2025年3月19日水曜日

「泣けない人(病院編)」 その8

 


8.上京八日目.8


「豊田守さん、お待たせいたしました。どうぞ!」


と看護師さんの声が聞こえた。

その声を待合室で聞いたであろう守叔父さんは、すぐに診察室に入ってきた。

診察室に入ってきた守叔父さんは、ニコニコの笑顔だった。

看護師さんに声をかけられただけで、気を良くしたのだろうか・・・?

ただ単に、人当たりが良いだけなのだろうか?

医師と正対しても、守叔父さんの表情は笑顔のままだった。

私ならば白衣を着た人に初めて会う際は、少し緊張した表情になると思うが、守叔父さんは変わらずに、ニコニコしていた。

 

「こんにちは。
はい、豊田さん、どうぞ。」



と医師が挨拶をして、着席をうながした。 続けて、

 

「今日、体のことを色々、
調べさせてもらってますから、
最後に、質問しますので、
質問に答えていただけますか?
よろしいですか?」



と言った。 早速、認知機能の問診がはじまるようだ。

 

「豊田守さん、今年って何年ですか?」



最初の質問は、西暦または元号の年数の質問であった。 当然、「今年は、2021年です。」または、「令和3年です。」と答える質問であるが・・・。 守叔父さんは、

 

「ロクジュウゴ
デスケド。
コトシハ・・・。」
(65ですけど。
今年は・・・。)



と、自分の年齢を答えてしまった。 最初の質問から誤答してしまった。

数日後に誕生日を迎える叔父さんは、もうすぐ66歳になる事を伝えようとしたが、

医師がその言葉をさえぎって、

 

「年齢じゃなくて、
今年は何年ですか?
今年って、年号!」



と再度、質問した。

すると、守叔父さんは、小さな声で、

 

「ワカンナイ。」
(分かんない。)



と言った。 そして、分からない事が恥ずかしいからなのか、少し、ヘラヘラした表情で、声を出して笑った。

医師は、質問を続けて、

 

「今の季節は?」



と質問した。 今日は12月6日、当然、「冬」が答えである。

守叔父さんは、

 

「キセツ?」
(季節?)



と語尾を上げて、疑問の返事をした。 「季節」が理解できないようだ。


医師が、確認のため、

 

「分からない?」



と言うと、守叔父さんは、うなずき、そして、首を横に振って「ワカラナイ」と意思表示した。 

2問続けての誤答となった。

私は、「季節」という言葉も理解できないんだ・・・。と残念な気持ちになった。

私は、守叔父さんが冬場であるにもかかわらず、駐車時、クルマのサンシェードを使っている事が不思議で、疑問であった。

そして、守叔父さんは、「季節」という言葉だけが分からないのではなく、「季節感」そのものも理解できないために、冬場にクルマのサンシェードを使っているのかもしれないと考えると納得できた。

(つづく)
 

2025年3月12日水曜日

「泣けない人(病院編)」 その7

 


7.上京八日目.7


医師は少し間をおいてから、ゆっくり話を始めた。

 

「この後、認知機能を調べますが、
もし、認知症などとしたら
『前頭側頭型認知症』の中の、
『陰性質認知症』という
意味や言葉が先行して分からなくなる
タイプ(の認知症)なんですけれども。

治療法って何にも無いんですよ。

異常な行動をする時に抑える精神薬と
抑制する薬しかなく、
その薬を使うかどうかは賛否両論あり、
使わなくちゃだめだ、いや、
使っちゃだめだかいう事で、
(治療として)認められた薬は無い。

 行動を制限する薬しか無く。」



医師は、苦笑いしながら、続けて、

 

「困っちゃう病気の一つですね。」



と言った。 

治療法が無く、改善の余地の無いとされる病気を診断することは医師にとって、辛い事だろうと察した。

いつから病気になっていたのだろうかという疑問が出てきたので、

 

「現在のこの脳の物理的な状態から
推察して、2年、3年前には
すでに病気がスタートしていたと
考えられますか?」



と質問した。

 

