2024年12月18日水曜日

「泣けない人」その128

 


128 、上京六日目.9

横浜大さん橋の駐車場にクルマを駐め、屋上広場を目指した。

大さん橋は、1階全体が駐車場であり、2階は桟橋としての機能のみならずレストランやカフェ、お土産ショップ、イベントができる大ホールなどがある。 屋上は広大なウッドデッキ広場になっており、横浜港を一望できる施設である。

開業して20年程経つが、駐車場の天井の意匠にもこだわりのあるデザインであり、そのデザインは近未来的だと感じた。

クルマを降りた守叔父さんは、行き先を見定めるために周りを見渡した後、すぐに歩きはじめた。

守叔父さんの歩く方向の先には、ガラスで囲まれた部屋のような物が見え、一見すると喫煙場所のように見えた。

近づくと、周囲の四面はガラスで囲まれているものの、上面には何もなく空いていたため喫煙場所でないことは分かった。

押しボタンがあり、守叔父さんがそのボタンを押すと、自動ドアがスーッと開いた。





その開き方はエレベーターのような動きであったが、天井のないガラスのケージであり、私はその中に入るのを躊躇した。 

 

「これで、行くの?大丈夫?」



と伝えると、守叔父さんは笑い声とともに、

 

「ダイジョウブ」
(大丈夫)



と言った。 守叔父さんが中に入ったので、不安ながらも私も一緒に入った。

上方向には支柱などが全く無いため、下階に行くためのエレベーターなのだろうか・・・?

扉が完全に閉まると、予想に反して上方に動き始めたことに驚いた。

ガラスが3面のシースルーのケージでできたエレベーターには乗ったことがあったが、床面以外の5面がシースルーのエレベーターがあることを知らなかった。

360度周囲が見える状況で、上昇するとは思いもしなかった。

真上を見ると、エレベータの真上の天井には四角い穴があり、その部分にエレベータのケージが入り込むことが理解できた。

しかし、実際には天井にどんどん近づくと、本当にその穴に入るのか少し不安を感じて首をすくめてしまった。

私の心配は不要で、エレベーターは無事に2階に到着した。

私は不安によって心臓がドキドキしていたが、エレベーターから無事に降りると、柱や吊りケーブルの無いエレベーターがどのような機構で上下しているのか興味が湧き興奮していた。そして、 私は思わず、

 

「凄い、エレベーターだね!
こんなエレベーターに乗ったのはじめてだよ!」 



と守叔父さんに伝えた。 守叔父さんは私の興奮した様子を見て、満足そうな顔をして、

 

「スゴイ デショ!」
(凄い でしょ!)



と言った。

私はその近未来的なエレベーターに魅了されていた。 単なる桟橋観光ではなく、近未来的な乗り物に乗ったような感覚が経験ができたことが嬉しかった。

2階から屋上へは、なだらかなスロープを歩き移動した。 床面がすべて木製でできており、柔らかな踏み心地が良かった。

近未来的なガラスのエレベーターとウッドデッキというある意味古式のモノとのバランスが絶妙だと感じた。

守叔父さんがお気に入りの場所の一つなのだろうと思えた。

屋上広場から360度の横浜港を見渡すと、変わった船型の船がたくさん停泊しており、世界的な国際港だなとあらためて感じた。

(つづく)
 

2024年12月4日水曜日

「泣けない人」その127

 


127 、上京六日目.8

駐車場からクルマを出し、移動を開始した。

守叔父さんが、

 

「ドコ、イク?」
(どこ、行く?)



と聞いてきた。

私は守叔父さんが病院へ行く事を受け入れてくれた事と飛行機の写真をたくさん撮影できたことの二つの大きな収穫に満足していた。

そのため、すぐには、やりたい事や行きたい所を思いつきそうになかったので、

 

「叔父さんの行きたい所に
行こう!」



と返事を返した。


守叔父さんは、少し考えた後、

 

「OK!」



と言った。 さて、どこに行くのだろう? また、りりぃさんとの思い出のある場所に行くのだろうか・・・?

