2023年5月10日水曜日

「泣けない人」その61

 


61 、上京三日目.3


予定より早い時刻に掛かってきた守叔父さんの電話に驚きながら、私が呑川(のみがわ)の河口付近にいる事を伝えた。

すると、守叔父さんからは「ワカラナイ」との返事が戻ってきた。

「川の河口だよ」と伝えても、同様に「ワカラナイ」との返事しか返ってこない。

なんだか、昨日の待ち合わせ場所を決める際の電話による会話と同じようであった。地名を言っても「ワカラナイ」、場所の特徴を伝えても「ワカラナイ」との返事である。

 





守叔父さんの家と私の宿の間の主要道路である産業道路(国道131号線:大鳥居交差点と大森警察署前交差点)には、橋が一本しか無い! (正確に言うと、旧呑川に架かっている橋もあるため、二本が正しい。)

産業道路は、ほぼ一直線に伸びており、また、一部を除き高低差もほとんどない。

その特異的に高低差のある部分が橋であり、盛り上がっている。 遠くからもその路面の傾斜がはっきりとわかる。 

また、その部分の道路の両端は欄干となっているため、そこが橋であり、すなわち川を渡っていることははっきりしている。

 





橋のたもとから川沿いの道を海の方へ向かえば良いのだが・・・。

立て続けに「ワカラナイ」との返事しか返ってこない。

しかたなく、自分の居る場所への誘導をあきらめることにした。

 





どこか案内しやすい場所・施設を考えたが、近場にはない。と言うか、説明しても「ワカラナイ」と言われる可能性が高い。

しかたなく、宿と守叔父さんの家のどちらかを選ぶことになる。

さて、どちらが近いだろう・・・?と考えてみたものの、どちらを選択しても、ほぼ同じ位の時間がかかってしまう。

宿の前の道路は駐車禁止なので、守叔父さんには、自宅に戻るように伝えることにした。

私はカメラを片付け、急ぎ守叔父さんの家を目指し歩き始めた。 

時間調整のために、あえて遠回りしたことが裏目に出てしまった。

人生において、思い通りにならない事は色々とあるが、ゆったりと事を進めている途中に、突如、予定外に急かされる状況へと変わってしまった事にすこしだけ苛立ちを感じていた。

苛立ちを抑えるために、「会えない予定が、会える様になったことに感謝せねば!」と心を切り替えて、歩みを加速させた。

10分ほど歩いたが、まだ守叔父さんの家までは数分かかる場所で、電話が掛かってきた。

電話に出ようとしたが、守叔父さんは気が短いのか、受話ボタンをスライドしようとする前に電話は切れていた。

少し歩き、もう少しで守叔父さんの家って所で、電話を掛け、今着きます!と伝えた。
電話のつながった状態で、交差点の角を曲がると、守叔父さんがクルマの横に立っているのが見えたので、電話を耳元から離して、「お待たせしました!」と声を掛けた。

守叔父さんは、振り向き私に気が付くと笑顔で手を挙げてくれた。

「ワカラナイ」を連発した人の表情ではなく、満面の笑顔であった。

 





守叔父さんは、私が近づく間に乗り込み、駐車場からクルマをスーッと出した。

助手席のパワーウィンドウが下がり、車内から「どうぞ!」との声が聞こえてきた。

さて、どこに連れて行ってもらえるのだろうか・・・?

(つづく)
 

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