2024年4月10日水曜日

「泣けない人」その100

 


100 、上京四日目.11


八景島シーパラダイスの滞在時間は、場内の移動時間20分、シーパラダイスタワー搭乗10分、計30分程のわずかな時間であったが、守叔父さんは、十分に楽しんだといったような満足そうな笑顔をしていた。

私は、対照的に「船をピューっとやるやつ」の謎が頭から離れずに困惑していた。

クルマを駐車場から出し、移動しはじめて数分後、交差点にて信号待ちをしていると、守叔父さんは、声を出しながら何かを数え始めた。

 

「イッコ、ニコ、サンコ、ヨンコ、ゴコ。」
(一個、二個、三個、四個、五個」



数え終えたようだ。そして、

 

「ゴコダッタネ!」
(五個だったね!)



と言って微笑んだ。何の個数だろう?

周囲で数えられるモノを探したが、「個」の助数詞を使って数えられるモノで「五個」になるものは見つけられなかった。

何「個」とは数えられないものかもしれないな、、、。と考え直してみた。

交差点を横切ったクルマは10「台」以上もっとたくさん走っていたし・・・。

街路樹も数えられないほど、何「本」も林立している。

他に何か視界に入っていたモノが有っただろうか?

守叔父さんが数えはじめた時に、道路に並走している高架上をシーサイドラインの列車が通り過ぎたのが見えていたような・・・気がするが、今は見えていない。

シーサイドライン車両に関する何らかの数なのだろうか? 

ぼんやりして見過ごしていたので分からないが、もしかして「車両数」なのだろうか?

もう一度、見ることができれば確認できるだろう。

信号が変わり、クルマを進めると、運良くシーサイドラインの車両をもう一度、見ることができた。

同一車両では無いかもしれないが、私は声を出しながら数えることにした。

 

「一、二、三、四、五」



と数えた。確かに五両だった。

 

「五両だね!」



と守叔父さんに伝えると、

 

「デショ!」
((そう)でしょ!)



と返事がかえってきた。守叔父さんの表情をみると、数えまちがってなかった事を喜んでいるようだったので、先ほどの「五個」は、車両数の「五両」を数えていたことが理解できた。

車両数を「個」で数えることには少し戸惑ったが、「船をピューっとやるやつ」に比べるとさほど驚きは無く、「助数詞」の使い方もままならないことに気がつくことになった。

 

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その後、クルマは進み、横浜を過ぎ、川崎に近づいていた。 唐突に、守叔父さんが、

 

「フネ、ミタコトアル?」
(船、見たことが有る?)



と言った。

江の島の展望台から「漁船」を見てから数時間しか経ってないのにな・・・?と思っていると、

 

「アッチニ、オッキナフネガアル。」
(あっちに、大っきな船が有る。)



と海とは反対側の西を指差しながら言った。

「船」ならば、「海」の方向を指差すだろうが、、、。

守叔父さんの表現している「フネ」は「船」では無いのかもしれないと推測した。

もしも、シーパラダイスの展望台を「フネ」と表現したのならば、展望台が有るのだろうか?

 

「イッテミル?」
(行ってみる?)



と守叔父さんが聞いてきたので、「フネ」が何であるかを理解する為には良いチャンスだと思い、

 

「行く! 行く!
行ってみたいな!」



と答えた。すると、守叔父さんはウィンカーを左に入れた。そして、次の交差点を左折した。

ちょうど、川崎駅へ向かうルートであった。

守叔父さんの「フネ」は、何を指しているのだろうか?

(つづく)
 

2024年4月3日水曜日

「泣けない人」その99

 


99 、上京四日目.10


行き先の分からないドライブが続いている。 

以前、住んでいた地域周辺なので、道に迷うなどの不安は特に無い。

てっきり、交差点を直進して「横浜ベイサイドマリーナ」へ行くのだろうと思った矢先に、右折するとの事、私の予想は違っていたようだ。

東京湾岸道路を南下すると、突き当たりは「八景島シーパラダイス」である。

守叔父さんの目的地は、「八景島シーパラダイス」なのかもしれないと考え直した。

 

「この先、八景島だよ!
シーパラダイスに行くの?」



と問うと、

 

「ソウ、ソウ!、ソコ、ソコ!
モウスグ、ツク!」
(そう、そう!、ソコ、ソコ!
もうすぐ、着く!)



