2025年6月25日水曜日

「泣けない人(うろ覚えの診察室編) その2」 

 


守叔父さんの認知機能の問診が終わった。

守叔父さんが正しく答えられたものはとても少なかった。

クルマをスイスイと軽快に運転する守叔父さんの姿からは、全く想像できないものであった。

隣席でその様子を見ていた私には、結果は容易に予想できたので、説明は不要ではないかとさえも感じていた。

医師は、手書きのカルテに問診結果を記入した後、私の方を振り向いて、

 

「今見て頂いた通りですね。
30点満点の5点です。
前頭側頭型認知症です。」



とハッキリとした断言口調で言った。

私は、患者本人のいる前でいきなり結果を聞かされたことに驚いた。

そして、医師は守叔父さんと正対して、丁寧にゆっくりと、

 

「豊田守さん、
あなたは認知症です。
前頭側頭型の認知症です。」



と告げた。

守叔父さんは、一瞬「何っ?」って顔をしたものの、すぐに笑顔に戻った。

認知症と診断され、その告知を受けた直後にもかかわらず、守叔父さんは笑顔であった。

正しく言葉を理解できる人が、「あなた、認知症です。」と言われたらショックを受け、動揺するだろう。

「ホントですか?」とか、「嘘だろう?」とか、まず疑うだろう。

しかし、守叔父さんの表情からは一切の動揺はみられず、疑うこともなかった。

医師から告知された言葉の意味を、守叔父さんが全く理解できなかったことは明らかであろう。

医師は私を見て、少しうなずき、続けて、

 

「豊田さん、クルマの運転はできませんよ。」



と言った。

守叔父さんはその医師の言葉は理解できた様子で、笑顔で、

 

「デキル、ウンテン。
ジョシュセキ ノル!」
(できる、運転。
助手席、乗る?)

「ダイジョウブ、デキル」
(大丈夫、出来る!)



と、平然と答えた。 

「実技」という手段で、運転できる事を証明しようと考えるとは、、、。

まさかの答えに、私は、苦笑いする他なかった。

そして、医師は守叔父さんに対して、

 

「私が言っている事を
豊田さん、あなたは理解できていない。
と言う事です。

理解できないから、
運転してはいけません。」



と言った。

あまりにも不躾な言葉が並んだけれども、守叔父さんの表情には憤りや怒りはなかった。

一見では、守叔父さんに対して語りかけているようであるが、その言葉による守叔父さんの反応を私に見せるための行為なのかもしれない。

医師の強い口調に対して、まったく怯(ひる)むことなく、守叔父さんは、幼い子供が、「僕、自転車に乗れるよ!」と言っているような口調で、

 

「ダイジョウブ、
デキル、ジョシュセキ 
ノル ワカル」
(大丈夫、
できる、助手席
乗る 分かる)



と繰り返して言いながら、平素な感じで笑っていた。

その残酷な告知を受けたのにもかかわらず、そのことが理解できずに笑顔でいられる守叔父さんを見て、私は涙が止まらなかった。

(終わり)


終わりに際して

「泣けない人(うろ覚えの診察室編) その1」
「泣けない人(うろ覚えの診察室編) その2」

これは現実的には病院内で起こった事ではありません。 

後日、断片的に別々の人々との会話が入り混じった記憶となります。

時間経過と共に、私の記憶が改ざんされて変質した結果としての私の記憶を元にして記したものとなります。

実際に私が経験した事柄ですので、創作したストーリーではありません。

長期にわたり、本ストーリーをお読み頂き、誠にありがとうございました。

次週からは、認知症と分かった後の話を時系列にとらわれずに、思い出すままに書いていこうと思います。

よろしくお願いいたします。

以上
 

2025年6月18日水曜日

「泣けない人(うろ覚えの診察室編) その1」 

私の覚えている記憶をもとに病院での出来事を記します。

残念ながらボイスレコーダーに残されたものとは異なるものです。

「泣けない人(病院編)」 その8 の部分から時間的に重複します。
 

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「泣けない人(うろ覚えの診察室編) その1」 

病院の診察室で、守叔父さんの認知機能の問診中。

医師による質問に対して、守叔父さんが答えるという会話のキャッチボールが続いている。

医師の質問は難しいものではなかったが、守叔父さんの誤答が続いていた。

一問、一問と誤答が増えていくことにより、守叔父さんの認知機能の低いことがどんどん明らかになっていった。

問診の一つなのだろうが、おもむろに医師が、守叔父さんの目の前に人差し指を差し出した。

そして、

 

「右手の人差し指で、この指をタッチしてください。
次に、自分の鼻をタッチしてください。」



と医師が言った。

守叔父さんは、何?って顔をして、なかなか、行動に移さなかった。

医者とはいえ、他人の指に自分の指をタッチするのは、嫌なのだろうか・・・?

