2023年12月27日水曜日

「泣けない人」その87

 


87 、上京三日目.29

私は、カレーを煮込み続けながら、豊治叔父さんから届いたメッセージについて考えていた。

私の報告を読み、豊治叔父さんはどう思い、どの様に考えたのだろう?

そして、どの様な気持ちで、返答メッセージを送ったのだろうか?

豊治叔父さんは、弟(守叔父さん)の「”脳”力」が落ちている事を認めたくない心情を吐露しているのかもしれないと考えると、納得できるものであった。

還暦を過ぎた大人に対して、「学び」云々を指摘する必要は無いだろう。

弟が「認知症」である可能性を否定したいという気持ちが出ることは、当然のことで自然だろう。

 





この二日間で、守叔父さんの言語に対する「”脳”力」に問題があることを私は理解した「つもり」でいる。 

理解したと言うより、問題があることに気が付いただけかもしれないが・・・。 

そして、その原因が何かを究明することが必要であろうと考えはじめている。

豊治叔父さん、めぐみ叔母さんに対して、私の現状の報告がうまく伝わることを望んでいる。

もし、正しく伝われば、両人とも、私に対して、守叔父さんを病院へ連れて行って欲しいと要望するだろう。 そして、医者の診断を仰ぐことになるだろう。

病院へ行き、検査や診察を受ける事によって、診断結果がでる。

その診断結果は、「認知症」となるかもしれない。

などと考えながらも、あえて、文頭に「つもり」という言葉を使ったのには、理由があった。

 





私の頭の中では、私の考えは正しいと思う一方、私の考えが間違っていれば良いなとの「自己否定的な考え」とが葛藤していた。

この自分の葛藤は、豊治叔父さんからの返答メッセージから導きだした心情と同様のものかもしれないと感じた。 

守叔父さんは「認知症」でなく「正常」であり、遊び心で、私をからかい続けていると考えたい、もう一人の自分がいることに気付かされた。

つまり、「認知症」的な演技・振る舞いをし続けて、私を欺いているかもしれない。 

その様に考えることによって、私の心を「楽」しようと無意識で考えていたのかもしれない。

 

 





「病院に行くから病気になるんだよ!」 と言う人がいる。

確かに、外傷などは、そのキズを負った瞬間に発症するが、病気は、その発症のタイミングが分かりづらいものも多い。

病院において医師より病名を伝えられた時点で、病気となる(病気と確定される)ので、「病院に行くから病気になるんだよ!」 も、間違いではないかもしれない。

私は、守叔父さんを病院に連れていく事を少し躊躇している自分が居るかもしれない。

そして、その「自己否定的な考え」を払拭するための情報が自分の頭の中にないかどうか探しはじめた。

そして、その情報を豊治叔父さんへ追加メッセージとして伝える事が必要だと考えた。

伝えるべきことが思い浮かび、いざ、メッセージを 書きはじめたタイミングで、豊治叔父さんから、もう一通のメッセージが届いた。


「又、守叔父が土曜日に会う相手の素
生も調べれる必要が有りそうですね」
2021/12/01 17:16



豊治叔父さんの指摘どおりであるが、今の段階で相手の素性が調べられるのだろうか?

「自宅が盗聴されているかもしれないから気をつけろ!」と豊治叔父さんに言われている以上、安易に守叔父さんの周辺の人に接することはできないし・・・。 

人間関係を調べる事は、慎重にやらなければならない。 

土曜日までに、その下準備ができるだろうか・・・? 

とりあえず、守叔父さんの「認知症」かどうかに判断に関わらず、必要な作業であるが、「次の次の段階」の指示と捉える事にした。

今の段階では、守叔父さん本人の健康状態を確認をする事が最優先される。

その次は、生活環境の確認。

そして、その次が人間関係の調査だろう。

 





メッセージを書いて、豊治叔父さんに送信した。


 

「成田、運、は常識の範囲の文字だと
思います。それが、読めないとい
う、識字認知能力が落ちていると推
察しています。 あと、人の名前
が、出てきません。 私の名も、姉
由美子、弟甘次もでてきません。 た
またま、めぐみ叔母さまからマイク
とのツーショットの写真が送られ
てきたので、それを見せたところ、
知ってる男、知ってる女、女は私の
姉。との事、 めぐみと言う名は出
てきませんでした。」
2021/12/01 17:45



ふと、母の父である正(ただし)爺ちゃんと守叔父さんの事が共通点として、気付いたことがあったので、続けて、病的な可能性について指摘するメッセージを送信した。 

 

「軽い脳梗塞があるかもしれません
ね。 そういえば、顔の揺れが少な
くなっているかも。 以前は、正
祖父の手の揺れのように、守叔父さ
まは、頭が左右に揺れてたのです
が、昨日今日と気付きませんでし
た。 明日、もう少し気を付けて観
察します。(^_^)/
2021/12/01 17:53



とりあえず、本日の豊治叔父さんへの報告は終了した。

さて、カレーの煮込み具合はどうだろう? 

確認してみると、もう少し煮込んだほうが良さそうな状態であった。

(つづく)
 

2023年12月20日水曜日

「泣けない人」その86

 


86 、上京三日目.28

カレーを煮込みはじめた。 赤ワインの香りがほんのりと漂いはじめた。

あとは、ほぼ出来上がりを待つだけ!

 

ある程度煮込んだら、「ルー」を投入。そして、また煮込むだけ!

時間が経てば、おのずとカレーは完成する。

煮込んでいる間に、豊治叔父さんとめぐみ叔母さんへの報告のための文書を書き始めた。

 





しばらくすると、無事に報告を書き終えることができた。

カレーを作る事に集中したおかげで、頭の整理ができていたので、文書作成は思いのほか早く終わった。

まず、豊治叔父へメッセージを送信した。  めぐみ叔母さんへは、叔母さんから、何らかの連絡が来た時に送信しようと考えた。 なぜなら、現在の米国の時刻は、真夜中の1時過ぎだからである。 おそらく、めぐみ叔母さんは、起床後すぐに、連絡をくれるだろうと考えた。

 

「豊治叔父さま お疲れ様です(^-^)/
甘太郎です。 

今朝、豊治叔父さまとの電話の直後に、
守叔父さまから電話が入りました。

仕事が早く終わったとの事で、
ホテルの下にいると言われてしまい。。。
慌てました。

どうにか合流し、横浜のみなとみら
いへドライブ、昼食、
ランドマークタワー展望台訪問。

富士山が最高にきれいでした。 

といった感じの遊びとなりました。

 本筋の話としては、空間的な認知能力の
低下はあまり見られない。 運転ができたり、
みなとみらいの建物内を歩き回って
目的地へ向かう。 駐車場の車を探したり。

若干の記憶違いはあっても、
日常生活には問題ない感じです。
 
しかし、言語に問題が多いかもしれません。
 
読めない漢字がいくつかありました。
 
成田ナンバーを見て、はねだと読み、 
はねだって、どこだっけ?って
質問されました。

千葉だよって答えるとそうなんだ。
という返答が帰ってきました。

運という字も、なんて読むんだっけ? 
って感じなので、
識字能力がダイブ落ちているのは
間違いなさそうですね。 

食事の勘定の際、割引券を
なにかお持ちじゃないですか?との問いに、
分からないと答えてましたし。。。 
昨日今日と、”分からない”と言う言葉を
発する回数が多いように感じます。

 年金の状況、新型コロナの予防接種のこと、
いくつか質問に対して、”分からない”との
返答が帰ってきました。 

明日も、仕事が早く終わったら、迎え
に来てくれるとの事なので、じっくり、
状況把握に努めたいと思います。」
2021/12/01 17:04




メッセージを送信した後、カレーの煮込み具合を確認した。 「ルー」を投入しても良さそうだ!

 

「ルー」と投入し、ゆっくりかき混ぜた。 後は、弱火で煮込むのみ!

その後、豊治叔父さんからの返事が届くのを待つ間に、「スパイカメラ」「ボイスレコーダー」のデータ確認をし、バッテリの充電など、機材のメンテナンスをした。

10分程すると、豊治叔父さんからの返事が届いた。

 

「以前から本を読めと言って来ました。
テレビも新聞も見ないでは自分から

情報を得られません。

 

だから他人の説明に乗せられてしまうのです。

 

読めない字は調べれば良いのです。

 

タブレット端末やスマホを持っているのならば

調べるのは簡単です。」

2021/12/01 17:14


豊治叔父さんの見解として、「成田」という文字が読めない理由は、守おじさんが本を読まず、テレビ、新聞を見ないからだという事になる。

読書などの「学び」が足りないから「成田」が読めない。
ホントにそんな日本人がいるのだろうか・・・? 