と言いながら、八景島の方向を指差した。

行き先が「八景島シーパラダイス」であることがハッキリした。

いまさらながら、八景島に行く事が分かっていなくても、「京急金沢八景駅」の近くの交差点を海側へ曲がるように伝えて、海岸沿いを進んでいれば近道だったのにな・・・・。と少しだけ後悔した。

 

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シーパラダイスの駐車場の案内看板を見つけると、守叔父さんは笑顔で、

 

「ココ!、ココ!」
(ここ!、ここ!)



と言って、迷いなく看板の指示通りに駐車場内へ進んだ。

駐車場は八景島の島外にあるため、八景島へは歩いての移動、そして、「マリンゲート」と呼ばれる橋を渡る必要がある。

駐車場から歩いて「八景島シーパラダイス」を目指した。

 

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橋を渡り、シーパラダイス場内に入ると、守叔父さんは行き先がハッキリとわかっているようで、場内の案内図などには脇目もふらず、歩みを続けた。

私は、遊覧船に乗ったことはなく、その乗り場がどこなのか知らなかったので、守叔父さんの後について歩くだけだった。

 

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いくつかの建物に入っては出て、入っては出てを繰り返した後、建物を出ると目の前には、大きなタワーが立ちそびえていた。

タワーの先に遊覧船乗り場があるのだろうか・・・?

守叔父さんは、ドンドンそのタワーに近づいて行った。

「シーパラダイスタワー」の搭乗券の券売機を見つけると、迷いなくチケットを購入した。

「船をピューっとやるやつ」に行くと言っていたのに、目的を変更したのだろうか?

それとも、「シーパラダイスタワー」を「船をピューっとやるやつ」と表現したのだろうか?

まず最初にタワーに昇った後、遊覧船に乗るつもりなのだろうか・・・?

なんだか、キツネにつままれたような気分になった。

1時間ほど前に、「江の島シーキャンドル」の展望台に登ったばかりなので、展望台の「連チャン」である。

昨日の「横浜ランドマークタワー展望台」も含めると、「3連チャン」の展望台となる。

天気が良く、遠くまで眺望できる空気の澄み切った日が続き、ラッキーではあるが、少しお金の無駄遣いかな・・・?とも感じていた。

シーパラダイスタワーは、その展望台部分がゆっくりと回転しながら上下する乗り物で、地上90mから360度のパノラマ風景を見ることができ、「展望台」と「アトラクション」をミックスしたものである。

守叔父さんは、終始、笑顔で遠くの景色を楽しんでいた。


「シーパラダイスタワー」から降りると、来た道をそのまま戻ることになった。

遊覧船には乗らないのだろうか・・・?

 

「船に乗らないの?」



と尋ねると、頭を横に振り否定しながら、胸元からスマホを取り出し「時刻」を確認した後、

 

「カエロウ!」
(帰ろう!)



と言った。

そして、そのまま歩き続けて「マリンゲート」を渡ることになった。

「船をピューっとやるやつ」は何だったのだろう?

まさか、「シーパラダイスタワー展望台」の事を「船をピューっとやるやつ」と表現していたのだろうか?

私は、守叔父さんの言動と行動がまったく理解できない状況に戸惑ってしまった。

(つづく)
 

2024年3月27日水曜日

「泣けない人」その98

 


98 、上京四日目.9

カーラジオに気を取られている間に、私が以前に住んでいた家の最寄り駅である「京急追浜駅前」を通り過ぎていた。

私は、私がこの辺りに住んでいた事を守叔父さんが覚えているかどうかを確認する為に、
 

「先程、通り過ぎた交差点を曲がったら、
以前に僕が住んでた家だよ!」


と伝えると、うなづきながら、

 

「コノアタリダッタ!」
(この辺だった!)



と、覚えているような返事が返ってきた。 しかし、私が伝えるまでは、その事を気にしてなかったようだった。

守叔父さんは、私の為に遠回りをしたわけでなく、目的地への最短の移動ルートとして「横須賀街道(国道16号線)」を選んだようだ。

 

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しばらくすると「京急金沢八景駅」である。 すぐ近くに「八景島」があり、「八景島シーパラダイス」がある! 