少し時間をあけた後、

 

「指にタッチしてください」



と再度医師は言った。

守叔父さんは、

 

「ワカラナイ」


と答えた。

単純な指示を守叔父さんが理解できなく、そのため、指示通りの行動ができなかったようだ。

私は、「単純な指示を理解できないことが判明した。」ことによって、とても大きな精神的なショックを受けたのだった。

続いて、医師は一枚の紙とペンを守叔父さんに渡して、

 

「この紙に、四角形を描いて、
その四角形の中に丸を描いてください。」



と言った。


 

「(ペンを手に取ると)
ナマエ?」



と言った後、漢字で「豊田守」と紙に書いた。

「丸」や「四角形」という言葉も理解できない様子だった。

これまた、単純な指示を理解できないことが明らかとなった。

守叔父さんがごく単純なことが、たて続けにできないことが明らかになり、私は再度精神的なショックを受け、気が遠くなるように感じた。

ここ数日を共に行動していた守叔父さんは、この様な単純なことすらできない人になっていたと思うと、残念で、残念で、堪(たま)らなくなった。

これ以上、調べても意味ないのでは?とも感じたが、医師による問診は続いた。
 

「今から三つの言葉を言いますので、
覚えて下さい。後ほど、聞きますので、、、。


「◯◯」、「◯◯」、「◯◯」」

 

・
・
・

 

 

いくつかの問診が続いた後、

医師は、

 

「先ほど、覚えてもらった
三つの言葉は何ですか?」



と言った。

守叔父さんは何の事だろう?という顔をして、

 

「ミッツノコトバ?」
(三つの言葉?)



と語尾を上げて疑問形で答えた。 覚えていないようだ。

 

「三つの言葉は、何でしたか?」



と再度、医師が言ったが、守叔父さんの口からは言葉が出てこなかった。

医師は、答えられない事を確認すると、カルテに問診の結果を書き込み、

 

「問診は以上です。
お疲れさまでした。」



と言った。

 

(つづく)

2025年6月11日水曜日

梅雨時期ですね!

梅雨時期の楽しみの一つとして、「アジサイ」がありますね。

 

街角の「アジサイ」がチラホラ咲き出して嬉しく思います。

 

自宅の「アジサイ」も徐々に咲きはじめました。

 

もう少しすると色付くでしょう!

 

楽しみです!

 

ミニトマトも実り、熟すのを待っている状態!

 

早く赤く色付いて欲しいものです。

 

ブルーベリーも少しずつ果実がふくらんできました。

甘くなるのが待ち遠しいです。

 

2025年6月4日水曜日

人の記憶とは、「いい加減」なものである!!

ブログをご覧の皆様へ

皆様からたくさんの「いいね」を頂き、それを糧に今日までブログを書き続けてこれました。

感謝しております。

「泣けない人」と題したストーリーは、もうすぐ終わることになるはずなのですが・・・。

筆が止まってしまいました。

私は、二年前に本ストーリーの結末の文章を頭の中で練って、その内容をもとに「泣けない人」というタイトルを付けて執筆をはじめました。 

その時に練った文章は、病院での出来事をもって終わるものでした。

そして、今日現在、その文章を文字にして結末にしようとしました。

と言うか、結末の文章(病院での出来事)だけは当時の記憶を頼りに数か月前に書き終えていましたが・・・。

結末の部分だけを書き終えた時点では、タイトル通りの結末となり、無事に書き終えることができるだろうと思い「ホッと」していました。

ノンフィクションとして、正確に記すことを主眼に書き進めてきましたので、病院内での出来事を正確に記すために、改めてボイスレコーダーを聞き返すことにしました。

ボイスレコーダーに記録されていたものは、結末として書いた文章(私の記憶)と違っていました。

執筆を始めたのは、現実から二か月程経った時でしたが、その時にはすでに「記憶違い」がはじまっていたようです。

そのため、ノンフィクションとして文章にすると、「泣けない人」というタイトルとはならないことが判明しました。

つまり、自分の記憶が「いい加減」であるためにノンフィクションでは「泣けない人」と題したストーリーを完結させることができなくなってしまったという事です。

私自身の記憶通りに記したものをノンフィクションと言うならば、ノンフィクションかもしれませんが、ボイスレコーダーに残されたものとは違う事になります。

筆が止まったのは、そのどちらを優先すべきか葛藤したためです。

「泣けない人」というタイトルを優先するか、それとも、ボイスレコーダーの事実を優先するか・・・。

もう一週間、考えたいと思います。

よろしくお願いいたします。
 

2025年5月21日水曜日

「泣けない人(病院編)」 その16

 


