2022年10月26日水曜日

「泣けない人」その36

 


36 、上京二日目.10

守叔父さんの運転する車は、乗り心地がとても良かった。
さすが高級外車ベンツって感じであった。

20年ほど前の型式の古いクルマであるが、外回り、車内の清掃は共に行き届いており、新車の様な感じを受けるほどの状態であった。 メンテナンスに余念が無かったようである。 また、適度な芳香剤の香りが漂っていたため、古い車によくあるカビ臭さ・ほこり臭さの様なものも感じることはなかった。

さすがに、カーナビやインパネ周りをみると、それらの操作方法や表示仕様から感じる古さは否めなかった。
走行中のきしみ音やガタツキ音などもないため、総走行距離がどの程度なのか興味を惹かれるほどだった。

乗り心地に関しては、車の良さだけでなく、守叔父さんの運転によるところが大きかった。

守叔父さんの運転は、総じて非常に丁寧であった。 余裕のあるタイミングでブレーキを掛け、アクセルも必要以上に踏み込まず、無理にエンジン回転数を上げる事もなかった。 周りを走るクルマの流れを乱すような事もなく、さすが、運送業を営み、大きなトラックなども運転してきたプロドライバーだな!と感心した。 

特に、道路交通の状況判断が的確で早く、車線変更をスムーズに行い、赤信号への反応も早い。 ハイヤーの優良運転手ごときものであった。 クルマが新車の様に感じたのは、守叔父さんの運転が丁寧で、日々の管理もしっかりしているためであり、そのためクルマの劣化を最小限にしているのかもしれない、修理歴が残るような事故なども皆無だったことだろうと思われた。

 

・
・
・



叔父と甥のドライブ!と考えると、私自身、久しぶりの東京であるため、観光気分があるのも否定できない。しかし、せっかくのドライブであるものの、周囲の街の風景を見られる余裕はほとんど無かった。 前述したとおり、守叔父さんとの会話に集中せざるを得なかったからだ。

守叔父さんの発する言葉は、その一つ一つが意味不明で、理解し難いものであった。 お食事処へ向かう道中、その状態は変わらず続いた。

そして、運転中の守叔父さんは、おもむろに着ているジャケットの内側に手を入れ、スマホを取り出した。 そして、その画面を私の方へ見せながら、


 

「ワカンナイト、スグワカルケド、
ソッチカラキタヤツガ、
ホラホラ イチバン シタニアル、
コノ バショカ!
ジャア、アソコニイコウト」
(分かんないと、すぐ分かるけど、
そっちからきたやつが 、
ほらほら一番下にある
この場所か!
じゃあ、あそこに行こうと)



「分かんないと、すぐ分かるけど」と、なぞかけなのか? まっ、その部分は一旦無視して、スマホ画面の一番下にあるものは、何だろう?

スマホ画面は、「LINE」のトーク画面であった。 私と守叔父さんとのやり取りメッセージを表示しており、その一番下は、私が送信した宿の住所である。
その住所を指差しながら発した言葉である。 つまり、住所情報をもとに迎えに来たということを私に伝えたい様子である。

京急や、京急の駅を伝えても、「ワカラナイ」けど、住所があれば分かるということになる。 

つづけて、

 

「コンカイハ、シゴトカ ナニカデキタノ?」
(今回は、仕事か何かで来たの?)



との質問が返ってきた。

 

「いや、ただの遊びだよ!仕事辞めて、色々と考えることがあって」



と答えると、

 

「ソッチハ、オレトイッショデ、ケッコンシテナイヨネ?」
(そっちは、俺と一緒で、結婚してないよね?)



