2022年11月16日水曜日

「泣けない人」その39

 


39 、上京二日目.13

守叔父さんの歩きは、思いのほか速かった。その歩みは、遊園地において次の乗り物へ急ぐ子供のような感じであった。

エレベーターホールへ向かう途中で、私の方を振り返り、ニコニコした満面の笑みで、

 

「ココハ、オモシロイヨ!」
(ここは、面白いよ!)



と言った。ここのイトーヨーカドーは何か特別な店舗なのだろうか?と思いつつ、守叔父さんの後を追った。

守叔父さんの歩みは、エレベーターホールでは止まらず、その横の階段ホールへ進んで行った。そして、子供のごとき軽快なステップで、ポン、ポン、ポンと一段飛ばしで階段を駆け下りていった。

守叔父さんは、66歳! だいぶ前に赤色のちゃんちゃんこに袖を通した人である。その叔父さんが階段を一段飛ばしで走って降りてゆく!!!  非常に元気そうであり、快活そのものであった。

一階下のエレベーターホールに進み出ると、その先にはテーブルやイスがたくさん並んだフードコートが広がっていた。

グルメな叔父さんだと思っていたので、まさか、フードコートに連れて来るなんて、思いもしなかったが・・・。

ふと、一週間前(11月23日午前)の電話での言葉「オ、カ、ネ、ナ、イ・・・。」を思い出していた。

私は、特に好き嫌いがあるわけでなく、特別なグルメでもない。 今は、守叔父さんの様子をみることが主目的であるので、食べ物にこだわることもない。

クルマに乗った直後に守叔父さんの言っていた、

 

「オモシロイトコロニ イコウ。」
(面白いところに行こう。)

「ズゥーーット イッタトコロノ ヒダリニ、
イッパイ タベルモノガアルノ!」
(ずーーっと行ったところの左に、
いっぱい食べるものがあるの!)



とは、イトーヨーカドーのフードコートの事であったのだ。

たしかに、色々な種類の食べ物がある。 子供の頃ならば、楽しい場所の一つであろうが、・・・。

今は、守叔父さんの行動を細かく見る方が大切である。 特に要望したわけではないが、豊治叔父さんのアドバイスとおり「なるべく広くて見晴らしの良い落ち着けるところで食事でもしながら話しを聞いて下さい。」の状況となった。

フードコートを見渡すと、ハンバーガー店、丼物店、ステーキショップ、蕎麦屋さん、うどん屋さん、などがあり、計8店舗ほどの店が並んでいた。 

一足先に着いた守叔父さんは、店内案内図の手前で立ち止まり、私の方を振り返っていた。そして、その案内図を指差しながら、

 

「ココデ、ナニ、タベタイ?」
(ここで、何、食べたい?)



と聞いてきた。

その案内図には、それぞれの店名とそれぞれの食べ物の写真が掲載されていた。

私は、何でも良いな・・・。と思いながら、「何が良いかな・・・?」と相づちを打つと、守叔父さんは、

 

「オレハ、コウイウノ、イツモ タベタイノヨ!」
(俺は、こういうの、いつも食べたいのよ!)



と、うどんの写真を指差しながら言った。消化もよさそうだし、話をしながら食べるのにはもってこいの食べ物だと思ったので、同意することにした。

それにしても、あっさりと私の選択権は消失したな・・・。

もちろん、フードコートなので、好きなモノを、好きなお店で購入し、持ち寄って食事できる訳だが、あえて守叔父さんと同じモノを選び、日頃の食事を観察することにした。「それで、良いよ」と答えると、目をキラキラさせながら、

 

「イク?」
(行く?)



と再度、聞き返してきたので、「うどんで良いよ!」と答えた。すると、ニコッとした表情をした後、スタ、スタ、スタと歩きはじめた。

周りの店舗には目もくれず、それぞれの店舗の前を躊躇なく通り過ぎ、奥の方へ歩み進んで行った。その歩みから通い慣れた場所であることがよく分かった。

一番奥の店舗がうどん屋さんであった。 先に4人のお客さんが並んでおり、その列の後ろに二人とも並んだ。

守叔父さんは、立ち止まると共に、振り返り、パントマイムによってうどんを食べる様子をした。その後、

 

「ココ、オイシイ!」
(ここ、美味しい!)