以前、何度となく足を運んだことがあった。 遊覧船もあるので、「船をピューっとやるやつ」の目的地になりうる場所でもある。

「金沢八景駅」を過ぎた後、一つ目の信号を右へ曲がれば、最短距離で「シーパラダイス」へ向かえるが、クルマはその信号を直進して通り過ぎたので、目的地ではないのだろう。

このまま、「横須賀街道」を北へ進めば、「横浜港」に近づく事になる。 

 

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しばらく進んだ後、私の予想していた場所よりだいぶ手前の交差点で、クルマは右折レーンに入った。信号機を見ると「富岡町交差点」であった。

「横浜港」へ行くには、直進した方が良いと思ったので、

 

「直進の方が、いいんじゃない?」



と守叔父さんに伝えた。 守叔父さんは、右前方を指差しながら、

 

「コッチ! コッチ!」
(こっち! こっち!)



と言い、目的地へのルートに間違いのないとの自信を持っているようだった。

私のおぼろげな記憶では、右折して進めば、ほどなく高架道路の並走する大通りに突き当たるはずである。

その大通りの一般道は「東京湾岸道路(国道357号線)」であり、高架道路の方は「高速湾岸線」である。

大通りの交差点の角に「ヤマダデンキ」があれば、そこは「鳥浜町交差点」である。

交差点を直進すると、その先には「三井アウトレットパーク横浜ベイサイド」があり、そのモールの隣が、「横浜ベイサイドマリーナ」だったような・・・。 

たしかに、クルーザーがたくさんある場所である。

そこが、目的地なのかもしれない!

 

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道路の前方に高架道路が見えてきた。

続いて、左前方に「ヤマダデンキ」の店舗も見えてきたので、私の記憶は正しかった。

大通りの交差点に近づきながら、守叔父さんは、

 

「アッ、コッチダ!」



と、より確信を得たように、車のウィンカーを出した。

私が直進して「横浜ベイサイドマリーナ」に行くのではないかと予想した矢先、守叔父さんはウインカーを出したのだった。

 やはり、「横浜港」を目指すのだろうか?

「横浜港」へ行くならば、左折しなければならないが・・・。

しかし、その予想も違っており、なぜか、ウィンカーを出した後、右折レーンに入って行った。

直進でも、左折でもなく、右折するとは・・・。

「船をピューっとやるやつ」とは、何を意味しており、場所はどこなのだろうか・・・?

(つづく)

 

2024年3月20日水曜日

「泣けない人」その97

 


97 、上京四日目.8

京急田浦駅前を通過し、横須賀街道(国道16号線)を北上中。

車内ではカーラジオが流れていた。 歌が終わり、ニュースがはじまった。 

ニュースでは、歌舞伎役者の中村吉右衛門さんの死去を伝えていた。

「鬼平(おにへい)・・・。」とアナウンサーが言いかけたタイミングで、守叔父さんがカーラジオの「選局ボタン」を押し、他の番組プログラムを探しはじめた。

私は、中村吉右衛門さんの死因は何だったのだろう?享年は? とチョットだけ集中して聞いていたのだが、その不自然なタイミングでの選局により、聞き逃して分からずじまいになった。

守叔父さんは、なぜ、このタイミングで「選局ボタン」を押して選局し直すのだろうか・・・?

「他人の死」ではあるが、死因や年齢には興味はないのだろうか・・・?

 

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よく考えたら、守叔父さんは運転中であるにもかかわらずに、高い頻度で「選局ボタン」を押している。

NACK5、bayfm、TOKYO FM、J-WAVE、NHK FMなどのFM局を繰り返して選局して、気に入ったものをその都度聴いている。

昨日も一昨日も、同じことを繰り返していた事を思い出した。

もちろん、テレビを「ザッピング」(テレビを視聴している際にリモコンを操作してチャンネルをしきりに切り替える行為)して、好きな番組を探すように、ラジオも自分の聞きたいものを探して聞けばよいのだが・・・。 

私ならば、興味のある番組プログラムが見つかれば、その番組の最後まで聴いた後、次の番組が面白くなさそうな場合には、選局し直しするだろう。

もしくは、電波の受信状態が悪く、雑音がはいるときには、別の局を探すこともあろう。

守叔父さんの「選局ボタン」タイミングは、私のその二つのタイミング、回数とは異なっているようだ。

 

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ニュースが流れている最中に「選局ボタン」を押され、代わりに聞こえてきたのは、上田正樹「悲しい色やね」の歌であった。

「もたれて、泣いたらあかん・・・。」と1番の歌詞の途中であり、サビの「Hold me tight」の流れる少し手前であった。

守叔父さんは、
 

「コレ、ダレダ?」



と聞いてきた。私の好きな曲の一つなので、すぐに答えることができた。

 

「上田正樹!」



すると、守叔父さんは、サビ歌よりも先に、

 

「Hold me tight?」



と曲のサビ歌詞を確認するかのような感じでつぶやいた。

直後、ラジオからの歌声が「Hold me tight」と流れたので、私は拍手して

 

「そうそう、正解!」



と言った。 その後、守叔父さんは、

 

「コノウタ、イイウタダヨネ!」
(この歌、いい歌だよね!)