戦前・戦後の生まれに関わらず、父・母より若い世代の人で、「成田」を読めない国民がどれだけいるだろう・・・? 

義務教育を受けてさえいれば、ほぼ100%の人々は「成田」が読めると思う!

「成」は小学4年生で、「田」は小学1年生で学ぶ文字であり、ともに常用漢字であるし・・・。

日本を代表する空の玄関口である「成田空港」を知らない人もほとんどいないだろう!

仮に、「成田」などの地名の漢字が読めないとすると、守おじさんは運送業を営むことが出来たのだろうか?

荷物を運ぶのには、地名を読まなければならない。

様々な荷物を運んできた実績を考えると、「成田」は読むことができたと考えた方が妥当だろう。

そのため、以前は読めた文字であるが、現在は読めないと考えた方がよいと思われる。

私としては、守おじさんの「”脳”力」が落ちている事をメッセージで伝えたつもりであったが、・・・。

豊治叔父さんは、本当に「学び」に原因があると考えているのだろうか・・・?

(つづく)
 

2023年12月13日水曜日

「泣けない人」その85

 


85 、上京三日目.27
 

守叔父さんを見送った後、私は宿のロビーに入り、この後に何をしようかな?と思案しはじめた。

豊治叔父さんや、めぐみ叔母さんへの現状報告の連絡を入れる事以外には、特にやることがない。 

明朝になって、守叔父さんからの連絡が入るまでは、ある意味では自由な時間である。

外はまだ、十分に明るいし、このタイミングで直接、部屋に戻るとその後の外出が億劫になるかもしれないし・・・。

そのため、夕食までは、まだまだ時間があるが、とりあえず、今夜の夕飯を考えることにした。

「外食」にするか、「コンビニ食」か、それとも、「自炊」するか?

いつまで、東京に滞在することになるのか未定の状態で、外食を続けるにはお金の心配もあるし、コンビニ食は健康を考えるとなるべく避けたい。

昨日と比べ、疲労は溜まらなかった感じがし、自炊する余裕がありそうに感じたので、自炊することを選択した。

昨日は、叔父さんの一挙手一投足や表情を細かく観察する事に資力をフル活用したため、疲労困憊であったが、今日は、昨日に比べると無理せずに、時の流れに身を任せる自分がいたようだった。

 





夕食どきまでは時間がたっぷりあるので、時間をかけた料理ができる!

フロントで、調理用具や食器類を借りる事にした。

宿には、簡単な料理なら出来るキッチンがある。

シンクはもちろん、一口の電磁調理コンロ、電子レンジ、小型とは言え製氷もできる冷凍冷蔵庫も備えられている。

宿から200m位のところにスーパーがあり、生鮮食料品も買える!

 





部屋に戻り休憩することなく、そのまま、買い物に出かけることにした。

お店に入って、野菜コーナーへ行くと、鹿児島の地元スーパーでは見かけないものが目に留まった。

それは、複数の異なる種類の野菜が袋詰めされている商品であった。

透明なビニール袋の中には、「じゃがいも」「玉ねぎ」「ニンジン」が入っており、カレーライスやシチューを作るための「野菜セット」であった。

迷わずに、その「野菜セット」を一袋、買い物かごに入れた。

その袋を見つけたことにより、ほぼ自動的に献立が決まることとなったのである。

メニューは、「カレーライス!」に決定!

他に必要なものは、「カレーのルー」「お肉」

カレーの料理は、適当にカットして、後はのんびり煮込むだけ!

気分転換や時間潰しになるだろう!

料理中と食事中に、それぞれ飲むために缶ビールを2本買い、宿に戻った。

その後、実際に食事をしながら気付くのだが、カレーライスの添え物の「らっきょう」「福神漬け」を購入することを忘れていた。

 





小さなキッチンであり、かつ、限られた道具のため、日頃とは勝手が違い、手順や方法を工夫しつつ料理を進めた。

一種のパズルゲームを解くような感じでの作業での料理であった。 

料理に集中することによって、自然と今日一日に起きた事象について、頭の中で勝手に整理されていった。

 





守叔父さんの状態は、昨日と今日と大きく変わらず、他人(私)を欺いているような不自然さもなく、終始一貫マイペースであったな・・・。

そのため、守叔父さんが、なんらかの脅迫を受けているとは考えられないし、隠し事がある様にも思えなかったな・・・。

 





野菜と肉が程よく炒められたので、昨夕購入した赤ワインの残りを使って煮込む事にした。

そうすれば風味の高いものとなるだろう!

(つづく)

 

2023年11月22日水曜日

18日は、「ツイタチ?」



父の左手首には、新調したばかりの腕時計が巻かれている。

父は、その腕時計をじっと見たあと、壁掛けのカレンダーを見て、再度、腕時計を覗き込みながら、不服そうな顔をしていた。
 

「今日は、ツイタチかな?

いや、ツイタチじゃない。

今日は何日だっけ?」


と言い出した。その後、また、壁掛けカレンダーを見た後、新聞の朝刊を見て、挙句の果て、
 

「腕時計が壊れてる!」


と言った。まだ、その腕時計を購入して1週間程しか経たない時の事である。




ステンレス製の腕時計を長年愛用してきていたのだが、なぜか、その腕時計のまかれた手首が赤く腫れ、痒みがでるようになってしまった。

金属アレルギーを疑い、アレルギーフリーを謳うチタン製のものに変えることにしたのだった。

ステンレス製の腕時計は、父の愛着のあるものであった。 「時刻」だけでなく、「日付」「曜日」が並んで表示されるものである。

特に「曜日」が日本語で表示されることにこだわって使っていたものだ。
 


そのため、新しく購入するにあたり、チタン製であることだけでなく、「曜日」が日本語で表示されるものを探すことになった。

しかし、アナログ文字盤で「曜日」を日本語で表示するものはなかなか見つからなかった。

しかたなく、文字盤の一部にデジタル表示されるタイプのものがあったので、それを父に勧めてみた。

「日付」「曜日」のそれぞれの文字が、以前のものより大きく表示される事が気に入ってくれたので、購入することになった。

新しい時計は、父の希望するスペックにプラスされて、「電波時計」「ソーラー時計」となった。

時刻調整はもちろん、「日付」「曜日」も電波信号によって調整される。 適度な光量の下ならば電池交換も不要である。

そのため、購入後、わずか1週間で故障することはないだろう!と、父の言葉を疑った。




その日は、18日であった。
 



父が、腕時計の「18」と表示されているデジタル数字を「1日」「ツイタチ」と読み間違えただけの話である。
 

2023年11月8日水曜日

「泣けない人」その84

 


84 、上京三日目.26

 

「ハネダッテ、ドコ?」
(羽田って、何処?)


と言う、ある意味、衝撃的な言葉であったため、私の頭は少々パニック状態になっていた。

心の中では、「守おじさん、何を言ってるの!」と大声で言っているようであった。

少し頭を冷やして、冷静に考えると、「明日、羽田空港へ行こう!」という言葉は、私の心の中の言葉であることに気が付いた。

守おじさんは、「あの上(アノウエ)」「あそこ(アソコ)」と言っただけで、「明日、羽田(ハネダ)空港へ行こう!」と実際には喋っていない。

そのため、何らかの言葉と勘違いしているのかもしれないと思い、「ハネダ」に近い言葉を探すことにした。

信号待ちの停止のタイミングで、トラックに近づくと、ナンバープレートの地名を読むことができた。

その地名は「成田」であった。

 



「ハネダッテ、ドコ?」「ハネダ」は、「ナリタ」を読み間違えているのかもしれないとハッと気がついた。

そして、「羽田」でなく、「成田って、何処?」と聞かれたこととして、

 

「千葉だよ!」



と返事した。 すると、守おじさんは、頭を傾けて、

 

「チバ・・・?
チバッテ ドコ?」
(千葉・・・?
千葉って何処?)