と、笑みを浮かべながら言った。 うどん屋さんの壁に掛かったポスターサイズの大きなメニューには、番号と共に写真が並んでおり、きつねうどん、肉うどん、天ぷらうどん等、十数種類の商品があった。 必要に応じて、トッピングもプラスできるようだった。

守叔父さんは、一体、どのうどんを注文するのだろう・・・?

(つづく)
 

2022年11月9日水曜日

「泣けない人」その38

 


38 、上京二日目.12


守叔父さんは、目的地の大きな建物を指さしながら、

 

「アソコニ ホラ、イチバン ウエニ アルカラ、
アソコカラ、クルマデ ピューット イッタラ、
コノ ネダンデ、イチネン、ア、イチネンジャナイ、
アノ、イチマンエン クライカ、
ソウスルト、コレ マッタク オカネ トラレナイカラ。」
(あそこにほら、一番上にあるから、
あそこから、クルマでピューと行ったら、
この値段で、一年、あ、一年じゃない、
あの、一万円位か、
そうすると、これまったくお金取られないから。)



と言い出した。 どういうこと??? 「何?、 何?」と聞き返すと、軽くハンドルを叩くフリをしながら、


 

「コレハ、 ゴハン タベテ、アノ、マッ、
アノ ズーット シタヘ モドルト、
ゼンゼン、 オカネ トレナイ。」
(これ(この車)は、 ご飯食べて、あの、まっ、
あのずーっと下へ戻ると、
全然、お金取れない。)



と言い、説明し終わった様子で、

 

「イミ ワカル?」
(意味わかる?)



と聞いてきた。 私は、正直、何を言っているのかチンプンカンプンだったので、素直に、
「分かりません。」と答えた。 すると、

 

「イケバ、ワカル!」
(行けば分かる!)




との答えが返ってきた。行けば、分かる!ならば、行けば良いだけ!

その時の守叔父さんの口調は、これらの説明がさほど重要ではない様子だったので、聞き返すことはしなかった。

 

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目的地の建物と車道の間には、車道よりも広そうな歩道があり、また、その歩道と建物の間には、植栽を伴う駐輪場もあった。

駐輪場の間を通り抜けて、建物内へ進入した。建物の周囲の環境は広々としているため、建物内もゆったりとしているのかな?と予想したが、その予想に反して、進入後はすぐにスロープがはじまった。そして、そのスロープは思いのほか急な上り坂であった。

その坂は軽自動車ならば、アクセルをかなり踏み込まねば登らないようなものであったが、守叔父さんのクルマはスイスイ登って行った。

駐車場は何層もあるようだったが、その一番最初のフロアーに空車ランプが光っていた。守叔父さんは、そのランプを指差し確認した後、「ダイジョウブ」との言葉とともに、入場券の発券機の横にクルマを一旦停止させた。

入場券を受け取ると、ゲートバーが上昇し、クルマを発進させて駐車場内へ入った。

11時15分頃の駐車場には、多くのクルマが既に停まっていたが、チラホラと空いた駐車エリアがあった。エレベータや階段近くの空きエリアを見つけ、その駐車エリアへ止めることとした。

全長の長い高級外車ならば、 立体駐車場の狭いエリアの中で、何度も前後しつつ切り返しをして駐車するものと思いきや、守叔父さんは、前後左右のクルマのそれぞれにギリギリ近づくものの、たった一度のバックで、その駐車場エリアへクルマをとめた。

クルマから降りて、左右の白線とのクルマの間隔を見てみると、ど真ん中にとまっていることがわかった。さすが!!

 

「守叔父さん! さすが、運転うまいね!」



と声を掛けた。すると、

 

「ダイジョウブ」
(大丈夫!)