と言い、言った直後にラジオの音量を上げて、歌声に耳を傾けることになった。

「悲しい色やね」が終わっても、守叔父さんは「選局ボタン」を押さなかった。 続いて流れてきたのは、小林明子「恋におちて -Fall in love-」であった。

 

「コレモ、イイウタダネ!」
(これも、いい歌だね!)



と言って、歌が流れている間は、「選局ボタン」を押すことはなかった。

(つづく)
 

2024年3月13日水曜日

「泣けない人」その96

 


96 、上京四日目.7

缶コーヒーを飲んで一服した後、駐車場へ向かった。

門前通りは、日曜祭日のような賑わいではないものの、その狭い路地には、訪れた観光客が散在していた。

それらの人々をかいくぐって進むため、おのずとゆっくりなペースでの歩みになった。

私は、帰路「丸焼きたこせんべい」のあさひ本店に立ち寄りたいと考えていた。

江の島の名物で、たびたびテレビで紹介されていたため、そのせんべいが焼けるところを見たいと思っていたのだが・・・。 

守叔父さんには興味のないものだったようで、「見ていこうよ!」と声を掛けたものの、スルーされてしまった。

そのため、展望灯台からの帰路は、途中の飲料自動販売機での一服と、お手洗いに立ち寄っただけで、ほぼ素通りであった。

 

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入口の青銅の鳥居をくぐって車道にでると、右手に進み、クルマをとめた「江の島なぎさ駐車場」に向かった。

駐車場でクルマに乗って「船をピューっとやるやつ」に向かって移動しはじめた。

「船をピューっとやるやつ」とは何だろう・・・?

過去の思い出の中で「船」に関して思い出したのは、守叔父さんが操縦するクルーザーに乗せてもらったことである。

その当時、守叔父さんはクルーザーをその所有者から預かり、日常のメンテナンス管理を請け負っていた。

私が叔父さんのところへ遊びに行った際、そのクルーザーを横浜から東京のマリーナへ移動させる必要があり、私も同乗させてもらったのだった。

その時は、運悪く天気がイマイチで風があった。 うねり・波が立っている中での移動であったため、のんびりとしたものではなかった。 下手に喋ると船の激しい揺れで舌を噛みそうになるくらいに揺れた乗船であった。

もしかすると、今でも仕事としてクルーザーの管理を請け負っているのだろうか・・・?

今日の天気なら、視界良好、波もほとんど立ってないので、快適なクルージングとなるだろう!!

期待はしていないが、少しだけウキウキしていた!

 

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クルマは、七里ヶ浜の海沿い国道134号線を鎌倉方面に向かっている。

横浜のマリーナが目的地ならば、その経由地で良いだろう!

「船をピューっとやるやつ」とは、クルーザーに乗って「ピュー」と海に出ることかもしれない。 ほんの少し可能性が高くなった。

 

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しばらく進むと、守叔父さんは、途中、車載のカーナビを操り、道を確認していた。

その画面はモノクロ(単色)モニターであり、旧式のため今風のナビ画面とは見た目が全く異なるものであった。

私はそのナビ画面を横から見ていたものの、その画面はどの位置・場所であるかよくわからなかった。

私の予想は合っているのだろうか?

 

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道路標識を確認すると、鎌倉を過ぎて逗子方面に進んでいた。

目的地が横浜港のマリーナなら逗子方面へ進むより、金沢街道(県道204号線:横浜横須賀道路の朝比奈IC方面)の方が良いのにな・・・? 

目的地が違うのかな・・・? 逗子を通過すると横須賀逗子線(県道24号線)を進んだ。

進み、国道16号線の船越町交差点に出た。 交差点を左折し、国道16号線を北上しはじめた。

以前、私は横須賀市に住んでいた時期があるので、見覚えのある懐かしい風景が次々に目に飛び込んできた。

守叔父さんは、私の為に、敢えて遠回りルートを選んでくれたのだろうか・・・?