と、「千葉」を初めて聞く地名のような反応をした。

 



「成田」の漢字を「ハネダ」と読み間違え、その上、「千葉」が分からないとは、なぜだろう・・・?

守おじさんは、アメリカや中国など、海外へ行くのに「成田空港」を使ったことがあるだろうから、「成田」が分からないことはないだろう! 

守おじさんが、「話すこと」に問題を抱えていることは、徐々に理解できてきたが、「読むこと」にも問題を抱えている可能性があることに気が付いた。

信号が変わり、クルマが動き出したタイミングで、ふと、昨日の昼の事を思い出した。

イトーヨーカドーのフードコートのうどん屋さんにおいて、私が「ぶっかけ温玉うどん!」と言っても、守おじさんがメニューのどれであるのか分からない様子で、困った顔をしていた。

昨日のその時点では、漠然とした疑問であり、何が何だかよく分からなかった。

今、その時の様子を考え直すと、単に「文字を読むこと」ができなかったと考えれば、すんなりと理解できる。

つまり、メニューの「ぶっかけ温玉うどん」の文字が読めなかったために、私の注文が分からなかったと考えると、そのときの状況が納得できるのであった。

 



昨日から現在に至る事を思い返しているうちに、いつの間にかクルマは宿に到着していた。

守おじさんが、シフトレバーをパーキングに入れた後、私の方を振り向いて、笑顔で、

 

「アリガトウ!」
(ありがとう!)



と言った。 私の言うべきセリフを、またしても、先に言われてしまった。 急いで、

 

「こちらこそ、ありがとうございました!」



と答えることになってしまった。

私がクルマから降りると、

 

「マタネ!
アシタ、レンラクスルネ!」
(またね!
明日、連絡するね!)



と言って、守おじさんは颯爽とクルマを走らせて去って行った。

(つづく)
 

2023年11月1日水曜日

「泣けない人」その83

 


83 、上京三日目.25


多摩川沿いの河川堤防で飛行機を見た後、クルマに向かって歩いていると。

守おじさんがふと足を止め、空港のターミナル方向を指差しながら、
 

「アシタ、チョット、ヒマニナッタトキハ、
アノウエニ イコウヨ!」
(明日、ちょっと、暇になったときは、
あの上に行こうよ!)



と言った。

 

「明日も付き合ってくれるの?」



と答えると、

 

「ソウ!」
(そう!)



と守おじさんは、笑顔で答えてくれた。明日も、私の相手をしてくれる可能性があるってことだ!

昨日の別れ際に、次に会えるのは、日曜日って言っていたのに、昨日、今日(水曜日)、そして、明日も会ってくれるようだ。

 

「ありがとう!
よろしくお願いします!」



と伝えると、

守おじさんの表情は、より嬉しそうな笑顔に変わった。そして、空港のターミナル方向を指差し続けながら、
 

「アソコハ イイヨ!
アレ、ズゥーットイッテ、
チュウシャジョウアルジャン、
アソコカライッテ、
エレベーターノトコロカラ
ピューットウエニ アガッチャウト
ナンデモ タベラレル
イイヨ」
(あそこは、良いよ!
あれ、ズゥーっと行って、
駐車場あるじゃん、
あそこから行って、
エレベーターの所から
ピューっと上に上がっちゃうと、
何でも食べられる!
良いよ!)



と、守おじさんは言った。 

確かに、羽田空港のターミナルには色んなお食事処があるだろう! そして、展望台から飛行機もたくさん見ることができるだろう! 

飛行機に乗ることを目的にせずに羽田空港を訪れることは今まで一度も無かった。明日は、搭乗時間などを気にせずに羽田空港をじっくりと観光できるだろう! 楽しみである。

 



クルマに乗って、宿に向かって出発した。

すぐ近くの交差点(浮島通りと産業道路の交差点)には、ラウンドワンのボーリング場があった。 大きなボーリングのピンのモニュメントがあった。

その横を通り過ぎるとき、守おじさんは、そのお店をリリィさんと何度か訪れたことがあり、バスケットボールを何度かやったことがあることを教えてくれた。 そして、

 

「コンド、イコウヨ!」
(今度、行こうよ!)



と誘ってくれた。 今度とは、いつになるのか分からないけど、とりあえず、

 

「行こう! 行こう!」



と答えると、笑顔で喜んでくれた。

ラウンドワンスタジアムには、ボーリング、バスケットボールの他にも色んな遊戯設備があるので、行けば楽しいだろう!

何だか、守おじさんと遊ぶ予定が増えていくようである。 守おじさんの仕事に迷惑が掛からないかどうかが、少し心配である。

 



信号を曲がり、産業道路を北上中。 おもむろに守おじさんが、

 

「ハネダッテ、ドコ?」
(羽田って、何処?)



と言い出した。 先ほど、「明日、羽田空港へ行こう!」と約束してからまだ、何分も経っていないのに、何を言い出すのだろう・・・?

守おじさんの視線は、目の前を走っているトラックを見ていた。 

そのトラックに何らかのヒントがあるかもしれないと思い、必死にトラックの後部に書かれた文字を探した。 

しかし、そこには「ハネダ」と発音する文字は見つけられなかった。 一体何なのだろう・・・?

(つづく)
 

2023年10月25日水曜日

「泣けない人」その82

 


82 、上京三日目.24

浮島通り(国道409号)を海に向かって走っている。この先に浮島IC(首都高速湾岸線)があり、その付近に目的地の浮島町公園がある。

しばらくして、「目的地周辺に到着しました。」とスマホのナビが告げた。

浮島ICに最も近い交差点において、赤信号で停車しているときであった。 

周囲を見回したが、「駐車場」の案内標識は見つからなかった。

公園には駐車場があるだろうと、私自身が勝手に思い込んでいたのが間違いだった。 

浮島町公園には、残念ながら駐車場が無かったのである。

交差点を直進すると、そのまま高速道路に入ってしまうため、 

 

「ヒコウキハ ダメ! ヒコウキハ ダメ!」
(飛行機はダメ! 飛行機はダメ!)



と守おじさんがプチパニックになってしまった。

仕方なく路側帯に停車し、信号が変わるのを待った。信号が変わるとUターンして、今来た道を逆に戻ることになった。 

まさか、駐車場が無いとは・・・。

(後日、近隣に有料駐車場があることを知った。事前の下調べが足らなかったことを反省することになった。)

浮島町公園に行かずとも、他にも飛行機が良く見える場所があるかもしれないと考え、守おじさんにその旨を伝え、見晴らしの良さそうな場所を探すことにした。

たまたまではあるが、多摩川の河川堤防の近くに出た。堤防に上れば対岸が羽田空港である。

交通の邪魔にならない場所にクルマを停め、歩いて河川堤防へ上った。

 



予想通り多摩川の対岸に羽田空港が見えた。

多摩川の川幅の分だけ離れているため、昨日の城南島海浜公園に比べて、飛行機を大きく見ることができなく、迫力がなかった。 

数機の着陸を見ることができたが、イマイチだったので帰ることにした。 

 



空港を背にして、クルマに向かって歩き始めた直後、何らかの遠くの喧噪が徐々に近づいてくるような感じがした。

振り返ると、その音の正体は、近づいてくる飛行機であった。

離陸直後の飛行機のようで、徐々に高度が上がってきた。 慌ててカメラの電源をONにして撮影した。

 

 


まさか、ほぼ真上を飛行機が通過するとは!

予期していなかったので、「ラッキー!」と感じた。

守おじさんも、

 

「キタ! キタ! キターーー!」
(来た! 来た! 来たーーー!)



と声をあげつつ、目を丸くして喜んでいた。 

もう少し待てば、また頭上を飛行機が通過するかもしれないが、思いがけない飛来に一度だけで満足できたので、そのまま、帰ることにした。

堤防から戻る途中、守おじさんのクルマを後ろから撮影した。 クルマを
後ろからしっかりと見たのは初めてであった。

 


撮影後、見直してみても、擦り傷や凹みなどがなく、綺麗なクルマであることがわかった。
年式は古いが、無事故、無修理のクルマなのだろう!

(つづく)
 

2023年10月18日水曜日

「泣けない人」その81

 

 


81 、上京三日目.23

「かっこ良くて、ピコピコ、パチンパチンするものとは何?」から導き出された「パチンコ」について、守おじさんは何を言いたいのだろうか?