と言い出した。「してないよ」と返答すると、

 

「スエッコ、スエッコ、スエッコ デ、
チョウジョ ダケガ ジュウネンカン イタンデスヨ、
ソノアト、マタ スエッコ ガ キテ、
ソッカラ、オレカラ、
オカネ ヲ バンバン・バンバン、
ヒャクナンマン トラレテ ヒドイヨネ!
アンナ オンナ。
デ、オレハ ショウガナイカラ、
サトウサン カラ エットー、
ナンネン ダッタカナ?」
(末っ子、末っ子、末っ子で、
長女だけが10年間居たんですよ、
その後、また末っ子が来て、
そっから、俺から、
お金をバンバン・バンバン、
百何万取られて、ひどいよね!
あんな女。
で、俺はしょうがないから、
佐藤さんからエットー、
何年だったかな?)



なんだか、よく分からない話が続いたので、つい、話に割り込んでしまい、

 

「今、佐藤さんと言う所で働いているの?」



と、質問した。 すると、少しうなずいた後、

 

「ロクネン カラ、チョウド オマエ、
シゴト コッチデ ヤレヨ ト イワレテ。
ソノトキニ、サンビャクマン、
イヤ、ニヒャクマンクライアッタトキニ、
ヒャクマン、ヒャクマントラレテテ、」
(六年から、ちょうどお前、
仕事こっちでやれよと言われて。
その時に、三百万、
いや、二百万位有った時に、
百万、百万取られてて、)



と、なんだかお金を奪われたのかどうか?という話をし始めた。

結婚、末っ子、長女、佐藤さん、そして、大きな金額は、ぞれぞれと、どの様に関係があるのだろう? また、いつの事を話しているのだろう? あんな女とは誰だろう? 疑問だらけの不思議な言葉が続いている。

(つづく)
 

2022年10月19日水曜日

「泣けない人」その35

 


35 、上京二日目.9



クルマを発進させて一息つくと、守叔父さんは、

 

「イヤー、ヨカッタ!」
(いやー、良かった!)



と、心の底から発しているように言葉を吐露し、そして安堵の表情を浮かべた。

「ワカラナイ」と繰り返していた状況から脱することができた事が、その言葉を生み出したようだった。

豊治叔父さんからの指示を守って、注意して守叔父さんに接近するために、やむを得ない事ではあったが、もう少し分かりやすい待ち合わせ場所を指定し、迎えに来てもらえばよかったなと反省した。そのため、

 

「失礼しました。」



と、再度詫(わ)びる事とした。すると、

 

「イヤー、ゼンゼン、タノシカッタ!」
(いやー、全然、楽しかった!)



と、字面(じづら)的には、分かりづらい言葉が返ってきた。

「いやー」は否定表現でなく感嘆詞だと思われる。「全然」は、肯定表現、否定表現のどちらにも意味が転じる言葉であるので、一旦無視する。「楽しかった!」の部分だけを受け入れるとすると、守叔父さんは楽しんで待ち合わせ場所を探すことができたと言うことになる。

しかし、守叔父さんの口調、表情には「楽しかった!」という感情は含まれてなかった。楽しくないのに「タノシカッタ(楽しかった)」と言葉を発した事となり、この言葉と表情のミスマッチに対して、私は頭をかしげ、モヤモヤした気持ちとなった。 

久しぶりに会った事で、お互いが遠慮しているという訳ではないと思うが・・・。 フランクに話ができていると思っているのは、私だけなのだろうか・・・?

乗車直後から感じている違和感は、まだ払拭できない。

そして、守叔父さんの発した「イヤー、ゼンゼン、タノシカッタ!」という言葉の意味を、どう理解できるか頭を捻(ひね)って考えている所に、続けて、

 

「ムコウニ イッタトキニ、
チョット イキタインデスケドッテ イッタラ、
ジャ、イケッテ イワレテ」
(向こうに行った時に、
ちょっと行きたいんですけどって言ったら、
じゃ、行けって言われて)


 

「ホントウハ、ホラ、12ジマデハ、
イツモ イルジャン。
キョウハ、ハヤカッタ!」
(本当は、ほら、12時までは、
いつも居るじゃん。
今日は、早かった!)



と、再度、理解に苦しむ言葉がならんだ。

「ムコウニ(向こうに)」とは何処を指しているのだろう?
「イワレテ(言われて)」とは誰との会話なのだろうか?