「そうです。少なくとも突然1年、2年位で
急になる(病気)ものではないので、
潜伏時期が相当あったと思います。

と言っても、誰がいつ、それ(認知症)を
見つけるかは(難しい)、
本人が自覚していないのだから・・・。」



この病気は年単位の時間を掛けてゆっくりと徐々に進行するものだと分かった。 今後も急に悪化するものではないのだろう。

たしかに、自覚症状のない病気は、本人が気付きにくく、周囲の人間も見つけにくいだろう。 

守叔父さんは、自覚症状がない。 脳に障害があることを自覚せずに生活をして、クルマの運転もしている・・・。

自覚症状のない病気は怖いな・・・。 

そして、私は、この数日間、ある意味で「棺おけ」に半分足を突っ込んだ状態で、守叔父さんとのドライブを楽しんでいたのだろうか・・・?と考えて、少し背筋がゾッとした。 

その恐怖心は、放心状態から我を取り戻すきっかけになった。

頭を少し振って、肩を少し動かして、その恐怖感を振りほどくと、「今、すべきことは何? と自問自答した。」

問診票の裏に書いたメモの事を思い出し、医師が、そのメモを見てくれたかどうかを確認していない事に気がついた。

 

「問診票の裏面に、

気付いた事をメモしたのですが、、、。」



と伝えた。

医師はメモに気付いていなかった様子だった。問診票を裏返して、メモを確認し、黙読しながら、

 

「”表”、”裏”、”右”、”左”が
分からないのは前頭側頭型認知症の
特徴的な症状です。

数字の単位や桁が分からないのも
そう(特徴的)なのです。」



と言った。

私の気付いた事は、それぞれ「前頭側頭型認知症」の症状に合致する様だ。

地域包括支援センターにて、指摘された通りであった。

一通り、メモを読み終えると、医師は納得した様に、うなずくように頭を一度下げ、その後、私の顔見てから、

 

「では、ご本人に入っていただきましょう。」



と言った。

そして、医師は看護師さんに

 

「ご本人を診察室に通してください。」



と伝えた。


(つづく)


【「陰性質認知症」とは、はじめて耳にする言葉であったため、当日は聞き逃していました。 そのため、言葉の意味を医師に尋ねる事はありませんでした。
認知症には、陽性と陰性と言われる症状がある様です。】
 

2025年3月5日水曜日

「泣けない人(病院編)」 その6

 

 


6.上京八日目.6

モニターに映るCT画像をスマホで撮影させて貰った。

この画像があれば、豊治叔父さん、めぐみ叔母さんへの守叔父さんの状況報告の一助となり、うまく伝えることができるだろう。

言葉で伝えることの難しい部分を、写真が代弁してくれることを期待する。

撮影後、医師が血液検査の書類を見ながら、

 

 

「血液検査では、
血液の中のカルシウムやリンなどの
栄養のバランスが若干悪いという
数値が出ています。

栄養状態があまり良くない。」



と指摘した。

守叔父さんの食生活は、朝食「あんぱん」、昼「カップ麵」、夜「冷凍食品」が繰り返されているようなので、炭水化物中心の食事であり栄養が偏って不健康なのは当然だろう。 

健康診断において、何らかの異常があってもおかしくはないだろうとは予期していたが、血液検査に出る程、長期に渡って不健康な食事を摂っていたという事なのだろうか?

「認知症」を発症したことによって、日常生活が単調となり、ルーチン化された不健康な食生活となっていたのか、ただただ不健康な食事を続けたために「認知症」となったのか・・・?

続いて、尿検査。

尿検査は特に異常なしとの事で、腎臓機能は問題なさそうだ。 

糖尿病を発症していないので、その部分については一安心できた。

CT検査、脳波検査によって、守叔父さんの脳には異常がある事がハッキリと分かったが、ここ数日間、守叔父さんの運転によるドライブを楽しんでいたのも事実である。

脳に明らかな異常が認められるのに、なぜ、クルマの運転ができるのだろうかと疑問が生まれた。

 

「クルマの運転は、、、。」



と医師に伝えると、

 

「(運転できる事が)不思議ですけど、、、。

ただ、信号の意味とか、赤とか方向とか、
表示による字の意味、もしかすると(意味)を
間違えているかもしれないので、
非常に大きな事故を起こすかもしれない
危険が有ります。