 

 

「パチンコがどうしたの?」



と聞くと、

守おじさんは、目の前を走行している大きなトラックを指差しながら、

 

「カッコイイネ!
オレモ、コウイウノ、
デッカイノ
ヤッテタ!
デッカイノ!」
(カッコいいね!
俺も、こう言うの、
デッカイの
やってた!)



と言った。以前、運送業を営んでいた頃の話のようだった。

 

「ピコピコスルヤツヲ、
アアイウノデ、ゼンブ
スクッテ、
ソレヲ ココカラ
ゼンブ ツメテ
ズゥーットイッテ」
「ピコピコするやつを、
ああ言うので、全部
掬って、
それを ここから
全部積めて、
ずぅーっと行って)



と言った。

「パチンコ台」を大型トラックに積載し、東京から青森へ運んだという事を言っているようだ。そして、

 

「ヨカッタ!
イッテ、キテ、
120マンクライカナ。」
(良かった!
行って、来て、
120万位かな。)



と話が続いた。 「パチンコ台」の運送で120万円を稼いだということが言いたかったようだった。

たったの一回の運送で、120万円の運送料を稼ぐ事ができるのだろうか・・・?と、私はいぶかしく思ったが、守おじさんの表情は笑顔で、良い思い出の一つのようだった。

「凄いだろう!」といった誇らしげな感情も含まれていたので、嘘では無いのだろう。

パチンコ業界のお金の価値は、他の業界とは違うのだろうか・・・?

 



守おじさんは、運転中にもかかわらず、片手で何らかのジェスチャーをはじめた。

腰の近くに左手を持っていき手首を振りながら、

 

「パチン、パチン、
ワカル?」
(パチン、パチン、
分かる?)



と聞いてきた。 「パチンコ」と同じく「パチン、パチン」と言っているが、「パチンコ」ではなさそうだった。

何だろう?と考えていると、守おじさんは、同じジェスチャーを繰り返していた。なんだか、ムチでお尻を叩いている事を表現しているみたいだった。

「パチン、パチン」の声とともに腰の近くで手首を振った後、次に、左手を本人の顔の前に出し、指揮者が指揮をするような仕草をしていた。細かく例えると、4拍子ではなく2拍子の指揮の仕草であった。そして、また、「パチン、パチン」を繰り返す。

 

「ワカル?」



と聞かれても、何だろう・・・?  守おじさんがもう一度繰り返したときに、指揮者との違いに気が付いた。

手の動きに合わせて、頭も前後し、体も前後に動いていた。何らかの一定のリズムに合わせて動いているようだった。

私は、頭の中で、その体の動きをイメージしてみた。そして、「競馬のジョッキー」のジェスチャーではないかと思い、

 

「競馬?」



と聞いてみると、

 

「ソウ、ソウ、
オレモ、ムカシカラ、
15マンエンクライシカ モラエナカッタケド、
ソノトニ(競馬)イッテ、
100マントカ、280マントカ、
イツモイッテマシテ、
カッコイイデショ!
オカネアルトキ、リリィチャント、
ソウイウ オミセニ イッテタノ。」
(そう、そう、
俺も、昔から、
15万円位しか貰えなかったけど、
その時に(競馬)行って、
100万とか、280万とか、
いつも行ってまして、
カッコいいでしょ!
お金あるとき、リリィちゃんと
そう言うお店に行ってたの。」


と言った。

守おじさんの月収が15万円位の頃、競馬で何度か大勝ちした事があったようだ。

100万円以上の配当金を得るには、仮に万馬券を当てたとしても、最低でも一口1万円以上の賭け金が必要である。280万円ならば3万円ほどの賭け金となる。

手取りの月収が15万円の者が、そのような賭け事ができたのだろうか・・・?  ギャンブル依存だったのだろうか・・・?

守おじさんの話は、「ああ言う」「こう言う」「そう言う」などの言葉が多用され、理解に苦しんだ。

「そう言うお店」とは具体的にはどんなお店の事なのだろうか・・・?

 

「そう言うお店って何?」



聞き直してみたが、

 

「ワカラナイ」
(分からない)



との条件反射的に答えが返ってきた。 直前に本人の言った言葉の説明ができないのはなぜだろう・・・?

その後も、お金に関わる話が続いた。 そして、昨日と同じ「お金を騙し取られた話」を聞かされることになった。

(つづく)
 

2023年10月11日水曜日

「泣けない人」その80


 

80 、上京三日目.22

浮島町公園へ向かう車内。

「マスク」を正しく装着している守おじさん。

 流行り病の対策はどうなのだろう?

 

「流行り病のワクチン注射は受けたの?」



と質問した。守叔父さんの返事は、

 

「ワカラナイナ」
(分からない)



であった。私が 注射を打つ真似をしながら、肩の辺りの注射する場所を指し示すと、

 

「ココニ ツクヤツ?」
(ココに付くやつ?)



と肩を触りながら、注射が嫌いだというジェスチャーとともに、

 

「ヤッテナイ。」
(やってない。)



との返事が返ってきた。  

ワクチンの有効性の有無に関係なく、「注射嫌い」でワクチンを打たない人もいるだろうと納得できるが、「ここに打つ」ではなく、「ここに付く」という表現は何なのだろうか・・・?

 



しばらくして、守おじさんが、
 

「ニホンノ イチバンウエ、
ワカル?」
(日本の一番上、
分かる?)



と聞いてきた。

 

「一番上?」




上と言っても、高いところではなく、北の事だろうと思い、

 

「北海道?」




と伝えたが、違うらしい。 何が言いたいのだろう・・・?

 

「北方領土、北方四島?」



と伝えてみたが、違うようだ。 本州で最北端かな?

 

「青森?」


 

「ソウ、ソウ!
ソコ、ソコ!」
(そう、そう!
そこ、そこ!)



そして、続けて、
 

「ピコピコ、
パチンパチン 
スルヤツ。
チョウ カッコイイヤツ!
ワカル?」
(ピコピコ、
パチンパチン
するやつ。
超かっこいいやつ!
分かる?)


と言った。

「かっこ良く」て、「ピコピコ」「パチンパチン」するものとは何だろう? 

三つのヒントで何が導き出されるだろうか? 分からなかったので、素直に、

 

「分からない。」

 


と答えた。すると、守おじさんがジェスチャーをはじめた。

一見すると、ドアのハンドルを回すような仕草ではあるが、手首の角度が違っていた。

手のひらを前方に向けて、指先を丸め、時計回りに回転させるものであった。

「パチンコ」を打っている時の右手の動きのように見えたが、 「パチンコ」がかっこ良いのだろうか・・・? 

「ピコピコ」ではなく、「ピカピカ」ならば納得できるのだが・・・。 

「パチンパチン」と言っているので、さすがに「パチンコ」ではないだろうな・・・と思いつつ、

 

「パチンコ?」



と答えると、

 

「ソウ、ソウ!」
(そう、そう!)



との答えが返ってきた。 本人が「パチンパチン」と言っているのに、「パチンコ」という言葉が出てこないのはなぜだろう・・・?

(つづく)


余談ですが・・・。

試しに、マイクロソフトWindows 11の新機能 AI「Microsoft Copilot(プレビュー)」

「かっこ良くて、ピコピコ、パチンパチンするものとは何」

と質問してみました。

以下、Microsoft Copilot(プレビュー)の回答

「かっこ良くて、ピコピコ、パチンパチンするものとは何と聞かれても、答えに困りますね。😅

私は、指パッチンというものを思い浮かべました。指パッチンとは、親指と中指をこすり合わせて音を鳴らすことです。指パッチンはフィンガースナップとも呼ばれ、音楽やマジックなどで使われることがあります。1

指パッチンのやり方は、中指を少し曲げて親指に押し付け、中指を手のひらに向かって弾くようにすることです。音が出るのは、中指が手のひらに当たった時に空気が弾かれるからです。2

指パッチンで大きな音を鳴らすには、薬指も一緒に弾くと良いと言われています。また、手のひらの形や大きさも影響するので、自分に合った方法を見つけることが大切です。3

指パッチンは簡単そうに見えますが、実際にはコツが必要です。上手にできるようになると、かっこ良くてピコピコ、パチンパチンするものになるかもしれませんね。😊」

以上
 

2023年10月4日水曜日

「泣けない人」その79

 


79 、上京三日目.21


帰路の車中。

守叔父さんが、

 

「ドコカ ヨリタイトコ アル?」
(どこか寄りたいとこ(所)ある?)



