2023年7月5日水曜日

「泣けない人」その69 

 


69 、上京三日目.11

横浜ワールドポーターズ「とんかつ かつ楽」の店内。

守叔父さんは食事を注文した後、テーブルの端に置かれた調味料などを物色しはじめた。
ラミネートされた練りからしの小袋を指差しながら、

 

「コレ、ナニ?」
(これ、何?)



との質問。 「からしだよ!」と私が答えると、

 

「イタイヨネ!」
(痛いよね!)



と守叔父さんは言った。 私は、子供ならともかく、大の大人が「痛い!」と表現するのは変だなと思った。 タバスコや赤唐辛子ならば、「痛い!」と言う表現もあるかもしれないが・・・。 守叔父さんは続けて、

 

「カライノダメ、
リリィチャンハ、
カライノスキダッタ。
カラシ、タベルノ 
カッコイイ!」
(辛いのダメ、
リリィチャンは、
カライの好きだった。
からし、食べるの
カッコいい!)



と言った。

「からし」から元彼女の話がでてくるとは・・・。 そして、からしが食べられるとカッコいいと思うのは、なぜだろう!?
守叔父さんは、よっぽど子供の味覚なのだろうか? それとも、口内炎か虫歯か何かにしみるのだろうか?
 

 

からしが食べられるとなぜカッコいいと思うか、その理由を、私が守叔父さんへ質問しようと考えているタイミングで、守叔父さんは、丸い陶器のフタをとって、中の黒いものを指差しながら、

 

「ナニコレ?」
(何これ!)



と言った。 店名のとおり、「かつ」の専門店である。 どうみても、トンカツソースにしかみえないのにな・・・? と思いながら、

 

「カツにかけるソースだよ!」



と伝えたものの、守叔父さんは、何だか腑に落ちない様子であった。 仕方なく、カツにソースをかけるジェスチャーをしてみせると、

 

「アァ、アァ!」
(あぁ、あぁ!)



と言って、私のジェスチャーのマネをしながら納得したような顔になった。 とんかつを食べたことが無いはずはないが・・・。

他、サラダドレッシングや爪楊枝、お箸などについても、同じように守叔父さんの質問が続いた。

その時の守叔父さんの様子は、訪日外国人が初めて和食に接する時のような雰囲気であった。 知らない文化に初めて接する時のような・・・。 

日本生まれで、日本育ちの守叔父さんには不要な質問であるはずなのに・・・。

私は、それぞれ、言葉による説明と共にジェスチャーによって説明した。 すべての物の説明が終わったら、守叔父さんは落ち着いてくれた。 
 

 

落ち着いた守叔父さんはiPhoneを取り出し、画面を操作しはじめた。 
そして、少し困った顔をしながら、その画面を私に向けて、

 

「ロクジュウ ゴ キロ
シッパイシタ!」
(65キロ
失敗した!)



と守叔父さんは言った。 

何を失敗したのだろう? 「65キロ」とは何だろう?

(つづく)
 

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