2023年9月13日水曜日

「泣けない人」その76

 


76 、上京三日目.18

守叔父さんは、私に対して必死に何かを伝えようとしていた。

守叔父さんの口から出てくる言葉、「ナニカ(何か)」「アソコ(あそこ)」「ドッカ(どこか)」などでは、私は理解できなかった。

遠方の海の方向を指差し、「アソコ(あそこ)」「アノヘン(あの辺)」と言っているので、

 

「湘南?」
「横須賀?」
「鎌倉?」



などと思いついた地名を幾つか伝えてみたが、イマイチ反応が悪く違うようだ。

ふと、展望ガラス窓の上方へ目を向けると、写真と共に、地名が書かれた風景の「案内図」があった。

 

「案内図があるね!」



と伝えた。

守叔父さんは、その案内図を見上げ、指差しながら、

 

「ココカライッテ、
ココジャナイナ。
コレダ!」
(ココから行って、
ココじゃないな。
これだ!)



と言った。 指先の動きは、東京湾内から三浦半島を指差し、その後、湘南方面で止まっていた。

以前、ヨットやボードなどの小型船舶のブローカーを営んでいた頃の記憶を探っている様子で、海路での移動をイメージしているようだった。

指先の止まった辺りは、江ノ島のあたりであった。

 

「江ノ島?」



と伝えると、守叔父さんの表情が急に変わり、

 

「ソウ、ソウ、ソウ!」



と興奮気味に返事が返ってきた。

続けて、

 

「アソコ、イキタカッタナ!
イコウカナ?」
(あそこ、行きたかったな!
行こうかな?)



と言い出した。そして、笑いながら、

 

「アソコハイイヨ、
アソコハ アレガアルノ!」
(アソコはいいよ、
アソコはアレがあるの!)



と言った。


「アソコ」「アレ」だけでは意味は伝わらないが・・・。

「アソコ」「江ノ島」であろう。

「アレ」とは何だろう? と思いつつ、守叔父さんのジェスチャーを注視した。察するに「展望台」があると言いたいようだ。

「展望台」から「別の展望台」を望み、そして、そこにも行きたい様子。 守叔父さんは展望台マニアなのだろうか・・・? 守叔父さんは続けて、

 

「オカネ イレテ、
ピューットハイルト、
リリィチャント イッショニ。」
(お金入れて、
ピューっと入ると、
リリィチャンと一緒に。)



と、以前、江ノ島へ元彼女と行ったことがあるのだろう。 そして、その時のiPhoneの写真を見せてくれた。 「お金入れて、ピューっと」とはエレベーターの事なのだろうか・・・?

ココ(横浜)からの富士山も綺麗だが、江ノ島から望む富士山も綺麗なのだろうな!と思い、江ノ島にも行きたい気持ちになった。


続けて、

 

「ミギガワニ デッカイノガ 
アッタデショ。
ソレガ コレ」
(右側にデッカイのが
有ったでしょ。
それがコレ)



と別の写真を見せてくれた。 「デッカイの」は富士山のことを意味していた。 なぜ、「フジサン」と言わないのだろう。何度も、「富士山」と私が言葉で伝えているのに・・・。


 

「イロンナトコロニ 
リリィチャント
イッショニ イッタ!」
(いろんな所に
リリィチャンと
一緒に行った!)



と言った。守叔父さんは、元彼女と富士山へも行ったらしい。 そして、その時の雪景色の写真を見ながら、

 

「イッパイ ツイテルネ!」
(いっぱい付いてるね!)



と言った。山頂付近に雪が積もっていることを「付いている」と表現しているようだ。

そして、守叔父さんは、

 

「オレモ ヤサシイネ!」
(俺も優しいね!)



と言った。何に関して守叔父さん本人は優しいと思ったのだろう??? 脈絡の無い言葉に戸惑った。

(つづく)
 

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