と聞いてくれたので、

 

「飛行機の見えるところ、
浮島町公園へ行きたい!」



と伝えた。 昨日の城南島海浜公園が楽しかったからなのだろうか、守叔父さんは笑顔で、

 

「オッケー!」



と即答してくれた。

浮島町公園は、飛行機の撮影おすすめポイントの一つであり、多摩川の南岸の河口付近にある。 羽田空港に着陸する飛行機を真横から見ることができる場所である。 

横浜方面から宿へ戻る途中に立ち寄るのに都合の良い場所だろうと考えた。

昨日同様に飛行機の撮影を楽しめるだろう!

 



ルート案内は、スマホのナビに任せて公園を目指した。

ナビを設定すると今朝通った道を逆に戻る “ような” ルートの案内がはじまった。

ナビの音声ガイドを聞きながら、守叔父さんが、

 

「ソレ、ヒコウキニ ノルヤツ?」
(それ、飛行機に乗るやつ?)



と聞いてきた。 「飛行機に乗るやつ」とはなんだろう?と思っていたら、

 

「クルマ デショ!
ヒコウキハ ダメ!」
(クルマでしょ!
飛行機はダメ!)



と守叔父さんが言った。 

飛行機の見える公園へ行く事は「オッケー!」なのに、「飛行機はダメ!」と言っている。

守叔父さんは何を私に伝えたいのだろう???

 



ナビの道路案内は、最短時間の経路が選ばれており高速道路を使うルートを案内していた。

ナビの案内どおりに進んでいると、守叔父さんが前方の「何か」に気が付いたらしく、指を指した。

指した方向の先には、高速道路インターへの案内標識があった。

その標識を指差して、

 

「ヒコウキハ ダメ!」
(飛行機はダメ!)



と言った。守叔父さんの言葉「飛行機」とは、「高速道路(有料道路)」を意味していた。

「高速道路はダメ!」と言ってくれれば良いのに・・・。 守叔父さんは変な事を言うな・・・。

一般道でも、たいして時間は変わらないだろう! 

ナビの設定を変えようとスマホをいじっていると、信号待ちのタイミングで、守叔父さんが、

 

「ナンゼンエン ハラッテ キタノ?」
(何千円払って来たの?)



と言いながら、紙幣を渡そうとしてきた。 突然の申し出に、私は少し躊躇し、申し出を断る術を考えながら、

 

「俺、タカリ屋みたいじゃん!
要らないよ!」



と伝えた。断ったものの、守叔父さんから再度、

 

「ハイ、ドウゾ!」
(はい、どうぞ!)



と、笑顔とともに両手を添えて差し出されたので、仕方なく、

 

「ありがとう」



と感謝の言葉を伝え、そのお金を受け取ることにした。 

渡された紙幣は、千円札で2枚。 「何千円払って来たの?」の言葉のとおり、千円単位の紙幣であった。

昨日、私が飛行機で鹿児島から来たことを伝えたが・・・。 二千円では飛行機には乗れないのだけど・・・。

守叔父さんは、私がどこから来たと考えているのだろう・・・? 

金銭的な事が理解できないのだろうか? それとも、私が鹿児島から来ていることを覚えていないのだろうか? 

下手に高額なお金を受け取らずに済んで良かったと思いながらも、守叔父さんが金銭的な事を正しく理解できなくなっているのかもしれないという疑問が増えたことに戸惑いを感じていた。

食事代、駐車場代、自動販売機でのお金の使い方、支払いはできているのにな・・・。 思い過ごしであれば良いなと考えていた。

(つづく)
 

2023年9月27日水曜日

「泣けない人」その78

 


78 、上京三日目.20

ランドマークタワーの展望台で観覧を終えた後、地下駐車場に向かっている。

守叔父さんの発した言葉「クルマが歩いてる」は、マイペースに歩く守叔父さんの後について歩いていくうちに、いつの間にか忘却していた。 

翌日、「歩いてる」の言葉の意味が分かることになるが、その時までは他の記憶に埋もれていることになった。

 



ふと、豊治叔父さんやめぐみ叔母さんからのリクエスト「健康状態の確認」を思い出した。

ここまでのところ、守叔父さんの「身体の外観、動き」「食欲」「飲み薬の有無」などから身体的な病気を患っているようには見えなかったが、「健康状態の確認」の一環として、守叔父さんに対して、

 

「健康診断受けてる?」



と聞いてみた。 

周囲の雑音は少なく、私の声は正しく届いていると思うが、守叔父さんは頭を少し傾げるのみで返事が無かった。もう一度、

 

「一年に一回受ける定期健康診断だよ。
健康診断を受けてないの?」



と聞き直してみたが、質問の意味が通じないような感じであり、明確な返答は無かった。

「はい / いいえ」のどちらかで答えられる質問なのに、なぜ、答えないのだろうか?

流行り対策のためマスクは、昨日、今日とも、キチンと装着していることから推察すると、健康には気をつけているようではあるが、、、。

「健康診断」の意味が分からないのかな?と考えていると、

 

「マンナカハ イイヨナ!
スエッコハ ダメ!」
(真ん中は良いよな!
末っ子はダメ!)



と、昨日も聞いた同じセリフが返ってきた。 

「真ん中」とは、私の事を指すのだろうが、私の何が良いのだろう? そして、

 

「タノシカッタ、
アリガトウ!」
(楽しかった、
ありがとう!)



と、不意にお礼の言葉を聞くことになった。

本来、私が言うべき言葉だと思うし、今は言うタイミングでもないだろう。 守叔父に言われてしまったので、慌てて、

 

「叔父さん、ありがとう!
楽しかった!」



と伝えることになった。 別れ際ではないので、なんだか変な気持ちになったが、お礼の言葉は何度も言っても良いだろう!と考え直した。 

「健康診断の受診有無」について聞き出すことができなかった。

 



事前精算機で駐車料金を支払った後、守叔父さんは迷うことなく、地下駐車場に停めた自分のクルマに到着した。

地下駐車場は、地上の駐車場に比べて無機質な空間であり、東西南北も分かりづらく、方向感覚を失いやすいと思う。

後ろを歩いていた私の方が、クルマの場所を「うろ覚え」していたくらいであり、守叔父さんの「空間認知能力」には恐れいった。

 



クルマに乗り込み、出口を目指した。

出口のゲートバーに近づくと、駐車券を入れなくても自動的に開いた。

事前精算済みの場合、クルマのナンバープレートを認識することにより、駐車券を投入しなくてもよいシステムのようだった。

守叔父さんは、駐車券を投入口へ差し入れるつもりで、ガラス窓を下げ、右腕を伸ばしていたが、その必要はなかった。

駐車券が不要なことが分かったためか、守叔父さんは右手に持ったその駐車券を窓からポイと外へ捨てた。

「ポイ捨て」はダメだろう!と思いつつ、以前の守叔父さんを思い出していた。

守叔父さんは、少額の支払いであっても領収書をキチンと貰う人であった。貰った領収書は、丁寧に折って財布に入れていた。 経費の精算のために領収書を大事にしていたのだと思う。

なぜ、領収書の代わりになる駐車券を「ポイ捨て」したのだろう?
経費の精算には必要ないのだろうか・・・? 

(つづく)
 

2023年9月20日水曜日

「泣けない人」その77

 


77 、上京三日目.19


展望フロアを一周し、ふたたび、横浜港を見下ろす場所に戻ってきた。

守叔父さんは、遠くの方で「何か」を見つけたようだった。

私の肉眼では、守叔父さんの見つけたものが「何か」分からなかった。

守叔父さんは指差して方向を教えた後、ジェスチャーをはじめた。

手のひらを下に向けたまま、肘を曲げて手をベルトの横におき、そこから腕を伸ばして手を斜め上に挙げるというものであった。 何回か同じような動きをしていた。

何だろう?と思いながら、守叔父さんの指差す方向にカメラを向け、ファインダーを覗き、拡大してみた。 

 


すると、そこには数機の飛行機が確認でき、上昇中であることも分かった。

守叔父さんは、飛行機が羽田空港から離陸する様子をジェスチャーしていたのであった。

「飛行機が飛んでいる。」と言ってくれれば良いのに、ジェスチャーで表現するのはなぜだろう・・・?

