今年も、オニユリがたくさん咲きました。
アゲハ蝶が蜜を吸いに飛んできました。
ポンプ式のボトル入りシャンプーがなくなりそうだったので、買い物に行った。
いつもは、詰め替え用のパウチ容器入りを買うのだが、今回は、ボトル入りの容器と詰め替え用のパウチ容器入りの抱き合わせのお徳用セットと書かれたものを購入することにした。
理由は二つ。
1、詰め替え用のパウチ容器入りを2個買うのと比べて、お徳用セットの方が内容量も多く、金額も安かったから。
2、長年使っている容器が水垢でうす汚れており、近いうちに新調しようと考えていたから。
いつもより少し安く購入できたと思い、満足して帰路についた。
自宅に戻ると、早速、古いボトルに残った少量のシャンプーを新しく買ったボトルに移し替えようとした。
すると、まさかの事に気がついた。
な、な、なんと、ポンプ式のボトル本体のサイズが一回り小さく変わっていたのだった!
ボトル、詰め替え用のパウチ共に、サイズが変更されており、それぞれ減量となっていた。
容量としては、約2割減となっていた。
新旧の容器を並べて比べなければ、その差には気づかない!!!!
店頭で見た時には、まったく気づかなかった。
安く買えたと思い満足した時間は、1時間もなかった。
逆に、「騙された!」と少々憤りを感じたほどだった。
気づかぬ自分が悪いのだろうか?
もちろん、当然ながら内容量は〇〇mlと記載されている。
さすがに、その数字が変わるとは思いもしなかった。
詰め替え用パウチの容量が変わるならともかく、本体容器の大きさが変わるとは
考えもしなかった。
このような形で消費者を欺くような手法には納得いかないな・・・。
「お徳用」との文言には気を付けよう!
仮に詰め替え用パウチ入りを2つ購入し、新ボトルを購入しなかったとすると詰め替え用パウチの減量に気づくことができただろうか?
恐らく気づかなかっただろう。
反省を込めて、ここで、少し計算してみようと思う。
サイコロのような形状の立方体(縦、横、高さが一緒。)の場合。
一辺が 10 センチメートル のとき、10 × 10 × 10 = 1000 ミリリットル
900 ミリリットル(1割減)ならば、約 9.654 × 9.654 × 9.654。
800 ミリリットル(2割減)ならば、約 9.28 × 9.28 × 9.28。
500 ミリリットル(半分)ならば、約 7.937 × 7.937 × 7.937。
ちなみに、右のシャンプーのイラストは、左のイラストの 92.8 %(2割減)の大きさです。
守叔父さんの認知機能の問診が終わった。
守叔父さんが正しく答えられたものはとても少なかった。
クルマをスイスイと軽快に運転する守叔父さんの姿からは、全く想像できないものであった。
隣席でその様子を見ていた私には、結果は容易に予想できたので、説明は不要ではないかとさえも感じていた。
医師は、手書きのカルテに問診結果を記入した後、私の方を振り向いて、
「今見て頂いた通りですね。
30点満点の5点です。
前頭側頭型認知症です。」
とハッキリとした断言口調で言った。
私は、患者本人のいる前でいきなり結果を聞かされたことに驚いた。
そして、医師は守叔父さんと正対して、丁寧にゆっくりと、
「豊田守さん、
あなたは認知症です。
前頭側頭型の認知症です。」
と告げた。
守叔父さんは、一瞬「何っ?」って顔をしたものの、すぐに笑顔に戻った。
認知症と診断され、その告知を受けた直後にもかかわらず、守叔父さんは笑顔であった。
正しく言葉を理解できる人が、「あなた、認知症です。」と言われたらショックを受け、動揺するだろう。
「ホントですか?」とか、「嘘だろう?」とか、まず疑うだろう。
しかし、守叔父さんの表情からは一切の動揺はみられず、疑うこともなかった。
医師から告知された言葉の意味を、守叔父さんが全く理解できなかったことは明らかであろう。
医師は私を見て、少しうなずき、続けて、
「豊田さん、クルマの運転はできませんよ。」
と言った。
守叔父さんはその医師の言葉は理解できた様子で、笑顔で、
「デキル、ウンテン。
ジョシュセキ ノル!」
(できる、運転。
助手席、乗る?)
「ダイジョウブ、デキル」
(大丈夫、出来る!)
