんの少しだけ歩いた後、立ち止まって頭の中で反すうしていた車のナンバーを、忘れぬうちにスマホにメモした。

わずか4桁の数字であっても、気を抜くと忘れてしまいそうな感覚があったからだ。

そして、遊歩道をトボトボと歩きはじめた。

海岸沿いとは言え、静かな遊歩道ではなかった。

なぜなら、すぐ横には、首都高速1号線の高架道路が並んでおり、たえず車の流れがあったからだ。

日没後のせいか、それとも単に人気の無い場所なのか、この遊歩道ではなかなか他人とすれ違うことがなかった。周りを気にせずに歩くことができたため、徐々に気持ちが落ち着いてきた。

 



 

しばらく歩いていると、首都高の高架の隙間から地上に駐機している飛行機が見えた。羽田空港に近いことが実感できた。

飛行機が最も良く見えそうな場所まで歩いて、しばらく立ち止まって飛行機を見ていると、心臓の鼓動も平常に治まり、「単なる散歩のつもり」に戻っていた。

スマホの地図アプリを頼りに、宿に戻ることとなった。

(つづく)
 

2022年7月20日水曜日

「泣けない人」その23

 

 

23 、上京初日.4


第一回目の出陣!

最初は気負いしすぎて、失敗することも多い。まずは、叔父さんの家の前を単なる通過点として、散歩することにした。

スパイ7つ道具などは持たずに、財布とスマートフォン、そして部屋の鍵を持って出掛けた。

宿の部屋の玄関を出て、L字の廊下の曲がり角にあるエレベーターに向かって歩いた。

たまたま、エレベーターが3階に止まっていたため、ボタンを押すと同時に扉がスゥーっと開き、自分の心に反することなく、何ら抵抗もない静かなるスタートであった。

1階に着きエレベーターを降り、二重の自動ドアを通り抜け、建物の外に出た。

「では、出発進行!!!」と思った瞬間、忘れ物に気づき、踵を返す事となった。

マスクを忘れていた。流行り病予防のためにマスクは必須である。

出たばかりの自動ドアは開いたままで、そのままエントランスホールに舞い戻った。

部屋の鍵で、エントランスホール奥のインターホンで自動ドアを開錠し入館。先ほど乗ったばかりのエレベーターも同じく待っていてくれた。

3階の部屋へ戻り、マスクを装着。再度の出発となった。

少なくとも、いつもの冷静な状況ではないな・・・。と反省しつつ、慌てずに出掛けようと深呼吸をした。平常心を取り戻し、リラックスして再出発した。

あくまでも、単なる散歩として・・・。

 




 

 

 

建物の外に出た。

日没後、午後6時半過ぎ。師走間近の周りの景色からは、彩が無くなっていた。

「改めて、出発進行!!!」

初めて行く場所ではあるが、予習はしてきた。

曲がり角は、たった二か所。

それぞれ、交差点の角にある病院が目印!よっぽどのことが無い限り、見落とすことはないだろう。

グーグルマップとストリートビューで見た道順をゆっくりと歩き始めた。

帰宅ラッシュの時間帯、そこそこ通行人がいた。自転車に乗った人も多く、後ろから迫ってくる自転車の気配には気をつけなければならなかった。

なるべく、歩道の左側へ近寄って歩かなければならない。

チョッと気を抜くと歩道の中央を歩いている時があった。左側後方から自転車で抜かれた時にはヒヤッとし、転びそうになった。

田舎から出てきて一時間位しか経たない人間にとって、人の流れに合わせて歩くには、周囲の動きは速すぎた。順応するのに少し時間が必要だと感じていた。

しばらく歩いて、歩道が少し広くなった交差点の脇で立ち止まり、周囲を見渡した。

横断歩道の反対側に、一つ目の病院を見つけた。

立ち止まらなければ、通り過ぎていたかもしれない。日没後の様子とストリートビューの様子はだいぶ違って見えた。歩行者や自転車に気を取られすぎて、周りの風景が目に入って来なかったのも原因だろう。

 

 

 

 




 

 

 

 