との返事が返ってきた。

大丈夫と言われたものの、なんだか、少し違和感を覚えた。

周囲を見回してみると、守叔父さんがクルマを止めたその駐車エリアは、身障者用のエリアであった。 その場所が、エレベータに近いのも納得できた。

他の場所にも空いているスペースがあったので、守叔父さんへ、

 

「ココは、身障者専用だよ! 別の場所にとめ直そう!」



と伝えたが、同じく。

 

「ダイジョウブ」
(大丈夫!)



との返事が返ってきた。ベンツの不法駐車に関して、注意してくる者は居ないって事なのか? それとも、身障者専用の意味が分かっていないのだろうか・・・? 念のため、もう一度、

 

「身障者用だよ!」



と、言ったみたが、守叔父さんは、再度、

 

「ダイジョウブ!」
(大丈夫!)



との返事とともに、エレベーターの方向へ歩みを進めた。以前も、駐車禁止の場所に、平気でクルマを停めていた事もあったので、ルールから逸脱することに慣れっこなのだろうか・・・?と感じた。

エレベーターの横にライトアップされた建物のフロア毎の案内表示があった。その表示から、今居る場所はイトーヨーカドーの建物内であることがわかった。 

久しぶりに会った甥っ子との会食は、イトーヨーカドーの店内なのだろうか???
私に何を食べさせ、本人は何を食べたいと考えているのだろうか・・・?
 

そして、「ダイジョウブ!」と何度も繰り返して言っている事に意味があるのだろうか・・・?


(つづく)
 

2022年11月2日水曜日

「泣けない人」その37

 


37 、上京二日目.11

立体交差の高架道路を登り、そして降りると片側4車線、計8車線の広い道路へ出た。

都内を南北に走る基幹道路の一つだと思われる。のちに調べると、第一京浜であった。その道路を北上している。 

 

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守叔父さんは、理解し難い話を続けている。

 

「イマハ、モウタイヘン!」
(今は、もう大変!)



と、言い出した。そして、

 

「ドウダトオモウ・・・、オレノオカネ?」
(どうだと思う・・・、俺のお金?)



と、言った。 お金の事をどう思うかと聞かれても、答えようが無いのだが・・・。 現在の守叔父さんの収入額を推測させたいのだろうか? と思いついたタイミングに、

 

「サンジュウマンシカナイ。」
(三十万しかない。)



と言いながら、少し情けなさそうにハッ、ハッ、ハッと笑い声をあげた。
続けて、

 

「ソンデ、クルマノトコロニ、ヒャクニジュウマン ヲ ハラッテサー、」
(そんで、クルマの所に、百二十万を払ってさー、)



言った。三十万の収入に対し、何らかの出費が百二十万円!!!???
一体どういうことだろう??? それは、本当に大変なことであることに間違いない!

そして、ボソッと

 

「タイヘンダヨナ!」
(大変だよな!)



と言った。私は、守叔父さんが、大きな金銭トラブルを抱えているかもしれないことに、たまらず、「どういうこと?」と質問を返した。すると、

 

「テドリガ、サンジュウマン デ、 オレノトコロニ クルジャン。
ツウチョウガネ、ソンナカニ、オレハ、ソコデ、イツモ、
ジュウニマン、ジュウニマン ッテ、ハラッテルンデス」
(手取りが、三十万で、俺のところに来るじゃん。
通帳がね、その中に、俺は、そこで、いつも、
十二万、十二万って、払ってるんです)



と答えた。相槌として、「車代を十二万払っているの!」と言うと、

 

「ソウ!、ソウスルト、ジュウニマンデ、ノコッタノガ、
ジュウハチマン クライシカ ナイジャン」
(そう!、そうすると、十二万で、残ったのが、
十八万位しかないじゃん)



と言った。「百二十万を払ってさー」とは、何だったのだろう?
手取りが30万円、車代が12万円、残りが18万円ならば、120万円は何のお金なのだろう・・・? 私の疑問は未だに解決していないが、守叔父さんは、説明し終えた表情をしていた。

守叔父さんは、続けて、首の後ろに手を回しながら、

 