ボウリング場のある交差点を左折して、産業道路(東京都道・神奈川県道6号東京大師横浜線)を南下しはじめた。

また、横浜方面へ行くようだ。

ランドマークタワーに行った時と同じルートを進んでいた。

しばらくして、大きな音量でカーラジオが流れている中、確認しなければならない事を思いだした。

守叔父さんは、「健康保険証」を持っているのだろうか?

 

「叔父さん、健康保険証って持ってるの?」



と聞いてみた。

 

「エッ、ナニ?」
(えっ、何?)



と分からないようだった。 再度、

 

「健康保険証、保険証、
病院に行くときに使うこんなやつ」



とジェスチャーでカードであることを伝えると、うなずいて理解したような表情であった。 しかし、口から出てきた言葉は、

 

「メンキョショウ、モッテイキマス。」
(免許証、持っていきます。)



であった。「健康保険証」の事を「免許証」と間違って言ったのだろう。

運転中のため、保険証の有無は後ほど再確認が必要だろうが、私の直感では守叔父さんは健康保険証を所持しているように感じた。
 

・
・
・



大黒ジャンクションをグルっと回り、横浜ベイブリッジを渡ったが、遠方の視界が悪く、富士山は見えなかった。

本牧ふ頭を通過して、山下公園を右手に見ながらクルマを進めた。

山下公園を過ぎて一つ目の交差点を右折し、前回とは違うルートを進みはじめた。

そのまま直進し続けると、横浜港大さん橋国際旅客ターミナルであった。

守叔父さんは躊躇することなく、ターミナルへクルマを進めた。

私は知らなかったが、ターミナル内に駐車場があるようだ。

ココも、守叔父さんの行きつけの場所のようだ。

 

「リリィチャント、
ココキタ。」
(りりぃちゃんと、
ここ来た。)



との事、私の予想した通り、りりぃさんとの思い出の場所巡りであった。

土曜日であったが、すんなりと駐車場にクルマを駐めることができた。

(つづく)
 

2024年11月27日水曜日

「泣けない人」その126

 

126 、上京六日目.7


浮島町公園の最寄りの駐車場は、高速道路浮島入口の手前の交差点を右折するとすぐ見つかった。

駐車料金は4時間で千円であり、公園でのんびりできる料金であった。

駐車場を出て公園へ向かい歩み始めると、すぐに飛行機の到来があったため、私と守叔父さんは、

 

「ウヮー、キター!」
(うゎー、来たー!)

 


「うゎー、来たー!」




と、ともに声を挙げることになった。

100メートル程歩き、交差点の横断歩道を渡ると浮島町公園の入口に到着した。

入口の看板には、「海風の森 川崎区市民健康の森(浮島町公園)」と記されていた。

公園の入口付近は木が多く立ち並んでおり、視界が悪かったが、歩み進めるとすぐに広々とした光景にたどり着いた。

多摩川河口から東京湾に海が広がり、その水景の先に羽田空港が見えた。



守叔父さんは歩きながら、

 

「キタ、キター!
マタ、キター!」
(来た、来たー!
また、来たー!)



と何度も何度も、遠くを指差して興奮していた。

目を凝らして、その指先の指す方を見ると、着陸態勢の飛行機が複数近づいているのを見つけることができた。

よく見ると、ほぼ同時に着陸するような接近であった。
 
羽田空港には4つの滑走路があり、平行する滑走路があるため、同時に着陸することができるようだ。

機体がどんどん近づき、最接近した後、少し離れたところで着陸する様子が見られた。

私はカメラを取り出し、飛行機の撮影を始めた。

次から次に飛来するそれぞれの機体を狙って撮影した。

飛来する飛行機が途切れた時に、撮影したものを見直していると、同じフレームに別の機体が写り込んでいるものがみつかった。



駐機中の飛行機ならば同じフレームにたくさんの飛行機を入れて撮影することができるが、一枚の写真に飛んでいる飛行機を複数機入れることは難しいだろう。

たまたま運よく撮影されたものではあったが、私にとって初めての経験であったため、内心非常に興奮していた。



複数機写っているのを見つけて以来、意識して同じフレームに複数の機体を入れて撮影することにチャレンジしはじめた。

そのチャレンジに集中し、完全に自分の世界に入り込み、撮影に集中する時間が続いた。

そして、遂に同時に「3機」飛行している写真を撮影することができた。



心の中で「やったー!」と叫んでいるときに、守叔父さんの「カエロウ!(帰ろう!)」という言葉が耳に入ってきた。

すでに、写真を撮影しはじめてから1時間が経過していた。

「同時に3機」の撮影ができたことにより満足できたので、素直に「帰ろう!」と相づちをうった。

守叔父さんもたくさんの飛行機を見ることができて満足できたようで、

 