目的地が分からぬままのドライブが続いた。

(つづく)
 

2024年3月6日水曜日

「泣けない人」その95

 


95 、上京四日目.6

「年齢当てクイズ」に満足した守叔父さんは、両腕で自分を抱くような格好で、腕をさすりながら、

 

「イキマスカ!」
( 行きますか!)



と言った。少し、風が強くなってきたために、肌寒く感じはじめており、丁度よい頃合いであった。

綺麗な風景を堪能できたことに感謝しながら、展望台を降りることになった。

 

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守叔父さんは、江ノ島展望灯台エレベーターから降りると、下山ルートに進みはじめた。

下り坂とはいえ、守叔父さんの歩みは速く軽快であった。

歩くペースをゆっくりにして欲しかったので、私は守叔父さんに話しかけた。

 

「叔父さん、身軽だね!
足とか痛いところは無いの?」



すると、守叔父さんは自分が健康であることをアピールするために、

 

「オレ、コウヤッテ
(イツモ)アルイテル。」
(俺、こうやって
(いつも)歩いてる。)



と言って、より速いペースで歩きはじめてしまった。

会話しながらゆっくり歩こうと考えていたのが、逆効果となってしまった。私は、守叔父さんの歩きに感服し、

 

「凄いね!」



と伝えた。すると、逆に、

 

「アシ、イタイノ?」
(足、痛いの?)



と聞かれてしまった。

 

「痛くないけど・・・。
(叔父さん)元気だね!と思って。」



と少し、意味深に答えると、守叔父さんは少しゆっくりと歩いてくれた。 そして、笑いながら、
 

 

「サッキ、オトコノコニ
イクツカ キイタラ
ボクハ モウ 26サイ ッテ
オレハ 40サイ デショッテ
チガウヨッテ イッタラ
エーーダッテ。」
(さっき、男の子に
いくつか(年齢)聞いたら
僕はもう 26歳って、
俺は 40歳でしょって
違うよって言ったら
エーーだって。)



と言った。

展望灯台でのカップルとの「年齢当てクイズ」の話であった。 若く思われた事がホントに嬉しいようだ。

私の「元気だね!」という言葉から、守叔父さん本人が元気であり、「元気」=「若い」と繋がり、「年齢当てクイズ」の話になったようであった。

「元気」という言葉が好きなようなので、「超元気、超元気だね!」と伝えると、

 

「ゲンキ!」



と言った後、またもや、スピードアップして歩きはじめてしまった。

私は守叔父さんと同じペースで歩くのをあきらめ、マイペースでゆっくりと歩くことにした。

守叔父さんは、どんどん先に歩いて行ってしまった。 

 

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しばらくすると、先の自動販売機の横で守叔父さんが待ってくれていた。

私がたどり着くと、その自動販売機に小銭を投入し、
 

 

「ハイ、ドウゾ!」
(はい、どうぞ!)

 


と飲み物を勧めてくれた。 温かいものが飲みたくて、缶コーヒーを選んだ。

言葉にトラブルを抱えていても、サービス精神は変わらないな・・・。

コーヒー飲みながら、この後、どうするんだろう?と思っていたら、
 

 

「コンド、ドコイク?」
(今度、どこ行く?)

 


と聞いてきた、
 

 

「どこ、行きますか?」

 


と、質問に対して、質問で返事を返した。

すると、守叔父さんは、
 

 

「ドコデモ ドウゾ、
アッ、マタ、フネヲ、ピーット
ヤルヤツ イコウ!」
(どこでも どうぞ、
あっ、また、船をピューっと
やるやつ 行こう!)