程なくして、信号が変わったので、横断歩道を渡って直進。

次の目印の病院を目指した。

しかし、この道筋は思っていたよりだいぶ狭かった。

歩道の無い道路で、路側帯もほとんどない。

歩行者だけでなく、車両の交通量も多く、かつ、バス路線でもあった。

後ろから迫りくる車に追っかけられているような感じすらあったので、脇道へ入ることにした。

交通量のなるべく少なそうな路地を探し、歩くことにした。碁盤の目状の道路であり、予定のルートより二本ほど北側の路を進むこととした。

街灯の少ない路のせいか、歩行者も少なく、ノンビリとマイペースで歩くことができた。

大体の方角は分かっていたので、スマートフォンの地図アプリを起動しつつ、何度か現在地を確認しながらではあったが、守叔父さんの家へ向かった。

 

 

 

 




 

 

 

 

守叔父さんの家まで残り100m位のところで、立ち止まり現在地を最終確認した。

立ち止まった場所から見えている二つ先の交差点は、街灯が照らしていて明るかった。

その明るい交差点を右に曲がれば、守叔父さんの自宅であることが確認できた。

マスクの息で少し曇りかけていたメガネを外し、ハンカチで拭き、掛け直した。

そして、念のためスマートフォンのカメラアプリを起動し、動画を録画スタート。

ゆっくりと息を吐き出し、呼吸を整えて、守叔父さんの家を目指して歩き始めた。

 

 

 

 




 

 

 

 

もう少しで、交差点に差し掛かろうとしている状況で、スマートフォンをどの様に持って歩けば撮影がうまくできるか、カメラの角度を調整しようとした際、撮影ライトが自動点灯している事に気がついた。

スマートフォンの裏面についているライトが光っていたのだ。

動画撮影しているのがバレバレだ!

慌てて、ライトオフ!!!

心臓が一挙にバクバクし始めた。

焦った状態で、交差点を曲がることになってしまった。

すでに、目の前は、守叔父さんの家である。

歩く速さに気を付けながら、スマートフォンを持つ手をなるべく動かさずに手振れ対策をしつつ、横目で、部屋の電気が点灯しているかどうかを確認しながら、家の横を歩き過ぎることとなった。

(つづく)
 

 

 

 

2022年7月13日水曜日

「泣けない人」その22

 


22 、上京初日.3


新たな作戦本部に入室。

鹿児島から1,000km近く離れた場所が、新しい作戦本部である。

この作戦本部から守叔父さんの家は、直線距離で1km位で、徒歩20分圏内。
千分の一に、間合いを詰めたことになる。

早速、荷物だけ置いて、守叔父さんの家を目指そうかとも考えたが、深い深い深呼吸をして、心を落ち着けて、キャリーケースを壁際に置いた。





 

作戦本部は、一人暮らし用のワンルームマンションに近い間取りであった。
いわゆる、1Kと言ったものである。

キッチンと居室の間には扉があり、その扉を閉めると玄関の外の物音はほとんど聞こえない。防音性は高そうな作りである。上階や隣室に宿泊客が居るのかどうかの判断がつかない感じがする。

居室内には、横長のゆったりした机があり、一般的な事務机よりも横幅は広く、ノートパソコンなどを持ち込めば、「ワーケーション」に十分なものであった。

木製の椅子が二脚。

大き目のシングルベッドが二つ。

32インチ型のテレビ。

エアコンは家庭用のものであり、全館空調ではなかった。

キッチンには、一口のIHコンロ。

すぐ横に、小さな冷蔵庫、冷蔵庫の上に電子レンジが設置されていた。

キッチンの下に湯沸かしポットがあった。





 

一通り、室内の状況を確認した上で、最初の作業として、フロントで受け取った小包を開封した。

フロントで受け取った小包には、「スパイ7つ道具」として購入した物が無事に入っていた。

・ボールペン型のスパイカメラ
・ボールペン型のボイスレコーダー
・ワイドバンドレシーバー

それぞれのパッケージを開封し、取扱説明書をななめ読みし、それぞれの電源を確認した。

スパイカメラ、ボイスレコーダーは、USBケーブルを本体に差し込み充電。
ワイドバンドレシーバーは、専用の充電器による充電であった。

それぞれ、どのくらい充電時間を要するかわからないので、充電状態で放置する事とする。





 