運転中の守叔父さんの言葉をさえぎり、不明な事を聞き直すのは、交通事故にもつながりかねないので今は控えることとした。スパイ七つ道具のボイスレコーダーで聞き直すことで理解できるかもしれない。とりあえず、枝葉・仔細にこだわらず、まずは聞くことに注力し、アウトラインを理解することに心がけた。

今朝の状況を説明しているようであり、職場の上司・同僚もしくは、お客さんとのやりとりを説明しているものと理解した。そして、仕事の終わる時刻が、通常は12時であるようだ。

 

「デモ、ソッチガ クルマダカラッテ イッテタカラ、
ジャ、オレ、イコウカナとオモッタ。
(でも、そっちが車だからって言ってたから、
じゃ、俺、行こうかなと思った。)



続けて、(羽田空港の方を指差しながら)

 

「ダカラ、ムコウニイッタジャン。」
(だから、向こうに行ったじゃん。)


続けて、(羽田空港の方と反対側を指差しながら)
 

「キノウ、キタッテ イッテタジャナイデスカ、
ムコウガワカラ、ズーーット ムコウニ イッタ トコロ」
(昨日、来たって言ってたじゃないですか、
向こう側から、ずーーっと向こう行ったところ)



「ヘッ、ヘッ、ヘッ、」と笑った後。

 

「イヤ、ダカラ、アソコニヒコウジョウガ イッパイ アルジャン。
コウヤッテ、イッパイ クルマガ アッタヨ、ビックリシタヨ。」
(いや、だから、あそこに飛行場が一杯あるじゃん。
こうやって、いっぱい車があったよ、びっくりしたよ。)



そして、

 

「ゼンゼン、ワカンナカッタヨ。」
(全然、分かんなかったよ。)



と、またも、常套句のごとく「ワカラナイ(分からない)」の言葉がでてきた。
私の方こそ、「守叔父さんの話がよく分からない!」と言いたい気持である。

続けて、

 

「オモシロイトコロニ イコウ。」
(面白いところに行こう。)


 

「ズーーット イッタトコロノ ヒダリニ、
イッパイ タベルモノガアルノ」
(ずーーっと行ったところの左に、
いっぱい食べるものがあるの!)



と食事処へ向かっているようだ。続けて、

 

「ゼンゼン、ワカンナカッタ。」
(全然、分かんなかった。)



と、また「常套句」が聞こえてきた。

会話が進めば進むほど、何が何だか理解しがたい状態へと進んでいる。

とりあえず、食事をしながら落ち着いて話ができることを期待しつつ、クルマはどこに向かっているのだろうかと不安は続いていた。

「ズーーット イッタトコロノ ヒダリ(ずーーっと行ったところの左)」には何があるのだろうか? 

(つづく)
 

2022年10月12日水曜日

「泣けない人」その34

 


34 、上京二日目.8

人間の欲望には色々な種類があり、「睡眠欲」「食欲」「性欲」が三大欲求などと言われている。他に、「生存欲」「集団欲」「排泄欲」などもある。

分類や定義付けには色々な理論があるようなので、ここでは細かな話はしない。

以前から私が感じていた守叔父さんの欲望の一つとして、「自分が若く見えること」がある。

「生存欲」の一種なのかもしれないが、「肉体年齢が若い事」よりも、「見た目の若さ」を欲しているように感じていた。

その理由の一つとしては、守叔父さんが、私と一緒にいるときに、慣例行事のように「年齢比較クイズ」を行っていたことが挙げられる。

「年齢比較クイズ」とは、守叔父さんが街中でいろんな人に声を掛け、そして、私と守叔父さんの顔を見比べてもらったうえで、どちらの方が年上かどうかを答えてもらうクイズである。

レストランでの食事中に隣席の人へ声を掛けたり、買い物中の店内であったり、場所を問わず、様々な所で「年齢比較クイズ」を行っていた。

赤の他人に対して、突然声を掛ける守叔父さんの行動に驚きを感じつつ、他人とのコミュニケーションの取り方の一つの方法かもしれないと、特に学生時代の私には守叔父さんの行動力に対して敬服さえもしていた。