16.上京八日目.16


守叔父さんが認知症であると診断され、そのショックのため、しばらく医師の声を上の空で聞いていたが、徐々に自分を取り戻していた。

今後の対応として、病院から地域包括支援センターへ連絡を入れてもらえるのかどうかと確認すると、個人情報保護の問題で、病院からの連絡はできないとのことであった。

私自身で、支援センターへ行き、病院での診断結果を説明しなければならないようだ。

診断結果を正しく説明するために、診断書があれば良いだろう。

医師は、

 

「診断書は必要なら作成しますけど、
(支援センターへの)相談には必要ないです。」

 


と言った。代わりに、相談時に伝える必要のある情報を整理し、

 

「認知力検査は30点満点で5点。
高度認知症。
CTで脳が萎縮していることを確認。
前頭側頭型の認知症。

と(包括支援センターに)伝えてください。」



と医師が言った。 続けて、

 

「言葉が難しくて、説明が難しいと思いますが、、、。」



との医師の言葉。 

私には聞き慣れない言葉は、なかなか覚えられない。 CT画像と同じように、カルテの写真があればな・・・。と思い、カルテを指差して、

 

「(カルテの)この部分の写真を撮って良いですか?」



と聞くと、

 

「ああ、良いですよ!
そうですね、
写真があれば、
(診断書が無くとも、)
説明ができますね!」



と快諾してくれたので、スマホで撮影することにした。

スマホを取り出した手は、震えていた。
手ブレを少なくするために、呼吸を整えて、ゆっくりとシャッターを切った。

無事にカルテの撮影ができると、包括支援センターでの説明が容易になると考え、心に少しの余裕ができた。

すると、ふと、昨日の事を思い出した。

昨日、一昨日は、守叔父さんの家の中を家探しして、いくつかの書類を見つけたのだった。
その中の書類について、

 

「叔父さんの家で、
税金関係の書類を見つけました。
税金の納付催促の通知が、
たくさん届いており、
多額の税金滞納があることがわかりました。」



と医師に伝えた。

医師は、

 

「税務署は嘘つかないから、
金銭トラブルがあるのは事実でしょう。
診た限りでは、(医師の判断として、)
本人には、(税金の)支払い責任能力が無い。
役所に相談した方が良いですね。
そうじゃなきゃ、借金を背負うことになる。」



と言った。

確かに、認知症という病気によって金銭的にプラスになる事よりマイナスになるリスクの方が高いだろう。

包括支援センターだけではなく、税務署などの役所にも相談が必要だな・・・。と、今後の対応が多岐に及ぶことを理解した。

医師としてのアドバイスは、出尽くしたようであり、守叔父さんに関わる一連の診察がすべて終わったことになった。

(つづく)
 

2025年5月14日水曜日

「泣けない人(病院編)」 その15

 


15.上京八日目.15


守叔父さんが診察室から出ていくと、医師はすぐに話し始めた。

 

「見ての通りですね。
(認知機能検査は、)
30点満点の5点ですね。
高度の認知障害ですね。
かなり認知症がひどいですね。

とてもじゃないけど運転なんか
怖くてさせられないですね。」



と言った。 30点満点の検査で得点はわずかの5点。 

脳のCT検査の結果が先に説明されており、脳の萎縮がひどい事が分かっていたものの、口頭による問診が始まる直前までは、これ程ひどい点数になるとは想像していなかった。

なぜなら、守叔父さんは、クルマをスムーズに操作し、目的地に移動することができる能力があり、クルマの運転は、簡単な事ではないと思っていたからだ。

しかしながら、問診の最中、守叔父さんの誤答が一つ、二つ、・・・。と徐々に積み重なることによって、どんどんと「認知症」の可能性が高くなり、また、その深刻度が高いことが判明していった。

医師の口から「認知症」という確定診断が出て、実際にその言葉を聞くと、体は言う事が利かなくなって、自然とむせび泣いていた。

私は心では冷静さを保とうと必死にもがいていたのだけれども・・・。

目頭からは涙が溢れて流れ落ち、くちびるの横を伝わりさらに下に流れてアゴから垂れ落ちそうになっていた。

慌ててポケットからタオルハンカチを出して涙を拭った。


医師は、

 

「おつらいでしょうけれどね・・・。」



と労(いた)わってくれた。 続けて、残念そうに、

 

「(医師としては、治療の方法が無く)
何もしてあげることができない。」



と言った。

そして、私が落ち着くために、少し時間をあけた後、

 

「年齢はぎりぎり65歳。
若年性認知症は65歳未満。
発症時は、若年と推測。」



と医師は事務的な口調で言った。

私は、今後の事を考えるために、

 

