2024年9月25日水曜日

「泣けない人」その119


 

119 、上京五日目.16

病院からの帰路、暗い街中を宿に向かって歩いている。

当然、足元は暗かったが、私の心中は明るかった。

今日一日で、いろいろな事が前進し、「暗中模索」の状態から抜け出せつつあるように感じていたからだ。

宿に到着すると、すぐに、豊治叔父さんや、めぐみ叔母さんへの連絡のためのテキストメモを作成することにした。

豊治叔父さんには、ショートメッセージで送信しなければならないので、文字数に制限がある。

すべての文書を書き終えた後、適当に分割すると、7つのメッセージになった。

それぞれ、7回コピー&ペースト&送信を繰り返した。

 





(以下、豊治叔父さんへ送信したメッセージ。)

#1 今朝、「夜討ち朝駆け」の朝駆けに成功しました。三度目の正直。3日目の朝! 守叔父の出社前に、自宅訪問。5時50分。 部屋の灯りがついておらず、すでに出社で不在かな?とも思いましたが、まず、メール送信。返信なし。念のため、玄関ピンポンを押し、少々待ってたところ、 ガサガサとの音がし、玄関が開きました。起きていたとは言うものの、部屋の灯は全くついておらず、暗い部屋でした。

#2 暗い状況で、招き入れられ、チョッと気味悪かったのですが、直後、ダイニングキッチンの灯りを点灯して貰い、様子を伺うことができました。 独身の1人住まいとして、 特に変な所は見当たらないな・・・。と、その時は、思いましたが、このメールを書いている間 に、郵便物が何も無かったことを思い出しました。ゴミに捨ててあったかどうか? ビデオに写っているか否か再確認します。 

#3 そして、昨日12/2の別れる際は、仕事だと言っていたのに、今朝12/3には、仕事がキャンセルになったとの事。昨日12/2の朝の仕事の終わりに、今日12/3の仕事はお休みだと聞いていたとの事。昨日の言葉と食い違うため、何度も、本当に今日の仕事は無くなったのか? いつ、その事を会社の人から聞いたのか?と聞いて、昨日の仕事の終わりに。との答え。ならば、昨日に私に、明日、終日仕事です。と言ったのは間違っていた・・・?と言うことになります。本当に仕事しているのか否かが理解しづらくなってます。部屋の中を、それぞれ見せて貰いました。郵便物の件以外は、特に問題なさそうです。 

#4- 部屋を見せていただいた後、行きたいところあるか?と聞かれ、出かけることになり、ガソリンスタンド、上野公園、城南島海浜公園、中華街、山下公園へ連れて行って頂きました。クルマのガソリン充填時、半分減ると入れる。半分追加すると100万かからない。・・・・? 全部減ってから入れると200万かかるって???。実際は、半分入れて、40リットルで7千円位。おそらく、一万円を百万円。 二万円を二百万円と言っているようです。今朝の気温が七十五度・・・? 実際は、7.5°C(車のインパネに表示されている外気温)。 

#5 今日も、行き先で地名なし。上野の西郷さんの銅像を見ながら、この人、東京の人だねって言ってました。唖然。細かいことは、多々ありますが、割愛。 

#6 守叔父さまと別れた後、役所回りをしました。たまたま、宿の斜め前が、区役所の出張所であったのがラッキーでした。その区役所から、守叔父さまの管轄の福祉関係の部門を紹介してもらい、相談に行ってきました。その相談所は、守叔父さまの家から2分のところにありました。これまたラッキーでした。どのようにすれば、病院に連れて行けるかのアドバイスを受けたので、その指示に従って、病院 に連れて行こうと思います。 病院も守叔父さんの家から徒歩5分圏内を2件、紹介してもらったので、そ の一つへ立ち寄り、事前相談もできました。 健康診断を受けると言う理由で、精神科医の問診を受けられるパック医療があることを教えて頂き、その検査・診断をお願いする予定です。後は、守叔父さまを上手 く、病院へ連れて行ければ、どうにかなりそうです。 仮に、診断が出れば、福祉の相談窓口へ、その後の対応を依頼できる運びとなります。 

#7 福祉事務所の相談員の方に、年金、仕事、等の確認は、銀行通帳の記帳でわかるのでは?とアドバイス受けました。 どうにかして、銀行の通帳を見せてもらえれ ば・・・。と思うのですが、 どうすれば見せてもらえるか、思案中です。  