私と守叔父さんが並んでいると「甥、叔父」の関係ではなく、兄弟と認識される事が多々あり、下手をすると私の方が、兄とさえ言われる事もあった。

守叔父さんは私から見ても実年齢より若く見えていたし、私は逆に老けて見えるため、守叔父さんの方が年下に見えてもおかしくなかった。そして、それらの答えを聞くことによって守叔父さんは子供のように、はしゃいでいた。

「年齢比較クイズ」によって、15歳差の甥っ子と自分を比べて、その年齢差が小さく見える。または、自分の方が若く見える事を喜んでいたのだった。

 

・
・
・


 

「フィフティーワンッテ、イクツ?」
(フィフティーワンって、いくつ?)



と守叔父さんの言葉が返ってきたので、

 

(日本語で)「51歳」



と答えると、

 

「ゴジュウイッサイカ!
ロクジュウロク ナノサ、
デモ、ホラ カオミテルトサァー、
アンタ ゴジュウネッテ イワレチャウ!」
(51歳か!
66(歳)なのさ、
でも、ほら顔見てるとさぁー、
あんた50(歳)ネって言われちゃう!)



と言い出した。

久しぶりに会って、お互いが「齢を重ねたな!」と言う展開ではなく、「年齢比較クイズ」のごとく、今でも守叔父さん本人が若く見られる事を強調した話となった。

確かに、66歳には見えない! 還暦を過ぎている様には全く見えなかった。

目尻に若干の笑いシワがあるものの、肌のキメが細かく、ツヤも良く、シミもほとんど無い。頭髪もしっかりと濃く生えて、髪色も白髪がなく黒々していた。

 

「髪の毛、染めてるの?」



と聞いてみると、
 

「イヤ、ワカラナイケド」
(いや、分からないけど)



との返事。 

若いから染めてないと、とぼけたいのか?
 染めていると言う言葉が理解できないのか?

続けて、

 

「デモネ」
(でもね)



と言うので、とっさに、

 

「(カツラ)被ってる?」



と質問してみた。

すると、適当に誤魔化そうとした感じで、車を発進すべく、道路先を指差しながら、

 

「ヒダリ イケバ イイカナ?」
(左行けばいいのかな?)



と、交差点を曲がるべきかどうかを聞いてきた。

守叔父さんが、どこへ行こうとしているのか分からないので、

 

「どっちがいいかな?、どっちでも良いよ」



と答えると、

 

「ジャア、ミギイコウ!」
(じゃあ、右行こう!)



と言うと、おもむろに、クルマをスゥーっと発進させた。高級外車の高出力エンジンは、全然唸る事なく余裕あるスタートを切った。

さて、守叔父さんは、何処に行こうとしているのだろうか?

(つづく)
 

2022年10月5日水曜日

「泣けない人」その33

 


33 、上京二日目.7

車の窓ガラス越しの守叔父さんの表情は、ニコニコした笑顔だった。

車体の左側の助手席へ回ると、ガラス窓が下げられていたため、ニコニコ顔の守叔父さんが、よりハッキリと見えた。

 

「お疲れ様です。」
 


と声を掛けると、叔父さんの第一声は、

 

「ゼンゼン、ワカンナカッタヨ!」
(全然、分かんなかったよ!)
 


であった。

敢えて、「うん?」と聞き直したところ、

第二声も

 

「ゼンゼン、ワカンナカッタヨ!」
(全然、分かんなかったよ!)
 


であった。何が全然分からなかったのだろう・・・? 予想以上に早く宿に到着したのに!!! 「ワカラナイ」という言葉が、口癖になっているのだろうか・・・?