運転免許をどうやって取り上げるかは
別の次元の話しになりますけど。

運転して良いかと聞かれたら、
僕はダメですと言います。。

そう言わざるを得ません。

誰が(運転)止めるのか、、、。」



と言った。 私が期待した答えではなかったので、再度、質問を繰り返した。

 

「なぜ、運転ができたのですかね?」

 

医師は、検査結果の書類に目を通しながら、


 

「結構、運動神経は良いみたいで、
バランス(感覚)は良いですね。

脳の障害による平衡障害はありますね。

(しかし、)見かけのバランス(感覚)は良いですね。」



と答えた。

 

私は、バランス感覚が良いという理由だけで運転ができるとは考えないが、医師が「(運転できることが)不思議ですけど・・・。」と言った以上、不可解な事なのだろうと考え、運転ができる理由をこれ以上に深掘りすることはやめることにした。 

運転できる理由が分かっても、分からなくても、どちらにしても、今後、守叔父さんにクルマの運転をさせる訳にはいかないことに違いはないし・・・。

そして、今後、将来の対処方法を模索する方向へ思考を切り替えた。

 

「原因が分かってホッとした
気持ちはありますが、
今後をどう考えれば良いのか・・・・。」



と伝えると、医師は、

 

「脳の異変であることは事実です。」



と再度、念押しをされた。

医師のその言葉から、「治療方法は無い。」との言外の意味を読み取ったので、半ば諦めの心境になりつつ、無駄だとも考えたが、勘違いもあるかもしれないし、現代医学の進歩を信じて、

 

「今後の対処といいますが、
お薬とか・・・。」



と聞いてみた。 

残念ながら、医師はハッキリと、

 

「いや、(脳の)委縮を治す薬はありません。」



と断言したのだった。

その重たい言葉に対しては、

 

「なるほど」



と相づちを打つしかなかった。 現代医学が進歩していても、脳の再生医療はまだできないという事だ。

残念、、、。

私は、少し放心状態になっていた。

(つづく)
 

2025年2月26日水曜日

「泣けない人(病院編)」 その5

 


5.上京八日目.5

脳波検査とは?

2025年2月現在、Googleで「認知症 脳波検査 特徴」を検索した結果、

「脳から出る微弱な電気をとらえることによって脳の働き具合をみる検査です。 認知症の診断においては、せん妄、てんかんとうつ病の除外、疾患特有の波の確認に用います。」

とのこと。

 

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守叔父さんの脳波検査の結果の説明がはじまった。

医師から

 

「見ても分かりづらいと思いますが。」



との前置きがあった。

20本程のたくさんの波形が並んでいたこと。また、それぞれが複雑な波形のために、分かりづらいというより、正直、よく分からなかった。

 

「(CT画像より)側頭葉が
おかしいので、側頭葉からの
異常がでてると思うんですけど・・・。」



と波形を注視しながら医師は話しを続けた。

 

「アルファ波の出かたが少ないようです。
徐波(じょは)と呼ばれる寝ている時や、
ぼーっとしている時に多く発生する波が
多く見られます。」



と言った。全体的に脳の働きが弱まっているってことなのだろう。

 

「側頭葉からスパイク(信号)が
見られると思ったのですが、
見られませんね。
(脳の)萎縮が進行し過ぎているの
かもしれません。 
萎縮が進みすぎて、スパイクが
出る程の能力が無いのかもしれません。」



と認知症を判断するための「スパイク」すら発生しない程、脳の委縮が進んでいることを脳波から読み取ることができるようだ。

 

「CT画像から目に見える程、
明確に(脳が)萎縮しているのでね。」



と、尋常ではない脳の萎縮であると診断したようだ。

 

「なかなか見ない状況ですか?」



と私が聞くと、医師は、

 

「そうですね。
これ(CT画像)見たら、
この人、どんな人かな?
寝たきりの人かな?
意識ない人なのかな?