「スゴイネ!、スゴカッタネ!」
(凄いね!、凄かったね!)



と言った。

(つづく)
 

2024年11月20日水曜日

「泣けない人」その125

 

125 、上京六日目.6

産業道路(国道131号線)を南下して、浮島町公園に向かっている。公園は宿から7km位の道のりであり、クルマならば15分程度で行ける場所である。

月曜日に病院へ行くためには、守叔父さんの予定を聞かなければならない。

今日の目標は、守叔父さんの月曜日の予定を聞き出し、予定がある場合は、その予定を別日に変更可能かどうかを確認しなければならない。

守叔父さんの運転中の状態で、月曜日(明後日)の予定を聞いてみた。

すると、

 

「ゲツヨウビ、オレ、
マタ、イカナイトイケナイ。」
(月曜日、俺、
また、行かないといけない。)



と言った。 今朝、行ってきたと言う「カイロ」に月曜日も行くのだろうか?

仕事は、火曜日〜金曜日と言っていたので、仕事ではないだろう。

 

「何時に行くの?」



と聞くと、
 

「クジカラクジハン。」
(9時から9時半。)


と返事が返ってきた。 用事自体は30分程度の用事なのだろう。

 

「あのさ、守叔父さん、
腕の事、気にしてたでしょ。」



と伝えた。

 

「ナニガ? ワカンナイ。」
(何が? 分かんない。)

 

 

と返事が戻ってきた。 守叔父さんの腕の「シミ」辺りを指差して、

 

「ココを気にしてたでしょ!」



と伝えた。 すると、

 

「アア、ココネ!」
(ああ、ココね!)



と思い出してくれた。

 

「どうしたら、治せるか調べてみたんだよね!
そうしたら、いいところが見つかったんだよね!
叔父さんの家の近くで相談に乗ってくれる
ところが見つかったんだよね!
月曜日の朝9時に行けばね。」



と伝えた。しかし、イマイチ、運転中の叔父さんは私の言葉をうまく理解できていないようだった。つづけて、

 

「そこの先生が、すごく良く話を
聞いてくれるみたいなので、
相談してみたら良いよ。
健康診断も受けてないでしょ。
健康診断受けたら、
どうやったらそれを治せるか、
分かるみたいだよ。」



と伝えた。すると、

 

「ゼーンブ、ヤルト
ワカルンダ!」
(全部、やると
分かるんだ!)



と私の話を理解してくれたようだった。 続けて、

 

「カラダガドンドン、
ヨクナルンダ!」
(体がどんどん、
良くなるんだ!)



と前向きな言葉が返ってきたので、

 

「叔父さんが良ければ、
行ってみない?」




と伝えると、

 

「クジカラジュウジハダメダケド、
ジュウジカラナライイヨ。」
(9時から10時はダメだけど、
10時からなら良いよ。)



と返事が返ってきた。 病院の予約は9時ではあるが、遅れても大丈夫ですと言われているので、問題はないだろう。 

 

「では、10時に行ってみようね!」



と伝え、それ以上は念押ししなかった。

その時、ちょうど、浮島町公園に到着した。

(つづく)
 

2024年11月6日水曜日

「泣けない人」その124

 


124 、上京六日目.5

豊治叔父さんからのメッセージによって、疑問が増えたが、会社のトラブル云々の前に、ともかく、病院へ連れていく事が最優先である。

2年前に、守叔父さんの意思が強くて病院へ行かなかったとするならば、今回も病院へ行く事は難しいことになることも予想される。

私より歩くのが早く、体力もある守叔父さんを無理やり病院へ連れて行く事はできないだろう。 

守叔父さんの意思を変えて、病院へ行かせるしかない。そのためには時間がかかることになるかもしれない。 少しだけ、言い訳的なメッセージを豊治叔父さんへ送信することにした。 