守叔父さんに対して、何が分からなかったのか聞き返してみようとも考えたが、今は、その疑問を追及すべきタイミングではないと判断し、一旦棚に上げる事にした。豊治叔父さんのアドバイスを順守して、まずは、守叔父さんの話を聞く事に徹しようと思い、とりあえず、

 

「ご無沙汰しております。」
 


と返事をした後、後部席を覗き込んで、他に誰も乗っていない事を確認した後、助手席のドアを開けて乗車した。

守叔父さんの車に乗った時、時計がちょうど11時を示していた。

私はすぐに、リュックの中からお土産を取り出して、

 

「これ、おみやげ!」
 


と、守叔父さんへ手渡した。すると、

 

「ナニコレ?」
(何これ?)
 


と不思議そうな顔で私の顔を覗き込み、表情から渡された物の素性を理解しようとしているように感じた。

細かく説明すると、もしも、手土産を一度も貰った経験の無い人が、初めて手土産を受け取った時にするであろう反応と、同じ反応を守叔父さんがしたのではないかと思った。

 

「かるかんと黒砂糖だよ」
 


と伝えると、守叔父さんは、手を口に持っていき、食べ物を食べる様子のパントマイムをした。

私が首を縦に振り、

 

「そう!」
 


と肯定的な返事をすると、守叔父さんの表情は、不思議そうな顔から喜んだ顔へと変化した。

その後、少し間が開いたあとに、待ち合わせるために連絡を取り合って、やっとの思いで合流できたことへの安堵からなのか「ハァー」とため息が守叔父さんの口から漏れた。

空港へ迎えに行くという面倒を掛けてしまい、

 

「ごめんなさいね、分かりづらい説明で」
 


と伝えると、

 

「ココニキテタノ?」
(ここに来てたの?)
 


と、宿の方向を指差しながら質問が返ってきたので、

 

「そう、昨日、来たの」
 


と答えた。

 

「ソレデ?」
(それで?)
 


と、なぜ上京したのか理由を聞いてきた。

 

「遊びに」
 


と答えると、

 

「アソビニ? ヨクワカラナイ?」
(遊びに? よく分からない?)
 


との言葉が戻ってきた。何が分からないのだろう? やはり、「ワカラナイ」と言う言葉が口癖になっているのだろうか?

続けて、

 

「イマ、ナンサイ?」
(今、何歳?)
 


との突然の問いかけに、

 

「フィフティーワンですよ!」
 


とワザと英語で答えると、

 

「フィフティーワンッテ、イクツ?」
(フィフティーワンって、いくつ?)
 


と返ってきた。

船舶のブローカーとして、渡米した経験もある守叔父さんが、英語の数字を分からないはずはない。

私が英語で答えたことに対して、とぼけて返したのか? 運転に集中するために、適当に相づちを打っただけなのか? それとも、豊治叔父さんの言うとおり、認知症なのだろうか? 

まだ数分しか経っていないが、守叔父さんとの会話に違和感を感じつつ、この後はどの様にすれば良いか悩み始めた。

(つづく)
 

2022年9月28日水曜日

「泣けない人」その32

 


32 、上京二日目.6

宿に戻り、守叔父さんの到着を待つこととした。

あえて、一旦部屋まで戻る事とした。

守叔父さんの車移動時間(空港〜宿)は約20分で、自分の徒歩移動(駅前〜宿)が10分のため、宿前で待つのは10分程度となる。

10分位ならば、部屋に戻らずとも宿前で待てば良いと言われるかもしれないが、部屋に戻ったのは念のための行動であり、守叔父さんの来訪状況を観察するためである。

部屋にはベランダがあり、宿前の道路を一望できる。そのおかげで、守叔父さんがどんな車で来るかを近づくことなく安全に確認できる。

守叔父さんの自宅前にとまっていた車での到来ならば問題無いが、別の車でやって来た場合は、注意が必要だと考えている。

また、一人で来るのかどうかの確認も必要である。 仮に他の人と一緒に来た場合は、「拉致・監禁」の監視役の可能性があると考えなければならない。

頭の片隅に、「安全が確認できなければ、簡単には近づけない!」と意識する必要があることを忘れずに行動しなければならない。

部屋に戻り、冷蔵庫で冷やしておいたペットボトルの水をグラスに注ぎ、往復20分弱の徒歩移動で少し渇いたのどを、ゆっくり潤した。

時間つぶしにテレビをつけて、何か面白そうな映像は無いかな・・・?とチャンネルをザッピングしていると、思いのほか早く電話が掛かってきた。

まさか、まだ着いていないだろう! どこかで迷っているのかな・・・?と思いながら電話に出た。

 

「ツイタヨ!」
(着いたよ!)