ファインダーを覗きながら写真を撮影していると、横にいる守叔父さんが、

 

「アルイテル」
(歩いてる)



とつぶやいた。


展望フロアの69階から見下ろせば、眼下には人がたくさんいるだろう。そして、誰かが歩いていると思う。

守叔父さんは目が良いな・・・。と思った。

私の視力では、300メートル以上離れたところにいる人が、歩いているかどうかの判別はできないだろう。

私はカメラのファインダーから目を離して、守叔父さんがどこにいる人を見て、歩いていると言っているのだろうかと確認した。

守叔父さんが「歩いてる」と言いながら見ている方向は横浜港、海の方向であった。

海の上を歩いている???

 

「どこ?」



と聞くと、守叔父さんは指差してくれた。その方向には、大きな船が海に浮かんでいた。
 


望遠レンズで船名を確認すると日本を代表する豪華客船である「飛鳥Ⅱ」であった。その「飛鳥Ⅱ」を指差しながら「歩いている」と言ったのであった。

船上のデッキを歩いている人でも見えているのかな・・・? 望遠レンズでも確認できないのにな・・・。変なことを言う叔父さんだな・・・。と思ったけれど、この時はさほど気に留めずに言い間違いのたぐいなのだろうと聞き流していた。

しばらく観覧した後、下りのエレベーターに乗った。

エレベーター内で、

 

「富士山、綺麗だったね!」



と伝えると、

 

「ヨカッタネ!」
(良かったね!)



との返事が返ってきただけで、ここでも「フジサン」という言葉は戻ってこなかった。

来たときの道順を逆に戻り、駐車場へ向かった。

途中、「クイーンズスクエア」のコンコースで4階から1階へ移動するエスカレーターに乗った。 守叔父さんは、その時に、

 

「ヨンコダネ!」
(4個だね!)



と言った。 何が4個なのだろうか・・・?
 
そして、続けて、

 

「イッショウケンメイ、
クルマガ アルイテル。」
(一生懸命、
クルマが歩いてる。)



と言った。 「クルマが歩いてる。」とは何だろう・・・? 先程も船を見ながら「歩いてる」と言ったけどな・・・。

不思議な事を言う守叔父さんである。

(つづく)
 

2023年9月13日水曜日

「泣けない人」その76

 


76 、上京三日目.18

守叔父さんは、私に対して必死に何かを伝えようとしていた。

守叔父さんの口から出てくる言葉、「ナニカ(何か)」「アソコ(あそこ)」「ドッカ(どこか)」などでは、私は理解できなかった。

遠方の海の方向を指差し、「アソコ(あそこ)」「アノヘン(あの辺)」と言っているので、

 

「湘南?」
「横須賀?」
「鎌倉?」



などと思いついた地名を幾つか伝えてみたが、イマイチ反応が悪く違うようだ。

ふと、展望ガラス窓の上方へ目を向けると、写真と共に、地名が書かれた風景の「案内図」があった。

 

「案内図があるね!」



と伝えた。

守叔父さんは、その案内図を見上げ、指差しながら、

 

「ココカライッテ、
ココジャナイナ。
コレダ!」
(ココから行って、
ココじゃないな。
これだ!)



と言った。 指先の動きは、東京湾内から三浦半島を指差し、その後、湘南方面で止まっていた。

以前、ヨットやボードなどの小型船舶のブローカーを営んでいた頃の記憶を探っている様子で、海路での移動をイメージしているようだった。

指先の止まった辺りは、江ノ島のあたりであった。

 

「江ノ島?」



と伝えると、守叔父さんの表情が急に変わり、

 

「ソウ、ソウ、ソウ!」



と興奮気味に返事が返ってきた。

続けて、

 

「アソコ、イキタカッタナ!
イコウカナ?」
(あそこ、行きたかったな!
行こうかな?)



と言い出した。そして、笑いながら、

 

「アソコハイイヨ、
アソコハ アレガアルノ!」
(アソコはいいよ、
アソコはアレがあるの!)



と言った。


「アソコ」「アレ」だけでは意味は伝わらないが・・・。

「アソコ」「江ノ島」であろう。

「アレ」とは何だろう? と思いつつ、守叔父さんのジェスチャーを注視した。察するに「展望台」があると言いたいようだ。

「展望台」から「別の展望台」を望み、そして、そこにも行きたい様子。 守叔父さんは展望台マニアなのだろうか・・・? 守叔父さんは続けて、

 

「オカネ イレテ、
ピューットハイルト、
リリィチャント イッショニ。」
(お金入れて、
ピューっと入ると、
リリィチャンと一緒に。)



と、以前、江ノ島へ元彼女と行ったことがあるのだろう。 そして、その時のiPhoneの写真を見せてくれた。 「お金入れて、ピューっと」とはエレベーターの事なのだろうか・・・?

ココ(横浜)からの富士山も綺麗だが、江ノ島から望む富士山も綺麗なのだろうな!と思い、江ノ島にも行きたい気持ちになった。


続けて、

 

「ミギガワニ デッカイノガ 
アッタデショ。
ソレガ コレ」
(右側にデッカイのが
有ったでしょ。
それがコレ)



と別の写真を見せてくれた。 「デッカイの」は富士山のことを意味していた。 なぜ、「フジサン」と言わないのだろう。何度も、「富士山」と私が言葉で伝えているのに・・・。


 

「イロンナトコロニ 
リリィチャント
イッショニ イッタ!」
(いろんな所に
リリィチャンと
一緒に行った!)



と言った。守叔父さんは、元彼女と富士山へも行ったらしい。 そして、その時の雪景色の写真を見ながら、

 

「イッパイ ツイテルネ!」
(いっぱい付いてるね!)



と言った。山頂付近に雪が積もっていることを「付いている」と表現しているようだ。

そして、守叔父さんは、

 

「オレモ ヤサシイネ!」
(俺も優しいね!)



と言った。何に関して守叔父さん本人は優しいと思ったのだろう??? 脈絡の無い言葉に戸惑った。

(つづく)
 

2023年9月6日水曜日

「泣けない人」その75


 

75 、上京三日目.17

ランドマークタワーの展望フロア「スカイガーデン」は、四つの方向に眺望がひらけている。 それぞれは、南東、南西、北西、北東の方向に広がっている。

展望フロアへの直通のエレベーターを降りた直後に見える一面目は南東方向であり、横浜港方面を見渡すことができる。時計回りの順路では、二面目湘南方面三面目町田市方面四面目東京都心方面を見渡せる。



富士山はランドマークタワーの西方に位置するので、二面目、三面目から遠望することができる。

守叔父さんは、両手で「山」のジェスチャーをして、少しでも早く富士山を見たいような様子であった。 

私は、リュックから望遠レンズ付き一眼レフカメラを取り出し、遠方を見て楽しもうとしていたところ、守叔父さんは、眼前の横浜港の景色を見ていたのも束の間、順路の先に向かって歩きだしていた。 

平日のためか展望フロアは閑散としていたため、守叔父さんとはぐれる事はないだろうと思い、ゆっくりと眺望を楽しむことにした。

しばらくして、守叔父さんは引き返してきた。そして、遠くを指差しながら、

 

 

「アソコ イッタコトアル。
デカイノノ ヨコニ 
デカイノガ アル。
オンナノコモイタシ、
オトコノコモイタシ。
タノシカッタ」
(アソコ行ったことある。
デカいのの横に
デカいのがある。
女の子もいたし、
男の子もいたし。
楽しかった。)

 


と過去の思い出を振り返っているようだった。指差した方向には、たくさんの建物があり、高層ビルもたくさんある。「デカいの」とは、どの建物の事を言っているのだろうか・・・? 

守叔父さんは続けて、

 

「リリィチャント イッテ、
タイヘンダッタ。」
(リリィチャンと行って、
大変だった。)



と言った。 

どの建物なのかも分からず、そして、彼女と一緒に行って、何が大変だったのだろう・・・? 

 

「何が大変だったの?」



と聞き返してみた。

 

「ワカラナイ。」
(分からない。)



との守叔父さんの返事で、 分からずじまいであった。

 



南西方向を見渡せる二面目へ移動すると、富士山を見ることができた。 7〜8合目付近まで白い雪が積もっていた。その雄大な姿に感動していると。

守叔父さんは、両手で「山」をジェスチャーしながら、

 

「キレイ! キレイ!」
(綺麗! 綺麗!)



