2022年10月19日水曜日

「泣けない人」その35

 


35 、上京二日目.9



クルマを発進させて一息つくと、守叔父さんは、

 

「イヤー、ヨカッタ!」
(いやー、良かった!)



と、心の底から発しているように言葉を吐露し、そして安堵の表情を浮かべた。

「ワカラナイ」と繰り返していた状況から脱することができた事が、その言葉を生み出したようだった。

豊治叔父さんからの指示を守って、注意して守叔父さんに接近するために、やむを得ない事ではあったが、もう少し分かりやすい待ち合わせ場所を指定し、迎えに来てもらえばよかったなと反省した。そのため、

 

「失礼しました。」



と、再度びる事とした。すると、

 

「イヤー、ゼンゼン、タノシカッタ!」
(いやー、全然、楽しかった!)



と、字面じづら的には、分かりづらい言葉が返ってきた。

「いやー」は否定表現でなく感嘆詞だと思われる。「全然」は、肯定表現、否定表現のどちらにも意味が転じる言葉であるので、一旦無視する。「楽しかった!」の部分だけを受け入れるとすると、守叔父さんは楽しんで待ち合わせ場所を探すことができたと言うことになる。

しかし、守叔父さんの口調、表情には「楽しかった!」という感情は含まれてなかった。楽しくないのに「タノシカッタ(楽しかった)」と言葉を発した事となり、この言葉と表情のミスマッチに対して、私は頭をかしげ、モヤモヤした気持ちとなった。 

久しぶりに会った事で、お互いが遠慮しているという訳ではないと思うが・・・。 フランクに話ができていると思っているのは、私だけなのだろうか・・・?

乗車直後から感じている違和感は、まだ払拭できない。

そして、守叔父さんの発した「イヤー、ゼンゼン、タノシカッタ!」という言葉の意味を、どう理解できるか頭をひねって考えている所に、続けて、

 

「ムコウニ イッタトキニ、
チョット イキタインデスケドッテ イッタラ、
ジャ、イケッテ イワレテ」
(向こうに行った時に、
ちょっと行きたいんですけどって言ったら、
じゃ、行けって言われて)


 

「ホントウハ、ホラ、12ジマデハ、
イツモ イルジャン。
キョウハ、ハヤカッタ!」
(本当は、ほら、12時までは、
いつも居るじゃん。
今日は、早かった!)



と、再度、理解に苦しむ言葉がならんだ。

「ムコウニ(向こうに)」とは何処を指しているのだろう?
「イワレテ(言われて)」とは誰との会話なのだろうか?

運転中の守叔父さんの言葉をさえぎり、不明な事を聞き直すのは、交通事故にもつながりかねないので今は控えることとした。スパイ七つ道具のボイスレコーダーで聞き直すことで理解できるかもしれない。とりあえず、枝葉・仔細にこだわらず、まずは聞くことに注力し、アウトラインを理解することに心がけた。

今朝の状況を説明しているようであり、職場の上司・同僚もしくは、お客さんとのやりとりを説明しているものと理解した。そして、仕事の終わる時刻が、通常は12時であるようだ。

 

「デモ、ソッチガ クルマダカラッテ イッテタカラ、
ジャ、オレ、イコウカナとオモッタ。
(でも、そっちが車だからって言ってたから、
じゃ、俺、行こうかなと思った。)



続けて、(羽田空港の方を指差しながら)

 

「ダカラ、ムコウニイッタジャン。」
(だから、向こうに行ったじゃん。)


続けて、(羽田空港の方と反対側を指差しながら)
 

「キノウ、キタッテ イッテタジャナイデスカ、
ムコウガワカラ、ズーーット ムコウニ イッタ トコロ」
(昨日、来たって言ってたじゃないですか、
向こう側から、ずーーっと向こう行ったところ)



「ヘッ、ヘッ、ヘッ、」と笑った後。

 

「イヤ、ダカラ、アソコニヒコウジョウガ イッパイ アルジャン。
コウヤッテ、イッパイ クルマガ アッタヨ、ビックリシタヨ。」
(いや、だから、あそこに飛行場が一杯あるじゃん。
こうやって、いっぱい車があったよ、びっくりしたよ。)



そして、

 

「ゼンゼン、ワカンナカッタヨ。」
(全然、分かんなかったよ。)



と、またも、常套句のごとく「ワカラナイ(分からない)」の言葉がでてきた。
私の方こそ、「守叔父さんの話がよく分からない!」と言いたい気持である。

続けて、

 

「オモシロイトコロニ イコウ。」
(面白いところに行こう。)


 

「ズーーット イッタトコロノ ヒダリニ、
イッパイ タベルモノガアルノ」
(ずーーっと行ったところの左に、
いっぱい食べるものがあるの!)



と食事処へ向かっているようだ。続けて、

 

「ゼンゼン、ワカンナカッタ。」
(全然、分かんなかった。)



と、また「常套句」が聞こえてきた。

会話が進めば進むほど、何が何だか理解しがたい状態へと進んでいる。

とりあえず、食事をしながら落ち着いて話ができることを期待しつつ、クルマはどこに向かっているのだろうかと不安は続いていた。

「ズーーット イッタトコロノ ヒダリ(ずーーっと行ったところの左)」には何があるのだろうか? 

(つづく)
 

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