との守叔父さんの言葉が返ってきた。

慌ててベランダに出て、下を覗くと、そこには、シルバーのベンツが停まっていた。ナンバープレートは見えないが、叔父さんの家前の駐車場にあった車で間違いないだろう。フロントガラスの内側にサンシェードを広げられていた車は、ちゃんと動くものであったようだ。

なぜ、時季外れにサンシェードを広げて駐車していたのだろう・・・?と思いながら、

 

「今から下に降ります。」



と返事をし、部屋を出て、一階へ降りることにした。

宿の出入口ドアガラス越しに、その車に乗った守叔父さんの顔が見えた。後席もスモークガラスではなく、車中に他の同乗者がいない事がわかった。 また、通りの左右を見て、車の周辺に人影の無い事と、同行車のない事を確認した。

守叔父さんの単独の来訪であり、「拉致・監禁」等に関しては、問題がなさそうである事が確認できたので、 外に出て、ゆっくりと車に近づいた。

私に気付いた守叔父さんは、ニコッとしながら軽く手を振ってくれた。

念のためナンバープレートをチラ見すると、叔父さんのマンション駐車場にとまっていたものと同じ番号であった。

駐車場にとまっている際には見えなかった車の後部の様子を見ても、パッと見てわかるような傷や凹みはなく、年式は古いものの綺麗な状態の車であり、洗車も行き届いていた。

車の見た目から判断すると、守叔父さんの運転には問題が無さそうである。

「拉致・監禁」でないとするならば、認知症か何かの病気を患っている可能性を疑うことになる。 
認知症を患っている人がトラブルを起こさずに、車を所有し、管理し、そして、運転ができるのだろうか・・・? 

目の前に停まっている車、笑顔の守叔父さんの両方を見て、短い時間の観察・分析の結果として、豊治叔父さんの心配は不要だったのではないかとさえ感じた。

豊治叔父さんから「認知症の可能性がある」、「何らかのトラブルに巻き込まれている可能性がある」、「会社の乗っ取り騒ぎがあった」、「盗聴、盗撮の可能性がある」、「拉致・監禁の可能性」などのいろいろな可能性を聞かされていたわけだが、無事に迎えに来てくれたこと、守叔父さんの笑顔、そして、綺麗な車を目の前にすると、どれも当たっていないようにも思われる。

(つづく)

2022年9月21日水曜日

「泣けない人」その31

 


31 、上京二日目.5

守叔父さんの発した言葉の意味は???

何らかの「ジョーク」か「遊び心」なのか、それとも「謎解きゲーム」なのか?

次の二つの言葉を分析しなければならない。

 

「ツイタヨ! イマ、ドコイルノ?」
(着いたよ! 今、どこいるの?)

 

「アルイテ、キタンデショ?」
(歩いて、来たんでしょ?)



既に、待ち合わせをしている人に対する言葉である。予定より20分早い電話である。

単に、間違い電話であり、別の人と待ち合わせしている可能性がある。

念のため、

 

「守叔父さん、柑太郎です。
電話掛け間違えてない?」



と問い返した。

 

「ダイジョウブ! マチガエテナイ。」
(大丈夫! 間違えてない。)

 

「イマ、ドコイルノ?」
(今、何処いるの?)



私宛の電話であることが確認できた。

 

「守叔父さんは、今、何処いるの?」



と聞いてみた。

 

「イツモ ムカエニ イクトコロ イルヨ!」
(いつも 迎えに 行く所 居るよ!)



