105 、上京五日目.2
私は今、守叔父さんの住むマンションの玄関扉の前に立っている。
私の心臓の鼓動は少し大きく、そして速くなっていた。
玄関扉越しの玄関ホールには誰か人のいる気配がある。
守叔父さんなのか? それとも、知らない人なのか・・・?
今もなお、室内の灯りが点かない状態が続いている。
室内からは「どちら様ですか?」などの声も一切聞こえてこない。
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私のいる外廊下は照明が点いているので明るいため、室内からは「ドアスコープ(のぞき穴)」を通して、来訪者が誰であるかの確認ができるかもしれない。
逆に私のいる外廊下からは室内に人の気配を感じるだけで、相手がその「ドアスコープ」を覗き込んで私の方を見ているかどうかの確認はできなかった。
もし、室内が明るければ、その穴の明暗が変わることで覗きこんで確認しているかどうかが外からでも判断できるだろう。 しかし、室内が暗い場合は明暗は変わらないので確認できない。
玄関ホールにいる人は、思慮深く、非常に警戒心の強い人なのだろうか・・・?
守叔父さんは、そんなに警戒心の強い人ではないと思うので、別の人かもしれない。
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私の心臓の鼓動はどんどん大きく、速くなっていた。 室内の相手から私が見えているのに、私からは見えない。
その不利な状況となった事に気が付くと、背筋が寒くなった。
もしかすると、玄関先を撮影する防犯カメラなども設置されているかもしれない。
その場合、そのカメラの存在を探す行為は、逆に相手を刺激することになるかもしれないので、平然を装って玄関扉前に立ち続けることしかできないと悟った。
そして、「知らない人ではなく、守叔父さんが出てきてくれ!」と心の中で願っていた。
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時間が止まっているかのような錯覚を感じているときに、「カチャッ」と解錠の音が響いた。
そして、ゆっくりと玄関扉が開き始めた。
扉の隙間から漏れ出る光は無かった。外廊下から見えているとおり、室内は照明が一切ついていない状況である事が再確認できた。
なぜ室内の灯りが点いていないのだろうか?との疑問に思っているところに、扉を開けた人が小さな声で、
「オハヨゥ」
(おはよぅ)
と言った。
小さな声ではあったが、その声が守叔父さんであることは確認できた。
私は内心ホッとしながら、守叔父さんの声のトーンに合わせて、小さな声で、
「おはようございます。
寝てた?」
と返事をした。守叔父さんは、
「ズーット、オキテルヨ。」
(ずーっと、起きてるよ。)
と言った。
守叔父さんの発する言葉には、まったくと言って緊張感が無く、普段そのものであった。
私の今の緊張感とは、だいぶかけ離れていた。
扉を開けた人が守叔父さんであり、そして、その落ち着いた言葉による応対であったので、少しホッとした。
しかし、玄関ホールだけでなく部屋の中の照明が点いていないため、何も見えない状況であったので、中に立ち入ることに躊躇した。
外廊下の光によってボーッと照らし出された守叔父さんは、囚人服をイメージするような黒地に白の横縞のパジャマを着ており、顔には白いマスクをしていた。コントラストの高い装いであったので、薄暗い中でもその存在はよく見えた。
「電気(照明)は?」
と聞くと、天井の照明を指差して、
「ココ、ココ」
(ここ、ここ)
と言った。指を指されても仕方ないので、
「電気(照明)、点かないの?」
と言い返すと、守叔父さんは、
「アルヨ」
(有るよ)
と言って、部屋に入って行った。 「点く」ではなく「有る」とは何だろう・・・?
守叔父さんは、小さな椅子を持って、すぐ戻ってきた。
守叔父さんはその椅子の上に立ち上がると、先ほど指差した照明の横付近を触っていた。 すると、「パッ」と点灯し玄関ホールが明るくなった。
天井の高いところにスイッチがあるようだ。
なぜ、そんなところにスイッチがあるのだろう・・・? と疑問に思っていると、
守叔父さんはそのスイッチに再度手を伸ばして照明をオフにしたのだった。
明るかったのはわずか数秒だけで、またもや、暗くなった。
なぜ、せっかく点けた灯りを消すのだろう?
疑問と共に、不安を感じた。
明るいものを見た後に暗い場所に行くと生じる目の現象「眩惑」によって、前よりも周囲が暗く感じてしまい、何も見えなくなってしまったからだ。
今、その暗い部屋の奥から私に向かって誰かが飛びかかってきても、私は対処できないだろうな・・・。
(つづく)