2024年4月17日水曜日

「泣けない人」その101

 


101 、上京四日目.12

「(川崎)市役所通り」を西に向かってクルマが進んでいる。

この先には、「オッキナフネ(大っきな船)」があるらしい。

右手に川崎市役所が見え、それを通り過ぎた後に右折して、細い路地に入り込んだ。

ほどなく、より狭く一方通行の道に入り込んで行った。 

守叔父さんは、以前、「川崎駅」近くのマンションに住んでいたので、この辺りの道路には詳しいのだろうが、本当に狭い路地の先に「オッキナフネ(大っきな船)」があるのだろうか・・・?

いくつかの小さな交差点を過ぎた後に左折した。

そして、直進し続けると一時停止の道路標識のある「丁字路」に突き当たった。

一時停止で止まったのち、クルマを進めると目の前には左右に高架が広がっていた。

高架の上の看板には「京急川崎」と書かれており、「京急川崎駅」のプラットホームであることが分かった。

守叔父さんは、駅ホームの左右を見て、そして何かに気がつき指差して、

 

「キタ、キタ、フネ、フネ!」
(来た、来た、船、船!)



と言い出した。

駅のホームに「船」が来ることがあるのだろうか・・・? 

見逃すまいと、その指の指し示す方向を見るものの、下りの普通列車がホームに滑り込んできただけだった。

「船」を表す何らかの特別な塗装の列車というわけでもなく、赤く見慣れた京急の車両であった。

先頭車両が右から左に通り過ぎ、京急川崎駅のホームにその全ての車両が並んで停止した時、守叔父さんは、

 

「オッキナフネ!」
(大っきな船!)



と言いながら、笑顔で喜んでいたのだった。

この事により、守叔父さんの言った「オッキナフネ!」とは、「大きな(長い)電車」のことであることが分かった。

まさか、「電車」の事を「船」と言うとは予期できなかったし、「車両数が多くて長い列車」「大っきな」と表現する事にも驚いた。

そして、守叔父さんは、わざわざ手間をかけて、私に京急の電車を見せてくれたことになる。

守叔父さんは、50歳を超えた甥っ子である私が、単なる普通の電車を見ると喜ぶと考えたのだろうか・・・? と少し疑問を覚えた。

対して、守叔父さんの表情は、小さな子供が電車を見て喜んでいるような風に見えた。

電車が出発し、ホームから見えなくなると、守叔父さんは満足したようで、クルマをゆっくりと発進させた。

 





カーラジオから流れる音楽を聴きながら、守叔父さんの発した言葉を心の中で反すうしていた。

守叔父さんは、駅において「電車」「フネ」と言い、八景島の「シーパラダイスタワー」の事を「フネをピューっとやるやつ」と言った。

その両者に共通することは何だろう・・・? と考えると、「フネ」とは「乗り物」の事を全般的に指しているのではないかと推測した。

船やクルマなどが「進んでいること」「アルイテル」と言い、車両数を「コ(個)」で数えた事などから、「電車」「フネ」と言ってもおかしくない。

これらの事から、守叔父さんの使える言葉が少なくなっており、言葉に問題を抱えていることはより明らかになった。

また、守叔父さんは、私の事を喜ばそうと考えて行動していることは理解できるが、その思考は、ある意味子供っぽくて「幼稚」であり、かつ「単調」なものであることがわかりはじめたような気がした。

(つづく)
 

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