 

「自分が若く見える事が、現在の守叔
父さまの自尊心を守っている状況で
す。そのプライドを傷つけると、一
挙に老け込んでしまうのではないか
と心配しており、なるべく、傷つか
ない状況を作れることを希望して行
動しているので、少し、まどろっこ
しく感じるかもしれませんが、ご容
赦くださいませ。 脳の話しは、豊
治叔父さまからの連絡分は、良く理
解しております。 認知に関して
も、以前1年前、グループホームで
働いた経験が役に立っています。」
2021/12/04 10:19



送信したのち、時刻を確認すると守叔父さんとの待ち合わせ時間の10分前であった。

慌てて外出の準備をしていると、守叔父さんから電話が掛かってきた。

電話にでると、守叔父さんはすでに私の宿の前に到着しているとの事。

急いで部屋を出ることになった。

さて、今日はどこに行くのだろう・・・?

1階に降りると、フロントの正面にシルバーの守叔父さんのクルマが停まっていた。

私は、大きめな声で
 

「おはようございます!
待たせてごめんなさい。」



と声をかけたあと、クルマに乗り込んだ。

守叔父さんは笑顔で、
 

「イヤネ、ムコウカラネ、
キョウ、ニチヨウビダッタカラ、
クルマガゼンゼン、
アレナイカラ、ハヤカッタ。」
(いやね、向こうから、
今日、日曜日だから、
クルマが全然、
あれ無いから早かった。)


と言った。 交通渋滞が無かったから早く着いたという事だろう。

私が「そうだったんだ。」と相づちを打つと、すぐに、
 

「ドコイク?」
(どこ行く?)


と私に聞いてきた。 私の行きたい所に、連れて行ってくれるようだ。

私はすぐに、行きたい所「浮島町公園」を思いついた。

3日前に「浮島町公園」の近くまで連れて行って貰ったけれど、駐車場が分からずに行けなかった場所である。 

再度調べると、駐車場が近くにあることが分かっていた。

「浮島町公園」と言っても伝わらないと思い、

 

「ボウリング場の交差点を左に行くところ、
駐車場があるみたい!
飛行機を見に行こう!」


と伝えると、

 

「アア、アソコ、
ワカッタ。」
(ああ、あそこ、
分かった。)


と、すぐに行き先を理解して、クルマを発進してくれた。

(つづく)

2024年10月30日水曜日

「泣けない人」その123

 


123 、上京六日目.4

守叔父さんを病院へ連れていくアイデアを思いついたので、豊治叔父さんへメッセージを送ることにした。

 

 

「MRIなどの用語は、一切話してませ
ん。 一般的なことであっても、一
度決めたことを覆せません。 私の
行きたいところへつれていくと言い
ながら、守叔父さんが行きたい所へ
行く状況です。 コントロールが難
しいので、 本人の意思を病院に向
かせる事は、 骨がおれそうです。
本人が興味のあるシミの手入れを取
っ掛かりにすることが良策だとおも
っています。 最善ではないですけ
どね。」
2021/12/04 09:32



続けて、

 

「本人の口から、”嫌だ”の言葉が、一
度でも出たら、ゲームオーバーの様
子です。」
2021/12/04 09:39



とメッセージを送信した。  すると、すぐに豊治叔父さんからの返事が届いた。

 

「時間を要しても『それなりの歳なん
だから気にしない方が良い』を繰り
返し話しかけたらいいかもしれませ
ん。 手のシミとはどんなものです
か?」
2021/12/04 09:40



私は、豊治叔父さんからの返事を読み、少しだけ苛立ちを感じた。

なぜならば、どうすれば、守叔父さんの意思を「病院へ行く。」に変えるかが「鍵(キー)」となり、私はその事に集中して考えているのにもかかわらず、「手のシミ」そのものに豊治叔父さんが興味を持ったからだ。