「スパイ7つ道具」それぞれの使い方を覚える事や動作チェックにはそれなりに時間が必要だと判断した。

第一回目の守叔父さんの家周辺を探りでは、スパイ7つ道具は無しとなる。

道具は無くとも、他に何か忘れていないかな・・・?と考えた。

そうだ、八王子の豊治おじさんへ連絡を入れるのを忘れていた。

無事、宿にチェックインしたことを連絡し、この後、守叔父さんの家の周辺を見に行くことを伝えた。

2021/11/29 18:26


(つづく)
 

2022年7月6日水曜日

「泣けない人」その21




21 、上京初日.2


マスクの息苦しさとともに、メガネが水蒸気で曇り、前が見えない。チョッと歩いては止まり、ハンカチでメガネを拭く。そして、チョッと歩いては止まり、メガネを拭く。何度か繰り返していたら、いつの間にか、宿の前に着いていた。

一見すると新築のマンションのようであり、宿泊施設には思えなかった。

一般的なホテルならば、遠くから◯◯ホテルなどの大きな屋号が見えるが、私の予約した宿には、それが無かった。

アパートやマンションの建物名称の表示と同様の大きさの屋号表示であった。

エントランスの前に立つと自動ドアがスーッと開いた。


この建物が作戦基地となり、この後、2週間程を過ごす事になるが、そのドアの開く音は、静かなものであり、私の心も静かに作戦をスタートさせたようであった。





 

真っすぐ入った奥には、もう一つの自動ドアが見える。そのドアの右壁にはインターホンがあり、オートロック付きのマンションのエントランスホールと同じ作りであった。

エントランスホールの左手に管理人室の様な部屋が有り、入り口に手指消毒のアルコールが設置してあった。

「消毒後に入室して下さい」との掲示があった。

荷物のキャリーケースを脇に置き、深い一呼吸をし、タオルで顔の汗を拭いた後、両手をアルコール消毒した。そして、入室。





 

部屋の中にカウンターがあった。

カウンターと言っても、流行り病対策のために、机の上に簡易的なアクリル板を置いただけのものであった。

予約の時に、屋号に「ホテル」との表記は無いことはわかっていたので、ホテルではない。

同じくらいの金額のビジネスホテルと比べて、部屋の広さは二倍以上。キッチン、冷蔵庫、風呂トイレ別、WiFi完備であったため、この宿を選択した。

入室後、周りを見渡しても人が居なかったので、「お世話になります」と声を掛けた。





 

チョッと間を置いて、奥の方から人が出てきてくれた。

ゆっくりとした口調で、「いらっしゃいませ」との声。適度の緊張感が有るものの、安心感も備えたものであった。

物腰の柔らかそうな男性であり、私より10歳程年上のようにみえた。

一通りの宿泊方法の説明を受けたが、簡潔で分かりやすいものであった。

宿泊カードを記入し、その上、流行り病の対応のために体温測定および体調不良の際の対応の方法に関して説明を受けた。

途中、「困った事があったら、いや、困った事がなくても、なんでも相談してください。」との言葉があった。その言葉は、私にとって非常に安心できるものであった。





 

ホテルとの大きな違いは、チェックイン時の宿泊費の事前支払い、および、日々のベッドメーク・掃除が無い事であった。

また、宿泊期間中は、外出時に鍵を受付に預ける必要もなく、チェックアウトの日に鍵を返却するのみであった。

ホテルならば外出時に、荷物の片付けが若干必要であるが、ベッドメーク・掃除が無いならば、荷物を広げた状態で外出できる。

また、鍵をずっと持っていることができれば、受付にいちいち立ち寄らずに外出でき、変装のために着替えて服装が変化していても気にせず外出できる。

いつでも気兼ねなく入退室できることが分かった時点で、だいぶ気が楽になった。

宿泊費を支払い、鍵を受け取った。3階の部屋であった。

そして、「スパイ7つ道具」の小荷物も無事に受け取ることができた。

受付部屋から出て、エントランスホール奥のインターホンにある鍵穴に部屋の鍵を差し込み、捻るとエントランス奥の自動ドアが開き、中に入ることができた。

右手にエレベーターがあり、上矢印ボタンを押すと同時にドアが開いた。

エレベータの中に入って、3階を押し、閉ボタンを押した。

こじんまりしたエレベータに乗った事によって、少し安堵感があった。

数秒後、3階へ到着。エレベーターを降り、自分の部屋の前へ。

部屋のドアは、ドアノブの上下にキーシリンダーのあるダブルロックで、マンションの玄関ドアの作りと変わらないものであった。

鍵を差し込み、開錠。

このドアを開くと、そこが作戦基地の本部!となる。

(つづく)
 