と繰り返して言っていた。

 

「富士山、本当に綺麗だね!」



「富士山」という言葉を添えて伝えたけれど、守叔父さんからは「フジサン」という言葉はかえってこなかった。


その後、守叔父さんは海の方を指差した後、
 

「ナンカサ、アソコッテ、
オミセトカ、ナニカ、コウキテサ、
フネガ コウヤッテ、
ピューット、
ナニカ、ドッカ、ナカッタッケ、
ゼンゼン ワカラナイナ。」
(何かさ、あそこって、
お店とか、何か、こうきてさ、
船がこうやって、
ピューっと、
何か、どっか、なかったっけ、
全然分からない。)



と、身振り手振りをしながら話しているけれど、「何か」「あそこ」「どっか」などと言われても、何の事を言っているのか理解できなかった。 

守叔父さん本人が、「全然分からない」と言う事を私が理解できるはずもなかった。
守叔父さんは、私に何を伝えようとしているのだろうか・・・?

(つづく)
 

2023年8月30日水曜日

「泣けない人」その74

 


74 、上京三日目.16

クルマは国際大通りを左折し、左手にクイーンズスクエア横浜をみながら、けやき通りを直進している。

「P」の案内看板を見つけた守叔父さんは、

 

「ココ! ココ!」
(ここ! ここ!)



と言った後、その「P」看板の方向に向かってクルマを進めた。

「P」は地下駐車場の入り口を示していた。シンプルな表示であり、建物の名称などの記載の無いものであった。 

地下駐車場の入り口トンネルは、私にはとても狭く感じた。 もしも、自分が運転者ならば躊躇して入るのを諦めるかもしれないし、入るとしても、ゆっくりゆっくりと前進するだろう。

しかし、守叔父さんは全く躊躇することなくスゥーっとクルマを中に進めた。

大きなクルマに乗り慣れている守叔父さんと小型乗用車しか運転しない私とでは、車幅感覚が違うのかもしれないな・・・。

そして、守叔父さんは本当にクルマの運転が上手だな・・・と、改めて感心した。 

 

 



地下に進むと「K2」というエリアに空きスペースがあり無事に駐車できた。

クルマを降りた守叔父さんは、エレベーターホールの方向を指差しながら、一言、

 

「イコウ!」
(行こう!)



と言うと、エレベーターホールを目指して歩き始めた。

エレベーターで地上階へ上がると、そこは「クイーンズスクエア」のコンコースであった。 

季節的な装いで、周囲にはたくさんのクリスマスツリー等が飾られていた。

守叔父さんは、エレベーターを降りると周囲を見渡して自分達の居る場所を確認しているようだった。

そして、案内図などをみることなく居場所が分かったようだった。 

守叔父さんは、行き先の方向を指差すと、私を振り返ることなくサッと歩き出した。

さて、何処を目指しているのだろうか?  守叔父さんは、行き先も告げずにマイペースで歩いている。

私は行き先を知らされていないため、後ろについて歩いていくしかなく、置いてけぼりにならないように、必死に後を追った。

 



たどり着いた場所は、とあるランドマークタワーのエレベーター乗り場であった。

そのエレベーターは、展望フロア「スカイガーデン」行きであった。 スカイガーデンは、69階の高さ273mにある。

そのエレベーター乗り場に着いたことにより、先ほど、食後に守叔父さんが発した言葉の意味が分かった。

「一番デカイところ」とは、「一番高い所」という意味であり、ランドマークタワーそのもの「全体」を意味していたのではなく、展望台という「一部分」を意味していたのだった。

つまり、守叔父さん的には私に対して行き先を伝えていたのであった。 やはり、言葉に問題を抱えているようだ。

守叔父さんは、上方を指さしながら子供のような笑顔で、

 

「イコウ! イコウ!」
(行こう! 行こう!)



と言って、チケット売り場に近づいていった。 

どちらかと言うと、私の希望とは関係なく、守叔父さん本人が行きたい様子であった。

 



エレベーターに乗ってわずか40秒で展望フロアに到着した。

エレベーターのドアが開き、眼前に現れた横浜港をはじめとする風景はとてもクリアなものであった。 

じっくりと眼前の風景を見ようとしている私に、

 

「タシカ、ムコウダヨネ!」
(たしか、向こうだよね!)



と言いながら、横浜港の反対方向を指差した。

そして、車内でのジェスチャーと同じように、富士山の形を両手で表現しながら、

 

「コウナッテルノ、コッチジャナイヨネ!」
(こうなっているの、こっちじゃないよね!)



と守叔父さんが言った。 私は、

 

「富士山?」



と聞くと

 

「ソウ!」
(そう!)



とだけ守叔父さんが答えた。ここでも車内と同じように、守叔父さんの口から「フジサン」という言葉は戻ってこなかった。 

(つづく)
 

2023年8月16日水曜日

「泣けない人」その73

 


73 、上京三日目.15

 

「ハァ、オイシカッタ!」
(はぁ、美味しかった!)


と守叔父さんはお腹をさすりながら言った。お腹がいっぱいになったようだ。 私も、ほぼ同じタイミングで食事を食べ終わった。 

守叔父さんは、爪楊枝で歯に挟まった食べかすを取り除き、お茶でうがいすると、間髪入れずに、

 

「ヨシ、イコ!
イチバン デカイ トコロ
アルンダケド!
ソコイッテ!」
(良し、行こ!
一番デカイところ
有るんだけど!
そこ行って!)



と言った。 

食べ終えた後に、ゆっくりと話をする間も無い・・・。 本当にマイペースな守叔父さんである。 とは言え、「一番デカイところ」とはどこなのだろう・・・? 

よこはまコスモワールドの観覧車が一番大きな観覧車なのだろうか・・・?  

それとも、ランドマークタワーの事なのだろうか・・・? あべのハルカスができて一番デカイ建物ではなくなったのだけどな・・・。

まあ、行けば分かるのだろう。

守叔父さんは会計伝票を手に取り、支払いカウンターへ向かった。

私は支払いの列に並ばずに、少し離れた所で支払いの様子をみていた。

レジのスタッフが、守叔父さんに対して何か質問したようだが、守叔父さんは手を使って「ワカラナイ」というジェスチャーをしていた。 

支払いにおいて、分からない事とはなんだろう?と思いつつ、私が近寄ろうとした時には解決したようで、支払いが無事に済んだようだった。

おそらく、割引チケットか電子マネーのたぐいの確認だったのだろう。

支払い終えた守叔父さんに対して

 

「ごちそうさまでした!」



と伝えた。 すると、笑顔で

 

「オッケー!」



と言い、そして、エレベーターホールに向かって歩き始めた。

 



エレベーターでフロアを移動し、駐車場フロアへ向かった。 エレベーターホールに駐車料金の精算機があったので、守叔父さんに対して「駐車券は?」と聞くと、

 

「ワカンナイ」
(分かんない)



との返事が返ってきた。 駐車券が分からないとはどういう事だろう。 私が指先で駐車券の形を描きながら「こんな形の紙」と言うと、

 

「アァ、アルヨ」
(あぁ、有るよ)



と言って、スマホケースに挟んだ駐車券を出してくれた。 私が、

 

「この機械で、駐車料の精算できるよ!」



と伝えると、

 

「オッケー」



と守叔父さんは言いながら、精算機へ駐車券を挿入して料金を支払った。

駐車料金は560円であった。30分毎280円のため、1時間以内の食事時間であったようだった。

精算機の近くに、飲み物の自動販売機があった。 守叔父さんは、その自販機の存在に気付くとすぐに小銭を入れて、

 

「ハイ、ドウゾ!」
(はい、どうぞ!)