「ココガ、カタクテ、ホラ、
カイロ、カイロ ニ マイニチ イッテルノ」
(ここが、固くて、ほら、
カイロ、カイロに毎日行ってるの) 



と言い出した。カイロプラクティックなどの整体に毎日通う必要があるのだろうか?と思っていると、

 

「ゲツヨウビ、ゲツヨウビ、ゲツヨウビ ト ズーット カヨッテイルノ。」
(月曜日、月曜日、月曜日、ずーっと通っているの。)


と言っている。毎週と言うところを、毎日と言い間違えたのだろうか? 確かに、週一通いならば、カイロプラクティックも納得できる。「毎週月曜日にカイロ行くの?」と聞き返すと、

 

「ソウ!」
(そう!)



との答えが返ってきた。
言葉遊びではなく、言葉の誤用なのだろう。
先ほどの、「120万円」は、「12万円」と言い間違えた事だったのだろうか・・・?

私の頭の中は、守叔父さんの言葉を反すうしつつ、その状況を少しずつ理解しつつあった。

 

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第一京浜を北上し、大きな交差点を3つほど通り過ぎた後、守叔父さんは、左にウィンカーを入れて、左折レーンへ進み入れた。

道路標識は、左折がJR大森駅方面である事を示していた。

信号を左折し進むと、すぐに京急本線の高架下を通過した。その後、100mくらい進んだところで、再度、左ウィンカーを点滅させはじめた。

目的地に到着したらしい。歩道の先に大きな建物が見え、その建物の上階には立体駐車場があるようだ。

(つづく)

 

2022年10月26日水曜日

「泣けない人」その36

 


36 、上京二日目.10

守叔父さんの運転する車は、乗り心地がとても良かった。
さすが高級外車ベンツって感じであった。

20年ほど前の型式の古いクルマであるが、外回り、車内の清掃は共に行き届いており、新車の様な感じを受けるほどの状態であった。 メンテナンスに余念が無かったようである。 また、適度な芳香剤の香りが漂っていたため、古い車によくあるカビ臭さ・ほこり臭さの様なものも感じることはなかった。

さすがに、カーナビやインパネ周りをみると、それらの操作方法や表示仕様から感じる古さは否めなかった。
走行中のきしみ音やガタツキ音などもないため、総走行距離がどの程度なのか興味を惹かれるほどだった。

乗り心地に関しては、車の良さだけでなく、守叔父さんの運転によるところが大きかった。

守叔父さんの運転は、総じて非常に丁寧であった。 余裕のあるタイミングでブレーキを掛け、アクセルも必要以上に踏み込まず、無理にエンジン回転数を上げる事もなかった。 周りを走るクルマの流れを乱すような事もなく、さすが、運送業を営み、大きなトラックなども運転してきたプロドライバーだな!と感心した。 

特に、道路交通の状況判断が的確で早く、車線変更をスムーズに行い、赤信号への反応も早い。 ハイヤーの優良運転手ごときものであった。 クルマが新車の様に感じたのは、守叔父さんの運転が丁寧で、日々の管理もしっかりしているためであり、そのためクルマの劣化を最小限にしているのかもしれない、修理歴が残るような事故なども皆無だったことだろうと思われた。

 

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叔父と甥のドライブ!と考えると、私自身、久しぶりの東京であるため、観光気分があるのも否定できない。しかし、せっかくのドライブであるものの、周囲の街の風景を見られる余裕はほとんど無かった。 前述したとおり、守叔父さんとの会話に集中せざるを得なかったからだ。

守叔父さんの発する言葉は、その一つ一つが意味不明で、理解し難いものであった。 お食事処へ向かう道中、その状態は変わらず続いた。

そして、運転中の守叔父さんは、おもむろに着ているジャケットの内側に手を入れ、スマホを取り出した。 そして、その画面を私の方へ見せながら、


 

「ワカンナイト、スグワカルケド、
ソッチカラキタヤツガ、
ホラホラ イチバン シタニアル、
コノ バショカ!
ジャア、アソコニイコウト」
(分かんないと、すぐ分かるけど、
そっちからきたやつが 、
ほらほら一番下にある
この場所か!
じゃあ、あそこに行こうと)



「分かんないと、すぐ分かるけど」と、なぞかけなのか? まっ、その部分は一旦無視して、スマホ画面の一番下にあるものは、何だろう?