 

 

と言った。

「船をピューっとやるやつ」とは、何であるか理解できなかったが、行き先は守叔父さんに任せることにした。

(つづく)
 

2024年2月28日水曜日

「泣けない人」その94

 


94 、上京四日目.5

江ノ島の展望灯台は、高所にもかかわらず、そよ風が軽く吹く程度で非常に穏やかであった。

12月であっても、快晴の下、その暖かな日差しのため、屋外の展望台であっても寒さをあまり感じなかった。

守叔父さんの発した言葉「ア・ル・イ・テ・ル」を解釈することができたため、守叔父さんが「幽霊」を見ていたわけではないようなので少し安堵した。

そして、同時に守叔父さんの話す意味不明な言葉を理解するための糸口を見つけたような感覚にもなった。

端的には、守叔父さんの使える言葉が少なくなっていて、その少ない言葉を駆使して、会話しているということだろう。

物体が前方に移動することは「歩いている」と表現しているようだ。

そのため、クルマが進むことを「歩いてる」、飛行機が飛んでいることも「歩いてる」、船が進むことも「歩いてる」となる。

一昨日、昨日と飛行機を見ながら、意味不明な言葉を言っていたが、その中にも「歩いてる」という言葉が使われていたのかもしれない。 

飛行機を見上げながら「歩いてる」と言われても、その時の私には理解できなかっただろう。

一日目、イトーヨーカドーにおいて、「トイレ」のことを「オ・ン・セ・ン」と表現したとすれば、「水」に関係した場所をすべて「温泉」と表現しているのかもしれないと解釈できる。

金銭トラブルに関して話していた時の「カイケイシ」とはお金に関係する人を指しており、「会計士」のみを意味しているのではないと解釈できるかもしれない。

つまり、守叔父さんの話す言葉には、間違った言葉を使っている可能性があり、言葉の字面にとらわれずに、柔軟に言葉を類推する必要があるようだと理解した。

使える言葉が少ないから、「アレ」、「コレ」、「ソレ」、「アソコ」などの指示語・指示詞を多用せざるを得ないのだろう。

地名や人物名などの固有名詞もほとんど出てこないし、私の名前も一度も出てこない。

他人とのコミュニケーションにおいて、使える言葉が少なければ会話が成り立たないだろう。その際に、「ワカラナイ」と言う言葉を使うために、何かにつけ「ワカラナイ」という言葉が即座に出てくるのだろう。

「しゃべり言葉」が少なくなっているように、文字が読めなく「読む言葉」も少なくなっているのだろう。「成田」が読めなかった。

文字を書くことができるのだろうか・・・? 疑問がでてきた。

そして、この様に言葉の不自由な守叔父さんは、本当に仕事ができるのだろうか?

仕事だけでなく、どうやって、日常生活を送っているのかさえも疑問である。

守叔父さんの自宅内に入らなければ、日常生活の様子は分からない。

自宅訪問のきっかけを見つけなければ!

と、いつの間にか「遊びモード」から「探偵モード」へスイッチが変わって考え込んでいる自分に気が付いた。

ふと、横を見ると、そこにいたはずの守叔父さんがいつの間にかいなくなっていた。

周りを見回すと、すぐに守叔父さんを見つけることができた。

守叔父さんは、観光客の20代くらいの男女カップルに声を掛け、話しているようだった。

何の話をしているのだろう?と近づいていくと、

 

「ナンサイ ミエル?」
(何歳 見える?)



と守叔父さんが言っており、恒例の「年齢当てクイズ」をやっていたのだった。

守叔父さんは、私が近づいてきたのに気付くと、私を指差した後、

 

「コノコト ドッチ ワカク ミエル?」
(この子と どっち 若く 見える?)



と言った。

カップルは、どっちだろう?と考え込んでいた。私と守叔父さんの顔をそれぞれ何度も見比べていた。

守叔父さんは、そのカップルが答えるのを待つことなく、私を指差しながら、

 

「コノコ、 ジュウゴ シタ!」
(この子、15(歳)下!)


と言った。そして、守叔父さんは自分自身を指差しながら、

 

「ロクジュウゴ!」
(65(歳)!)



と言った。すると、そのカップルが口を揃えて、「嘘っ・・・!、凄く若く見える! 40歳位かと思った! 信じられない!」と言った。

そのカップルの言葉を聞いた守叔父さんは、満足そうな笑顔で、

 

「ワカク、ミエルデショ!」
(若く、見えるでしょ!)



と言った。

言葉のトラブルを抱えているはずの守叔父さんは、平気で他人に声を掛け、笑顔で陽気に振る舞っている。

私は、ふと、自分自身が、同じような言葉のトラブルを抱えた時に、守叔父さんと同じような行動ができるのだろうかと考えた。 私は落ち込んで、笑顔で他人に声を掛ける事ができないかもしれない。 

守叔父さんの頭の中はどの様になっているのだろう・・・?

(つづく)