普通に歩いているって言ったら、
えっ!!
ってなるレベルです。」



と言った。「えっ!!」ってなるレベルなので、極めて稀(まれ)な状態なのだろう。
その稀(まれ)さの度合を確認すべく、

 

「他の脳神経外科の先生が(CT画像)見ても、
(異常が)すぐ分かるものですか?」



と私は質問した。すると、医師は、

 

「誰が(CT画像)見ても、瞬間におかしい、
絶対おかしいと気付くレベルでしょう。
言葉がおかしいというのも当然でしょうね。
左の側頭葉が無いわけですから。」



とCT画像から容易に(脳の萎縮が)判断できる状況であると念押しされた。

CT画像の状況を正しく、豊治叔父さんやめぐみ叔母さんへ伝えるには、
その画像を見せた方が良いだろうと考え、

 

「写真とか良いですか?
スマホで撮影して?」



と伝えると、「いいですよ。」とすぐに許可してくれた。

(つづく)
 

2025年2月19日水曜日

「泣けない人(病院編)」 その4

 


4.上京八日目.4

まず、そのCT画像は人が起立(直立)した状態で、水平に頭部をスライスした断面映像であると説明してくれた。

画像は上から下(頭部から足元)向きではなく、足元側から頭部を見上げたものであるため、モニターの映像は左右が反転しており、右側に左脳、左側に右脳が映っているとのこと。

頭頂部から足の方向へ見下ろす向きの画像ならば左右反転せずとも良いのにと、一瞬思ったが、胸部レントゲンと同じ様に、医者から患者を見た時の視線に合わせているのだろうと考えると、左右反転している事に納得できた。

また、映像の上側が正面(顔)で、下側が後頭部(背中側)のようだ。

頭頂部から下方に向けてパラパラ漫画のように連続的に画像を見ると、最初は小さな円(頭がい骨)から徐々に大きな円となった。

ピンポン玉程の大きさの二つの黒い丸いものが写っていた。 その位置、大きさから眼球であることが理解できた。

眼球の写り方や頭がい骨の写り方を理解することによって、CT画像から脳の形状を理解することできた。

骨は白く、脳は灰色、眼球など水分の多い部位は黒色に写るようだ。

もう一度、異常がハッキリわかるとされる画像に戻ると、

 

 

「ここが異常です。」

 

 

と異常のある部分の辺りを指差してくれた。

 

「ここがソクトウヨウ(側頭葉)です。
(正常ならば)ここがすべて灰色でなければなりません。
特に左側の側頭葉が穴だらけでハチの巣状態です。
ほとんど(脳が)無い状態です。」



と言った。先ほどの先生の言葉「〇〇が全然、無くなっちゃってて」は、「側頭葉(の脳)が全然、無くなっちゃってて」と言ったのであった。

モニタに近寄って、その部分をじっくりと見ると、たしかに、全体的に黒く塗りつぶされており、灰色に見える部分が少なかった。

医師は、念を押すように、側頭葉の付近を指差しながら、

 

「ここに黒い部分があっちゃいけないんです。
ここにグレー(灰色)が詰まってないといけないんです。」



と言った。 他の断面を見ると、灰色(脳)が詰まっているのに、側頭葉の部分だけが黒色が多かった。

普段、肉眼では見えない頭の内部をX線(CT検査)という「医学・科学の力」を用いて、覗き見ることができたことによって、異常を見つけることができたのであった。 

ここ数日間、モヤモヤしていたことの原因を突き止めることができたのであった。

そして、地域包括支援センターで教えて頂いた認知症の一つ「前頭側頭型認知症」と「側頭(葉)」という言葉が一致し、私の心の中が共鳴した。

 

「あっ、やっぱりそうなんだ!」



と心の中でつぶやいた言葉が頭の中でハウリングした。

この後、先生の口から「前頭側頭型認知症」という言葉が出てくるのであろうと予想できたことによる心のうねりが共鳴したのだった。

医師は、少し重めの口調で、

 

「左側の側頭葉の異常な委縮。ですので、
側頭葉に異変する病気であることは事実です。
まず、脳に病気がありますよね。」



と言った。 

私は、少し語気を強めて言われた医師の「事実です」との断定する言葉によって胸がギュッとなり、数秒間だけ時間が止まったようになった。 

私の気持ちを察してか、医師も続ける言葉が口から出てこなかった。

その止まった時間から抗うために、少しだけ現実から目を背(そむ)けたくなってしまった。 そのため、

 