と、平然と答えた。
「実技」という手段で、運転できる事を証明しようと考えるとは、、、。
まさかの答えに、私は、苦笑いする他なかった。
そして、医師は守叔父さんに対して、
「私が言っている事を
豊田さん、あなたは理解できていない。
と言う事です。
理解できないから、
運転してはいけません。」
と言った。
あまりにも不躾な言葉が並んだけれども、守叔父さんの表情には憤りや怒りはなかった。
一見では、守叔父さんに対して語りかけているようであるが、その言葉による守叔父さんの反応を私に見せるための行為なのかもしれない。
医師の強い口調に対して、まったく怯(ひる)むことなく、守叔父さんは、幼い子供が、「僕、自転車に乗れるよ!」と言っているような口調で、
「ダイジョウブ、
デキル、ジョシュセキ
ノル ワカル」
(大丈夫、
できる、助手席
乗る 分かる)
と繰り返して言いながら、平素な感じで笑っていた。
その残酷な告知を受けたのにもかかわらず、そのことが理解できずに笑顔でいられる守叔父さんを見て、私は涙が止まらなかった。
(終わり)
終わりに際して
「泣けない人(うろ覚えの診察室編) その1」
「泣けない人(うろ覚えの診察室編) その2」
これは現実的には病院内で起こった事ではありません。
後日、断片的に別々の人々との会話が入り混じった記憶となります。
時間経過と共に、私の記憶が改ざんされて変質した結果としての私の記憶を元にして記したものとなります。
実際に私が経験した事柄ですので、創作したストーリーではありません。
長期にわたり、本ストーリーをお読み頂き、誠にありがとうございました。
次週からは、認知症と分かった後の話を時系列にとらわれずに、思い出すままに書いていこうと思います。
よろしくお願いいたします。
以上
私の覚えている記憶をもとに病院での出来事を記します。
残念ながらボイスレコーダーに残されたものとは異なるものです。
「泣けない人(病院編)」 その8 の部分から時間的に重複します。
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「泣けない人(うろ覚えの診察室編) その1」
病院の診察室で、守叔父さんの認知機能の問診中。
医師による質問に対して、守叔父さんが答えるという会話のキャッチボールが続いている。
医師の質問は難しいものではなかったが、守叔父さんの誤答が続いていた。
一問、一問と誤答が増えていくことにより、守叔父さんの認知機能の低いことがどんどん明らかになっていった。
問診の一つなのだろうが、おもむろに医師が、守叔父さんの目の前に人差し指を差し出した。
そして、
「右手の人差し指で、この指をタッチしてください。
次に、自分の鼻をタッチしてください。」
と医師が言った。
守叔父さんは、何?って顔をして、なかなか、行動に移さなかった。
医者とはいえ、他人の指に自分の指をタッチするのは、嫌なのだろうか・・・?
少し時間をあけた後、
「指にタッチしてください」
と再度医師は言った。
守叔父さんは、
「ワカラナイ」
と答えた。
単純な指示を守叔父さんが理解できなく、そのため、指示通りの行動ができなかったようだ。
私は、「単純な指示を理解できないことが判明した。」ことによって、とても大きな精神的なショックを受けたのだった。
続いて、医師は一枚の紙とペンを守叔父さんに渡して、
「この紙に、四角形を描いて、
その四角形の中に丸を描いてください。」
と言った。
「(ペンを手に取ると)
ナマエ?」
と言った後、漢字で「豊田守」と紙に書いた。
「丸」や「四角形」という言葉も理解できない様子だった。
これまた、単純な指示を理解できないことが明らかとなった。
守叔父さんがごく単純なことが、たて続けにできないことが明らかになり、私は再度精神的なショックを受け、気が遠くなるように感じた。
ここ数日を共に行動していた守叔父さんは、この様な単純なことすらできない人になっていたと思うと、残念で、残念で、堪(たま)らなくなった。
これ以上、調べても意味ないのでは?とも感じたが、医師による問診は続いた。
「今から三つの言葉を言いますので、
覚えて下さい。後ほど、聞きますので、、、。
「◯◯」、「◯◯」、「◯◯」」
・
・
・
いくつかの問診が続いた後、
医師は、
「先ほど、覚えてもらった
三つの言葉は何ですか?」
と言った。
守叔父さんは何の事だろう?という顔をして、
「ミッツノコトバ?」
(三つの言葉?)
と語尾を上げて疑問形で答えた。 覚えていないようだ。
「三つの言葉は、何でしたか?」
と再度、医師が言ったが、守叔父さんの口からは言葉が出てこなかった。
医師は、答えられない事を確認すると、カルテに問診の結果を書き込み、
「問診は以上です。
お疲れさまでした。」
と言った。
(つづく)
梅雨時期の楽しみの一つとして、「アジサイ」がありますね。
街角の「アジサイ」がチラホラ咲き出して嬉しく思います。
自宅の「アジサイ」も徐々に咲きはじめました。
もう少しすると色付くでしょう!
楽しみです!
ミニトマトも実り、熟すのを待っている状態!