私は、「手のシミ」には興味なく、対処する事を考えていないし、治療することなど全く考えてもいない。 ただ単に、「病院へ行く。」と意思を変えるために、「手のシミの悩み」を利用しようと考えているだけなのである。 

遠まわしではあるが、私の考えを伝えるために、メッセージを送信した。

 

「歳とると、誰にでもある。私にもあ
るチョッとした、ほくろの大きめの
ものを 非常に気にしています。 直
したいけど、どうすれば良いのか分
からないと。 私に直し方を相談し
てきましたので、 病院へ行く口実
には丁度良いと考えてます。」
2021/12/04 09:46



しばらくして、豊治叔父さんから返事が届いた。


「『なぜ?』を本人から言える状況を
作ることしか無いでしょうね。 本
人はMRI検査の受けて認知症だと診
断されたらお終いだと意識の奥にあ
るのでしょう。2年前から現在では
時間を経た分、悪化している可能性
が高いのです。 どんな口実でも良
いのです。病院に連れて行って下さ
い。」
 2021/12/04 09:49



豊治叔父さんからのメッセージを読み、私の頭は混乱した。

「『なぜ?』を本人から言える状況を作ることしか無いでしょうね。」とは、どういう事だろう?

「なぜ、私は病院へ行かなければならないのか?」と守叔父さん本人に考えさせる状況を作ることなのだろうか?

イマイチ、言葉の意味を理解できなかったので、読み飛ばすことにした。

続く文章、「本人はMRI検査の受けて認知症だと診断されたらお終いだと意識の奥にあるのでしょう。2年前から現在では時間を経た分、悪化している可能性が高いのです。」と書かれていることに疑問を持った。

守叔父さん本人は、2年前、認知症の自覚症状があったのだろうか?

仮に、2年前、守叔父さんに認知症の自覚症状がなく、自分の脳に「自信」があったとするならば、認知症の検査を自ら進んで受けただろう。そして、脳が「正常」であることを証明すれば、安西さんとの会社でのトラブルは起きなかったのではないだろうか?

逆に、認知症の自覚症状があった場合、その原因を調べ、治療するために、検査を自主的に受けるのではないだろうか?

豊治叔父さんのいうところの、守叔父さんが「無知」だから、検査を受けないと言う選択肢があったのだろうか?

いずれにせよ、脳の検査を2年前に受けるべきであったと考えられる。 と言うか、2年前に脳の検査を受けているのではないか?とすら疑って考えた。

「守叔父がMRIを嫌がるのは安西が守叔父に『認知症だ痴呆症だ』MRI検査をすれば分かります。と反論してるせいでは無いかと思います。」という言葉があったが、安西さんは、すでにMRI検査でなくCT検査を守叔父さんに受けさせていて、脳に障害があることが分かっているのではないかとも考えることができた。

豊治叔父さんは、どれだけ弟の守叔父さんの現在の状況を正しく理解しているのだろうか?

そして、2年前の状況をどれだけ、正しく理解していただろうかと、疑問になった。

守叔父さんが認知症であると仮定すると、その守叔父さんの発した言葉は、信頼に値するものとはならない。

2年前の当時の守叔父さんの言葉を、豊治叔父さんは鵜呑みにしているだけではないかと私は考え始めていた。

そして、「2年前から現在では時間を経た分、悪化している可能性が高いのです。」と書かれているという事は、豊治叔父さんは、守叔父さんが脳障害を伴う認知症であると考えているという事なのだろう。

先ほどは、「ストレス障害では無いかと思います。」と豊治叔父さんは書いていたが、ストレス障害ならば精神的なものであり、CT/MRI検査では「正常」という結果がでるのだろうと考える。

豊治叔父さんの考えていること自体も矛盾しているように思い、困惑した。

そして、安西さんは、2年前に何と言っていたのだろうかと気になった。

豊治叔父さんは、安西さんと直接会話した事があったのだろうか・・・?