2022年6月29日水曜日

「泣けない人」その20

20 、上京初日


飛行機のチケットを買うまでは、10数年ぶりの飛行機搭乗や、東京旅行に不安があった。いくつかの具体的な不安もあったが、それらのほとんどは、漠然としたものであった。

実際に、飛行機のチケットを購入したことにより、心の踏ん切りができ、不安が解消され、前向きになることができた。

ワンアクションで、精神的にも、一歩前に進むことができたことになる。

出発までの三日間の時間で、荷物を準備した。守叔父さんの事を考えると、手が止まってしまうので、なるべく、守叔父さんの事を考えずに、荷物のパッキングをした。


航空会社のホームページを見ると、安全対策のため、荷物検査も色々と変化し、以前はなかった様なルールが増えているように感じた。

・機内に持ち込めるもの、持ち込めないもの。
・お預け荷物として、預けられるもの、預けられないもの。

それぞれの種類が多くなり、複雑になっている。

以前は、機内に持ち込めないものを、お預け荷物に入れようと考えていたが、その逆がありうる。

一例として、モバイルバッテリーは、機内持ち込みはできるが、預けることはできない。
リチウム電池の発火問題に起因していると思うが、以前の様に考えて荷造りすると、後で荷物をほじくり返さなければならなくなる。
 





 


11月29日、東京への出発当日。

15時35分鹿児島空港発の飛行機に搭乗。

LCC格安航空機に初めて搭乗!

以前、飛行機に乗るときの楽しみの一つが、機内放送であった。

城達也の美声を聞きながらリラックスして、ボーっとする。

着陸間際には、機外の映像が流れ、滑走路のランプ光を楽しんでいたが、LCCには何もない・・・。

機内のTVもなければ、音楽も聞くことができない。

コストを下げる工夫として、サービスをカットする!って事だ。

音楽にしろ、映像にしろ、スマホ+イヤホンがあれば、不要なものなんだな・・・。と改めて考えさせられた。

機内誌さえもなく、安全のしおりが一枚、前席のポケットに差し込まれているだけ・・・。

チョッと寂しく感じた。

窓際の席ならば、外を見ることができただろうが、残念ながら通路側の席。

機内での約二時間、退屈な時間を過ごす事となった。
 




日没直後、黄昏時の到着。

機外映像が見ることができれば、羽田空港の滑走路の綺麗なランプが見れただろうな・・・。と思いながらの着陸時の衝撃とブレーキ。

ひと時の空の旅から現実へ引き戻された。

LCCは、空港内で、一旦、バスに乗り換えて、空港ビルへ移動すると思っていたが、ボーディングブリッジに直結!

ラッキーなのか?それとも、流行り病によって便数が減っている分で直結できるのか・・・?

ともかく、空港ビルへと歩み始めた。

久しぶりの羽田空港!!!

さすがにデカい。動く歩道をノンビリ歩きながら手荷物受取所へ向かう。

途中、お手洗いに立ち寄り、気持ちをリセットし、荷物を受け取った。

その後、京急に乗り、宿の最寄り駅で降り、地下ホームから地上の改札を出た時は、だいぶ暗くなっていた。

キャリーケースのゴロゴロ音と共に、宿への移動。

ワンブロック程歩いた後、スマホで現在地を確認し、間違いなく宿に向かって歩いていることを確認。
都会の人々の歩く速さは、だいぶ早い!と久しぶりに感じた。

マスクの必要なご時世、歩行者のスピードに合わせて歩くと、息苦しさを感じる。

(つづく)
 