 





すべてのメッセージを送信し終えた時には丁度、午後7時になっていた。

5分ほどすると、豊治叔父さんから返事が届いた。

そこには、守叔父さんが利用しているであろう銀行名が書かれていた。

その後、1時間ほど、豊治叔父さんとのメッセージのやり取りが続き、健康保険証の有無の確認が必要な事など、アドバイスのメッセージが届いた。

一通りのやり取りが終わると、今日の作業がほぼ終わった。

残る作業は、豊治叔父さんへ送信したメッセージのコピーを米国のめぐみ叔母さんへ送信するのみ。

しばらく、テレビを観ながら、メッセージを送るタイミング待ったが、午後9時近くになって、急に睡魔が襲ってきたため、現地時間が午前4時前であるのにもかかわらずメッセージを送信し、その日の作業を終了として、就寝することにした。

(つづく)
 

2024年9月18日水曜日

「泣けない人」その118


 

118 、上京五日目.15


病院の待合室にて、看護師さんと話をしている。 

診察時間外のため、周囲には私と看護師さん以外には誰もいない状態で、静まり返っていた。

包括支援センターからの連絡のおかげであろうか、スムーズな初期応対となった。

看護師さんへは、認知症らしき叔父をどの様にして検査を受けさせれば良いかを主に相談した。

まずは、検査日程を決める必要があった。

認知症外来は、週2日とのこと、すでに一ヶ月以上先まで検査予約が入っていると告げられた。 長期戦を覚悟していたが、さすがにそんなに時間を待つことはできない。

私が鹿児島から上京して対応しているため、時間に制約があることを告げると、スケジュール表を再確認し、三日後の月曜日に検査の予約を入れて頂けることになった。

無理な願いを受け入れて頂けたことに感謝した。

ここ数日間、「マイペースな守叔父さん」に振り回されていた事を伝え、どの様にして「マイペースな守叔父さん」を病院に連れて来れば良いかと相談した。

単に「健康診断」として来院すれば、健康診断と称して「認知症の検査」を実施して貰えるようだ。

「健康診断は大事だよ! 健康が良いでしょ!」と守叔父さんに伝えれば、大抵の人は来院を拒否しないでしょうとのアドバイスであった。 

もし、それでもダメな場合もあるので、その時のために前もって、「本人に何らかの体に関する悩みや心配事があるかどうかを聞き出しておいた方が良いです。」とのアドバイスを貰った。

「その体の悩みや心配事を解決することができるかもしれないよ!」と伝えれば、本人の意思で病院にくる可能性があるとの事である。

人には大小問わなければ何らかの悩みがあるだろう。

守叔父さんにも悩みがあるだろう。

本当かどうかは分からないが、「お金を騙し取られた?」という問題を抱えており、一つの悩みかもしれない。

体・健康の心配事ではないが、その事を解決できるかもしれないと伝えれば、心が動いて、病院へ行くという行動につながるかもしれないと思った。あくまでも、屁理屈の最終手段ではあるが、、、。

いずれにせよ、お医者様や病院が「万能の神」的な存在と思ってくれれば、心が動くだろう。

アンチエイジング(若返り)の為と称して、「ニンニク注射」を定期的に受けているらしい守叔父さんなので、若返りに関する話をすれば興味をもってくれて、病院へ来る気になるかもしれない。

看護師さんのアドバイスに対して、なるほど!と思い、守叔父さんを少し騙す事になるかもしれないけれども、悩みを聞き出す事が最優先課題となった。

悩みを聞き出せさえすれば、「マイペースな守叔父さん」をコントロールできる術を手に入れることができると考えると、だいぶ、気が楽になった。

土・日の二日間あれば、悩みを聞き出すのに十分な時間があるだろう。

看護師さんから、最後に、

 

 

「もし、月曜日に病院に連れて
来られない状況になっても、
ご心配なく。」

 


との言葉を頂いた。 この言葉は、緊張していた私の心を少し緩めてくれた。

無理をして守叔父さんを病院に連れて来ようとすると、逆に連れて来られなくなるのだろう。

自然の流れに身を任せる必要もあるだろう。

備えあれば憂いなし。 すでに、準備もできたと考えよう!