との答えが返ってきた。

守叔父さんは、私が本日上京したと勘違いしたのかもしれない。
二時間前に羽田空港に到着し、連絡したと思ったのだろう。

そのため、今、羽田空港の送迎の車寄せに居るのだろうと推測した。

 

「もしかして、今、空港にいるの?」



と聞いてみると、

 

「ソウ、イツモノトコロ イルヨ。
クルマ タクサン ナラブ トコロ。」
(そう、いつもの所、居るよ。
車 たくさん 並ぶ 所。)



との事で、守叔父さんの勘違いによって、羽田空港へ迎えに行った事と理解した。

確かに、私は敢えて自分の居場所を守叔父さんへ伝えなかった。守叔父さんは、気を利かせて空港に向かってくれたのだ!

 

「アルイテ、キタンデショ?」
(歩いて、来たんでしょ?)



と言う言葉の意味は、まだハッキリしていないが・・・。

それにしても、本当に本日の仕事は終わったのだろうか? 私のために、簡単に時間を切り上げる事が出来たのだろうか?

二時間前、車は守叔父さんの自宅前にとまっていた。職場はどこで、通勤時間はどのくらい掛かるのだろう?

仕事を終えてから自宅に戻り、車に乗って空港へ向かう。

前もって上京予定を連絡していたのならば理解できるが、たったの二時間前に電話連絡しただけで迎えに来てくれるとは・・・?

本当に、仕事しているのだろうかと疑問に思った。

とりあえず、迎えに来てくれる事はハッキリしたので、

 

「東京には、昨日来ました。」



と伝えた。

 

「ジャア、ココニイナイノネ、ワカッタ。」
(じゃあ、ココに居ないのね、分かった。)



と答えが返ってきた。


 

「今、京急の駅、大鳥居に居ます。」



と再度伝えた。

 

「ワカラナイ、ドコ?」
(分からない、何処?)



何が分からないのだろう?と思いつつ、

 

「京急の駅だよ!
羽田空港から蒲田に向かって途中の駅だよ。」



と念を押してみたが、

 

「ケ・イ・キ・ュ・ウ? ワカラナイ」
(京急? 分からない)



との答え、

 

「じゃあ、何処の駅が良い?」



と聞き返してみるが、

 

「ドコ、エキ、ナニ、ワカラナイ」
(何処、駅、何、分からない。)



との答えに、「ジョーク」なのか? 何らかの言葉遊びが続いているのか?
守叔父さんの「変答(返答)」に困惑してしまった。

守叔父さんは、大田区、港区を中心に運送業を営んでいた、もしくは、現在も営んでいる可能性もある事を考えると、「駅」が分からないはずはない。

守叔父さんは、なぜ「駅」が、分からないと言うのだろうか? 不思議な会話のやりとりが続いた。

この後、私が京急に乗って羽田空港に向かい、送迎用の車寄せまで出向くと言う選択肢があるが、さて、どうしよう? と返答を考えているところに、

 

「ドコ、トマッテルノ?」
(何処、泊まってるの?)



との問いが戻ってきた。

守叔父さんに宿の場所を伝える事はリスキーだと考えていたが、守叔父さんが車に乗って自由に行動していることを勘案すると、拉致・監禁等の可能性は、より低くなったと考えられるので、宿を伝える事とした。

宿の名前だけでは心許ないので、郵便番号、住所を合わせてメールした。

そして、今来たばかりの道を折り返し戻る事とした。

守叔父さんは、迎えに来てくれるのだろうか、無事に会えるのであろうか?