早く赤く色付いて欲しいものです。
ブルーベリーも少しずつ果実がふくらんできました。
甘くなるのが待ち遠しいです。
ブログをご覧の皆様へ
皆様からたくさんの「いいね」を頂き、それを糧に今日までブログを書き続けてこれました。
感謝しております。
「泣けない人」と題したストーリーは、もうすぐ終わることになるはずなのですが・・・。
筆が止まってしまいました。
私は、二年前に本ストーリーの結末の文章を頭の中で練って、その内容をもとに「泣けない人」というタイトルを付けて執筆をはじめました。
その時に練った文章は、病院での出来事をもって終わるものでした。
そして、今日現在、その文章を文字にして結末にしようとしました。
と言うか、結末の文章(病院での出来事)だけは当時の記憶を頼りに数か月前に書き終えていましたが・・・。
結末の部分だけを書き終えた時点では、タイトル通りの結末となり、無事に書き終えることができるだろうと思い「ホッと」していました。
ノンフィクションとして、正確に記すことを主眼に書き進めてきましたので、病院内での出来事を正確に記すために、改めてボイスレコーダーを聞き返すことにしました。
ボイスレコーダーに記録されていたものは、結末として書いた文章(私の記憶)と違っていました。
執筆を始めたのは、現実から二か月程経った時でしたが、その時にはすでに「記憶違い」がはじまっていたようです。
そのため、ノンフィクションとして文章にすると、「泣けない人」というタイトルとはならないことが判明しました。
つまり、自分の記憶が「いい加減」であるためにノンフィクションでは「泣けない人」と題したストーリーを完結させることができなくなってしまったという事です。
私自身の記憶通りに記したものをノンフィクションと言うならば、ノンフィクションかもしれませんが、ボイスレコーダーに残されたものとは違う事になります。
筆が止まったのは、そのどちらを優先すべきか葛藤したためです。
「泣けない人」というタイトルを優先するか、それとも、ボイスレコーダーの事実を優先するか・・・。
もう一週間、考えたいと思います。
よろしくお願いいたします。
16.上京八日目.16
守叔父さんが認知症であると診断され、そのショックのため、しばらく医師の声を上の空で聞いていたが、徐々に自分を取り戻していた。
今後の対応として、病院から地域包括支援センターへ連絡を入れてもらえるのかどうかと確認すると、個人情報保護の問題で、病院からの連絡はできないとのことであった。
私自身で、支援センターへ行き、病院での診断結果を説明しなければならないようだ。
診断結果を正しく説明するために、診断書があれば良いだろう。
医師は、
「診断書は必要なら作成しますけど、
(支援センターへの)相談には必要ないです。」
と言った。代わりに、相談時に伝える必要のある情報を整理し、
「認知力検査は30点満点で5点。
高度認知症。
CTで脳が萎縮していることを確認。
前頭側頭型の認知症。
と(包括支援センターに)伝えてください。」
と医師が言った。 続けて、
「言葉が難しくて、説明が難しいと思いますが、、、。」
との医師の言葉。
私には聞き慣れない言葉は、なかなか覚えられない。 CT画像と同じように、カルテの写真があればな・・・。と思い、カルテを指差して、
「(カルテの)この部分の写真を撮って良いですか?」
と聞くと、
「ああ、良いですよ!
そうですね、
写真があれば、
(診断書が無くとも、)
説明ができますね!」
と快諾してくれたので、スマホで撮影することにした。
スマホを取り出した手は、震えていた。
手ブレを少なくするために、呼吸を整えて、ゆっくりとシャッターを切った。
無事にカルテの撮影ができると、包括支援センターでの説明が容易になると考え、心に少しの余裕ができた。
すると、ふと、昨日の事を思い出した。
昨日、一昨日は、守叔父さんの家の中を家探しして、いくつかの書類を見つけたのだった。
その中の書類について、
「叔父さんの家で、
税金関係の書類を見つけました。
税金の納付催促の通知が、
たくさん届いており、
多額の税金滞納があることがわかりました。」
と医師に伝えた。
医師は、
「税務署は嘘つかないから、
金銭トラブルがあるのは事実でしょう。
診た限りでは、(医師の判断として、)
本人には、(税金の)支払い責任能力が無い。
役所に相談した方が良いですね。
そうじゃなきゃ、借金を背負うことになる。」
と言った。
確かに、認知症という病気によって金銭的にプラスになる事よりマイナスになるリスクの方が高いだろう。
包括支援センターだけではなく、税務署などの役所にも相談が必要だな・・・。と、今後の対応が多岐に及ぶことを理解した。
医師としてのアドバイスは、出尽くしたようであり、守叔父さんに関わる一連の診察がすべて終わったことになった。
(つづく)