33 、上京二日目.7
車の窓ガラス越しの守叔父さんの表情は、ニコニコした笑顔だった。
車体の左側の助手席へ回ると、ガラス窓が下げられていたため、ニコニコ顔の守叔父さんが、よりハッキリと見えた。
「お疲れ様です。」
と声を掛けると、叔父さんの第一声は、
「ゼンゼン、ワカンナカッタヨ!」
(全然、分かんなかったよ!)
であった。
敢えて、「うん?」と聞き直したところ、
第二声も
「ゼンゼン、ワカンナカッタヨ!」
(全然、分かんなかったよ!)
であった。何が全然分からなかったのだろう・・・? 予想以上に早く宿に到着したのに!!! 「ワカラナイ」という言葉が、口癖になっているのだろうか・・・?
守叔父さんに対して、何が分からなかったのか聞き返してみようとも考えたが、今は、その疑問を追及すべきタイミングではないと判断し、一旦棚に上げる事にした。豊治叔父さんのアドバイスを順守して、まずは、守叔父さんの話を聞く事に徹しようと思い、とりあえず、
「ご無沙汰しております。」
と返事をした後、後部席を覗き込んで、他に誰も乗っていない事を確認した後、助手席のドアを開けて乗車した。
守叔父さんの車に乗った時、時計がちょうど11時を示していた。
私はすぐに、リュックの中からお土産を取り出して、
「これ、おみやげ!」
と、守叔父さんへ手渡した。すると、
「ナニコレ?」
(何これ?)
と不思議そうな顔で私の顔を覗き込み、表情から渡された物の素性を理解しようとしているように感じた。
細かく説明すると、もしも、手土産を一度も貰った経験の無い人が、初めて手土産を受け取った時にするであろう反応と、同じ反応を守叔父さんがしたのではないかと思った。
「かるかんと黒砂糖だよ」
と伝えると、守叔父さんは、手を口に持っていき、食べ物を食べる様子のパントマイムをした。
私が首を縦に振り、
「そう!」
と肯定的な返事をすると、守叔父さんの表情は、不思議そうな顔から喜んだ顔へと変化した。
その後、少し間が開いたあとに、待ち合わせるために連絡を取り合って、やっとの思いで合流できたことへの安堵からなのか「ハァー」とため息が守叔父さんの口から漏れた。
空港へ迎えに行くという面倒を掛けてしまい、
「ごめんなさいね、分かりづらい説明で」
と伝えると、
「ココニキテタノ?」
(ここに来てたの?)
と、宿の方向を指差しながら質問が返ってきたので、
「そう、昨日、来たの」
と答えた。
「ソレデ?」
(それで?)
と、なぜ上京したのか理由を聞いてきた。
「遊びに」
と答えると、
「アソビニ? ヨクワカラナイ?」
(遊びに? よく分からない?)
との言葉が戻ってきた。何が分からないのだろう? やはり、「ワカラナイ」と言う言葉が口癖になっているのだろうか?
続けて、
「イマ、ナンサイ?」
(今、何歳?)
との突然の問いかけに、
「フィフティーワンですよ!」
とワザと英語で答えると、
「フィフティーワンッテ、イクツ?」
(フィフティーワンって、いくつ?)
と返ってきた。
船舶のブローカーとして、渡米した経験もある守叔父さんが、英語の数字を分からないはずはない。
私が英語で答えたことに対して、とぼけて返したのか? 運転に集中するために、適当に相づちを打っただけなのか? それとも、豊治叔父さんの言うとおり、認知症なのだろうか?
まだ数分しか経っていないが、守叔父さんとの会話に違和感を感じつつ、この後はどの様にすれば良いか悩み始めた。
(つづく)
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