2022年6月22日水曜日

「泣けない人」その19




19 、Mission.1 下準備(3) 宿泊先の手配と飛行機のチケット購入4


航空券をコンビニで購入したのは11月26日であった。

出発日は3日後の11月29日。

上京当日から、行き当たりばったりで、守叔父さんの家の周辺を歩き回るのも効率が悪い。

予行演習として、守叔父さんのアパート周辺をより詳しく調べることとした。

まず、Google Mapに守叔父さんの住所を入力し、それからストリートビューへと切り替えた。

守叔父さんの住居は、外観を見ると、三階建ての鉄筋コンクリート造りの低層マンションであった。レンガ色のタイル壁の建物である。

一見しただけでは、特に気になる様な不信感を抱く様な建物でなく、普通の建物である。
袋小路の一番奥にあるような建物でもなく、ほぼ東西に伸びた一方通行の道路の北側に位置し、建物の南側に駐車場があり、閉鎖性のほとんどないものであった。

犯罪性があり、人を監禁できるような建物ではないと思われる。

道路から建物全体が確認でき、日当たりも良さそうな物件であった。

各フロアともベランダがある。ベランダの境壁の位置は、南に面する2部屋毎にあるように見えるため、間取りは2Kまたは2DKであろうと推測される。ワンフロアが五世帯の建物である事が分かった。一人暮らしには十分な広さがあるだろう。

建物のエントランスは西端にあり、エントランスのすぐ横が階段となっている。
守叔父さんの部屋は、一階。玄関ドアの前を通らずに、二階、三階へ行くことができるため、廊下の様子を調べるには、二階か三階を見ることになるだろう。

守叔父さんの部屋の窓ガラスの内側は、遮光カーテンがかかっているようで、中は見えなかった。

隣部屋も同様にカーテンがかかっていて、中は見えなかった。

グーグルストリートビューの写真がいつ撮影されたものなのかわからないが、撮影された時には空室が無いように見えた。

360度見渡してみるとみると、同じ位の高さのアパートらしき建物が建っており、割と閑静な住宅地のように見受けられる。

地図上では、海岸から200m程しか離れていないので、羽田空港の北端が見えそうな場所である。望遠レンズを持って、周辺を歩いていても飛行機を撮影する為の機材と思って貰えると考える。

ストリートビューで、近くの通りをグルグルと回ってみると、100mも離れていないところに、お手洗いのある公園を見つけた。

歩いて数分圏内にローソン、セブンイレブン、ファミリーマートがそれぞれある。
さすが都会!

もしも、長時間の「張り込み?」が必要な場合であっても問題なさそうである。



次に、宿泊先から守叔父さんの家までの道順を覚えることにした。

グーグルマップのルート検索で調べると、最短ルートは1.3km。

また、たった2か所の交差点を曲がるだけで良いことが分かった。

それぞれの交差点には、大きな病院があり、目印としては申し分ないものである。

後で知ることになるが、この目印として覚えた病院の一つへ、守叔父さんを連れていくこととなる。

(つづく)
 

2022年6月15日水曜日

「泣けない人」その18

18 、Mission.1 下準備(3) 宿泊先の手配と飛行機のチケット購入3


宿泊先の手配完了。そして、飛行機のチケットも購入した。

「探偵の七つ道具」の注文を行い、配送先を宿泊先とした。

残る作業は、荷物の準備。着替えや身の回りで必要なものをパッキングする事となった。

七つ道具の一つである一眼レフカメラと望遠レンズを荷物に詰めながら、ふと、守叔父さんと会う理由を考え始めた。

ここでの「会う理由」とは、豊治叔父さんに依頼されたからとか、認知症の確認とか、守叔父さんの現状を知る為という理由ではない。

私の上京目的が、守叔父さんに会うことでなく、別に目的があり、ついでに守叔父さんに会いに行くという理由があった方が、守叔父さんに不信感を持たれずに私と会って貰えるだろうと考えたからだ。先日、守叔父さんへ電話した際に、断られた事が気になっていたからだ。

と言う事で、私の上京目的を別途考える必要がある。

一眼レフカメラの本体もそれなりの重さがあるが、望遠レンズを付けるとかなり重くなる。このカメラを持っていく理由が、探偵の七つ道具以外にあれば、より良いと考える。


カメラをジッと見ながら、素直が一番と考え、私は何のために、望遠レンズを持っているのか? 自問自答した。

答えは、「飛行機を撮影するため。」である。

それならば、飛行機を撮影する事を目的にすれば良いだろうと考えた。

守叔父さんの家は、大田区。

羽田空港も大田区!!!