看護師さんに時間外の対応にお礼を言った後、帰路についた。

病院の滞在時間は短かったが、薄暮だった空は、すでに真っ暗になっていた。

(つづく)
 

2024年9月11日水曜日

「泣けない人」その117


 

117 、上京五日目.14

守叔父さんは認知症なのだろうが、本人には自覚症状は無いと思われる。

なぜなら、何度となく健康に関する事を尋ねたが、守叔父さんからは「ダイジョウブ」としか答えを聞いていないからだ。

私は、

 

「叔父さん本人自身は
認知症の自覚症状が
無さそうです。」



と栗山さんへ伝えると、

 

「認知症は、その自覚症状の無い方も
いらっしゃいますよ!」



との返事が返ってきた。 自覚症状がない状況で、病院へ連れていけるのだろうか・・・?
私の心の中の気持ちを素直に栗山さんへ伝えることにした。

 

「認知症の自覚症状が無い人を
脳神経外科や精神科などの
認知症外来へ連れて行く事は
難しいですよね?」



と伝えると、

 

「そうですね・・・、
事前に病院へ相談すれば
アイデアやアドバイスが
貰えると思いますよ。」



と答えてくれた。


「餅は餅屋!」「認知症は、認知症専門病院へ!」との事!

言われてしまえば当たり前の事だな、、、。

 

「一人暮らしで認知症の方は、
定期健康診断を受診していない可能性があります。
その健康診断の検査として病院へお連れできるかもしれません。」



と指摘してくれた。

とは言え、認知症専門病院はどこにあるのだろう?

尋ねると、包括支援センターの管轄内には、いくつかの認知症外来があるとのこと。

一番近いのは「東京労災病院」、その次は「京浜病院」であった。

両方とも、知っている名前の病院であった。

なぜなら、包括支援センターに来る途中、通り過ぎてきた二か所の病院であったからだ。

ルートの曲がり角の道標代わりにしていた病院には、それぞれに認知症外来があったのだ! 

なんて、偶然なのだろう。

どちらの病院にせよ、当然のこと、包括支援センターから宿に戻るルート上にあるので、立ち寄り易い。

まさか、それらの病院に認知症の専門外来があるなんて考えてもみなかった。

栗山さんから、

 

「まずは、病院へ叔父さまを連れていかれることですね。
病院の診断で「認知症」と認められれば、
私たちが正式にサポートできますから、
ご心配なく。
病院とも連携してサポートしますし・・・。」



との言葉を頂いた。

時計を見ると、もう少しで午後5時になるところだった。

すでに、両病院とも外来受付時間外であるようだが、京浜病院ならば、相談だけなら受けてくれるかもしれないとの事で、取り急ぎ、帰り道に立ち寄ってみることにした。

栗山さんの方からも病院への連絡を入れてみますとの事もあり、相談できる可能性があると思った。

 





すでに、日没後であり薄暮の中を病院へ向かって歩みを進めた。

京浜病院へ着くと、すでに玄関や廊下の電気は消されており、既に薄暗くなりつつある外から見ても病院内は暗く、非常口を示すライトが薄暗く光っていた。

暗い病院へ入るのは少し不気味ではあったが、恐る恐る中に入った。

入口から程近くの外来受付には灯りがついており、事務スタッフらしき人がパソコンに向かってお仕事をされていた。

その方に声を掛けると、少々お待ちくださいとのこと。

しばらくすると、看護婦長さんらしきベテラン看護師さんが廊下の奥から近寄ってこられた。

その看護師さんは、私の顔を見ると、

 

「大変でしたね! 大丈夫ですよ!」



と、優しく声を掛けてくれた。

(つづく)
 

2024年9月4日水曜日

「泣けない人」その116


 

116 、上京五日目.13

栗山さんは、思いのほかすぐに戻ってきた。

私に気を遣って席を外したわけではなかったようだ。

なぜなら、一冊のパンフレットを携(たずさ)えて戻ってきたからだ。

その表紙には「大田区 認知症サポートガイド」と書いてあった。

https://www.city.ota.tokyo.jp/seikatsu/fukushi/kourei/nintisyou/orange-guide.html
大田区の認知症ケアパス「大田区認知症サポートガイド」の案内ホームページ

https://www.city.ota.tokyo.jp/seikatsu/fukushi/kourei/nintisyou/orange-guide.files/nintisyo-saportgaido.pdf
(パンフレットはネットからダウンロードして閲覧できます。)

