50 、上京二日目.24
守叔父さんの運転するクルマは、第一京浜を南へ向かって進んでいる。
守叔父さんの運転は、食事の後も快調だった。 言葉をうまく操れないような守叔父さんではあるが、クルマは上手く操っている。地図を見て、その場所が何処であるかを理解し、その場所に向けて進んで行ける!
言葉をうまく使えない原因は、認知症なのだろうか? それとも、他の病気なのだろうか・・・? それとも、守叔父さんは健康そのもので、意図して何らかの遊び心で、私をからかい続けているのだろうか・・・?
会話の際のチンプンカンプンな言葉とは異なり、その運転は的確で、安心感もあり、乗り心地が良かった。
”クルマの運転の上手さ” と ”会話の上手さ”とは、あきらかに雲泥の差があった。 もしも、私をからかって”会話の下手さ”を演じているとするならば、クルマの運転も同様にぎこちなく振る舞うことも考えられるが、そのようなことは一切ない。
目的地に向かって、周囲のクルマの流れに添って、ゆったりとかつ、スイスイと進ませる運転技術能力は、認知症の人にも可能なのだろうか?
私の心には、守叔父さんの発する意味不明な言葉に対する戸惑いとは別に、車の運転の上手さと会話の下手さとのギャップに対しても戸惑いが芽生えはじめた。
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ほどなく、平和島口の交差点に差し掛かり、第一京浜を左折した。
平和島に入ってすぐに、 守叔父さんが、左手に見える大きな建物を指差しながら、
「ココモネー、ナンカモー、
イッパイ イロンナノガ アルヨ、 ココ!」
(ここもねー、なんかもー、
いっぱい、色んなのが有るよ、ここ!)
と言った。「何が有るの?、競艇場?」と聞き返すと、
「イヤイヤ、キョウテイ ジャ ナイヨ
コレ、コレ
イッパイ アルヨ
ナンデモアル。
オンセン アル。
タベモノモ タクサンアル。」
(いやいや、競艇じゃないよ、
これ、これ、
いっぱい有るよ!
何でもある。
温泉ある。
食べ物もたくさんある。)
と言い出した。
イトーヨーカドーで、温泉に行ってくると言っていたが、温泉は無さそうだった。この眼前の建物には本当に温泉があるのだろうか?
建物の壁面にはテナントのロゴや店名等の看板がたくさん掛けられていた。 守叔父さんの言う通り、各種店舗が入っていることは理解できた。もしかすると、スーパー銭湯のような施設があるのかもしれない。
それらの看板を丁寧に見ていると、「ドン・キホーテ」や「業務スーパー」とともに「天然温泉 平和島」という看板も見つかった。温泉があるのは本当だった。 もしかしたら、イトーヨーカドーにも温泉があったのだろうか・・・?
「天然温泉があるんだね! なんでも、ありそうだね!」と伝えた。守叔父さんは、私の声には反応せず、何かに気が付いた様子で、遠くの空を指差し、
「ヒコウキ!」
(飛行機!)
と言った。 私は、守叔父さんの指差す方向を見たものの、そこには大型トラックが並走し、その陰に隠れているのか、飛行機を見つけることができなかった。
現在地(平和島)と羽田空港とは数km程度しか離れていないので、いつ何時、飛行機が見えてもおかしくはない。 また、すぐに飛行機は飛んでくるだろう!
次の飛来に備え、リュックから望遠レンズを装着した一眼レフカメラを取り出した。
守叔父さんは、そのカメラに気が付くと、
「スゴイ!」
(凄い!)
と驚嘆の表情にかわっていた。
私の使用しているカメラやレンズは、プロのカメラマンが使用するような高級なものではない。それでも、望遠レンズを装着すると、それなりに大きな物となる。守叔父さんにとっては、その大きさに驚いたのだろう。
そして、また、飛行機を見つけたらしく、指先を前方の空に向け、
「ホラ、ホラ、アソコ!」
(ほら、ほら、あそこ!)
と、飛行機を見つけた事を喜んでいるようだった。
私も、その飛行機にカメラを向けたが、ファインダー内に飛行機を収める前に建物の陰に入ったようで撮影できなかった。さすがに、走行中のクルマの中から飛行機を撮影するのは難しい。
4機ほどの飛行機を見つけては、カメラを向けたが、結局、一枚も撮影できないまま、目的地の城南島海浜公園に到着した。
城南島海浜公園には、有料駐車場が併設されていた。 どこにクルマを止めればよいか悩む必要がなくて良かった。駐車場の周囲は、防風林の松木が生い茂っており、海側の視界はほとんどなかった。
守叔父さんが、
「マエ、キタコトガアル!」
(前、来たことがある!)
と言い出した。
「リリィチャント ナンドモ ココ キタ!」
(リリィちゃんと何度も、ココ来た!)
と言い、海や飛行機を彼女と一緒に見に来たことがある場所のようであった。
守叔父さんは、駐車場にクルマをとめるやいなや、その懐かしさを求めているのか、海岸線の方を目指して早歩きで歩み始めた。
その歩みは、思いのほか早かった。 私が公園の周囲の様子をみたり、カメラのチェックをしながら歩いていると、あっという間に、だいぶ離れた所まで歩いていっていた。
(つづく)
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