スマホ画面は、「LINE」のトーク画面であった。 私と守叔父さんとのやり取りメッセージを表示しており、その一番下は、私が送信した宿の住所である。
その住所を指差しながら発した言葉である。 つまり、住所情報をもとに迎えに来たということを私に伝えたい様子である。

京急や、京急の駅を伝えても、「ワカラナイ」けど、住所があれば分かるということになる。 

つづけて、

 

「コンカイハ、シゴトカ ナニカデキタノ?」
(今回は、仕事か何かで来たの?)



との質問が返ってきた。

 

「いや、ただの遊びだよ!仕事辞めて、色々と考えることがあって」



と答えると、

 

「ソッチハ、オレトイッショデ、ケッコンシテナイヨネ?」
(そっちは、俺と一緒で、結婚してないよね?)



と言い出した。「してないよ」と返答すると、

 

「スエッコ、スエッコ、スエッコ デ、
チョウジョ ダケガ ジュウネンカン イタンデスヨ、
ソノアト、マタ スエッコ ガ キテ、
ソッカラ、オレカラ、
オカネ ヲ バンバン・バンバン、
ヒャクナンマン トラレテ ヒドイヨネ!
アンナ オンナ。
デ、オレハ ショウガナイカラ、
サトウサン カラ エットー、
ナンネン ダッタカナ?」
(末っ子、末っ子、末っ子で、
長女だけが10年間居たんですよ、
その後、また末っ子が来て、
そっから、俺から、
お金をバンバン・バンバン、
百何万取られて、ひどいよね!
あんな女。
で、俺はしょうがないから、
佐藤さんからエットー、
何年だったかな?)



なんだか、よく分からない話が続いたので、つい、話に割り込んでしまい、

 

「今、佐藤さんと言う所で働いているの?」



と、質問した。 すると、少しうなずいた後、

 

「ロクネン カラ、チョウド オマエ、
シゴト コッチデ ヤレヨ ト イワレテ。
ソノトキニ、サンビャクマン、
イヤ、ニヒャクマンクライアッタトキニ、
ヒャクマン、ヒャクマントラレテテ、」
(六年から、ちょうどお前、
仕事こっちでやれよと言われて。
その時に、三百万、
いや、二百万位有った時に、
百万、百万取られてて、)



と、なんだかお金を奪われたのかどうか?という話をし始めた。

結婚、末っ子、長女、佐藤さん、そして、大きな金額は、ぞれぞれと、どの様に関係があるのだろう? また、いつの事を話しているのだろう? あんな女とは誰だろう? 疑問だらけの不思議な言葉が続いている。

(つづく)
 

2022年10月19日水曜日

「泣けない人」その35

 


35 、上京二日目.9



クルマを発進させて一息つくと、守叔父さんは、

 

「イヤー、ヨカッタ!」
(いやー、良かった!)



と、心の底から発しているように言葉を吐露し、そして安堵の表情を浮かべた。

「ワカラナイ」と繰り返していた状況から脱することができた事が、その言葉を生み出したようだった。

豊治叔父さんからの指示を守って、注意して守叔父さんに接近するために、やむを得ない事ではあったが、もう少し分かりやすい待ち合わせ場所を指定し、迎えに来てもらえばよかったなと反省した。そのため、

 

「失礼しました。」



と、再度詫(わ)びる事とした。すると、

 

「イヤー、ゼンゼン、タノシカッタ!」
(いやー、全然、楽しかった!)