もし、当時、守叔父さんの話だけを聞いて、安西さんと会話していなければ、正しい情報は
得られなかっただろう。

トラブルが起きたとき、当事者の片方からだけ話を聞いても、そのトラブルを解決はできない。

豊治叔父さんは、「俺が弁護士を雇ってトラブルを解決した。」と言っていたが、2年前のトラブルは本当に解決できているのだろうか・・・?

(つづく)
 

2024年10月23日水曜日

「泣けない人」その122

 


122 、上京六日目.3

しばらくして、豊治叔父さんからメッセージが届いた。

 

「私の推測では家に灯りを消して閉じ
こもる様子から見て、2年ものコロ
ナ禍の自粛ムードで何処の弁護士や
警察など公的機関の腰の引けた対応
や安西等の強弁で自分を信じて貰え
ない悔しさ等のストレス障害では無
いかと思います。 兎に角、心療内
科に連れて行って下さい。そこから
最新MRI設備の有る大学病院で精密
検査して貰えるように誘導して下さ
るようお願いします。」
2021/12/04 08:49



豊治叔父さんは、守叔父さんの現状はストレス障害によるものであり、認知症ではないと考えているようだ。

たしかに、ストレス障害の可能性もあるだろうし、その場合は治療が可能かもしれない。

社会福祉士の栗山さんから教えていただいた「前頭側頭型認知症」の可能性についてメッセージを書こうとも考えたが、推察の範囲であり説明に手間もかかるので、やめることにした。

いずれにしても、病院へ行き、検査を受ければ分かることだろう。

豊治叔父さんのメッセージに対して、返事をせずにいたら、続けてメッセージが届いた。

 

「守叔父がMRIを嫌がるのは安西が守
叔父に「認知症だ痴呆症だ」MRI検
査をすれば分かります。と反論して
るせいでは無いかと思います。しか
し、アミロイドβが多少有っても必
ずしも「全てが認知症」とは言えま
せん。個人差が有るからです。歳を
重ねれば、誰でもアミロイドβが脳
内に発生しているからです。むし
ろ、安西が周りに「守叔父は認知症
だ」と仕掛けた時にさっさと診断を
受けていれば問題無かったハズで
す。無知と恐れが有ったのでしょ
う。 自分から調べれるのを怠った
ので現在が有るのです。全てストレ
スでしょう。」
2021/12/04 09:19



豊治叔父さんはストレスが原因というけれど、極度のストレスによって言葉が理解できなくなるほどの人が、クルマを上手に運転できるのだろうか・・・?

『安西が周りに「守叔父は認知症だ」と仕掛けた時』とは、安西さんと守叔父さんの間でトラブルがあったときの事だろう。

トラブルとは、守叔父さんの会社を安西さんが乗っ取るかどうかの話だったと思うけれど、会社を乗っ取るために、社長(守叔父さん)を認知症に認定して何の得な話があるのだろう?

従業員は数人の運送会社である。 会社の規模(売上など)を考えると、乗っ取る価値のある会社ではないだろう。

わざわざ、守叔父さんを認知症に仕立て上げて、会社の経営権を奪ったところで、儲けがでるわけでもない。

トラブルがあった時には、すでに認知症を患っていて、認知症のために、会社でトラブルが起こっていたと考える方が自然だと思われる。

安西さんは、単に守叔父さんの認知症を疑い、その検査を受けて欲しかっただけなのではないだろうか?

とにかく、病院へ行き検査することが最大の課題である。

当時、病院へ行けず、MRIを嫌がったのならば今回も無理なのではなかろうか・・・。

などと、考えていると、ふと、思い出したことがあった。

看護師さんのアドバイスとして、守叔父さんが体の事で、困っている事を見つけてくださいとの事。

そして、守叔父さんが困っているだろうことを思い出した。

それは、腕の辺りを気にしている事だった。

昨日、シャツの右腕をまくり上げて、腕にあるシミを気に掛けていたのだった。

年齢とともに、誰にでもできるシミのようであったが、そのシミを消したいと訴えていた。

守叔父さんは、自分を若くみせることに余念がない。

「病院へ行けば、消すことができるよ。」と守叔父さんへ伝えれば、病院へ行くと言ってくれるかもしれない。

(つづく)