「(叔父は、)要介護状態という事ですね?」



と質問した。

医師は、

 

「いくら体が動いても、要介護ですね。
ご家族、ご親族で相談し、どうするか
考えなければ・・・。
一人でおいておける状態ではない。」



と言った。 そして、一般的な話しとして、認知症によって起こりうるトラブルについての話しを続けた。

医師の話では、

 

「認知症の場合、トラブルが発生しても、本人から状況を聞きだすことが厳しい。
相手方にも言い分があり、水掛け論になることが多い。

騙されたと本人が言っても、相手方は騙していた訳でなくて、色々と面倒を見てくれていた可能性があるかもしれない。

相手方が善意でやった事を 逆恨みされていたら、むしろ相手方の方が、迷惑して怒っている場合もあるかもしれない。

本人が言っている事自体を、本人が理解できていない可能性がある。

金銭トラブルの例として、買い物がうまくできなければ、万引きとなり犯罪を起こすことになる。

つまり、本人が悪い事をしていると思わなくても、犯罪を起こすこととなり、刑事訴訟の問題が起こる可能性も十分考えられる。

ただし、病院にて認知症と診断された後に発生した場合は、免責となる。」



との事。

つまり、介護がなければ、犯罪につながるトラブルが起こる可能性が高く、また、すでにトラブルが発生していることも考慮しなければならないということである。

介護に関しては、地域包括支援センターに頼らなければならないだろう。

(つづく)
 

2025年5月7日水曜日

「泣けない人(病院編)」 その14

 


14.上京八日目.14

守叔父さんの指差す先を、医師はまじまじと見ていた。 しかし、そこに異常を見出せないでいた。

まさか、「シミ」の相談を受けるとは思いもしていないだろうから・・・。

医師は、

 

「どこも悪そうに見えないけど?」



守叔父さんは、

 

「ココ、
ココ、
ココガ、
ナンカ、
ヘンナノガ、
イッパイ
オカシイノ。」
(ココ、
ココ、
ココが、
何か、
変なのが、
一杯、
おかしいの。)



と執拗に言った。

しかたなく医師はもう一度、守叔父さんの腕を見直した。 

まさか・・・という表情で、

 

「このシミの事?」



と医師が言うと、守叔父さんは、

 

「ソウ!」
(そう!)



と答えた。 医師は、少し呆れた表情をしつつも、丁寧に、

 

「歳とったからシミができてるの。
みんな歳をとると出来るの。
大丈夫。 心配ない。
誰でもあるよ。
歳とるとシミはできるから。
心配ない。
大丈夫よ。」



と言った。 守叔父さんは納得せずに、

 

「イヤ、ナンカ、
コウイウノヲ、
チャントシテ、
チュウシャ トカ、
ナンカシテ、
キレイニ 
ナリマスヨッテ、、、。」
(いや、なんか
こういうのを、
ちゃんとして、
注射とか、
何かして、
綺麗に
なりますよって、、、。)



と、「シミ」の治療法があるはずと伝えようとした。 

医師は、少し柔和な表情になり、笑い声を発しながら、

 

「それは、もう、今、歳なんだから。
もう、それは、無駄な抵抗はしなくていい、
男なんだから・・・。」



と言った。

 

「ソウナノ? 
デモ、オレ、ヒョットシタラ、
アンタ、サンジュッサイ トカ、
ニジュウハッサイ トカ、
ジッサイハ ロクジュウ ゴサイ。
コレ、アルト、、、。
ナイト、サンジュッサイ トカ、
ニジュウハッサイ トカ、
イワレル。」
(そうなの?
でも、俺、ひょっとしたら、
あんた、三十歳とか、
二十八歳とか、
実際は六十五歳。
コレ有ると、、、。
無いと、三十歳とか、
二十八歳とか、
言われる。)



と言った。

守叔父さんは、自分が周囲の人から若く見られたいという欲求を一生懸命に伝えようとしていたのだった。

医師は守叔父さんのジョーク話しと捉えたようで、ひと笑いした後、

 

「はい、大丈夫!」
 


と言って、診察を切り上げた。

医師の表情には、「シミ」より別の問題、大きな問題があるでしょう・・・。と
言いたそうな雰囲気が滲んでいたけれど、さすがに、言葉にはならなかった。

代わりに、

 

「お疲れさまでした。
診察が終わりました。
この後、甥御さんとの話しがありますので、
しばらく、待合室でお待ちください。」



と、少し冷ややかな事務的な口調で言った。

守叔父さんは、少し不服そうな顔をしていたけれど、医師の指示に従って、診察室から出ていった。

(つづく)