2022年10月5日水曜日

「泣けない人」その33

 


33 、上京二日目.7

車の窓ガラス越しの守叔父さんの表情は、ニコニコした笑顔だった。

車体の左側の助手席へ回ると、ガラス窓が下げられていたため、ニコニコ顔の守叔父さんが、よりハッキリと見えた。

 

「お疲れ様です。」
 


と声を掛けると、叔父さんの第一声は、

 

「ゼンゼン、ワカンナカッタヨ!」
(全然、分かんなかったよ!)
 


であった。

敢えて、「うん?」と聞き直したところ、

第二声も

 

「ゼンゼン、ワカンナカッタヨ!」
(全然、分かんなかったよ!)
 


であった。何が全然分からなかったのだろう・・・? 予想以上に早く宿に到着したのに!!! 「ワカラナイ」という言葉が、口癖になっているのだろうか・・・?

守叔父さんに対して、何が分からなかったのか聞き返してみようとも考えたが、今は、その疑問を追及すべきタイミングではないと判断し、一旦棚に上げる事にした。豊治叔父さんのアドバイスを順守して、まずは、守叔父さんの話を聞く事に徹しようと思い、とりあえず、

 

「ご無沙汰しております。」
 


と返事をした後、後部席を覗き込んで、他に誰も乗っていない事を確認した後、助手席のドアを開けて乗車した。

守叔父さんの車に乗った時、時計がちょうど11時を示していた。

私はすぐに、リュックの中からお土産を取り出して、

 

「これ、おみやげ!」
 


と、守叔父さんへ手渡した。すると、

 

「ナニコレ?」
(何これ?)
 


と不思議そうな顔で私の顔を覗き込み、表情から渡された物の素性を理解しようとしているように感じた。

細かく説明すると、もしも、手土産を一度も貰った経験の無い人が、初めて手土産を受け取った時にするであろう反応と、同じ反応を守叔父さんがしたのではないかと思った。

 

「かるかんと黒砂糖だよ」
 


と伝えると、守叔父さんは、手を口に持っていき、食べ物を食べる様子のパントマイムをした。

私が首を縦に振り、

 

「そう!」
 


と肯定的な返事をすると、守叔父さんの表情は、不思議そうな顔から喜んだ顔へと変化した。

その後、少し間が開いたあとに、待ち合わせるために連絡を取り合って、やっとの思いで合流できたことへの安堵からなのか「ハァー」とため息が守叔父さんの口から漏れた。

空港へ迎えに行くという面倒を掛けてしまい、

 

「ごめんなさいね、分かりづらい説明で」
 


と伝えると、

 

「ココニキテタノ?」
(ここに来てたの?)
 


と、宿の方向を指差しながら質問が返ってきたので、

 

「そう、昨日、来たの」
 


と答えた。

 

「ソレデ?」
(それで?)
 


と、なぜ上京したのか理由を聞いてきた。

 

「遊びに」
 


と答えると、

 

「アソビニ? ヨクワカラナイ?」
(遊びに? よく分からない?)
 


との言葉が戻ってきた。何が分からないのだろう? やはり、「ワカラナイ」と言う言葉が口癖になっているのだろうか?

続けて、

 

「イマ、ナンサイ?」
(今、何歳?)
 


との突然の問いかけに、

 

「フィフティーワンですよ!」
 


とワザと英語で答えると、

 

「フィフティーワンッテ、イクツ?」
(フィフティーワンって、いくつ?)
 


と返ってきた。

船舶のブローカーとして、渡米した経験もある守叔父さんが、英語の数字を分からないはずはない。

私が英語で答えたことに対して、とぼけて返したのか? 運転に集中するために、適当に相づちを打っただけなのか? それとも、豊治叔父さんの言うとおり、認知症なのだろうか? 

まだ数分しか経っていないが、守叔父さんとの会話に違和感を感じつつ、この後はどの様にすれば良いか悩み始めた。

(つづく)
 

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