趣味として、飛行機を撮影するために上京。
ノンビリ飛行機を撮影しながら、守叔父さんの家が近いから、立ち寄ってみる事にする。守叔父さんが仕事で忙しいようならば、飛行機撮影に集中できるかもしれない。

また、守叔父さんの都合によっては、飛行機の撮影ポイントを紹介して貰うことができるかもしれない。

と言う事で、豊治叔父さんとの話で、難しく考え過ぎていたことを反省しつつ、趣味・遊びをメインとして、上京する事とした。

正直なところ、不安がたくさんあるが、趣味・遊びと思えば、その不安が少し軽くなるような気がした。

せっかく、飛行機撮影に行くならば、チョットでも良い条件で飛行機の写真を撮影したい。羽田空港の周辺のおすすめ撮影スポットをネットで検索する事とした。

CAPA CAMERA WEB の特集記事として、

【保存版】「羽田空港」周辺のおすすめ飛行機撮影スポット7選! 都心を羽ばたく飛行機をいろんな角度から撮ろう!

という情報が見つかった。

「スポット7選!」

「ドラゴンボール」では、ドラゴンボールを7個集めると願いが叶う!

では、撮影スポットを7箇所制覇する事を目標としよう!と考えた。

1.羽田空港 国際線ターミナルビル展望デッキ
2.羽田空港 第1旅客ターミナルビル展望デッキ
3.羽田空港 第2旅客ターミナルビル展望デッキ
4.浮島町公園
5.京浜島つばさ公園
6.城南島海浜公園
7.東京ゲートブリッジ

さて、何ヶ所で飛行機が撮影できるか?
楽しみだ。

(つづく)
 

2022年6月8日水曜日

「泣けない人」その17


17、Mission.1 下準備(3) 宿泊先の手配と飛行機のチケット購入2


飛行機のチケットを買う!にあたって、航空業界のシステムが色々と変わったのだな・・・。と、つくづく実感した。

飛行機に乗るのは、十数年ぶりの事となる。最後に乗ったのは、LCC(ローコストキャリア)という言葉が耳に馴染む前の頃だと思う。

以前、関東で仕事をしていた頃は、年に何度も乗っていたが、鹿児島に戻って以来、飛行機に乗ることからは遠ざかっていた。

LCCという言葉が浸透するとともに、鹿児島空港にもLCCが飛来する様になった。現在、羽田便に、4社が参入している。全日空、日本航空、ソラシドエア、スカイマークである。
また、成田空港便にはジェットスターも参入している。

今回の旅は、時間に追われるものではないので、LCCを使ってみようと考えた。
全日空、日本航空と、どの様に違っているのかを知りたいという欲求があり、そして、少しでも交通費を安く抑えようとの考えが合致した。

格安チケットというキーワードとともに、ネット検索をすると、鹿児島ー羽田間のチケット代の様々な金額が出てきた。
出発日を変更すると、次々と金額が変わり、7千円台から3万円超の間で色々な値段が出てきた。

往復でも2万円を切ることになる。十数年前の片道料金よりも安いのには驚いた。

とは言え、一定の条件がある。搭乗日よりだいぶ早くチケットを購入しなければならない。

基本的には、当日便から5日後位まで急激に安くなり、その後、2週間先位まで徐々に安くなる。2週間以上先は、ほぼ一定の金額となる。また、平日の方が、土日祝より安い事が分かった。

東京の滞在期間は、2週間と考えているので、復路は最低金額となる。週末を避ければ良い。そのため、鹿児島出発日を2週間以上遅らす事によって、最も安いチケットが買える事となる。