(つづく)
 

2022年9月14日水曜日

「泣けない人」その30



30 、上京二日目.4

二時間後の電話の内容によっては、今日、守叔父さんに会えるかもしれない。

電話の声をもとに状況を察する範囲では、特に問題は無さそうではあるが、まだまだ、気を緩める事は出来ない。

わずか上京二日目で、守叔父さんに接触して良いのか・・・? すこし、戸惑っている自分がそこには居た。

状況報告のため、八王子の豊治叔父さんに連絡を入れた。

 

「守叔父さまに電話しました。(^_^)/ 
昼に合う約束ができそうです。」
2021/11/30 09:02



この時、誤変換の「会う→合う」メールを送った事には気付かなかった。急展開の状況に対して、頭の回転に余裕がなかった様である。

 

「職場で、電話に出ているようでした。」
2021/11/30 09:06



と、追加情報を送信した。

 

「了解です。なるべく広くて見晴らし
の良い落ち着けるところで食事でも
しながら話しを聞いて下さい。仕事
の有無や内容、年金手続き等も守叔
父に自らの意思や見解等聞いて精神
状態を観察して下さい。アンチエィ
ジング注射の回数等も聞いて下さ
い。 」
2021/11/30  9:11



短い文章ながら、多岐にわたる要望が込められた返事であった。

守叔父さんに対しては、上京目的「守叔父さんの様子伺い」を悟られずに接近しなければならない。

その中で、どれだけの事が聞き出せるのだろうか? まだ、会えるかどうかも決まってないし・・・。

自分の上京目的は、表向き(守叔父さんに対して)は「東京観光」である。
東京観光の一つとして、航空写真の撮影を考えており、望遠レンズを付けた一眼レフカメラを持参している。

守叔父さんが、飛行機撮影に興味を持ってくれて、羽田空港周辺の飛行機撮影ポイントに連れて行って貰えると、都合が良いと考えている。

おすすめの撮影ポイントを再度検索し、「京浜島つばさ公園」か、「城南島海浜公園」での撮影ができれば良いな・・・、などと考えていた。

カメラのバッテリーチェックとテスト撮影をしたのち、リュックに入れて外出準備が完了した。

守叔父さんとの会話を録音するために、ボイスレコーダーも準備した。

どこで電話を待つべきか? 守叔父さんが、どの様な行動をするのだろうか?

守叔父さんの職場がどこかも分からないし・・・。

とりあえず、最寄りの駅で電話を受ける事とし、予定時刻の30分程前に宿を出た。

 

・
・
・



最寄り駅は、京浜急行空港線の大鳥居駅である。環八通りと産業道路の交差点の地下にある駅であり、大きな駅ビルがあるわけでなく、地上ではその存在が分かりづらい駅である。

大田区在住の守叔父さんならば、分かってくれるだろうと思い選定した。

もうすぐ駅に着くタイミングで、守叔父さんから電話がかかってきた。予定より20分以上早いものであった。

 

「もしもし」



と電話に出ると、

 

「ツイタヨ! イマ、ドコイルノ?」
(着いたよ! 今、どこいるの?)



との返事が返ってきた。

「着いたよ!」とは、一体、何処に着いたのだろう・・・?

守叔父さんは、何処にいるのだろう? 二時間前の電話では、待ち合わせ場所を決めていないので、不思議な返答に困惑しつつ、

 

「今、京急の大鳥居駅の近くに居ます。」



と答えた。すると、

 

「ワカラナイ」


との返事が戻ってきた。

 

「京急線の駅、大鳥居駅の近くに居ます。」



と再度伝えた。

 

「ワカラナイ」



との同じ返事が戻ってきたので、

 

「何が、分からないの?」



と質問してみたが、

 

「ワカラナイ、イマ、ドコイルノ?」
(分からない、今、何処いるの?)



との言葉に続き、

 

「アルイテ、キタンデショ?」
(歩いて、来たんでしょ?)



との言葉が聞こえてきた。

「歩いて来た」とは、どういう事だろう? 守叔父さんは、私が、何処から歩いて来たと考えているのだろう・・・?

「鹿児島から遊びに来た」とだけ伝えていたが、なんだか、勘違いをしているようだ。

守叔父さんが何処に居るか分からない状況で、どの様に伝えれば良いのだろうか、少し途方に暮れそうな感じを覚えはじめた。

(つづく)