「精神的なものではないという事ですね?」



と一縷の望みをかけて言った。 

なぜなら、仮に「精神的なものです。」または、「精神的なものの可能性があります。」などの言葉が医師から返ってくれば、治療の可能性があると考えたからだ。

脳に見た目(CT画像)の異常があっても、精神的なものなら治せるかもしれないとの身勝手な持論にすがりつこうとしている自分がいたのだった。

しかし、医師の返事は、私が言葉を言い切らないうち、即座に戻ってきた。

 

「そうですね、

完全に器質的なものですね。

・・・・・・・。」



精神的なものでないと考えられる理由の説明が続いたが、私には理解できなかったし、聞く気力も失せてしまった。

つづけて、

 

「左の側頭葉なので、

たぶん、失語症という

言葉を失っていると思いますね。
言葉の意味が分からない。

(言葉の)使い方が分からない状態。
腫瘍などができているのかもしれませんが、

(CTには)写ってませんね。」


と医師は言った。

CT検査の説明が終わると、続いて、脳波検査の結果説明がはじまった。

(つづく)

 

2025年2月12日水曜日

「泣けない人(病院編)」 その3

 


3.上京八日目.3

守叔父さんが、トイレから戻り、私の横に座った。

 

「検査どうだった?」



と私が声を掛けた。守叔父さんは、

 

「ダイジョウブ」
(大丈夫)



と笑顔で返事した。 検査の内容を聞こうと、

 

「何したの?」



と聞いても、再度、

 

「ダイジョウブ」
(大丈夫)



との返答が繰り返されただけだったので、どんな検査があったのか聞き出せなかった。

 

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しばらく待合室で待っていると、看護師さんから、「先に、ご家族の方からお入りください。」と声を掛けられ、先に私だけが診察室へ入ることになった。

まず最初に、医師から病院へ来ることになったきっかけを問われた。

私は、私と守叔父さんの関係や守叔父さんの兄、姉である豊治叔父さん、めぐみ叔母さんとの一連のやりとり経緯を伝えた。 また、守叔父さんが会社や金銭トラブルを抱えているかもしれない事などを伝えた。

問診票の内容と重複する話しもあったが、10分程の会話のやりとりが続いた。
一通りの話しが終わると、医師が机上のパソコンを操作しはじめた。 

PCモニターにはCT検査のものと思われる画像が映し出された。

画像の左上には、2021/12/06 09:15:50 トヨダ マモル M 誕生年/月/日 と記載されており、守叔父さんのものであることが分かった。

医師は、複数枚の画像をパラパラ漫画のように連続的に短時間で確認したのち、頭でうなずきながら、

 

「今、頭のCT(画像)出たんですね。」



と言った。わずか数秒画像を見ただけで病状の診断ができたようだった。

時間を掛けずとも、すぐに分かるほどの明らかな異常が見つかったのだろうか・・・?

そして、CT画像をもう一度繰り返してパラパラ見ながら早口で、

 

「これは、かなり〇〇がありますね。」



と言った。

聞きたくない言葉を私の心がフィルターしたのかもしれないが・・・、私は「〇〇」の部分の言葉が聞き取れなかった。 

冷静に考えると、医者の使う言葉は、「異常あり、異常なし」と表現することが一般的であろうし、日本語で「かなり正常がある」とも言わないので、「〇〇」に入る言葉は「異常」であろうと察した。

恐る恐る、私は、

 

「異常?」



と聞き返した。

医師は少しゆっくりとした口調で、

 

「異常がありますね。」



と明瞭に断言して答えてくれた。 私は予期していたとはいえ、

 

「そうなんですね。」



との相づちを返すことしかできなかった。

そして、頭の中で、「異常がありますね。」との言葉が繰り返されていた。

 

「〇〇が全然、無くなっちゃってて、
潰(つぶ)れちゃってるんですね。
委縮(いしゅく)して。」



と医師の病状の説明が続いた。

何が無くなっているのだろう・・・?