と、字面(じづら)的には、分かりづらい言葉が返ってきた。

「いやー」は否定表現でなく感嘆詞だと思われる。「全然」は、肯定表現、否定表現のどちらにも意味が転じる言葉であるので、一旦無視する。「楽しかった!」の部分だけを受け入れるとすると、守叔父さんは楽しんで待ち合わせ場所を探すことができたと言うことになる。

しかし、守叔父さんの口調、表情には「楽しかった!」という感情は含まれてなかった。楽しくないのに「タノシカッタ(楽しかった)」と言葉を発した事となり、この言葉と表情のミスマッチに対して、私は頭をかしげ、モヤモヤした気持ちとなった。 

久しぶりに会った事で、お互いが遠慮しているという訳ではないと思うが・・・。 フランクに話ができていると思っているのは、私だけなのだろうか・・・?

乗車直後から感じている違和感は、まだ払拭できない。

そして、守叔父さんの発した「イヤー、ゼンゼン、タノシカッタ!」という言葉の意味を、どう理解できるか頭を捻(ひね)って考えている所に、続けて、

 

「ムコウニ イッタトキニ、
チョット イキタインデスケドッテ イッタラ、
ジャ、イケッテ イワレテ」
(向こうに行った時に、
ちょっと行きたいんですけどって言ったら、
じゃ、行けって言われて)


 

「ホントウハ、ホラ、12ジマデハ、
イツモ イルジャン。
キョウハ、ハヤカッタ!」
(本当は、ほら、12時までは、
いつも居るじゃん。
今日は、早かった!)



と、再度、理解に苦しむ言葉がならんだ。

「ムコウニ(向こうに)」とは何処を指しているのだろう?
「イワレテ(言われて)」とは誰との会話なのだろうか?

運転中の守叔父さんの言葉をさえぎり、不明な事を聞き直すのは、交通事故にもつながりかねないので今は控えることとした。スパイ七つ道具のボイスレコーダーで聞き直すことで理解できるかもしれない。とりあえず、枝葉・仔細にこだわらず、まずは聞くことに注力し、アウトラインを理解することに心がけた。

今朝の状況を説明しているようであり、職場の上司・同僚もしくは、お客さんとのやりとりを説明しているものと理解した。そして、仕事の終わる時刻が、通常は12時であるようだ。

 

「デモ、ソッチガ クルマダカラッテ イッテタカラ、
ジャ、オレ、イコウカナとオモッタ。
(でも、そっちが車だからって言ってたから、
じゃ、俺、行こうかなと思った。)



続けて、(羽田空港の方を指差しながら)

 

「ダカラ、ムコウニイッタジャン。」
(だから、向こうに行ったじゃん。)


続けて、(羽田空港の方と反対側を指差しながら)
 

「キノウ、キタッテ イッテタジャナイデスカ、
ムコウガワカラ、ズーーット ムコウニ イッタ トコロ」
(昨日、来たって言ってたじゃないですか、
向こう側から、ずーーっと向こう行ったところ)



「ヘッ、ヘッ、ヘッ、」と笑った後。

 

「イヤ、ダカラ、アソコニヒコウジョウガ イッパイ アルジャン。
コウヤッテ、イッパイ クルマガ アッタヨ、ビックリシタヨ。」
(いや、だから、あそこに飛行場が一杯あるじゃん。
こうやって、いっぱい車があったよ、びっくりしたよ。)



そして、

 

「ゼンゼン、ワカンナカッタヨ。」
(全然、分かんなかったよ。)



と、またも、常套句のごとく「ワカラナイ(分からない)」の言葉がでてきた。
私の方こそ、「守叔父さんの話がよく分からない!」と言いたい気持である。

続けて、

 

「オモシロイトコロニ イコウ。」
(面白いところに行こう。)


 

「ズーーット イッタトコロノ ヒダリニ、
イッパイ タベルモノガアルノ」
(ずーーっと行ったところの左に、
いっぱい食べるものがあるの!)



と食事処へ向かっているようだ。続けて、

 

「ゼンゼン、ワカンナカッタ。」
(全然、分かんなかった。)



と、また「常套句」が聞こえてきた。

会話が進めば進むほど、何が何だか理解しがたい状態へと進んでいる。

とりあえず、食事をしながら落ち着いて話ができることを期待しつつ、クルマはどこに向かっているのだろうかと不安は続いていた。

「ズーーット イッタトコロノ ヒダリ(ずーーっと行ったところの左)」には何があるのだろうか? 

