守叔父さんの認知機能の問診が終わった。
守叔父さんが正しく答えられたものはとても少なかった。
クルマをスイスイと軽快に運転する守叔父さんの姿からは、全く想像できないものであった。
隣席でその様子を見ていた私には、結果は容易に予想できたので、説明は不要ではないかとさえも感じていた。
医師は、手書きのカルテに問診結果を記入した後、私の方を振り向いて、
「今見て頂いた通りですね。
30点満点の5点です。
前頭側頭型認知症です。」
とハッキリとした断言口調で言った。
私は、患者本人のいる前でいきなり結果を聞かされたことに驚いた。
そして、医師は守叔父さんと正対して、丁寧にゆっくりと、
「豊田守さん、
あなたは認知症です。
前頭側頭型の認知症です。」
と告げた。
守叔父さんは、一瞬「何っ?」って顔をしたものの、すぐに笑顔に戻った。
認知症と診断され、その告知を受けた直後にもかかわらず、守叔父さんは笑顔であった。
正しく言葉を理解できる人が、「あなた、認知症です。」と言われたらショックを受け、動揺するだろう。
「ホントですか?」とか、「嘘だろう?」とか、まず疑うだろう。
しかし、守叔父さんの表情からは一切の動揺はみられず、疑うこともなかった。
医師から告知された言葉の意味を、守叔父さんが全く理解できなかったことは明らかであろう。
医師は私を見て、少しうなずき、続けて、
「豊田さん、クルマの運転はできませんよ。」
と言った。
守叔父さんはその医師の言葉は理解できた様子で、笑顔で、
「デキル、ウンテン。
ジョシュセキ ノル!」
(できる、運転。
助手席、乗る?)
「ダイジョウブ、デキル」
(大丈夫、出来る!)
と、平然と答えた。
「実技」という手段で、運転できる事を証明しようと考えるとは、、、。
まさかの答えに、私は、苦笑いする他なかった。
そして、医師は守叔父さんに対して、
「私が言っている事を
豊田さん、あなたは理解できていない。
と言う事です。
理解できないから、
運転してはいけません。」
と言った。
あまりにも不躾な言葉が並んだけれども、守叔父さんの表情には憤りや怒りはなかった。
一見では、守叔父さんに対して語りかけているようであるが、その言葉による守叔父さんの反応を私に見せるための行為なのかもしれない。
医師の強い口調に対して、まったく怯(ひる)むことなく、守叔父さんは、幼い子供が、「僕、自転車に乗れるよ!」と言っているような口調で、
「ダイジョウブ、
デキル、ジョシュセキ
ノル ワカル」
(大丈夫、
できる、助手席
乗る 分かる)
と繰り返して言いながら、平素な感じで笑っていた。
その残酷な告知を受けたのにもかかわらず、そのことが理解できずに笑顔でいられる守叔父さんを見て、私は涙が止まらなかった。
(終わり)
終わりに際して
「泣けない人(うろ覚えの診察室編) その1」
「泣けない人(うろ覚えの診察室編) その2」
これは現実的には病院内で起こった事ではありません。
後日、断片的に別々の人々との会話が入り混じった記憶となります。
時間経過と共に、私の記憶が改ざんされて変質した結果としての私の記憶を元にして記したものとなります。
実際に私が経験した事柄ですので、創作したストーリーではありません。
長期にわたり、本ストーリーをお読み頂き、誠にありがとうございました。
次週からは、認知症と分かった後の話を時系列にとらわれずに、思い出すままに書いていこうと思います。
よろしくお願いいたします。
以上