栗山さんは、着席するとゆったりとした雰囲気ではあるものの、事務的に淡々とそのパンフレットを開き説明しはじめた。

5ページには、認知症にはさまざまな種類があると書かれており、主なものとして5種類の認知症が記されていた。

1.アルツハイマー型認知症
2.脳血管性認知症
3.レビー小体型認知症
4.前頭側頭型認知症(ピック病)
5.治る認知症

私は1.アルツハイマー型認知症と2.脳血管性認知症については、ある程度は理解していたものの、他の三つの認知症についての知識はなかった。

栗山さんは、

 

「叔父さまは、
【前頭側頭型認知症】
の可能性が高いと思われます。
もちろん、病院で検査を受け、
診断されなければ分かりませんが・・・。」



と言った。 

高齢者相談窓口の担当者であり社会福祉士、すなわちその道のプロである栗山さんが見立てたならば、まず間違いはないだろう。

私は短絡的に「認知症」「もの忘れ」と考えていたが、パンフレットの「前頭側頭型認知症」には「もの忘れの症状は軽く・・・。」と記されており、認知症の種類によって、その症状の異なることを初めて知ることになった。

「前頭側頭型認知症」の特徴的な症状の例として、

1.同じ時間に同じ行動をとる
2.同じ食品を際限なく食べる
3.周囲を顧みず自己本位な行動が目立つ など

とパンフレットには記されていた。

三つの症状とも、守叔父さんの行動とそれらを重ね合わせることができた。

また、三つの症状の例は、私が守叔父さんに感じていた違和感そのものを言語化したものであった。
 


「1.同じ時間に同じ行動をとる」に関しては、「いつも早く起き、寝るのも早い、いつも同じ」という言葉を繰り返して本人が言っているので、文言通りの行動をしているのだろう。 

一週間の行動についても、「月曜は〇〇。火曜は〇〇・・・。日曜は〇〇」などと、同じ事をしているように繰り返し何度も言っていたので、同じ曜日には、同じ決まった行動パターンで生活していると思われる。
 


「2.同じ食品を際限なく食べる」に関しては、昼食を守叔父さんに会った初日の昼食は「きつねうどん」、江の島での昼食は「ラーメン」。 二日目のトンカツ屋でトンカツを食べた以外は全て麺類であった。 

江の島でなぜラーメンを注文するのだろう・・・?と違和感を感じたが、昼は麺類を食べることが基本ルーチンなのだろう。

と思い出していると、忘れていた記憶が一部戻ってきた。今日の昼食は、初日と同じイトーヨーカドーのフードコートへ行き、同じく「きつねうどん」を守叔父さんが注文し、食べていたのであった。

そして、自宅にて「守叔父さんは家にいるときには、何を食べるの?」との問いには、

朝食は机上の菓子パンを指差して、「コレ、タベル」、昼食は食器棚の上に積まれたカップ麺を指差し、「コレ、タベル」、夕食は冷蔵庫の中のレトルト食品を指差して「コレ、タベル」と言っていた事も思い出した。

一日のうち朝昼夕で食べるものは異なるものの、朝食は菓子パン、昼食は麺、夕食はレトルト食品、同じような食品を好んでくり返し食べている事は確認できているので、【際限なく】は当てはまらないものの、準じているように思われた。
 


具体的には、もっとも当てはまっていることとして、「3.周囲を顧みず自己本位な行動が目立つ」という事だろう。

守叔父さんは私の歩調に合わせて歩くことがほとんどなかった。常にマイペースで歩き続けることに違和感を感じていた。 

私は「守叔父さんの行動がマイペースだな!」と感じたが、「マイペース」「自己本位」となるだろう。以前の守叔父さんとは変わった点であった。

「前頭側頭型認知症」の病気によるものと考えると、ストンと腑に落ちた。

「オレ、コウヤッテ(イツモ)アルイテル。」と自己本位な言動もあったしなぁ・・・。

「身障者専用の駐車エリアにクルマを駐車すること」「ダイジョウブ」と言うこともあった。それも、自己本位な行動の一つなのかもしれない。

しかし、以前も遵法精神の少し低い守叔父さんであったので、差ほど変わったとは感じなかった部分でもある。

また、私は守叔父さんの行動パターンが単調だなと感じていた。そのことも、三つの症状をまとめてみると理解できるような気がした。

(つづく)