(つづく)
 

2022年10月12日水曜日

「泣けない人」その34

 


34 、上京二日目.8

人間の欲望には色々な種類があり、「睡眠欲」「食欲」「性欲」が三大欲求などと言われている。他に、「生存欲」「集団欲」「排泄欲」などもある。

分類や定義付けには色々な理論があるようなので、ここでは細かな話はしない。

以前から私が感じていた守叔父さんの欲望の一つとして、「自分が若く見えること」がある。

「生存欲」の一種なのかもしれないが、「肉体年齢が若い事」よりも、「見た目の若さ」を欲しているように感じていた。

その理由の一つとしては、守叔父さんが、私と一緒にいるときに、慣例行事のように「年齢比較クイズ」を行っていたことが挙げられる。

「年齢比較クイズ」とは、守叔父さんが街中でいろんな人に声を掛け、そして、私と守叔父さんの顔を見比べてもらったうえで、どちらの方が年上かどうかを答えてもらうクイズである。

レストランでの食事中に隣席の人へ声を掛けたり、買い物中の店内であったり、場所を問わず、様々な所で「年齢比較クイズ」を行っていた。

赤の他人に対して、突然声を掛ける守叔父さんの行動に驚きを感じつつ、他人とのコミュニケーションの取り方の一つの方法かもしれないと、特に学生時代の私には守叔父さんの行動力に対して敬服さえもしていた。

私と守叔父さんが並んでいると「甥、叔父」の関係ではなく、兄弟と認識される事が多々あり、下手をすると私の方が、兄とさえ言われる事もあった。

守叔父さんは私から見ても実年齢より若く見えていたし、私は逆に老けて見えるため、守叔父さんの方が年下に見えてもおかしくなかった。そして、それらの答えを聞くことによって守叔父さんは子供のように、はしゃいでいた。

「年齢比較クイズ」によって、15歳差の甥っ子と自分を比べて、その年齢差が小さく見える。または、自分の方が若く見える事を喜んでいたのだった。

 

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・
・


 

「フィフティーワンッテ、イクツ?」
(フィフティーワンって、いくつ?)



と守叔父さんの言葉が返ってきたので、

 

(日本語で)「51歳」



と答えると、

 

「ゴジュウイッサイカ!
ロクジュウロク ナノサ、
デモ、ホラ カオミテルトサァー、
アンタ ゴジュウネッテ イワレチャウ!」
(51歳か!
66(歳)なのさ、
でも、ほら顔見てるとさぁー、
あんた50(歳)ネって言われちゃう!)



と言い出した。

久しぶりに会って、お互いが「齢を重ねたな!」と言う展開ではなく、「年齢比較クイズ」のごとく、今でも守叔父さん本人が若く見られる事を強調した話となった。

確かに、66歳には見えない! 還暦を過ぎている様には全く見えなかった。

目尻に若干の笑いシワがあるものの、肌のキメが細かく、ツヤも良く、シミもほとんど無い。頭髪もしっかりと濃く生えて、髪色も白髪がなく黒々していた。

 

「髪の毛、染めてるの?」



と聞いてみると、
 

「イヤ、ワカラナイケド」
(いや、分からないけど)



との返事。 

若いから染めてないと、とぼけたいのか?
 染めていると言う言葉が理解できないのか?

続けて、

 

「デモネ」
(でもね)



と言うので、とっさに、

 

「(カツラ)被ってる?」



と質問してみた。

すると、適当に誤魔化そうとした感じで、車を発進すべく、道路先を指差しながら、

 

「ヒダリ イケバ イイカナ?」
(左行けばいいのかな?)



と、交差点を曲がるべきかどうかを聞いてきた。

守叔父さんが、どこへ行こうとしているのか分からないので、

 

「どっちがいいかな?、どっちでも良いよ」



と答えると、

 

「ジャア、ミギイコウ!」
(じゃあ、右行こう!)



と言うと、おもむろに、クルマをスゥーっと発進させた。高級外車の高出力エンジンは、全然唸る事なく余裕あるスタートを切った。

さて、守叔父さんは、何処に行こうとしているのだろうか?