2週間後を設定すれば往復2万円を切る事となるが、守叔父さんの事を考えると、少しでも早く上京して、様子を確認したいとも考える。

平日の移動として、滞在2週間と考え、かつ、週末は病院や公的機関が休みとなる事を考えて、月曜日出発の翌週の金曜日に戻る11泊12日と設定する。
 


2021年11月29日(月)~12月10日(金)
 

または、
 

12月6日(月)~12月17日(金)
 


のどちらかを選択する事にし、金額を調べてみた。

その差は、数千円の範囲であったため、若干高くなるが、11月29日発 12月10日戻のソラシドエアを予約した。それでも、往復分で2万円台で購入できる。

ちなみに、現在、全日空、日本航空の普通席の正規運賃は、片道で4万円台後半。往復で、10万円近くになる。
LCCのおかげで、時間に余裕があれば、だいぶ安く乗れる様になったことが分かった。

また、購入および決済の方法であるが、今回はコンビニ決済という方法を選択した。
以前無かったシステムを色々と試してみようと思い、ローソンのLoppiを使った支払いを行うことにした。

以前は、クレジットカードを持っていたが、仕事を辞め、現在は所有していないため、現金決済に頼るしかないのである。ト・ホ・ホ・・・。

予約後、数日内にチケット購入をしなければ、自動的に解約となる。
その数日の間に、宿を決めれば良い。

クレジットカードがなければ、予約できない宿もある。AirBnbで見つけた宿のうち、独自のホームページのある宿を見つけ、詳細を調べると、チェックインの当日に現金払いできる宿を見つけた。その宿へ電話連絡し、飛行機の日程に合わせて部屋が空いていることを確認し、予約した。

また、「探偵の7つ道具」の送付先として、フロントで小荷物を受け取って貰えることの確認も忘れずに行った。

宿の予約手配が済んだ後に、ローソンへ!

Loppiも、ソラシドエアのウェブに掲載された手順通り、画面を操作すれば、特に問題は無かった。

Loppiの機械からレシートの様な紙が印刷され、その紙をレジへ持っていけば支払いが完了し、QRコードの付いたチケットを受け取る事になった。

てっきり、Loppiの機械に直接お金を入れるのかな・・・?と思っていた私にとって、コンビニのシステムは、本当に良くできているな・・・!と関心した。

(つづく)
 

2022年6月1日水曜日

「泣けない人」その16


16、Mission.1 下準備(3) 宿泊先の手配と飛行機のチケット購入1


「探偵の7つ道具」はネット通販で見つけることができた。様々な種類の物があり、使用感の良さそうな物を選んで購入する事とし、その届け先を決めなければならないと考えた。

通常ならば、ネット通販などの商品は自宅宛に届くように注文する。今回は、「探偵の7つ道具」を使用するのは東京である。

見た目はチョッと太めのボールペン。しかし、それらはボイスレコーダーであり、小型カメラである。ペンタイプの小型カメラが、盗撮目的などと勘違いされると困るし、飛行機の手荷物検査をパスできないのではないかと心配し、飛行機に持ち込まずに済む方法を考えた。

直接、宿泊先へ送ることによって、飛行機の荷物検査を通す必要が無くなると考えた次第。
このことにより、「探偵の7つ道具」を発注する前に、宿泊先を決めることが必要となった。



ホテルや民宿、旅館などをはじめ、宿泊施設には色々な種類があり、旅行好きの人ならば、宿泊先を選ぶ事も、旅の一部かもしれない。

旅の目的によって、選ばれる宿も変わってくるし、枕が変わると寝られない等と言う事もあり、寝具の良し悪しも大事な選択肢となる。

今の時代、ネット上に色々な情報があふれ、宿泊施設の情報も同じようにあふれている。

旅行代理店のホームページから探すのもよし、ホテル等に特化して情報を提供しているホームページもある。「おすすめの宿」と言うキーワードで探してみたり、色々と探すことによって自分に合った宿を見つける事ができる。