と笑顔とともに自販機のボタンを押すように勧めてきた。食後すぐに飲み物は要らないなと思いつつ、 痩身効果のあるダイエット用の緑茶があったので、そのボタンを押すことにした。 なんだか、昨日の昼食後と同じ光景であり、一種のデジャブのように感じた。

 



クルマに乗り、ふと、「このクルマのエンジンは、何リッターなの?」と質問してみたが、守叔父さんはなかなか答えてくれなかった。

私は続けて、「何CC(シーシー)なの?」と質問しなおしてみたものの、私の質問の意味が伝わっていないようで、キョトンとした顔をして質問に答える様子がなかった。

エンジンの排気量が分からなくても問題はないので、スルーすることにした。

 



建物の駐車場から出ると、クルマは横浜駅方面に進んでいた。 沿道にならんでいるのぼり旗が、バタバタはためいており、外は風が強くなっていた。

よこはまコスモワールドの観覧車が見えたので、ここが目的地だな!と思ったのも束の間、クルマはそのまま直進し続けた。 やはり、ランドマークタワーなのかもしれない。 

その後、二つ目の信号を左に曲がったため、ほぼ間違いなくランドマークタワーが目的地なのだろうという事がわかった。

(つづく)
 

2023年8月2日水曜日

「泣けない人」その72

 


72 、上京三日目.14


守叔父さんは、自分の写真写りの良さに気を良くしたためか、さらに良い笑顔へと表情が変わっていた。 

それにしても、守叔父さんは実によく笑うな・・・。 もしかして、笑顔でいる時間が長いことによって老化がゆっくりになるのかもしれない。 その結果として、見た目が若いままなのかもしれない。  

 



飲み物はセルフサービスとの事だったので、ドリンクバーへ飲み物をとりに行った。

ドリンクサーバーには、六個の押しボタンがあり、緑茶、ほうじ茶、水のそれぞれ冷温であった。

守叔父さんが何を好むか分からないので、とりあえず、温かいほうじ茶、緑茶を1杯ずつ持っていくことにした。

席に戻り、守叔父さんに、

 

「ほうじ茶と緑茶、
どちらが良い?」



と聞くと、

 

「ワカンナイ、
ドッチガ アマイノ?」
(分かんない、
どっちが甘いの?」



と聞いてきた。 ほうじ茶と緑茶の違いが分からないとはどういう事だろう。 そして、コーヒーや紅茶なら無糖、加糖の違いを気にするかもしれないけれども、まさか、ほうじ茶と緑茶の甘さを聞いてくることに驚き、答えに窮した。 

仕方なく、甘みというより渋みの少ない方として、

 

「どちらかといえば、
ほうじ茶かな?
砂糖は入ってないよ!」



と伝えた。 そして、ほうじ茶を守叔父さんへすすめた。

守叔父さんは、受け取るとゆっくりとほうじ茶を飲んで、

 

「アツイ!」
(熱い!)



と言った。 猫舌のようだ。
フゥフゥしたあと、少し飲み、

 

「オイシイ!」
(美味しい!)



と言った。

 



しばらくして、注文した料理が運ばれてきた。

守叔父さんは、目の前のトンカツ定食をどうやって食べれば良いか、途方に暮れるような表情をした。 守叔父さん本人が選んだものなのに・・・。

まさか、トンカツの食べ方が分からないって事は無いだろうと思いつつ、私は自分のペースで食べはじめた。 

守叔父さんは、私の真似をするようにトンカツソースを掛け、食べ始めた。

料理には、小鉢として黄色い漬物のたくあんが細かく切られたものが添えられていた。
守叔父さんは、その小鉢を指さしながら、

 

「コレナニ?」
(これ何?)

 


と聞いてきたので、「たくあん」だよと答えた。 

答えを聞いた守叔父さんは、そのたくあんを躊躇することなく味噌汁の中に放り込んだ
!!!

好きなように食べれば良いと思うが、まさかの味噌汁にたくあんを入れて食べるなんて!

その行為に、すこし戸惑いながら残りの食事を食べることになった。

(つづく)
 

2023年7月26日水曜日

スイカは何度もハツモノ!



姉がスイカをもってきてくれた。

私はそのスイカをダイニングテーブルの上に置き、父に対して

「このスイカは、お父さんにとって、今年の初物スイカですか?」

と聞いた。すると、父は「今年初めてのスイカだ! ハツモノだ!」と喜んで答えてくれた。

私は、「残念! このスイカは二回目です!」と答えた。

なぜなら、数日前に弟がスイカを差し入れしてくれたものを一緒に食べていたからだ。

父は、そうだっけ?という顔をしながら、スイカを食べたことを思い出そうとしていた。

私がいくつかのヒントをあげると、弟がスイカを持ってきてくれたこと、そして、それを食べたことを思い出してくれた。

思い出してくれたからというわけではないが、姉のもってきてくれたスイカを母に切って貰うことにした。

キッチンに運び、数分後、食べやすいサイズにカットされたものがダイニングテーブルに戻ってきた。

父は、そのスイカをみて、「今年初めてのスイカだ! ハツモノだ!」と喜んだ。

まさか、キッチンでカットしていた短かい時間の間で忘れてしまうとは・・・。

認知症となり、記憶力が落ちている父の話であるが、認知症を残念と捉えるか、ハツモノを何度も経験できることなどをラッキーと捉えるかは介護する周囲の人の心の位置次第だな・・・。と考える今日この頃。
 

2023年7月19日水曜日

「泣けない人」その71

 


71 、上京三日目.13

注文した料理を待っている間、守叔父さんは中国での食事風景の動画を「三回」繰り返して見せてくれた。

一度見れば十分な内容のものなのだが、一度ならず、二度、三度と繰り返し見せてくれた。 守叔父さんのお気に入りの動画のようだが、本当にマイペースな守叔父さんである。

三度とも、映像を見ながら内容を説明してくれた。

その説明が、三度ともまったく同じ内容であり、また、言葉を発するタイミングも同じであったため、少し気味悪くさえ感じた。 

例えるならば、小さな子供が同じ動画を繰り返しみているときに、同じような行動を繰り返すのと同じようなものであり、子供ならともかく、普通の大人がやらないようなものであった。 普通の大人ならば、相手の反応をみて、その都度、説明を変えるだろう! 

三度目の動画が終了すると、守叔父さんは満足したような顔をしており、笑顔であった。

そして、守叔父さんは、小さな声で

 

「タノシイナ!」
(楽しいな!)



と、つぶやいた。 

最近、楽しいことが無かったのか?
その言葉は、小さいながらも私の心に届いてきた。そして、

 

「リリィチャン
ホントニネ
ソウトウ トオカッタナ!」
(リリィちゃん 
ホントにね、
相当遠かったな!」



と言った。 

もしかすると、中国の動画を見るのは傷心を癒すための行動なのかもしれない。

中国出身らしきリリィさんとは10数年間も同棲していたようだが、
リリィさんは、なぜ、同棲を解消し本国に帰ったのだろう???

リリィさんの事が気になったので、

 

「リリィさんは、
今どうしているの?」



と聞いてみた。すると、

 

「オカネガナイカラ
イケナイジャン。」
(お金がないから
行けないじゃん。)



との答え、「金の切れ目が縁の切れ目」って事なのだろうか・・・?

 



ふと、豊治叔父さんやめぐみ叔母さんに守叔父さんの近況を伝えるためには、本人の写真が必要!と思い、守叔父さんを撮影しようと考えた。

スマホをカメラモードにして、「マスクとってよ!」と伝えると、素直にマスクを外してくれた。マスクを外すとホントに若く見える!

私が「若いな!」と言いながら撮影すると、

 

「オレ、ドンナ カンジ?」
(俺、どんな感じ?)



と守叔父さんは、自分の写真が気になるようだった。 撮影した写真を守叔父さんに見せると、守叔父さんは自分自身の写真を見ながら

 

「カワイイ、カワイイ」
(かわいい、かわいい)



と言った。そして、続けて、

 

「デモ、ソレッテサー。
ドウミテモ66サイニハ
ミエナイヨネ!」
(でも、それってさー。
どうみても66歳には
見えないよね!)



と、自分が若い事をアピールしてきた。守叔父さんは続けて、

 

「ソレッテ、ソレッテサー、
サイショノコロッテ、
ダレカガミタトキ、
40サイカナ トカ、
50サイカナ トカ、
ソンナニシカ、
ミンナニイワレナイヨネ!」
(それって、それってさー、
最初の頃って、
誰かがみたとき、
40歳かなとか、
50歳かなとか、
そんなにしか、
みんなに言われないのよね!)



と言った。 

「最初の頃」とはどういう意味なのか分からないけれども、ともかく、守叔父は、自分の見た目が40代か50代であると言いたいようだ。

一体、どれだけ見た目を気にしているのだろうか?

(つづく)