(つづく)
 

2022年10月5日水曜日

「泣けない人」その33

 


33 、上京二日目.7

車の窓ガラス越しの守叔父さんの表情は、ニコニコした笑顔だった。

車体の左側の助手席へ回ると、ガラス窓が下げられていたため、ニコニコ顔の守叔父さんが、よりハッキリと見えた。

 

「お疲れ様です。」
 


と声を掛けると、叔父さんの第一声は、

 

「ゼンゼン、ワカンナカッタヨ!」
(全然、分かんなかったよ!)
 


であった。

敢えて、「うん?」と聞き直したところ、

第二声も

 

「ゼンゼン、ワカンナカッタヨ!」
(全然、分かんなかったよ!)
 


であった。何が全然分からなかったのだろう・・・? 予想以上に早く宿に到着したのに!!! 「ワカラナイ」という言葉が、口癖になっているのだろうか・・・?

守叔父さんに対して、何が分からなかったのか聞き返してみようとも考えたが、今は、その疑問を追及すべきタイミングではないと判断し、一旦棚に上げる事にした。豊治叔父さんのアドバイスを順守して、まずは、守叔父さんの話を聞く事に徹しようと思い、とりあえず、

 

「ご無沙汰しております。」
 


と返事をした後、後部席を覗き込んで、他に誰も乗っていない事を確認した後、助手席のドアを開けて乗車した。

守叔父さんの車に乗った時、時計がちょうど11時を示していた。

私はすぐに、リュックの中からお土産を取り出して、

 

「これ、おみやげ!」
 


と、守叔父さんへ手渡した。すると、

 

「ナニコレ?」
(何これ?)
 


と不思議そうな顔で私の顔を覗き込み、表情から渡された物の素性を理解しようとしているように感じた。

細かく説明すると、もしも、手土産を一度も貰った経験の無い人が、初めて手土産を受け取った時にするであろう反応と、同じ反応を守叔父さんがしたのではないかと思った。

 

「かるかんと黒砂糖だよ」
 


と伝えると、守叔父さんは、手を口に持っていき、食べ物を食べる様子のパントマイムをした。

私が首を縦に振り、

 

「そう!」
 


と肯定的な返事をすると、守叔父さんの表情は、不思議そうな顔から喜んだ顔へと変化した。

その後、少し間が開いたあとに、待ち合わせるために連絡を取り合って、やっとの思いで合流できたことへの安堵からなのか「ハァー」とため息が守叔父さんの口から漏れた。

空港へ迎えに行くという面倒を掛けてしまい、

 

「ごめんなさいね、分かりづらい説明で」
 


と伝えると、

 

「ココニキテタノ?」
(ここに来てたの?)
 


と、宿の方向を指差しながら質問が返ってきたので、

 

「そう、昨日、来たの」
 


と答えた。

 

「ソレデ?」
(それで?)
 


と、なぜ上京したのか理由を聞いてきた。

 

「遊びに」
 


と答えると、

 

「アソビニ? ヨクワカラナイ?」
(遊びに? よく分からない?)
 


との言葉が戻ってきた。何が分からないのだろう? やはり、「ワカラナイ」と言う言葉が口癖になっているのだろうか?

続けて、

 

「イマ、ナンサイ?」
(今、何歳?)
 


との突然の問いかけに、

 

「フィフティーワンですよ!」
 


とワザと英語で答えると、

 

「フィフティーワンッテ、イクツ?」
(フィフティーワンって、いくつ?)
 


と返ってきた。

船舶のブローカーとして、渡米した経験もある守叔父さんが、英語の数字を分からないはずはない。

私が英語で答えたことに対して、とぼけて返したのか? 運転に集中するために、適当に相づちを打っただけなのか? それとも、豊治叔父さんの言うとおり、認知症なのだろうか? 

まだ数分しか経っていないが、守叔父さんとの会話に違和感を感じつつ、この後はどの様にすれば良いか悩み始めた。

(つづく)