今回は、めぐみ叔母さんに教えて貰ったAirBnb(エアービアンドビー)を取っ掛かりとして、宿探しを始める事とした。

AirBnbは、別荘やコンドミニアムをレンタルするためのサイトで、長期滞在型の宿泊施設を探すには都合が良いようだ。

ロケーション(目的地)を入力、適当に宿泊予定のチェックイン、チェックアウト月日を入力し、宿泊人数を入力する。

すると、おすすめの部屋の写真や宿泊金額と共に、その所在地を示す地図が表示される。
地図上には、複数の金額のタグが並んで表示されており、それぞれのタグをクリックすると、それぞれの部屋の写真が表示される。部屋の写真をクリックするとその部屋の宿泊条件の詳細が表示され、予約ができる。

守叔父さんの住所を入力し、近くの宿を探した。直線距離で1km程度離れている所に3件程見つかった。

予約するためには、日程を決めなければならない。また、同時に飛行機のチケットの手配も必要となる。

守叔父さんの様子を伺うために、一体、どの位の日程が必要なのだろうか・・・?

豊治叔父さんには、すぐには守叔父さんの家を訪問せず、家の周辺の様子を調べて、安全を確認した後に会うことを指示されている。

もし、認知症の兆候がハッキリすれば、病院へ連れていく事が必要となる。

家の周辺を調べ、その後、守叔父さんと実際に会って、認知症かどうかを判断するのに1週間位の日数が必要だろう。そして、病院へ連れていく為に更に1週間が必要として、計2週間の宿および往復の飛行機の予約を入れる事とした。

(つづく)
 

2022年5月25日水曜日

「泣けない人」その15

15、Mission.1 下準備(2) 物品調達2

ワイドバンドレシーバーを手に入れる事を考えつつ、他にも必要な物はないかと考え始めた。

そもそも、私のやろうとしていることは、なんだろう・・・?

守叔父さんの様子伺いと言う事がきっかけであるが、盗聴器を探す事が必要となり、ワイドバンドレシーバーを手に入れる事になった。普通に生活している者にとって、盗聴器など探す事なんて考えてもみないことだ。

盗聴器を使ったり、探したりする仕事とは?
 


スパイ?

探偵?

それとも、

刑事?
 


自分が、その役を演じると考え、その際に必要な物が七つ道具になるだろうと考える事としたのだ。

スパイ、探偵、刑事などの7つ道具とはナンだろう?

グーグルで、まず、「スパイ 7つ道具」を検索してみた。


・サイレンサー付きピストル
・仕込み銃付きアタッシュケース
・偽造パスポート
・変装道具
・盗聴器
・水で溶ける手帳(メモ帳)
・指から煙が出る粉
 

いきなり、ピストル!それも、サイレンサー付きの物。物騒なものが検索された。そんな非合法の物は、手に入れられないし、日本国内では、そこまで危険な事は無いだろう。同じく、仕込み銃付きアタッシュケースも不要。偽造パスポートも要らない。

変装道具!!!

守叔父さんの家の周辺を調べるために、何度となく周辺をうろつくことになる。何種類かの服装が必要となるだろう。

メモ帳は必要だろうが、水で溶ける必要はない。指から煙が出る粉とは・・・?


次に、「探偵 7つ道具」を検索してみた。
 


一昔前なら


・一眼レフ
・コンパクトカメラ
・メモ帳
・トランシーバーや無線機
・プリペイドカードの乗車券
・ボイスレコーダー
・発信機・受信機

 


現在では、

 

・ビデオカメラ
・アクションカム
・スマホ
・Suica等のICカード
・GPS端末
・予備バッテリー類
・時々、デジタル一眼レフ


一眼レフカメラが、ここでも出てきた!

飛行機を撮影するために使っていた望遠レンズと共に一眼レフカメラが役立つかもしれない。


「刑事 7つ道具」を検索すると、最初に検視のための7つ道具が出てきた。

「検視にはウエストポーチの臨場用カバンを持つ。中には七つ道具の透明のゴム手袋、マスク、ピンセット、綿棒、ペンライト、メジャー、温度計、頭や足のカバーなどが入っている。」との事で、今回、必要とされる物は、特に無い。


三つの職業の7つ道具を調べた事より、探偵になるつもりで、7つ道具を揃える事とした。

そのため、ワイドバンドレシーバーの他に、ペンタイプのボイスレコーダー、ペンタイプの小型カメラをそれぞれ購入する事とした。

(つづく)