先生の早口が相まって、主語の「〇〇」が聞き取れなかった。

「委縮して。」との言葉が続いたことで、主語が「脳」に関する言葉であろうことは理解できた。

パラパラ漫画を見るような短時間で、それらのCT画像を見ただけでは、医学の知識の乏しい私にはさっぱり異常の所在が分からなかった。

 

「何処がおかしい(異常)のですか?」



と伝えると、

医師は、パラパラ見ていた画像の中から一枚の画像を選び、そのCT画像から分かることを説明しはじめてくれた。

(つづく)
 

2025年2月5日水曜日

「泣けない人(病院編)」 その2

 


2.上京八日目.2

問診票を書き終えた私は、問診票の裏面が白紙であったので、守叔父さんの情報をより詳しく医師に伝えるために、思いつくままにその白紙の面にメモすることにした。

 

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以下、実際にメモした内容。


・気温9.5°Cを95「キュウジュウゴ」と読むことが有り「キュウテンゴ」とは言わない。

・「フネ」は電車を意味するようだ。

・道順を伝える際に、言葉では「ミギ」、「ミギ」、「ミギ」と言いながら、指差しでは、右、左、右の順で指す時があった。「ヒダリ」とは言わない。

・指差しで、下を指しながら、「ウエ」と言う。

・何かにつけて、「ワカラナイ」という言葉を使う。

・自宅のカーテンを昼夜問わずに開けない。

・自動車のガソリン給油が一度で100万かかると言うが、実際は1万円。

・月1回、プラセンタの注射を受けている?

・カイロプラクティックへ、週1回 または 2回通っている。

・仕事は、火 〜 金の午前中と言っているが、実際に勤めているのか不明。

・会話の中で、兄弟姉妹の名前がでてこない。

・スマホ等はうまく使え、Lineで連絡がとれる

・スマホの電池残量を「〇〇キロ」と何度も言い間違える。「〇〇パーセント」とは言わない。

・領収書の意味が分からない様子。

・クルマが前進する事を、「アルク」と表現する。

・富士山の形を指で描くが、「フジサン」とは言わない。

・元彼女との思い出話、同じ内容の話しを何度も繰り返す。

・自分が若くみえる事を他人や私に自慢する。

・カーラジオのチャンネルをしょっちゅう変更する。DJが話しをするのを聞きたくないようで、音楽のみを聞こうとするため。

・先日、地震が発生した際、震源地などの情報に興味なし。 地震発生時、一緒にテレビを見ていたが、地震情報が流れはじめると、内容を確認せずにチャンネルを変更した。
(注:2021年12月3日6時37分頃、地震発生。山梨東部震源M4.8 関東の広範囲で震度3以上を観測)

・朝は、3時や4時に起床し、その後、電気も付けず部屋に居る。

・就寝時刻は、午後5時半。

以上

 

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メモを書き終えると、そのメモをスマホで撮影した後、問診票を受付に提出した。

そして、しばらく待った。

後ほど、医師より聞くことになるが、私が待合室で待っている間に、守叔父さんは、「頭部CT検査」、「平衡感覚検査」、「脳波検査」などを連続して受けていたようで、それぞれの検査の間に私のいる待合室に戻ることはなかった。

検査室へ行って1時間程経った頃、看護師さんと共に守叔父さんが待合室に戻ってきた。

検査が終わったようだ。

その時の表情は、笑顔であり、少しにやけたような感じであった。 看護師さんとうまくコミュニケーションができたのだろう。

さもすれば、看護師さんを相手に、ナンパするのではないか、と言うか検査を受けながらナンパしていたのではないかと思うほどの表情であった。

看護師さんは、私に対して、「無事に検査が終わりました。」と言い、続けて、守叔父さんに対して、「豊田さん、お疲れさまでした。こちらで、少しお待ちくださいね。」と丁寧に言った後、診察室へ消えて行った。

その言葉を聞いた守叔父さんは、少し残念そうな表情を浮かべていた。

そして、私の横に座るのかとおもいきや、

 

「おんせんいく」
(温泉行く)



と言って、トイレを探すように周囲を見ていた。

 

「トイレは、そこだよ!」



と指差すと、少し急ぎ気味に歩いて行った。

私はその時、「トイレを「オンセン(温泉)」と表現する。」と問診票の裏面のメモに書かなかったことに気がついた。 

一番最初に、守叔父さんが変だと気付いた事象をメモに書けなかったことを少しだけ悔やんでいた。

(つづく)